第二〇五話 再チャレンジ 一六 村をあとに
あのあと、みんなで村に戻って海賊たちを見送り、それからは祝勝会と忘年会と新年会を兼ねたお祭り騒ぎで、村は夜通し盛り上がった。
まあ、私たち三人は村の子供たちと同じく、新年を迎える前に眠らせてもらったんだけどね。……田舎の冬の夜ってムッチャ長いし、お酒の入った大人たちに付き合うのも疲れるんだよ。
ああそうそう、新年の話が出たところで、この世界の暦についても説明しておこうか。
一日が二十四時間で、一年が十二か月の三百六十五日ってところは、モト界と同じなんだけど、この世界の一週間は七日間じゃなく五日間で月に六週ある、つまり、どの月も三十日キッカリで、十二月だけが一週多いんだよ。
で、その一年最後の週は特別な五日間(今年は閏年だから六日間ね)ってことで、みんな仕事をせずに家族や友人たちとゆっくり過ごし、これが王侯貴族ともなると、パーティーを開いて祝ったりもするらしい。
今思えば、仕事休みになる時期を選んで期限を切ったのは、クラウスなりに村のことを気遣っていたのかもしれないね。……バカだなあ、それなら最初から村の人たちの言葉を信じてればよかったのに。
『なあ~にをイイ感じで締めようとしておるのじゃ! またしてもタゴリの寝ておる隙に楽しみおって! この里芋がっ!』
タゴリちゃんにキレられた……。
実はね、新年早々、朝から彼女の怒鳴り声で叩き起こされた私たち三人は、村長さんちの寝室で藁ベッドの上に正座しつつ、勾玉を通した事後報告をさせられているところなんだけど、海賊退治という大イベントを見損ねたということで、タゴリちゃんはたいそうご立腹なんだよ。
理不尽だよね。
「しょうがないじゃん、タゴリちゃんに都合のいい時間帯なんて海賊は選んじゃくれないんだから……」
『な~ら~ば、タゴリの起きる時間まで粘っておればよかったじゃろう、それしきのこと造作もなかろうが、ああん!? もっと気遣いというものを見せてみんか! このドングリが!』
何を言ってもムダだなあ、コレ……。
ちなみに、器用にも火野さんは正座したまま鼻ちょうちんを膨らまし、ムーちゃんもクラウスからせしめた魔導書を読みふけりと、ふたりともモンスタークレーマーの対応を私だけに任せて呑気なもんだよ。
『そもそも、花はタゴリに対する敬意とい――モゴ』
『……うるさいのう、話が進まぬわ。――花よ、まずは無事で何よりじゃ、火野とムーを同行させたのは正解であったようじゃのう』
ミニモンスターは話している途中で口を塞がれたらしく、代わりにタギツちゃんの涼しい声が聞こえてきた。
「うん、ふたりがいてくれてホント助かった、私だけだったら双方に死者が出ていたかもしれないし、私自身もゴーレムのスピードにお手上げだったと思う。これなら、またイケガミが襲ってきても今度は返り討ちにできそうだよ」
『うむ、ならばよい』
タギツちゃんは私の返事を聞くと、勾玉の向こうで心底安心したような声を出した。
今になって思えば、前回ひとりで異世界転移したのは、我ながら無謀極まりない行為だったから、見守ってくれているほうからすれば気が気じゃなかったに違いない。……ホントにごめんね、そしてアリガトね、私の大切な神様たち。
『その言葉を聞けてサブロウも安心じゃ。ところで花ちゃん、海賊のくれた海図は使えそうかの?』
「うん、アレは思わぬ収穫だったよ。どれどれ――」
タギツちゃんに代わり、今度はサブちゃんが話しかけてきたから、私は彼の言う海図を【船内空間】から取り出して広げた。
皇帝や諸侯たちが互いに腹の探り合いをしているせいか、このグリューシュヴァンツ帝国には、帝国全土を正確に描いた地図というものが存在しないけど、船乗りにとっちゃあ死活問題だから、沿岸部の地形と方位や距離なんかを正確に描いた海図なら存在するってことで、私が昨日、なんとなくクラウスに海図のことを聞いてみたら、いちばんオススメのやつをポンとくれたんだよ。
なんでも、いろんな船を襲ってきた彼は海図をいっぱい持っているらしい。
『ふむ、全世界を描いた地図など存在せぬことは承知しておりましたが、これには、花のおる大陸ですら一部しか描いておりませぬの。……いやしかし、範囲を絞っておるぶん、かなり詳細に海岸線を知ることも可能でしょうか……。サブロウ様、いかが思われます?』
『タギツヒメの言うとおり細かいところまで描いておるし、緯度による変化も気にせずに済みそうじゃから、むしろ、世界図よりもこちらのほうが役には立ちそうじゃ。そのうえ要所要所の水深まで書いておるのは嬉しいの、真綾ちゃんと合流した際に役立つやもしれぬよ』
勾玉からの映像を向こうの鏡を通して見ているのだろう、知的好奇心の高いタギツちゃんとサブちゃんが、異世界の海図について話し合ってる。
たしかに、クラウスから貰った海図に描かれているのは、グリューシュヴァンツ帝国とその近隣諸国の海岸線だけで、この大陸全土まで知ることはできないけど、サブちゃんの言うように、いずれ真綾ちゃんと合流して、喫水の深い熊野丸に乗って異世界クルーズすることにでもなったら、かなり役立つことだろう。
それにね、さっそく役立ったことなんだけど、この島の形状と私たちの現在位置が判明したうえに、帝国本土の港湾都市や港町の位置なんかも知ることができたんだよ。
『して、花よ、次に向かう先は決まったかえ?』
「うん、ここからこう――南西の南寄りくらいの方向に島を突っ切って行ったらさ、海峡を挟んだ本土側に――この、シュトラールヴィントって港湾都市があるじゃん? 夕べ火野さんやムーちゃんとも話し合ったんだけどね、とりあえず、このシュトラールヴィントを目指そうと思うんだよ。この都市にはシュナイダー商会の商館があるってクラウスが言ってたから、そこで真綾ちゃんの近況を聞けるかもしれないし、私たちから彼女への伝言を頼むことだってできるからね」
タギツちゃんの質問に、私は海図を指でなぞりながら答えた。
実は、港湾都市シュトラールヴィントの次に向かう先ももう決めてある。この海図のおかげでナイスなプランを立てることができたよ、アリガトね、クラウス。
私は眼帯オヤジのヒゲ面を思い浮かべて感謝した。……鳩を肩に留まらせている姿が間抜けだったよなあ、オウムか黒いトリさんだったらカッコよかったのに……あ、そう言えば、クラウスのテイムした海棲の魔物ってなんだったんだろう? 見せてもらっときゃよかったよ。
◇ ◇ ◇
徹夜でドンチャン騒ぎしていた村の大人たちを気遣い、私たちは、元日ではなく一月二日を出発の日に決めた。
ってなわけで、その出発の日――。
「ああ、その魔石じゃったら、タイラー様が神像の角杯の中に奉納なさってのう、それから今まで、ずっとそこにあったのじゃが、今回、神使様方をお呼びした時に消えてしまいましてのう」
「ああ、そういうことか」
タイラーさんに倒された魔法使いの魔石がどうなったか少し気になり、長老さんに聞いてみたところ、今のような答えが返ってきたため、私はポンと手を打った。
私が思うに、信仰が絶えて久しかったあの神像は、優しい村娘を救うために、残っていた神力を使ってタイラーさんを異世界から呼び寄せた。
異世界転移なんてものは神様でもまず不可能という奇跡だから、この時点で神力はすべて使いきったはずなんだけど、タイラーさんが〈諸侯級〉の魔石を奉納したうえに、村人たちによる新たな信仰が始まり、それが八百年以上も続いたことで、あの神像は魔石の力と回復した神力を使って、なんとか私たちを引き寄せることができたんだよ。
「これでもう、神様におすがりすることもできませんが、二度もお救いいただいたご恩を忘れず、これからも、あの神殿を大切にお守りしていこうと思いますじゃ」
神像が力を使い果たしたってことは、長老さんも気づいていたんだろう、彼は私に向かって誓いを立てた。
「はい、私もそれがいいと思います、神様は敬うものであって頼るモンじゃありませんからね。まあ、みんなで真っ当に生きて信仰を続けてりゃあ、これから何百年か先、この村の子孫たちが救ってもらえることだってあるかもですよ。なんせ、岬の神様にはスヴェントヴィトって神名が戻ったんですから」
「そうですのう。――神使様方、ありがとうございました」
私の言葉にしみじみと頷いたあと、長老さんは顔を綻ばせると、私たちひとりひとりの目を見ながらお礼を言ってくれた。
それを皮切りに、子供たちを始め村の人々が続々と私たちの周りに群がり――。
「本当にありがとう、ハナちゃん。転ばないように気をつけてね」
「素敵な剣士様、アタシのこと、忘れないでね……」
「チュパカブラグミのおねぇたん、バイバイ」
――などと、口々にお礼とお別れを言ってくれ、最後に、村長さんがやって来た。
「すんません神使様、あの大バカ野郎、あれほど世話んなったってのに、どこへ隠れたんだか顔も見せねぇで……」
「そない謝らんといてください。あのアホ、恥ずかしいんですわ、そういうお年頃ですよって」
開口一番に何を言うかと思えば、村長さんが火野さんに謝り、謝られたほうはカラカラと明るく笑ってみせた。
ああ、そう言われてやっと気づいたけど、たしかにクルト君たち三人組の姿が見えないなあ、思春期男子はメンドくさいなあ……。
「ハハッ、違ぇねぇ。それじゃあ、あのバカ息子のことは放っておいて――神使様方、ホントに世話んなりました。願ったとおり、いや、それ以上の結果になって、村のみんなも大喜びしてまさあ。お三方がお姫様と無事に再会できるよう、村の全員で祈らせてもらいますぜ、どうかお達者で」
「はい、皆さんも、どうかお元気で。――それでは!」
目に涙まで浮かべて別れを言う村長さんと順番に固い握手を交わしたあと、私たちは村のみんなに見送られながら村をあとにした。
村から崖上へと続く坂道には、あの一戦で援軍を出してくれた別の村々の人たちも集まっており、私たちに感謝と別れの声をかけてくれ、その声に背中を押されつつ坂道を上りきった私たちは、さらに足を進め、やがて――。
「師匠ぉぉぉ!」
――と、離れた場所から木剣を振る三人組の声を耳にした。
岩のごとき巨体と、モヤシのような痩身、そして、やや小柄な体という、その三人組の正体が誰であるかは、もはや言うまでもなかろう。
「俺、死ぬほど頑張って、師匠に認めてもらえるような男になるぜ!」
「アッシも、コスく生き延びてやるでヤンスよー!」
「オデ、もっと強くなって、村を守る!」
クルトとヤンス、そして聖ラファエル、木剣を突き上げて声の限りに誓う三人組に大きく手を振って別れを告げ、私たちは次の目的地へと旅立った。
この時――。
「……アホ、師匠ちゃうやろ」
――と、火野さんが小さく笑ったことを、私は見逃さなかったよ。




