第一九六話 再チャレンジ 七 わからせ
クルト君が火野さんにデレ、……完敗したことだし、村人たちも我らの実力を認めてくれたに違いない、と、思いきや……。
「ちょっと待つでヤンス! クルトのアニキを倒したその女だけは認めてやるけど、あとのふたりまで認めたわけじゃないでヤンスよ! ――おい、髪の長いほうの、なんか暗い感じの女!」
「……私の……こと?」
「そうでヤンス。今度はお前の実力をオイラが試してやるから、前に出てくるでヤンス」
「……私、普通の人間には……興味ない……」
「いいから出てくるでヤンスよ!」
「……」
……なんか、クルト君の仲間のひとりが、ムーちゃんに勝負を挑んできた。
痩身で卑屈そうな彼の外見に合わせたのか、昭和アニメの子分キャラっぽい口調に変換するあたり、謎の翻訳システムさんは芸が細かいなあ……。よし、コイツのことはヤンスと仮称してやろう。
一方、ムーちゃんはオカルト的なことにしか興味ないから、すっごく迷惑そうだなあ。
「ケッヒッヒ。死人みたいに血色の悪い唇、マントの上からでもわかるヒョロい体、お前のような女が戦えるとは思えないでヤンス、楽勝でヤンス。――おや? お前は武器を持たないんでヤンスか? ははーん、オイラに恐れをなし……ヒッ!? ヒィィィィィ!」
ヤンスは人の顔色を窺うことに長けているというか、洞察力だけはそれなりにあるらしく、姑息にも、ムーちゃんの外見からコイツには勝てると踏んだみたいだけど、ムーちゃんが近づいたことで、彼女の前髪の隙間から覗く目を彼は見てしまったんだろう、突然、あられもない悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
……うーむ、恨めしそうなひと睨みだけで相手の戦意を喪失させるなんて、さすがはムーちゃんと言うべきか……。修学旅行で京都の映画村に行った際、お化け屋敷のお化け役たちを軒並み失神させて、そこの責任者に「百年にひとりの逸材」とまで言わしめただけのことはあるよ。
などと感心していると――。
「イイだろう、髪の長い女、お前も認める。――次、ソコのチビ」
「誰がチビかっ!」
「…………ソコのお前。オデと、お前、今から戦う、イイな」
――ってな感じで、三人組の最後のひとりが私に勝負を挑んできた。
コイツ、真綾ちゃん並みに身長が高いうえ、体つきのほうも岩山のごとくガッシリとしていて、村の大人たちよりも屈強そうだぞ。年相応な顔を見てなかったら、私もコイツのことを同年代だと思わなかっただろう。
私に抗議されたとたん大人しく言い直すあたり、悪いやつでもなさそうだけど、腕力はかなり強いに違いない。……おや?
「素手でやるつもり?」
「オデ、力強すぎるから、木の剣でも、お前を殺してしまう……。小さい子を殺すの、絶対ヨくない」
わざわざ木剣を置いて来た彼を見て私が質問すると、このような答えが返ってきたじゃないか。……気に入ったよ、アンタのことは聖ラファエルと仮称してやろう。
「ヨシ、私も素手で相手してあげるから、どっからでもかかっといで、ラファエル!」
「ラファエル? オデ、そんな名前じゃない」
「そんな細かいこたぁどーでもいいから、さあ! かかっといで!」
「イイだろう、捕まえてやる」
私が両手を広げ、威嚇するアリクイのごときポーズを取ると、ラファエルは私を捕まえてしまえば終わると思ったのだろう、のっしのっしと近づいてきた。
第一試合はクルト君より火野さんのほうが長身で、第二試合は身長もヒョロさも双方ドッコイどっこい。それに比べて今回は、参加選手中最大のラファエルと最小の私が対決するということで、観戦している村人たちもムッチャ心配そうな顔をしている。
でもね、こう見えて私、帝都の狩人ギルドじゃあ、謎の格闘術の達人として有名なんだよね。
などと思っているうちに、ラファエルのでっかい両手が私の両肩を掴み――今だ!
「サイトー流血糖術奥義、〈アクセル・シュヴァイス〉!」
「オデッ!?」
私が技名を叫んだ直後、ラファエルは地面に仰向けになって驚きの声を上げた。
まあ、いつもどおり、【船内空間】にいったん入れてから向きを変えて出しただけなんだけどね、村人たちを驚かせるには充分だったようだ。
「おおっ! なんて早業だ!」
「すげぇ! チビなのに!」
「あんなに小さいけど、やっぱり神使様なのよ!」
「ちっちゃい神使様、バンザーイ!」
「バンザーイ!」
日本の相撲でも、でっかい力士を小兵力士が投げ飛ばしたときのほうが、より観衆が盛り上がるように、あのラファエルを小柄な私が一瞬で倒したもんだから、村人たちは一気に沸き立ち、このあと、ちょっとしたお祭り騒ぎになってゆくのであった。
……なんか、チビだとか小さいだとかさ、余計な言葉が交じっている気がするけど、まあいいか……。
◇ ◇ ◇
村人全員に神使様だと認知してもらえた私たちは、その後、海賊と戦う際の策を講じるため、浜辺へと場所を移していた。
時刻はとっくに正午を過ぎ、薄い布を張ったような空一面の雲越しに、高く昇った太陽がボンヤリと見える。……まあ、高く昇ったと言っても、今って冬だからさ、太陽は低い軌道を描いて移動するんだけどね。
さて、まずは情報収集だ。
「村長さん、海賊はどうやって襲撃してくると思いますか?」
「そりゃあまあ、連中も座礁するわけにゃいかねぇから、水深に余裕のある沖で親船の錨を下ろして、手漕ぎの小船に乗り移って来やがるでしょうよ。そんで上陸したあとは、普通に刃物でもぶん回すんじゃねぇですかね」
「親船からの攻撃はあると思いますか?」
「いやいや、とうてい弓矢や魔法の届く距離じゃねぇから、連中が攻撃してくるとしても接近中の小船からですぜ。まあ、コッチが武装して浜で待ち構えてでもいねぇ限り、それも無いでしょうが」
……ふむふむ、村長さんの口ぶりからしても、やっぱり艦砲射撃による上陸支援はナシか、クラリッサさんの小説に書いてあったとおりだね。
実は、クラリッサさんの小説によると、異世界には魔素が存在する代わりに、大砲や銃どころか火薬そのものが存在しないんだよ。だからこそ、重装騎兵なんて兵種が未だに現役でいられるんだけどね。
で、東方大陸でさえ未だ火薬が発明されていないということは、異世界の材料をどのように調合しても、化学反応を魔素によって邪魔されるなどの理由で、火薬というものにならないのでは? というのが、クラリッサさんの考察なんだよ。
ちなみに、異世界には石油や石炭などの化石燃料も存在せず、その代わりになるだろう魔石の量も圧倒的に少ないから、きっと産業革命も起こらないだろう、とのことだ。
……うーん、コレって、異世界の最高神である三女神様が、銃火器や産業革命による世界の変化を望んでいない、ってことなのかなあ?
まあ、そのへんの考察は置いといて、今回の戦いでも大砲による攻撃は心配しなくてよさそうそうだ。
「連中は前もそうやって来たんですよね。その時って、海賊の親船はどの辺りに停泊していました?」
「うーん、どの辺りって言われても説明が難しいなあ……。ああ、そうだ! 今から俺が船を出しますんで、乗ってみますかい? そしたら、前に親船が停泊していた辺りまでお連れしますぜ」
村長さんは私の質問にどう答えようか思案した末、わざわざ船で案内してくれると言い出した。
「ぜひ!」
「船に乗れるん!? そらええわ」
「賛成。……謎の海棲生物に……会えるかも……。ムカデクジラや……ニンゲンのような……」
異世界の海に興味あった私は村長さんの提案に喜んで飛びつき、火野さんとムーちゃんも乗っかってきて、私たちは村長さんの漁船に乗せてもらうことになった。
ってなわけで、それからしばらくして――。
「それじゃあ、出しますぜ」
――船体の前寄りについた一本マストに不等四辺形の縦帆を張ると、村長さんはそう言って船を出した。
さあ、異世界の海へ、初めての船出だよ!




