第二〇〇話 再チャレンジ 一一 美少女戦士参上
熊のごとき体格をした歴戦の剣士と、漁師の息子であり同年代でも小柄な部類に入る少年、この極めて対照的な両者が、今、戦場の片隅で対峙していた。
長さ二メートルほどの棒を腰に構えて半身になり、その先端を相手の喉元に向けているという点において、双方たしかに同じではあるが、一方が相手の健闘を楽しみにしてさえいるのに対し、もう一方は、どう攻めるべきか考えるだけで精一杯であり、積み重ねてきた経験と現時点での力量の差は、天と地ほどに開いている。
やはりと言うべきか、やがて緊張に耐えられなくなり、少年クルトの中で未熟ゆえの焦りが暴発した。……すなわち、理合もなく、ただ闇雲に突きを繰り出してしまったのだ。
「セイッ!」
無論、そんな攻撃が通用するはずもなく――。
「ウグッ!」
難なく受け流された挙げ句、ひと突き腹に入れられてクルトは息を詰まらせた。
「今のはいけないな、あまりに稚拙だ。――それにしても、きみたちは棒術を誰に習ったのかね? いや、棒術だけではないな、組織立った動きも指揮者の力量も見事なものだ。あの狭い通路にいる我々をあえて頭上から攻撃しなかったのは、これを見せるためか、あるいは温情をかけてくれたのかな?」
「……へっ、俺たちにはスゲェ師匠がいるもんでね……」
「ほう……」
漁師たちの戦いぶりを褒めていた男だったが、膝をついていたクルトが立ち上がり、まだ戦うという姿勢を見せると、まだ幼さの残る少年の気概に彼は刮目した。
「やっぱり棒は性に合わねぇ、今度は――コイツでやるぜ」
「ふむ、ならば私も――コレでお相手つかまつろう」
クルトが棒を手放して腰の木剣を構えると、男のほうも棒を捨て、しかし腰に差している自分の剣は抜かず、白目を剥いたまま転がっているヤンスの腰から木剣を拝借し、それを顔の右側で立てると右足は後ろに引き、日本剣術における〈八双〉のような構えを取った。グリューシュヴァンツ流剣術の〈天の構え〉である。
一方、一度痛い目を見たことと本気で教わった剣を手にしたことで、クルトはすっかり冷静さを取り戻し、中段に構えたまま足捌きを忘れず、火野から習ったとおり打つべき時を探った。
(これはこれは……。この少年、たしかに棒術より剣術のほうが得意らしい、先刻とは別人のようではないか。……それにしても、あの構え、〈突き構え〉に似ているものの、引いている足が左右逆だ。常に動き続けているところも珍しい、地面を擦るように足を運ぶのは何ゆえだ? ……間違いない、これまで私が見てきた流派のいずれとも違う。……世界とは広いものだな、この少年の師とは、どのような人物なのだろう)
男は生まれ変わったようなクルトを見て感心すると同時に、彼の師であるという不世出の剣豪に思いを馳せた。
(……とはいえ、この少年が剣を学んだのは最近のことだろう、ならば彼の師も初歩の初歩だけ教えたに違いない。ここはまず、打ち込んでからの〈流し斬り〉でいったん勝負を決め、それでもまだ彼が続けると言うなら、できる限り稽古に付き合ってやろうか)
帝国の正統派剣術とも呼べるグリューシュヴァンツ流剣術には、彼我の剣が接触している状態から剛柔巧みに使い分けて相手を制する、という技が多い。
対して、日本の剣道では鍔迫り合いに重きを置いておらず、むしろその状態になる前に一足一刀の間合いから一瞬で打突を決める、ということを重視している。
そうした剣術思想の違いと、ヒヨッコ剣士に胸を貸してやるくらいの気でいたこと、そして何よりも、尋常ではない体の不調、これらいくつもの要因が男の運命を決めた。
「シャラアァァァァッ!」
「ムンッ!」
クルトが火野譲りの気勢を発したのを合図に、男は木剣を打ち下ろした。
剣の向かう先はクルトの頭ではなく、その手にある木剣。互いの武器が接触すると同時に右足を踏み込み、そこから瞬時に斬り上げへと転じ、己が木剣で相手の木剣を制して軽く突きを入れる、そのつもりであった。
しかしこの時、彼はいくつか見誤っていた。
グリューシュヴァンツ流剣術の〈突き構え〉が、腕を伸ばしてできるだけ相手との距離を取るのに対し、クルトの中段は、両肩の力を抜いて腕もゆったりさせ、ヘソで構える、火野に教わったとおりの構えだったこと。
クルトが居着くことなく瞬時に動ける状態だったこと。
不調ゆえに精彩を欠く今の彼の動きが、俊敏な火野の振るう竹刀に翻弄されてきたクルトにとって、決して速いものではないということ。
そして、クルトがこの時を待っていたこと――。
「カテェェェッ!」
「グッ!」
打ち下ろそうと動いた隙に小手を打たれ、男は堪らず木剣を落とした。
実は、火野に小手を打たれて以来、クルトはずっと、一見地味なこの技を特に鍛錬していたのだ。
「フゥゥゥゥ……。オッサン、まだやるか?」
「……いや、降参だ。周りをよく見ろ」
これも火野から教わったとおり、技を決めたあとも残心を忘れず、クルトは木剣を構えたまま男に問うたが、意外にも男は潔く負けを認めると、苦笑しつつクルトを促した。
その瞬間――。
「うおぉぉぉぉぉ!」
「クルトが勝ったあぁぁぁぁ!」
「すっげぇぇぇ!」
――と、周囲から歓声が沸き上がった。
驚いたクルトが見回してみれば、今や海賊たちは誰ひとりとして立っておらず、村の男衆が揃ってこちらを向き、年若い勇者の勝利を喜んでいるではないか。
いつの間にか、戦いは終わっていたのだ。
「……そうか、俺……いや、俺たち、勝ったんだ……」
安堵したとたん力が抜け、ヘナヘナとその場にしゃがみ込むクルト。
その様子を、神殿側から土塁へと上る坂道の途中で、勝ち気そうな目が眺めていた。
「アホか、運が良かっただけや。調子に乗っとったらあとでシバいたろ」
もしもの時は自分が割って入ろうと見守っていた、火野である。
「ふふーん、口じゃあそんなこと言っても、顔はムッチャ嬉しそうだねぇ。弟子が勝ってよかったね、師匠」
「師匠ちゃうわ! ……まあ、こうなったらウチも負けてられへんな」
横から茶々を入れてくる花に反論するも、彼女は太陽のように笑い、そこに――。
「……私も、あの魔法使いのサン値を……削ってあげなきゃ……グレート・オールド・ワンのように……」
――と、名状しがたい笑みを浮かべたムーも加わり、いよいよ、人外の力を得た少女たちと人外の者の戦いが幕を上げるのであった。
◇ ◇ ◇
横穴が崩落したあと、クラウスは念のため土塁から距離を取り、その向こう側で行われている戦いを鳩の目を通して見守っていた。
「こんな、バカな……」
愕然とするクラウス。……無理もない、精強をもって知られる手下たちが、こんな僻地の漁師ごときを相手に全滅してしまったのだから。
「どこの誰だか知らねぇが、漁師どもを鍛えて策まで授けたやつがいるな。……あの横穴が崩れたのだって、そいつが仕組んだに違いねぇ、おそらくは俺と手下どもを分断するためになあ、クソッ」
気を取り直したクラウスは思わぬ強敵の存在を察し、鳩に意識を集中しつつ忌々しげに吐き捨てた。
「しかしまあ、向こうが俺を本気にさせたくないってことは、これでよくわかったぜ、そうじゃなきゃ横穴ごと生き埋めにしていたはずだし、現に手下どもは全員生け捕りにされたみてぇだからな。……でもなあ、こいつぁ面倒くせぇことになったぜ、俺と殺り合えるようなやつが向こうにいねぇにせよ、俺としても可愛い手下を人質にされちゃあ無理はできねぇ。――なあ、お前はどうすりゃいいと思う?」
「……」
「……ああ、すまねぇ、お前に聞いてもしょうがねぇよな」
強気で押して伝説の武具を手に入れるか、それとも、人質解放を条件に武具のことは諦めるか、前者を選んだ場合、追い詰められた村人らによって手下たちが虐殺される可能性もある。
船長専属ボディーガードとしてひとり残った件の騎士に、クラウスは手詰まり状態の打開策を問うも、無言で困ったように首を横に振る騎士を見て謝った。
その時である!
「誰だ!」
土塁上に現れた気配を察し、クラウスは振り向くと同時に誰何の声を上げた!
そこに彼が見たものは、揃ってフード付きマントに身を包んだ謎の三人組。果たしてその正体は!
「真綾ちゃんとの楽しいクリスマスパーティーを私から奪った、悪いやつ! 我ら、愛と暴虐のマント美少女戦士、シュヴァルツェ・ドライ・シュテルネ! スヴェントヴィト神に代わって、お仕置きだよ!」
「シバいたる!」
「……この恨み……晴らさで……おくべきか……」
思い思いのポーズを取る花と火野、そして、クラウスのサン値を削る気満々のムーであった……。




