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第二〇一話 再チャレンジ 一二 ゴーレム



「へ……」


 目が点になるクラウス。


(このガキども、何言ってやがんだ……)


 相手の言っていることをまったく理解できず、困惑するクラウス。

 そんな彼をよそに、愛と暴虐のマント美少女戦士シュヴァルツェ・ドライ・シュテルネは、華麗に行動を開始する。


「マントミンタカ、マントアルニタク、や~っておしまい!」

「え、ウチどっちなん?」

「オリオン座の三ツ星と言えば……ギザの三大ピラミッドは……オリオン座の三ツ星を、地上に投影したもので……それぞれの位置関係はもちろん……」


 ……いや、華麗に行動するどころか、花が思いつきの名前を勝手に言ったせいで火野は混乱し、ムーもオカルト脳が刺激されたらしくウンチクを垂れ始めた。グダグダである。


「え~、せっかくイイ感じで登場したのにさあ、ここで流れを止めないでよぉ……。とにかく、ふたりとも行ってきて」

「わかった、行てくるわ!」

「……うん……」


 花が口を尖らせて文句を言うと、ふたりはようやく飛び下りた。……そう、飛び下りたのである、高さ一〇メートル以上の土塁から、硬く凍った地面へと。


「危ねっ!」


 クラウスは思わず声を上げたあと、地面に激突する少女ふたりの姿を予期して、とっさに視線を逸らした。

 それからほどなくして、彼は恐る恐る少女たちのほうを見たのだが――。


「何ぃ!?」


 ――ひとつしかない眼球が飛び出さんばかりに、彼は驚いた。

 死んでもおかしくはない高さから落下したというのに、髪の短いほうの少女はケロッとした顔で着地しており、髪の長いほうの少女に至っては、なぜか姿そのものが消えているのだ。

 ここへきて、ようやくクラウスは悟った。


「テメェら、貴族だったのか!」


 ……そう、こんなことが可能な人間は、守護者の加護を得た貴族以外にありえない。


「……クソッ、この島と周辺にいる領主どもの動きにゃ目を光らせていたが、さすがにこいつぁ盲点だったぜ、まさか、僻地の漁師ごときに女学院へのツテがあったとはなあ……。テメェら、グライフスブルクから派遣された学生だな!」

「ちゃうで」

「……」


 少女貴族が複数いる現状と島周辺の地理を照らし合わせ、ひとつの結論に達したクラウスは、火野をビシッと指差したもののソッコー否定され、気まずそうに口を閉ざした。


「……なるほどなあ、あの村を学院に助けてもらったとなりゃあ、領主であるルヤナ伯の面目が丸潰れだ、そりゃあ学院としても認めるわけにゃいかねぇわな。わかるぜ」


 などと言いわけがましいことを口にしつつ、クラウスは頭をフル回転させ始める。


(ひとりだけ土塁の上に残ったチビは、まあ、見るからに守護者のいる年じゃねぇから除外するとして……問題は、あとのふたりだ。俺を討伐するために派遣されたからにゃあ男爵ってことはねぇ、ふたりとも城伯か、下手すりゃあ伯爵ってこともある……。ここはズラかったほうが利口だが、そうなりゃ手下どもは……)


 斬首される手下たちの姿を想像し、異色の魔法使いは、魔法使いらしくもない非合理的な判断を下した。


「……なあ嬢ちゃん、正々堂々と戦ってやるからよ、ひとつ約束してくれねぇか? もし俺が負けたとしても手下どもの命は取らねぇってよ」

「カッコええこと言うやん……。ええで、約束するわ」


 思いがけぬ提案をしてきたクラウスに火野は目を丸くし、すぐに笑顔で答えた。


「ほな、始めよか」


 そう言って彼女が抜いたのは、一本の木刀――ではなく、木刀の形状をした金属刀である。

 羅城門グループ謹製のそれは、木刀形状ゆえに刃こそ無いものの、折れず曲がらず重すぎずを念頭に置いて作られており、新開発の合金でできた刀身は表面に特殊処理を施されているため、日本刀の刃先すら凌ぐ硬度を誇る。

 刀身と一体になった柄に刻まれた文字は『風林火山』、古い少年漫画も愛読している花の趣味であることは、もはや言うまでもなかろう。


(もうひとりのことは気がかりだが、相手が〈伯爵級〉の認識阻害系能力を使っていたとしても、近くまで来れば、俺なら相手の魔力や魔素で居場所がわかる。――よし、まずは髪の短いほうを片付けるとするか)


 姿の見えぬムーを警戒しつつ、クラウスは目の前の敵から排除することに決めた。


「貴族だったら手加減はいらねぇよなあ嬢ちゃん。――そらよ!」


 言うが早いか彼は魔弾を放ち、煌々と輝くそれは矢よりも速く火野に迫る。

 しかし――。


「よっ。――おお、ちゃんと反応できるわ」


 彼女は体勢を崩すこともなく、きれいな足捌きで魔弾を躱すと、自分が加護を得ていることを改めて実感した。


「クソッ、これならどうだ!」


 自分に使える魔法の中で最速である魔弾を躱されて悔しがるも、今度こそは命中させてやるとばかりに、可能な限り連射し始めるクラウス。

 だが、その猛攻を、火野はことごとく躱してみせた。


「……ハァ、ハァ、……クソ、すばしっこいガキめ……」

「ほな、次はウチの番な。行くで」


 魔法を連射したことで疲れたのか、クラウスが肩で息をしながら悪態つくと、彼女は勝ち気そうな目を輝かせて宣言するや否や、信じられない速度で走り始めた。

 守護者の剛力で軽い人体を動かせば速いことは当然であり、それは、力の強い守護者を持つ貴族の常套手段でもあるため、クラウスも特に驚きはしないが、近接戦闘に弱い魔法使いにとって脅威であることは間違いない。

 そんな彼に向け、人の限界を超えた速度で火野は疾駆し、最初は一〇〇メートル以上あった距離も見る見る縮まり、残すところあと二〇メートル、一〇メートル、そして五メートル、と、いうところで――。


 ブンッ!


 唸りを上げてツヴァイヘンダーが空を薙ぎ、それを彼女は数メートルも跳びすさって避けた。


「危ないなあ、当たったらどないすんねん」


 などと口で言うわりに、焦った様子もなく特殊刀を中段に構える火野。

 クラウスに対して? いや違う、自分の胴を両断せんと大剣を横薙ぎに振るった相手に対して、である。

 ――そう、今、彼女が対峙している相手は、クラウスのボディーガードたる例の騎士であった。

 それにしても、全身をプレートアーマーで固めたこの騎士、ローマのスクトゥムのような長方形の大盾を片手に持っているため、残る片手のみで剣を振るうしかないというのに、身の丈ほどもあるツヴァイヘンダーを軽々と操るとは、なんと恐るべき怪力か。


「バカ野郎! やりすぎだ、命取りになるような大怪我させるんじゃねぇぞ! ――おい、貴族の嬢ちゃん、察しているとは思うが、こいつぁ人間じゃねぇ、〈伯爵級〉の魔石を五個も使ってある特別なゴーレムだ。悪徳商人の船を襲った時に手に入れたんだがよ、セファロニアの侯爵がナデジア屈指の錬金術師に発注したシロモノでな、ゴーレムにしちゃあ小ぶりだが、力はそこいらのゴーレムよりずっと強ぇし、体が小さいぶん動きも速ぇ。嬢ちゃんが今から守護者を召喚しようったって、もう間に合わねぇぞ。……なあ、悪いこたぁ言わねぇから、怪我しねぇうちに降参しな」


 クラウスは相手を殺しかけた騎士を叱ると、今度は火野のほうを向き、降参するようせつせつと説いた。


 ――ゴーレム――。

 グリューシュヴァンツ帝国五大諸侯の一角たるナデジア大公の領邦では、錬金術が盛んであり、ナデジア大公国の錬金術師が発明した人型の魔導具こそ、ゴーレムである。

 使用者の命令だけを黙々と実行するロボット、とでも言うべきか、自発的に動くことはできず、会話することもできないが、一方、力が強く頑丈で、器物ゆえに毒や呪いなどが効かないという長所もある。

 カノーネや魔剣などを見ればわかるように、魔石を一個使ったくらいでは、単純な魔法をひとつ使える魔導具にしかならないため、ゴーレムには四個もの魔石を使用することが一般的であり、そのコストパフォーマンスの悪さから普及していないのが実状だ。


 それにしても、高価な〈伯爵級〉の魔石を五個も使用したというこのゴーレム、その性能はどれほどのものか……。


「ゴーレム? ゴーフルちゃうねんなぁ。まあ、なんや知らんけど、人間ちゃうっちゅうこっちゃな。オモロイやん、相手したろやないか」


 剣道の試合でも果敢に攻める火野のこと、難敵そうな相手を前にしても怯まず、むしろ嬉しげに笑みさえ浮かべるのだった。



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