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第一九九話 再チャレンジ 一〇 スヴェントヴィト神殿攻防戦



「ウオオォォォォ!」


 大海賊〈大酒飲みのクラウス〉の手下に誰ひとりとして弱者はおらず、いずれも勇猛果敢な強者揃い――とは、よく言ったもので、古代帝国に抗ったという蛮族の戦士のごとき雄叫びを上げつつ、彼らは土塁に向かって突撃していった。

 しかし……。


 ツルツルッ、ビタン!


「グアッ!」


 土塁に到達することもできず、足を滑らせて盛大にコケる者、あるいは――。


「何クソッ!」


 ツルッ、ツルビタン!


「グエッ!」


 ――なんとか土塁に取り付くも、そのまま滑り落ちて顔面を打つ者……。

 結局、誰ひとりとして土塁を越えられなかったどころか、攻撃されてもいないのに怪我人まで出して、第一次攻撃隊はスゴスゴと帰ってきた。

 惨めな姿である。


「全然ダメです船長、土塁の手前あたりから不自然に地面が凍ってるせいで、マトモに立ってらんねぇし、土塁自体もガッチガチに凍ってやがる。あんなの、梯子や鉤縄(かぎなわ)を使ったって、とても登れたモンじゃありませんぜ」

「バカ野郎っ! テメェ、鼻血が出てるじゃねぇか! 小鼻をつまんで軽くうつむいてやがれ! そのうち止まらあ!」


 おそらくは顔面を打ったのだろう手下が鼻血を垂らしつつ報告してくると、クラウスは口から唾を飛ばさん勢いで怒鳴りつけた。

 実は、このクラウスという男、魔法使いとしてだけではなく海賊としても異色で、カタギに戻って所帯を持ちたいと言う手下でもいた日には、自ら祝い金を手渡して快く送り出してやるほど、手下思いな一面もあるのだ。


「おいテメェら! 頭を強く打ったクソ野郎はいねぇな!? 今は大丈夫でも、あとで取り返しのつかねぇことになるかもしれねぇんだぞ、正直に言え! …………そうか、そりゃあよかった。ともかく、他の手を考えねぇとな」


 手下たちの無事を確認して安堵したあと、クラウスが新たな作戦を考えようとした、その矢先である――。


「あのう……船長、スンマセン、ちょっといいですかい? あっちのほうに土塁の向こうへ抜けられそうな横穴を見つけたんですが」


 ひとりの若い手下が、遠慮がちに、そんなことを報告してきた。


      ◇      ◇      ◇


 第一次攻撃の際に土塁上からの攻撃は無く、それどころか見張りのひとりさえ姿を見せなかったということで、村人らも本気で戦いたいわけではないのだろう、などと判断したクラウスは、手下たちを引き連れて件の横穴を確認しに来ていた。


「連中が火を焚いてやがるおかげで、向こう側が明るくって助かるぜ。この穴は真っすぐ土塁の向こう側に抜けてるみてぇだな、そんで、穴を抜けた少し先に壁が見えるってことは、あそこで通路が折れ曲がってるに違いねぇ。どれ――」


 大柄な男でも充分に立って歩けそうな横穴を、大盾構えた騎士の後ろから用心深く覗き込み、通路として使えそうだと判断すると、クラウスは念のために魔法の光球を横穴の中へ送り込んだ。

 魔法使いである彼は大魔法でもない限り詠唱を必要とせず、そうやって瞬時に生まれた魔法の光球は、彼に制御されるまま穴の中を照らしつつユラユラと進んでゆく。


「内壁と天井部分がやけに光を反射するなあ、表面の水分が凍って……いや、崩落しねぇように何かを吹き付けて補強してんのか? ……漁師ごときにできる仕事じゃえねぇな、こりゃあ失われた技術で大昔に作られた抜け道に違いねぇぞ。ともかく、伏兵がいるわけでも罠を仕掛けているわけでもなさそうだ。……まあ、漁師の中にそんな策士がいるはずもねぇか」


 土塁の向こう側に脅威が無いことは鳩で確認済み、これで横穴内部が安全であることも確認した。

 あとは、疾風怒涛のごとく攻め込むのみである。


「よし、野郎ども! 数だけ多くたって相手はただの漁師どもだ、実戦を生き抜いてきたテメェらの相手じゃねぇ、抵抗するようだったら軽く遊んでやれ。なあに、ちょっと痛い目を見せてやりゃあ、すぐに降参するだろうぜ。――いいか、くれぐれも命取りになるような大怪我させるんじゃあねぇぞ!」

「へいっ!」


 クラウスの力強い言葉によって手下たちが一気に奮い立った、その時。


「ヒョー、ヒョー……」


 ……と、どこからともなく、何かの鳴き声のようなものが聞こえてきたではないか。


「……な、なんだ? 今のは……」

「鳥や獣だとしても、あんな鳴き声、俺は聞いたことがねぇ……」

「……まさか、魔物か?」


 人ならざるモノとの距離が近いこの世界の人間は迷信深く、板子一枚下は地獄という日々を生きている船乗りなら、なおのこと。不吉な鳴き声を聞くや、冷水でも浴びせられたかのように士気を下げる手下たち。

 ……いや、冷水を浴びせられたのは、手下たちだけではない。


(……な、なんだ? この嫌な感じは……。恐怖? あんな鳴き声を聞いたくらいで、この俺が怯えてるってのか? ……まさか、精神攻撃系の魔法――いや、ありえねぇ、〈伯爵級〉の魔法使いにそんなモンが効くわきゃねぇ、そもそも、俺の魔素はなんの干渉も受けちゃいねぇ。……へっ、ただビビってるだけじゃねぇかよ、コイツらと長いこと一緒にいるうちに、俺もすっかり人間っぽくなったもんだぜ)


 対象の魔素に干渉してなんらかの現象を起こす技が魔法であり、魔法のエキスパートにして魔素の動きにも敏感な存在が魔法使いである。

 ゆえに、至って合理的な思考の末、この恐怖が魔法によるものなどではなく、人として自然な感情の揺らぎによるものだと結論づけ、クラウスは自分自身と手下たちを叱咤することに決めた。……自分の全身が総毛立っているという現実を、わざと意識の外に置くようにして。


「野郎ども、ビビってんじゃねぇぞ! 魔法使いである俺が断言してやらぁ、アレは魔物の声じゃねぇ、どうせ珍しい鳥かなんかが鳴いたんだろうよ」

「……なんだ、ただの鳥かよ」

「船長がそう言うんなら間違いねぇ……」


 誰よりも頼りになる船長の言葉とあって、手下たちは皆、拭っても拭いきれぬ恐怖心と重度の脱力感から目を背け、地獄へ続いているかのような暗い横穴をじっと見つめた。


「総員、突撃ぃぃぃ!」

「おお!」


 クラウスの号令により、手下たちは勇気を奮い立たせて横穴へ突入し始め、無事に穴を通り抜けたあとは突き当たりを次々と曲がり、土塁の外側で待つクラウスの視界から消えてゆく。

 そうやって最後尾のひとりが視界から消えるのを見届けたあと、クラウスは状況を確認すべく、使い魔の鳩に意識を集中しようとしたのだが……。


 ガラガラッ、ズウゥゥゥン!


 ……なんと、彼の眼前で突如として横穴が崩落し、完全に埋まってしまったではないか。


      ◇      ◇      ◇


 副長率いる突撃隊は横穴を抜けたあと、壁と土塁とに挟まれた長い通路を疾走している最中に、横穴の崩落する音を背中で聞いた。

 それにより、不気味な鳴き声を聞いてから続いていた恐怖に不安が加わり、先頭を走っていた副長は引き返そうかとも思ったものの、最初はそれなりに広かった壁と土塁との間隔は徐々に狭まり、今や彼ら全員、通路を一列になって全力疾走しているという状況のため、立ち止まることもできず、ほどなく副長は通路を抜け、愕然とした。

 土塁や壁の上からの攻撃という当然の脅威が皆無だったため、やはり漁師たちに交戦の意思は無いのだと彼も納得していたが、どうやら、それは間違いだったらしい。


「セイッ」

「シャラアァァァッ!」

「キエェェェィッ!」


 裂帛の気勢とともに四方八方から繰り出される幾本もの棒が、不幸な彼の意識を刈り取った。

 ひとりずつ出てくるしかない海賊らを多対一で確実に仕留めんと、村の男衆が待ち構えていたのだ。

 しかし、さすがは海域随一の海賊団と言うべきか、彼らは犠牲を出しながらも敵の包囲を徐々に押し広げてゆき、全員が通路を抜けたあとは乱戦へと持ち込んだ。

 こうなれば、漁師ごときが彼ら精鋭に勝てるはずは――いや、どこかおかしい。


(コイツら、やけに戦い慣れてやがる……)

(クソッ、漁師じゃねぇのかよ! 練度の高い軍隊みてぇに統率が取れてやがる!)


 海賊たちは違和感を覚えていた。

 何しろ、間合いを詰めようとすれば敵はスッと下がり、必ず他の敵が死角から攻撃してくるし、その攻撃も突く打つ払うと実に多彩で、とても漁師の戦いぶりとは思えない。

 それに――。


「三班は四班のところまで後退! 一班は六班の援護に!」


 ――などと子供特有の甲高い声が聞こえるたびに、三人一組らしい各班が素早く動き、精強であるはずの海賊をひとりずつ倒していくのだ。

 そして、もうひとつ、極めて重大な事実が海賊らを苦しめていた。


(なんで力が入んねぇんだよ!)

(ダメだ、思うように体を動かせねぇ……)


 ……そう、こうして実際に戦ったことで判明したが、不思議なことに彼ら全員、剣を握る手にも振るう腕にも、いや、足腰にさえ、いつもほどの力を込められず、体が鉛のように重いのだ。

 そんな不調に苦しむ海賊をひとり倒した班は、すぐさま他班の応援に向かいと、彼我の戦力差は急速に開いてゆく。

 しかし、全体として劣勢な海賊の中にも、局地的に見れば、圧倒的優位に戦っている猛者がひとりいた。


「フンッ!」

「ぶ!」


 突き出された棒を掴んで引き寄せ、その男が手のひらで顔面を押すと、押された漁師は背後へ吹っ飛んだ。

 熊のごとき体格をしたこの男、実は、さる貴族に仕える騎士であり高名な剣士でもあったのだが、才を妬んだ同僚に濡れ衣を着せられて流浪の身となり、流れ着いた港酒場で酒に溺れていたところを、クラウスに拾われたのだ。


「やはり力が入らんな……。さりとて、戦場において己が不調を口実に負けが赦されるものではあるまいよ。――さあ少年よ、これにて、次の援軍が来るまでは私ときみとの一騎討ちと相成ったわけだが、どうするかね? 私としては、次の援軍が来るまで待ってやっても一向に構わんが」


 ひとりごとを言ったあと、ひとり残った少年に顔を向け、男は戦いの最中にあるとも思えぬ穏やかな表情で声をかけた。


「バカにすんじゃねぇ、俺とオッサンで一騎討ちだ」

「ほう、良い目をしている……。どうやらきみは、すでに一人前の戦士のようだな、しからば是非もない、この一騎討ち、喜んで受けさせてもらうとしよう」


 圧倒的強者を前にしてもなお闘志の消えぬ少年を見て、どこか嬉しげに感心すると、男は漁師から奪い取ったばかりの棒を静かに構えた。

 彼の周囲には幾人もの漁師たちが転がっており、その中には、花がヤンスと聖ラファエルなどと名付けた少年たちの姿も見える。……そう、今、歴戦の剣士と対峙している少年は、村長の息子、クルトであった。



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