第一九五話 再チャレンジ 六 思春期男子
私たちが海賊討伐を引き受けたことで、村長さんは長老さんや子供たちと一緒になって大喜びし、ぜひ村のみんなに紹介したいからと、私たちを村の広場へと連れ出した。
まあ、すでに村長さんちの外には村人たちが群がっていて、広場に向かう私たちの後ろをゾロゾロとついてくるもんだから、広場に着いてからみんなを集める手間はかからなかったんだけどね。……みんな、私たちのことが気になってしょうがないんだろうなあ。
集まっているのが女性や子供たちだけじゃなく、漁に出ているはずの男衆もいるのは、神使様を召喚してもらう大事な日ってことで今日は休みにしてたのかな? お年寄りの数がやけに少ないのは、たぶん、長生きできる人が少ないからなんだろう……。日本やヨーロッパだって昔はそうだったからね。
「みんな聞いてくれ! 長老から聞いて知っていると思うが、ここにいらっしゃるお三方こそ、新しい神使様だ。岬の神様は俺たちの願いを聞き届けてくだすったぞ!」
「わーい!」
「……」
私たちの横で村長が嬉しそうに大声を響かせると、子どもたちは目をキラキラ輝かせて歓声を上げた。……あれ?
「海賊のことをお話したら、神使様方は力になると約束してくださったぞ!」
「やったー!」
「…………」
あれれ? 子供たちはピョンピョン跳ねながら喜んでくれているけど、それ以外の人たちの反応が薄いぞ……。
そんなことを私が考えていたら――。
「へっ、親父も焼きが回ったなあ、コイツらのどこが神使様だ。ただの女ばかり、それもガキじゃねぇかよ」
――などと、思いっきりバカにしたような声が聞こえてきた。
見れば、私たちと同じくらいの年齢と思われる少年が三人、さも生意気そうなツラでコッチを見ているではないか。三人ともお手製らしき木剣を肩に担いでいて、痛々しいまでのイキりっぷりだ。
その中でもダントツで気の強そうな少年のイキり顔を、村長さんはキッと睨みつけた。
「やめねぇかクルト! 失礼だぞ! ――すんません神使様、ありゃあウチの次男なんですが、向こうっ気ばかり強ぇバカでして……」
次男クルト君を怒鳴りつけたあと、村長さんは私たちに心から申しわけなさそうに謝ってくれたんだけど、クルト君のほうはそれがまた腹立たしいらしい。
「やめろよ親父! 情けねぇ。タイラー様は立派な体格のオッサンだったんだろ? どう見たってコイツら神使様にゃあ見えねぇぜ。――みんなだってそう思うよな?」
「ガキはすっ込んでろ! 俺たちゃこの目でしっかと見たんだ、伝説どおり神像の前に現れる神使様の姿をな。――なあ長老」
私たちのような子供の顔色を窺うお父さんなんて見たくないのかな? クルト君は大きな声で村長さんに抗議すると私たちを一瞥し、今度は村人たちに視線を巡らせて同意を得ようとした。……なるほどねぇ、村人たちの反応が薄かったのはそういうことか、たおやかな少女たちを連れてきて、神使様だといきなり言われても、そりゃあ戸惑うよね。
一方、村長さんは息子を叱り飛ばすと最後に長老さんへパスを出し、長老さんはそれを見事に蹴り込んだ。
「ああ見た見た、この目でしっかと見たぞ。――わしらが神様に祈っておったその時、何も無い空中に赤い門のようなものが突然現れたと思ったら、そこから神使様方が出て来なさったのじゃ。なんとも神々しい光景じゃったわい……。それにのう、神使様方はタイラー様と同郷のようじゃし、何より、岬の神様のご神名をもご存じじゃった。……神使様からご神名を呼ばれた時、神様は嬉しそうに輝いていらっしゃったわい」
何が神々しいだよ、魔物と間違えて慌てふためいたくせに……。ともかく、長老さんが太鼓判を押してくれたおかげで、ようやく村人たちも信じてくれたようだ。特に、タイラーさんと同郷だとか神名を知っていたとかの部分は効果バツグンで、みんな好意的な雰囲気でどよめいた。長老さん、ナイスシュートだよ。
「ケッ! みんなが騙されたって俺は信じねぇぞ!」
「クルト! いいかげんにしねぇか!」
これでもまだクルト君は認めたくないらしく、ものすごい目で私たちのことを睨みつけるもんだから、また村長さんに叱られた。……うーん、この村じゃタイラーさんは伝説の英雄だからなあ、自分と同年代の女子が憧れの英雄と同じ神使様だなんて、クルト君的に受け入れがたいんだろうか? 思春期男子は難しいなあ……。
なんて思ってたら――。
「せやなあ、ウチらみたいに可憐な少女見たら、そう思うんもしゃあないわ。……わかるで、チビ助」
「誰がチビ助かっ!」
「誰がチビだ!」
――いきなり火野さんが失礼なことを言い出すもんだから、クルト君よりも先に私が反応してしまったじゃないか。イカンイカン……。
ちなみにクルト君の身長は、すぐ後ろにいる仲間ふたりより低く、たぶん、火野さんよりも低いんじゃないかと思われる。
やっぱ、身長のこと気にしているのかなあ? ……わかるよ、その気持ち。
「まあまあ、そない興奮せんと。――ほんならどや、ウチが相手になったるよって、アンタ自身の腕で試してみぃへんか? 手に持っとる棒でかかってきぃや」
「バカ言うな! 俺はそのうち本土に渡って金ランク狩人になる男だぞ、魔物でもねぇ普通の女に剣を向けられるか!」
勝ち気そうな目を輝かせて火野さんが勝負を提案するも、クルト君は意外にも紳士的なことを言って断った。
「おお、カッコええこと言うてくれるやん。……けどなあ、そんなん言うて、ホンマはウチに負けるんが恐いんちゃう?」
「なんだと!」
「ちゃうんやったら勝負しいや。ウチかて負ける気ぃ無いさかい、アンタも本気でかかってきたらええわ。……それとも、やっぱり逃げるか?」
「誰が逃げるか! ……いいだろう、お望みどおり相手になってやるよ。怪我しても知らねぇからな!」
火野さん、ムッチャ煽るなあ……。ともかくこうして、火野さんとクルト君の対戦が決まったんだよ。
「まいど。――花、竹刀出して」
「ほい」
何が「まいど」なのか知らないけど、まんまと乗せられたクルト君にニッカリ笑顔を見せたあと、火野さんが私のほうに手を出してきたので、私は【船内空間】から竹刀を取り出して渡した。
実は彼女、私やムーちゃんと違い、左腰に特殊な刀を差しているんだけど、村長の息子に怪我でもさせたら悪いと思ったのか、今回、ソッチは使わないことにしたようだ。
「なんだ? その妙な形の木剣は」
「これか? これは竹刀っちゅうてな、――こんな感じで、相手に大怪我させんようにできとるんよ。ああ、アンタはその棒でええから、遠慮せんとかかってきぃ」
「クソッ、ナメやがって……」
竹刀なんて見たことないクルト君は素朴な疑問を口にしたんだけど、火野さんが竹刀の腹をカシャカシャつまんで説明すると、バカにされたとでも思ったのか、彼の顔は真っ赤になった。
まあ、そんなわけで、村人たちの見守るなか、クルト君と火野さんはそれぞれの得物を手に対峙したんだよ。
どちらも同じく中段に構えちゃあいるものの、へっぴり腰で肘も思いっきり伸ばしたクルト君の構えに対し、火野さんのほうは背すじをピンと伸ばして、両足先を相手に向けた自然体から右足を少し前に出し、左手がおヘソの少し前にくるようにして剣先は相手の喉元に向け、両肩の力を抜いて腕もゆったりさせと、そこから攻守どうとでも動ける理想的な中段だ。
うーん、私ごときの目から見ても両者の実力差は歴然じゃん、この様子じゃあ、たぶんクルト君は、剣を教わったことも誰かと本気で打ち合ったこともないんだろうな、うちの剣道少女と違って。
「シャラアァァァァッ!」
「っ!?」
火野さんの猛々しい気勢に驚き、クルト君がビクッとした――その時!
「カテェェェッ!」
「ぎゃっ!」
火野さんの払い小手がズビシと決まり、クルト君は思わず悲鳴を上げて木剣を落としてしまった。
「っつぅぅぅぅ……」
そのまま、打たれた部分を押さえてしゃがみ込むクルト君。……わかるよ、小手打ちってさあ、防具の上からだってムッチャ痛いもんね、ましてや直に打たれるなんて、きっと地獄の痛みだよね。
「クソッ、急にでけぇ声出すなんて卑怯だぞ!」
「なんや負け惜しみかい、しょーもな。アンタ、狩人になるんやろ? 獣や魔物にもそない言う気か?」
「クッ……」
クルト君は痛みを我慢しつつ抗議の声を上げるも、火野さんに言い返されたとたん言葉に詰まった。……関西人に口で勝てると思うなよ、少年。
「……今度こそ叩き伏せてやる」
「よっしゃ、その意気や」
めげることなく木剣を拾って立ち上がるクルト君に、剣道部の後輩でも見るような眼差しを向け、火野さんはニカッと笑った。
去年は真綾ちゃんや私と同じく最下級生だった彼女も、今じゃ新主将として部員たちを引っ張っていく立場だ、碧川先輩や百園先輩がそうであったように、これからは彼女なりの剣道部を作っていくんだろうね。今の彼女を見て、私はふと、そんなことを思った。
「なんやその構え、思いっくそ腰が引けとるやないか。あかんアカン、もっとこう、ヘソで構えんかい」
「うるさいっ!」
「ドヤアァァァァッ!」
「グホッ!」
先輩らしく指導し始めた火野さんの面を狙おうと木剣を振り上げ、結局、ガラ空きになった胴を打たれてしまうクルト君。……どうでもいいことだけどさ、火野さんが胴を打つときの掛け声って、ちょっと独特なんだよね。
その後もクルト君は、火野さんに挑んでは打たれ、また挑んでは打たれと、勝ち目のない戦いを涙ぐましいまでの根性で続け――。
「ハア、ハア、……俺の……負けだ……」
――結局、地面に大の字になって敗北を認めた。
そんな少年のところへ、ショートヘアの似合う剣道少女が歩み寄る。
「アンタ根性あるやん、ちゃんと鍛えたらそれなりに強なると思うで。――ほれ、みんなの前や、もう起き」
「……お、おう……」
火野さんに褒められたうえ、あの太陽のような笑顔で手を差し伸べられると、クルト君は耳まで赤くなってその手を握り、できるだけ平静を装いつつ立ち上がるのであった。
……うむ、「クルトが立った!」と言うよりも「クルトがデレた!」と言うべきかな、この場合。思春期男子はチョロいなあ……。




