第一九七話 再チャレンジ 八 海賊に備えて
私たちを乗せた船は、ほんの十数分で浜に帰ってきた……。
「おぇぇぇぇ……」
「……エクト……プラズム……が……出る……」
浜辺で四つん這いになってケロケロする私と、いつにも増して血色が悪くなっているムーちゃん……そう、私たちは船酔いしたのだ。
「アンタら弱すぎるやろ、そない揺れてへんで……。こんなん、ひ◯パーの◯チャンガよりマシやわ」
などと呆れつつも、私の背中をさすってくれる火野さん。……ゴメンね、自分が乗り物酔いマスターだってことを忘れてたよ。
たいへん羨ましいことに、火野さんは生まれてこの方、乗り物酔いをしたことがないのだそうな。三半規管がどうかしているに違いない。
「……でもまあ、行った甲斐があったよ、襲撃時に予想される海賊船の停泊ポイントから、村までの距離が、わかっ――おえぇぇぇ……」
「アホ、まだしゃべるな」
しゃべり始めたとたんえずくもんだから、私は火野さんに叱られてしまったよ。……ほんとゴメンね。
ともかく、海賊船の前の停泊ポイントまで行った私が、吐き気を我慢しつつ、そこから村までの距離を距離計で測ったところ、だいたい四〇〇メートルちょっとだった。
この距離だと、たしかに村長さんが言ったとおり、海賊船からの魔法や弓矢による攻撃は村まで届かないけど、逆に、私の〈真・太陽険〉も加減が難しくなって使えない。
遠距離から敵船を破壊しようと多めに光を放出した挙げ句、無関係な漁船や商船だったり遠くの村や町だったりを巻き込んだ、なんてことになったら笑えないからね。
そもそも、海賊船内に拉致された一般人がいる可能性だってあるから、サブちゃんの妹さんのおかげで不安要素が大きくなっているアレだけは、怖くて使えたモンじゃない。
方角の関係で〈東方無敗〉も使えないし、火野さんとムーちゃんも遠距離攻撃向きじゃないから、これで、海賊船に注意を払う必要がなくなった代わりに、コッチが一方的にアウトレンジ攻撃できる可能性も消えたわけだ、うん。
いや~、何しろ命が懸かってることだからね、実際に自分の目で確かめてホントよかったよ。……べ、別に、船に乗ってみたかっただけじゃないんだからねっ!
「いやいや、ツンデレっぽく言うてもアカンで、ホンマは乗ってみたかっただけやろ」
「サトリっ!?」
「アホ、自分で言うとったわ」
「あ、ソーデスカ……」
火野さんに心の中を読まれたと思って驚いたけど、最後のほうは口に出てしまっていたらしいね、恥ずかしいなあ……。
「……まあ、ともかく、小船に移乗して来た連中の上陸直前を狙って、私の〈真・太陽険〉で一掃するよ、そのくらいの距離だったら私も加減できると思うし」
チャッチャと終わらせたくて私はこう言ったんだけど、ここに、火野さんとムーちゃんから物言いが――。
「花ぁ、全然わかってへんなあ、ひとりでオイシイとこ全部持ってく気ぃか? 今回はアンタだけで来とるんちゃうんや、ちゃんとウチらにも見せ場っちゅうモンを作ってくれなアカンやろ。――なあ、ムー」
「そうね……。私の内にあるモノの声が聞こえるわ……阿鼻叫喚の地獄を……この手で現出させるのだ……と……」
ふたりとも、守護者との仮契約で得られた力を一刻も早く実戦で使いたくって、ウズウズしてるんだね、クルト君たち相手じゃ使うまでもなかったし。
などと思ってたら――。
「そのとおり! 俺らにも見せ場をくれなきゃ困りますぜ!」
「え……」
――と、思わぬところからも物言いが入ったもんだから、私は目を点にしてしまった。
「なあ神使様、俺らの先祖はタイラー様と一緒に戦ったんですぜ? この村のモンは代々それを誇りにしているんでさ。……言っちゃ悪いが、タイラー様と違ってお前さん方は年端もいかねぇ娘っ子じゃねぇですかい、そんなお前さん方だけに戦わせたとあっちゃあ、俺たちゃ先祖に顔向けできませんぜ。――なあみんな!」
「そうだそうだ!」
「俺たちも戦うぜ!」
「俺らも子孫の誇りになるんだ!」
そんな私をよそに村長はアツく語り、彼に扇動された男衆たちも勝手に盛り上がっていくではないか。
海の男は気が荒いというか、男気溢れるというか……いや、やっぱアレか? 英雄譚の登場人物になれるチャンスだ! とか思ってるのかな?
う~ん、コレは困ったことになったぞ。私たち三人だけで海賊の相手をするならどうとでもできるけど、さすがに村人たちを守りながら戦うってのは、もしものことを考えたら不安だし、殺気立った男衆を見たら敵も魔法や弓矢で攻撃してくるに違いないし、炎系の魔法や火矢で家が燃やされでもしたら気の毒だし、かといって、この様子じゃ断っても村人たちは言うこと聞かなそうだし、聞いてくれてもムッチャ気落ちするだろうな。
うちの陰陽コンビに活躍の場を与え、なおかつ、可能な限り安全を確保しつつ村人たちも満足させ、なるべく村の建物にも被害を出さないようにして、最低でも再起不能なくらいには海賊を叩く、か……。どうすべぇ……。
「……あ」
この時、私の目に、あの地下神殿のある白い断崖が映ったんだよ。
◇ ◇ ◇
その翌日――。
鹿に蹴られる夢を見て目覚めると、藁に布を被せたベッドの上で、火野さんのカモシカみたいな足が私の顔面を蹴っていた……。今日は朝から顔が痛い。……まあ、私のほうも寝相が悪いから、足を火野さんの脇腹にめり込ませているんだけどね。
ふと、となりの藁ベッドにいるムーちゃんを見ると、仰向けの状態で毛布を首元まで被り、わずかな寝息すら立てずに眠っていた。……顔色が悪すぎるうえに、寝相がいいというか、ピクリとも動かないもんだから、ホント、死んでいるようにしか見えないな。
実は、あのあと、私たち三人は、しばらく村長さんちで泊めてもらうことに決まったんだけど、用意してもらった部屋にはベットがふたつしかなく、昨夜、ベッドの独占権を賭けてジャンケンした結果、ムーちゃんが見事に勝ち、こうして私と火野さんが一緒に寝ることになったのだ。
「ん……ああ、花か、おはようさん。うわ! 自分の顔、むっちゃヨダレ乾いてんで。カピカピやん……あれ? ウチちょっと脇腹が痛い、なんやろか?」
「おはよう火野さん、私は顔が痛いよ。なんだろね……」
デジャヴュかな? 前にもこんなことがあったような……。まあ、こんな感じで、私に続いて火野さんも目を覚まし、ほどなくするとムーちゃんもムクリと起き上がり、全員で朝食をいただいたあと、私たちは動き出した。
たとえば、村の坂道を上った先のだだっ広い野原で――。
「なんべん言わすねんな、剣をナメたらアカンで、ド素人がちょっと練習したくらいで強うなれるもんやない、ましてや実戦で真剣なんぞ振ってみぃ、敵を倒すどころか、自分の剣で自分や仲間に怪我させてまうんがオチやで。ド素人が使うんやったら剣よりも槍、それか長い棒や、ええ加減アンタも諦めて、みんなと一緒に棒術の練習しとき」
――火野さんは村の男衆に長い棒を使った戦い方を指導していたんだけど、自分は剣を教えてほしいんだとクルト君が言い出したため、諦めるよう説得していた。
英雄に憧れつつ本物の剣士など会ったこともなかった彼の目に、さぞや火野さんは輝いて見えたことだろう、そのうえ、私たちの国ではタイラーさんの時代から剣術が盛んで、火野さんはその剣術を競技にした剣道というものの猛者なのだと、昨日の試合後に私が彼女のことを自慢しちゃったもんだから、クルト君は彼女のことを、憧れのタイラー様の剣技を受け継ぐ名剣士だと思っちゃったんだろうね。……いや、それだけじゃなく、火野さんの明るく健康的な魅力も大きいのか?
「じゃあ、棒の練習もしっかりやるから、そのあとで剣を教えてくれよ! 俺はアンタの剣に惚れたんだ、アンタに剣を習いたいんだ、頼むぜ師匠!」
「アホ、ウチは人の師匠になれるほど立派ちゃうわ。……けどまあ、アンタの熱意だけは伝わったよって、ウチのツレみたいに火野って呼んでくれるんやったら、ちょっとだけ教えたってもええで。せやけど、こんな短期間では手解きくらいしかしてやれんから、ウチがおらんようになったあとは、アンタも調子に乗らんと必死こいて自分で鍛錬しいや」
「はい! ヒノのアネさん!」
などと、結局、クルト君の情熱に折れ、異世界に弟分のできた火野さんであった。
ちなみに火野さんは、みんなの前でカッコよくクルト君を叩きのめしたことと、あの明るく優しい人柄、そしてボーイッシュな外見からか、今や、村にいる同世代の女子たちの間で女子校の王子様的な人気がある。何も無いところで転んでは村人に心配されている私とは大違いだ。
その一方――。
「――こう、こんな感じで掘ってほしいんだよ」
「穴の途中で……セルティックウッドに消えた部隊や……ノーフォーク連隊のように、全部……始末できるけど……いいの?」
「いやいや、それで済むんなら、こんなことしなくたって私が全部片付けるよ。ムーちゃんの気持ちもわかるけど、村人たちにも活躍の場を与えてあげとかないと、あとでグチグチ言われそうだからさ、ここは我慢してよ」
「……口惜しや……」
――ってな感じで、地面に描いた簡単な図を基に私とムーちゃんも話し合い、海賊との戦いに備えて、とある場所の工事を開始したのである。




