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第二〇四話 再チャレンジ 一五 一件落着!



 ムーちゃんに頼んでクラウスいじめをやめてもらったら、しばらくして彼が目を覚ましたので、私は事の次第を説明した。

 あ、小蜘蛛たちは召喚解除してもらったよ、あのままじゃ私のサン値まで削られそうだったから。


「なるほど、伝説の武具は本当に盗まれちまったと……。それで、困り果てた村の連中がこの神殿跡の古代神にすがったら、伝説どおり神の使いが現れたと……。たしかに、帝国にゃあ嬢ちゃんらみてぇな貴族はいねぇから、女学院の派遣した学生じゃあねぇわな、かと言って、異国の諸侯がこんな僻地に都合よく現れるはずもねぇ、つまり、神の使いだって話も嘘じゃねぇってことか……」


 ようやくクラウスも理解してくれたみたいだ。


「ハァ……。俺ぁ欲を張ったばかりに神を怒らせちまったってわけか……。で、神使様とやらよ、これから俺たちをどうする気だ? ここの領主にでも突き出すかい? できることなら、手下どもの命だけは赦してやってほしいんだがよ」


 深い溜め息をついたあと、クラウスが私に聞いてきたけど、権力者と関わる気なんて最初から無いんだよね、コッチとしては。


「そんな面倒なことしないよ」

「……まさか、このまま古代神への生贄にする気じゃあ……」


 私の返事を聞いてクラウスが恐いことを言い出したもんだから、手下たちの顔が真っ青になったじゃないか。

 人をなんだと思っとるんだ、この眼帯オヤジは、私は邪神復活を目論む狂信者か!


「いやいやいや、それが目的なら、生け捕りにするなんて面倒なことはせずに、最初からこの聖域内で全員血祭りに上げてたよ。アンタも知ってると思うけど、この火野さん単独でもそのくらい余裕だからね」

「そりゃあまあ、うん……」


 火野さんをチラッと見て彼女の強さを思い出し、でもムーちゃんのほうは頑として見ようともせず、クラウスは私の言葉に頷いた。

 火野さんはともかく、ムーちゃんは彼の心に深い傷を刻み込んだみたいだね……。


「もう二度と村に迷惑をかけないって誓うなら、このまま全員を解放してあげるよ」

「え?」


 私の言ったことを理解できなかったんだろうね、クラウスだけじゃなく、手下たちも揃って豆鉄砲喰らった鳩みたいな顔で聞き返してきた。

 まあね、捕まった海賊は死刑ってのが常識らしいから、無罪放免なんて言葉、にわかに信じられないか。


「そりゃあ、サクッと全員始末したほうが私たちも楽だったんだけどね、村のみんなに頼まれちゃったんだよ、『そう悪い連中じゃないから、できるなら命ばかりは赦してやってほしい』ってね」

「……」

「自分たちを脅して村の宝を奪おうとした相手に、この人たちは、ここまで情をかけてくれてるんだよ? できることじゃないよね」

「……」


 私の言葉を聞きつつ、言葉もなく村人たちを見回すクラウスたち……。

 いつの間に地下神殿から出てきたのか、そこには、老人や女性、子供たちの姿も見え、傷だらけで捕縛されている彼らに、敵意でも侮蔑でもなく、ただ気遣うような眼差しを向けている。……ならず者である彼らに。

 クラウス一味ってのは、不幸な境遇や悪い連中のせいで身を持ち崩しただけの、元は善良な部類の人ばかりなのだろう、彼らの中から、むせび泣く声が聞こえてきた。


「……わかった、海賊団は解散する。全員これから真っ当に生きるぜ」


 手下たちの心情を察し、また、自分も思うところあったのか、クラウスは別人かと思うほど澄んだ隻眼をして、私たちに誓った。

 村人の真心に打たれて心を入れ替える海賊か、エエ話や……でもね。


「いや、解散しないでよ」

「へ?」


 私の口から出てきた言葉を聞いたとたん、またも豆鉄砲喰らった鳩みたいな顔になるクラウス。


「いやいやいや、当然でしょ。アンタたちがいなくなったら、タチの悪い海賊どもが湧いてくるに決まってんじゃん、悪徳商人たちも幅を利かせ始めるだろうし。いい? アンタらはアブラムシを食べるテントウムシみたいなモン、虫は虫でも益虫なんだから、それを忘れないでよね」

「虫……」

「ともかく、これまでどおり、弱きを助け強きを挫くって姿勢を崩さない限り、海賊団を続けてくれたほうが世のため人のためになるんだよ。アンタらの存在価値は自分の思ってる以上にあるんだから、しっかり義賊やるんだよ」

「……」


 うーん、虫に例えたのが悪かったのかなあ、クラウスが真顔で黙り込んでしまったよ。


「雑草避けの草――」

「いや、言い換えなくっていい……」


 言い直そうとした私を遮り、クラウスは続ける。


「……わかったぜ、ちっこい嬢ちゃん、お前さんの言ったことを心に刻み込んで、これからも海賊を続けてやらあ、テントウムシみてぇにな。――いいな野郎ども! 今日のことを忘れるんじゃあねぇぞ!」

「へいっ!」


 クラウスの力強い言葉に手下たちが揃って応じると、村人たちの間から拍手が沸き起こった。

 少なくとも、彼らがこの村に迷惑をかけることだけは、金輪際ないだろう。

 え? お互い本気で殺し合う気がなかったんだから、私たちが介入する必要なかったんじゃないか?

 そういうわけにもいかないよ、ちょっとしたキッカケで泥沼の殺し合いに発展するかもしれないじゃん? 一発の銃声から戦争を始めちゃうのが人間ってモンだからね。


「いやあ、それにしても、まだ幼いってのに賢い嬢ちゃんだなあ、感心したぜ。このまま成長して守護者と契約までしちまったら、どんだけの大物になるんだろうなあ」


 クラウスめ、せっかくイイ感じで終わりそうだったのに、余計なことを……。


「ああ、ちゃうちゃう、ちゃうでオッサン、コイツはなあ、こう見えてもウチらとタメなんやで。――花、もうメンドくさいよって、ド派手なやつ一発かまして、自分にも守護者がおるっちゅうのを見せたりぃや」


 またも幼く見られてしまった私のことを見るに見かねたらしく、火野さんが助け舟を出してくれた。

 こうなったら致し方あるまい……。


「ゴーレムの大盾、貰ってもいい?」

「ああ、そのくれぇ別にいいぜ」


 クラウスに聞いたら気前よく大盾をくれたので、これを使ってデモンストレーションしてみようと思う。

 ってなわけで、ムーちゃんに頼んで土塁の上に大盾を立ててもらい、私は土塁のほうへ近づいた。


「うむ、このくらい仰角があれば、よその都市とかを巻き込むこともあるまい」


 などと、大盾を見上げつつ満足げに頷く私。

 これから何をする気かって? そりゃあ、「ド派手なやつ一発かまして」なんて言われたら、コレしかないじゃん。

 どれ、まずはみんなに注意してと……。


「ダメだよ、前へ進んじゃダメだよ、光と人の渦が溶けちゃいけないからね。あと、ものすごく眩しいから、私がいいって言うまで、みんな目を閉じて下向いててね。――それじゃあいくよ! 照準ゲルドルバ! 〈真・太陽険〉改め、〈そうりゃあレイ〉、発射!」


 私は両手の指をピンと揃えて手刀を作りつつ、右腕は大盾へ向けて真っすぐ伸ばし、左手のほうは胸の前に水平に当てて、全身真っ黒の太陽光吸収モードになると、できるだけ重々しく聞こえるように技名を叫んだ。

 技名を変えたのは、やっぱり〈太陽険〉って名前は目眩まし技に使うべきだと思ったからなんだよ。……どうかなあ? 〈そうりゃあレイ〉って、適当に今つけた名前にしちゃあイイ線いってると思うんだけど、へへ……。

 さてと、そろそろ太陽光吸収モードを解いて確認してみるか。

 大盾はどうなったかな? できるだけ派手に見えるよう光線を太くしたけど、安全を考えて放出量自体はムッチャ抑えたから、そのせいで大盾が無傷だったら恥ずかしいな……。

 などと思いつつ太陽光吸収モードを解いて視力が戻った瞬間、私は我が目を疑った。


「エー……。この距離で外すぅ?」


 ……そう、しっかり狙ったはずなのに大盾は無傷で立っていて、その代わりと言っちゃあアレだけど、大盾から右下に結構ズレた位置で、土塁に直径一メートルくらいのトンネルが開通してたんだよ。

 トンネル内側が部分的にオレンジ色っぽく光ってるのは、溶岩みたいになっているせいかな?

 それにしても、我ながら驚異的なノーコンぶりだなあ。


「あ、みんな、もう見ても大丈夫だよ。――いやあ、恥ずかしいなあ……あれ?」


 頭を掻きながら振り返ってみれば、どうしたことか、村人も海賊も一緒になって、私の開けたトンネルをポカンと見つめているではないか……よし。


「とにかく、私は現在十四歳、とっくに守護者と契約してる年齢だからね、これで信じてくれた?」


 カクカク……。


「いい? 海賊たち。船ごと消し炭に変えられたくなかったら、さっき誓ったことを忘れるんじゃないよ」


 ガクガク……。


 私が何か言うたびに、みんな無言で頷いてくれた。


「これにて、一件落着!」


 誰もしゃべらなくなった聖域に私の声だけが響き、こうして、スヴェントヴィト神殿攻防戦は幕を下ろしたのである。

 やっぱり、〈そうりゃあレイ〉は封印したほうがいいかなあ……。



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