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第三〇話 タッチ・アンド・ゴー 二


 まぶた越しに光を感じ、恐る恐る目を開けると――そこは、私が夢にまで見た異世界だった。

 ちょっと冷たい風がそよぐなか、私を乗せた葦舟さんは大きな湖の上にプカプカと浮かんでいて、その湖の周りには、あまり高くはない山並みと黒々とした森が見渡す限りどこまでも続いている。

 葦舟さんの舳先前方に見えるのは湖に浮かぶ小さな島、それから、その上にそびえる古びたお城……。


「あのお城……間違いない、鴉ヶ森大先生、もとい、クラリッサさんが書いた小説に出てきたお城だ!」


 花々に囲まれた瀟洒なお城っていう作中での姿は、すっかり荒れ果てた現状からは想像がつきにくいけど、これはたぶん、魔物の軍勢に襲撃されてから百年近くもの間、ずっと放置されていたからだと思う。


「私、ホントに来ちゃったんだ、憧れの異世界に、あの小説の世界に……」

『おおっ! これが異世界か! あれに見えるは城跡じゃな! うんうん、ええのう、風情があってええのう』


 私が鳥肌立てて感慨にふけってたら、いきなり勾玉からタゴリちゃんの声が聞こえてきた……。

 勾玉とリンクしているサブちゃんとプチガミ様たちは、神鏡とやらに勾玉からの映像を映せると言っていたから、どうやら、日本でちっちゃい顔を寄せ合って楽しんでいるようだ。


「雰囲気ブチ壊しだよ! 私の感動を返せっ!」

『ふん、花ごときのちっぽけな感動など、大いなるタゴリの知ったことか。このドングリふぜいが!』

「きー!」

『シャー!』

『すまんのう花、自称姉が……。して、勾玉の様子はどうじゃ?』


 私とタゴリちゃんが醜く言い争っていたら、タギツちゃんが心底すまなそうな声で話しかけてきた。


「……もう、タギツちゃんが長女でいいんじゃない?」

『なんじゃと! このドング――モゴ』

『静かにせい、……して、勾玉は支障なく働いておるかの?』


 タゴリちゃんのことは放っておいて、タギツちゃんに言われたとおり勾玉を見ると、サブちゃんに貰った青いそれは、私の胸元でホタルのように明滅を繰り返していた。

 やがて、その明滅と呼応するように、私の脳へ次々と情報が送り込まれてくる。真綾ちゃんに関する情報が!


「おお! すごいよコレ! 真綾ちゃんがここにいたこともわかるけど、何してたかもなんとなくわかるよ! どれどれ――げ! あの子、こっちの世界に転移して来た早々、ここでハーピーの群れを殲滅ちゃってるよ。……うん、真綾ちゃんだね」


 ここで真綾ちゃんの身に起こったことが、さっきから、スライドショーみたいな感じで私の脳裏に流れてるんだけど、その中に、私考案の剛弓速射法を使ってハーピーを次々と射落としている、彼女の勇姿があった。

 うわー、クラリッサさんが書いた小説のとおり、こっちのハーピーって、鳥成分多めのタイプなんだね。よく見たら、熊野さんの本体のあちこちに、でっかいウ○コが転がっているし……。熊野さんのすすり泣く声が聞こえるようだよ。


『何っ! 殲滅とな! さすがはタゴリが――モゴ』

『……して、真綾の現在位置はどうじゃ?』

「……ああ、うん、鼻は押さえないようにしてあげてね、息できなくなるとマズいから。どれどれ――」


 またもや黙らされたらしいタゴリちゃんのことを、いちおうは心配してあげつつも、タギツちゃんに言われるまま、私は真綾ちゃんの現在位置について精神を集中した。


「おお! わかるわかる、真綾ちゃんだ!」


 思わず叫んだ私の大声が静かな湖畔に響き渡り、それに驚いたらしい鳥たちが一斉に飛び立ってゆく。

 でも、大声が出てもしょうがないよね。真綾ちゃんの現在位置までの距離と方角はもちろん、彼女が今も生きているってことも、確信を持ってわかったんだから。

 夢では見ていたけど、心のどっかでは心配だったんだよ私……。


「よかった、真綾ちゃんが無事でホントによかった……」

『よかった……』


 私の声に続いて、のじゃっ子軍団のピッタリ揃った安堵の声が、胸元に輝く勾玉から流れてきた。

 みんな、心配してたもんね。


「サブちゃん、プチガミ様たち、ホントにありがとう」


 私は勾玉を握りしめて、心の底からお礼を言った。

 私が異世界へ来られたのも、真綾ちゃんの無事を確認できたのも、全部、ちっちゃな神様たちがいてくれたおかげだ。どれだけ言葉を尽くしたって感謝しきれないよ。


『……うむ、まあアレじゃ、今日のところはもう帰ってこい。あまり遅うなると家族が心配しよう』


 勾玉から、ちょっと恥ずかしそうなタゴリちゃんの声が聞こえた。

 私が知っているちっちゃい神様たちは、揃いも揃ってみんな優しいのだ。


「オッケー、それじゃ帰りの門を開くよ」


 日本から異世界へ出発するときは、サブちゃんが開いてくれた門を抜けることで、直近に日本とつながった異世界ポイントへ行くことができる。

 でも、異世界からサブちゃんの門へ帰るための門は、私が自分で開かなきゃなんないんだよね~。


「えー世界を渡りし偉大なる神よ、我が願い聞き届け給え、祓い給え清め給え、ハラッタマ、キヨッタマ、ハラッタマ、キヨッ――」

『ひどいのう……』

「うるさいわ! 気分だよ気分! ――開けゴマッ!」


 タゴリちゃんの妨害にもめげず呪文詠唱を終えた私の前に、忽然と鳥居が出現したんだけど、ホント言うと呪文にはなんの意味もない。そんなのなくたって門は呼べるのだよ。

 まあ、様式美だね、様式美。


(それじゃ葦舟さん、帰ろっか?)


 そう心の中で話しかけた私の声に応じて、葦舟さんはこの世界に来た時と同様、門の中へ静かに吸い込まれていった――。


      ◇      ◇      ◇


 異世界から戻った私を迎えてくれたのは、ちっちゃい神様たちの可愛らしい笑顔だ。


「花ちゃん、お帰り」

「よう戻った、ご苦労!」

「無事で何よりじゃ」

「お帰り」


 スイ~ッと門を抜けてきた葦舟さんに、ワラワラと寄ってきたサブちゃんとプチガミ様たちが、私へ口々に声をかけてくれた。

 本来ならば、その愛らしい光景に目尻を下げているはずの私なんだけど、残念ながら、今はちょっとその余裕がないんだよね……。


「なんじゃ花よ、いつにも増して情けない顔を――」

「……掛かっちゃったんだよ、〈制約〉が……」

「なんと! …………で、〈制約〉とはなんじゃ?」


 私の言葉に反応したタゴリちゃんは、ガーン! って感じの表情と面白いポーズをしたあとで、ぬけぬけと聞いてきた……。

 知らないでそのリアクションかい、ある意味、尊敬に値するねタゴリちゃん。


「……真綾ちゃんのこと話した時に言ったと思うんだけどな……まあ、いいか。あのねタゴリちゃん、〈異世界転移〉をしようとすると、世界から何らかの〈制約〉が掛けられるみたいなんだよ。〈クラリッサさんをコッチに送って真綾ちゃんをアッチに転移させる〉っていう一連の大魔法だと、〈真実を真綾ちゃんへ伝えられない〉〈制約〉が掛かったみたいに」

「なんと! …………ま、まさか花! 〈供物は百円まで〉などという恐ろしい〈制約〉ではな――モゴ」


 私の説明を聞いておやつの心配をし始めたタゴリちゃんの口を、背後から影のごとく忍び寄っていたイッちゃんが、タギツちゃんの目配せを受けた瞬間に塞いだ。

 あ、タギツちゃん、イッちゃんのお口にチョコを放り込んだよ……こうやって買収したんだね。


「……して、花に掛けられた〈制約〉とは、いかなるものかの?」

「それがね――」


 何ごともなかったように問いかけてきたタギツちゃんに、私は帰りの門を抜ける時に知った、自分の〈制約〉について説明を始める。

 思えば、〈私が操る葦舟さんしかサブちゃんの門を抜けられない〉ことや、〈かんなぎの才能を持つ人だけが同乗可能〉、なんてのも〈制約〉なのかもしれないけど、私が異世界から戻る際には、さらなる〈制約〉が掛かってしまったんだよ。


「――私が開いた帰りの門は、〈最長でも一時間で閉じる〉。そして、〈門を閉じてから三十日経過しないと次の門を開けない〉みたいなんだよ……」

「つまり、今すぐ異世界へ行けば最短でも三十日は帰ってこられぬのか……。うーむ、これは厄介な」

「花ちゃんの危険度が上がってしまう……」


 当初計画していた、〈毎日コツコツ日帰り奪還作戦〉が使えなくなったことを知って、タギツちゃんとサブちゃんは考え込んじゃったよ。心配かけてごめんね。


「なあ~にが〈制約〉じゃ! 偉大なるサブロウ様と里芋のごとき花が、同じように門を開けられるなどと思うこと自体、そもそもの間違いなのじゃ。――しからば三十日に一度だけ日帰りで行けば……いや、それでは真綾に追いつけぬか? 花の短き足ではの、うむむむ……」


 勢いよくしゃべり始めたタギツちゃんも、厄介な事実に気づいたのか、さすがに腕を組んで唸りだした。

 そうなんだよね、真綾ちゃんが同じ場所に留まってくれていれば問題ないけど、現実は彼女も当然のように移動してるんだよね。

 月イチなんて言ってたら一生追いつけない可能性もあるよ、私の短い足じゃ……ほっとけ!

 でも、このくらいで諦めてたまるもんか!


「よし、決めた! 私、本格的に異世界へ行くよ! 月イチで行くんじゃなくて、月イチで帰ってくる。仁志おじさんにもお願いして準備万端整えてから行けば、きっとなんとかなるよ!」

「でも花ちゃん、さすがにそれは危ないよ」

「サブちゃん、心配してくれてアリガトね。でもね、真綾ちゃんはその異世界で今も生きているんだよ、私が安全策ばかり考えてちゃあ、いつまで経ってもあの子を捕まえられないよ。――私は行くよ、そして絶対に真綾ちゃんを取り戻す! そんでもって、町のみんなの笑顔も取り戻すよ!」

「花ちゃん……」


 心配してくれていたサブちゃんも、私の決意を聞いたら何も言えなくなったみたいで、私の顔を黙って見つめている。

 こんなに優しいサブちゃんに心配をかけて、非力な自分が情けないよ……。などと思い始めたら――。


「よくぞ言うた!」

「いでっ!」


 いきなりタゴリちゃんにシバかれた……。


「その意気やヨシ! このタゴリ様が目をかけてやっただけのことはある! ――あのうサブロウ様、ここはひとつ、こやつの気概に免じて、我らもできる限りの助力をしてやるということで、笑って送り出しては……」


 なんかタゴリちゃんって、サブちゃんへの態度が私のときと別人みたいなんだけど……まあ、いいか。

 そんな彼女の言葉を聞いていたサブちゃんは、意を決したように頷くと、私たちに声をかけた。


「…………わかったよ。花ちゃん、しばし待っていてね。――タゴリヒメ、タギツヒメ、イチキシマヒメ、おいで」

「へへー!」

「ただいま」

「はい」


 名を呼ばれたプチガミ様たちは、サブちゃんのところへワラワラと集まり、ここに、究極可愛い神会議が始まった。ちっちゃい子たちが頭を寄せ合って、何やら真剣に話し合う姿……あ~癒やされるな~。

 真綾ちゃんにも見せてあげたいな、この光景。大きな目をクワッと見開いてる彼女の顔が目に浮かぶよ。

 あ、終わったみたいだ、みんなでこっち向いたぞ。


「花ちゃん、お待たせ。どう助ければよいか皆で決めたから、花ちゃんは安心して行っておいで」


 サブちゃんは、いつもの天使みたいな笑顔でそう言うと、プチガミ様たちと一緒になって、グッとサムズアップした。


「うん!」


 私は嬉しくなって元気よく返事したけど、おそらく神会議の最後のほうは、プチガミ様たちがサブちゃんにサムズアップを教えていたに違いない。……まあ、別にいいんだけどね、可愛いからさ。



 どうも、作者です。

 読者の皆様、拙作をお読みいただき、ありがとうございます。


 真綾を取り戻すため、日本ではちっちゃい軍団が頑張っております。

 一方で真綾はと言えば、マイペースに異世界旅を続けている様子……。

 真綾はまだ恋というものを知りませんが、彼女に思いを寄せる者は少なくありません。それは異世界においても同じようです……。


 次話『シュタイファーの彫像』、お楽しみに。


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