第二〇三話 再チャレンジ 一四 陰陽コンビの守護者
いやー、今回はホントに面倒なミッションだったよ……。あ、ドモ、美少女戦士マントアルニラムこと、斎藤花です。
何が面倒かってさ、村人や村の建物に被害を出さず、陰陽コンビや村人たちにも活躍の場を与えて海賊をとっちめる、ってだけでも面倒なのに、そのうえ、海賊を生け捕りにしなきゃならなかったんだよ。
村長さんから話を聞いた時に気づいたんだけどさ、わざわざ村に何日も猶予を与えて出直さなくたって、海賊は人質を取るなどして、その場で強引に例の武具を奪い取ればいいだけなのに、なぜかそれをしなかったってことは、コレ、連中には本気で村人たちを痛めつける気が無いってことじゃね?
それで、海賊について私が聞き取り調査をしたところ――。
「連中には独自の情報ルートがあるらしくってね、タチの悪い商人の船だけに目星をつけて襲うんでさ。――え? 真っ当な商人の船や町や村を襲わないのかって? いやあ、そんな話、聞いたことがねぇなあ」
「あの連中がいなくなったら、また、この辺りを悪い海賊が荒らすようになりゃしないかって、あたしゃ心配で心配で……」
「なんでも、連中は以前、遭難した漁船を救ってやったそうですじゃ。飢餓で苦しんでおった村に食料を運んだという噂も聞きましたわい」
「海賊のおじちゃん、前に干しアンズくれたよ」
――などなど、まあ出るわ出るわ、善いほうの情報が。
「もう、義賊じゃん!」
「また口に出とるで」
「あ、サーセン……」
イカンイカン、また火野さんに指摘されちゃったよ。思考の海に戻ろう――。
クラウス一味はそう悪い連中じゃないらしく、それどころか弱きを助け強きを挫く義賊的な一面があり、彼らによってこの海域の平和が守られているようなところもあり、助命嘆願というか、可能なら命ばかりは赦してやってほしいとの声が、村人たちから聞こえてきたんだよ。
ってなわけで、まずは家屋の被害と海賊の逃亡を避けるため、土塁で囲まれた岬の聖域を舞台にすることとし、ムーちゃんに頼んで土塁にトンネルを掘ってもらった。
土塁外側の地面と土塁の表面はなるべく平らにして水を掛けたから、冬の寒さでガチガチに凍って登れたもんじゃないし、土塁上への坂道も崩したから敵はトンネルを通るしかない。
聞いた話じゃクラウスは用心深いらしいし、魔法使いが斬り込み隊と一緒に突撃して来るとも思えないから、手下たちがトンネルを抜けたところでムーちゃんに崩落させてもらったら、クラウスと手下たちを分断でき、あとは手筈どおり、手下を村人が、クラウスとその護衛に残るだろう連中を陰陽コンビが、それぞれ片付ければいいだけだ。
ああ、子供とか女性とか、村の非戦闘員たちなら地下神殿に避難してもらったよ、あそこは地中だから意外と暖かいし、何より安全だからね。
で、村人たちの話から、こちらが弓矢や投石で攻撃しない限り向こうも本気にはならないだろうと予想してたけど、それが当たったこともあり、結果は敵味方に死者も出さずの大勝利となったわけだ。我ながら完璧!
ってなわけで、現在、さっきまで戦場だった聖域にて、糸でグルグル巻きにされた海賊たちを一か所に座らせ、戦後処理をしているところなんだよ。
「そうですか、あなたが彼らに武術を……。一介の漁師たちを短期間であそこまで鍛え上げるとは、感服いたしましたぞ」
「いやあ、武術っちゅうても、棒術のほうは適当に考えついたことを教えただけやし、剣のほうもろくに教えれてへんのですわ」
最後まで残っていたあのでっかい海賊が、ドッカと地面で胡座かいたまま火野さんを褒めると、彼女は照れくさそうに笑った。
副長って人から聞いた話だと、このデッ海賊……ああ、デッカイ海賊を省略してみたんだけどさ、どうかな? へへ……。デッ海賊さんは元騎士だそうで、私たちの正体を貴族と知るや敬意を払ってくれるし、しゃべり方や振る舞いにも品があるせいか、この人にだけは火野さんも敬語になっているね。
「ご謙遜を」
「いやホンマ、ウチみたいなモン、うっとこの姫様に比べたら虫みたいなもんですわ」
「姫様? ……なるほど、あなた方は異国の護衛女官でいらしたか。――ともかく、謙虚さを忘れず高みを目指し、あまつさえ民草に助力なさるとは、増長して己が武を誇るだけの愚物ばかりおる昨今、誠にもって珍しい。あなたのような武人がいらっしゃることは、私も武人の端くれとして嬉しい限りです。お若いにもかかわらず立派なお方だ」
「ホンマやめてぇな、恥ずかしですやん」
デッ海賊さんと火野さん、褒めと照れの応酬をいつまで続ける気かなあ……。
え? そんなことはいいから、火野さんと仮契約した守護者を早く教えろ?
しょうがないなあ、そろそろ明かすとするか……。実はね、彼女の守護者は、あの有名な妖怪、〈鵺〉なんだよ。
ほら、小学校の修学旅行で京都へ行った際、産寧坂を通ったことがあるじゃん? どうやらあの時に私と縁ができたらしくってね、私の力になれるならって火野さんと仮契約してくれたんだよ。
そんなことで縁ができるものなのかと不思議に思うけど、タギツちゃんいわく――。
「数十年を共にして縁無きことあらば、一度行き合うただけで縁のできることもある。縁とはそういうものじゃ」
――なんだって。
で、鵺に関する伝説はいっぱいあるけど、火野さんの守護者には雷獣の一種だったという説が取り込まれているらしく、その加護を得た火野さんは、自分の体や武器に触れた対象を感電させることができるんだよね。しかも、ちょっとピリッとさせるくらいから黒焦げにするまで、電流も電圧も調整は思いのままなんだって。
鵺は当然ながら力も強いし動きも速く、その加護を剣道少女の火野さんが得たもんだから、あの強そうな特注ゴーレムをも圧倒できたし、さらにはデバフ効果のある鳴き声まで使えるから、村人たちの戦いが優勢に進むよう、その能力で海賊たちを絶不調にさせたってわけだ。
火野さんの守護者が鵺だって聞いた時、そりゃあ私も興奮したもんさ……。
「ウチのことより、作戦立てたんも戦闘中に指示出しとったんも、このちっこいやつですよって、褒めるんやったらコイツにしたってください」
「なんと、こちらのお方が……」
あ、なんか、火野さんが余計なこと言うもんだから、デッ海賊さんを始め、みんなの視線が私に集まったぞ……。
「そんなはずねぇだろ、勝ったからって適当なこと言いやがって……」
「いや、俺は見たぞ、たしかにあのガキが指示してやがったぜ」
「マジかよ……」
海賊たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。村人たちは「ウチの子すごいやろ」って感じのドヤ顔してるけど、連中のほうは疑いと驚きが半々って感じだね。
そんななか、デッ海賊さんは火野さんを完全に信用しているらしく、心から感じ入ったような表情だ。
「いやはや、これほど幼いうちから、軍略家としても前線指揮官としても非凡な才を発揮されるとは、まったく末恐ろしいお嬢様だ、感服いたしましたぞ。干しアンズがございますゆえ、のちほど進ぜましょう」
デッ海賊さん、ムッチャ優しい目で褒めてくれるのはいいけどさ、絶対に私の年齢を誤解してるよね……。
「私にそんな才能はありませんって。……それより、誤解してるみたいだから言いますけど、こう見えて私、この子たちと同い年なんですよ?」
「ハハハハ、承知つかまつった、そういうことにしておきましょう」
私の説明を聞いたとたん笑ってウィンクするデッ海賊さん……。この感じだと、背伸びしたいお年頃だと思われたに違いない。
どうやったら信じてもらえるかと私が悩み始めた時、近くで座っている副長が頼み事をしてきた。
「あのう……。そろそろ、船長を赦してやっちゃくれませんかい?」
「あ……」
副長の憐れみに満ちた視線の先を見て、私はようやく思い出した。……まあ、ホントは気づいてたんだけどね。
みんなからちょっと遠巻きにされ、マミー型シュラフに入っているがごとく顔以外を小蜘蛛にビッシリ覆われた状態で、彼らの船長クラウスが転がっていて、その顔をムーちゃんが至近距離から覗き込んでいるんだよ。
トンネルその他の工事から偵察、そしてボスであるクラウスの捕獲と、ムーちゃんにはいっぱい活躍してもらったはずなんだけどね――。
「恨めしい……火野さんと私では、費やした文字数が……違いすぎる……」
――などという意味不明な理由により、ああして腹いせに、彼女はクラウスが目を覚ますたびに失神させているんだよ……。クラウス、もう四回くらい気絶したんじゃないかな?
さて、クラウスのことは放っておいて、そろそろムーちゃんの守護者についても話そうかな。
彼女が仮契約した相手は、鵺にも並ぶメジャー妖怪、〈土蜘蛛〉だったんだよ。
これまた修学旅行の話になるんだけど、京都で土蜘蛛塚に手を合わせた際、私のことを気に入ってくれたみたいで、土蜘蛛がムーちゃんの仮の守護者になってくれたんだよ。
まつろわぬ民の怨念と蜘蛛という概念が混ざり合った妖怪だから、女郎蜘蛛のように巣を張ることも地蜘蛛のように穴を掘ることも可能なうえ、ただでさえ強靭な蜘蛛の糸が強化されているし、気配を消すこともできるしと、ムッチャすごい妖怪なんだけど、それらの能力をムーちゃんも使えるんだって。
しかもだよ、仮契約だから本体こそ召喚できないものの、眷属なら問題なく召喚できるってことで、今回も、眷属である小蜘蛛を使って偵察したりクラウスのサン値を削ったりできたわけだ。
糸はムーちゃんの思うままに消滅させることも可能だから、内壁補強用の糸を一気に消すことでトンネルを崩落させてもらえたし、海賊たちを縛り上げるのにも使わせてもらったよ。使える守護者だなあ。
ムーちゃんの守護者が土蜘蛛だって聞いた時、そりゃあ私も興奮したもんさ……。
「あのう、そろそろ船長を……」
あ、完全に忘れてた。副長がかわいそうだから、そろそろ赦してやるか。




