第一九四話 再チャレンジ 五 神頼みの理由
あのあと、悲鳴を聞きつけた村人たちが飛び出してきて、蜂の巣をつついたような騒ぎになったものの、おじいさん(やっぱり村の長老だったので、以後、長老さんと呼ぶ)の必死の説明によって丸く収まり、私たち三人は村の中でいちばん立派な家(村長さんのお宅だって)へと案内されて、神様にすがった理由を村長さんから説明してもらうことになった。
この国の農村や漁村などの一般的な家って、キッチンやらダイニングやらリビングやらを兼ねた土間があって、あとは、せいぜい寝室がひとつあればいいほうだろう、そう私は思っていたんだけど、さすがに村長の家ともなると違うね、キッチンが別部屋になっていて、村人との相談場所としても使うのだろう土間は広く、建物を外から見た感じだと部屋も複数ありそうだ。
で、私たちは現在、その土間にある簡素な木製ベンチに座っているんだけど……。
「おまたしぇちまちた~」
「ありがと~、偉いねぇ」
……と、テーブルまで料理を運んできてくれた幼児にデレデレの私。
「うわっ! これムール貝ちゃう? 高級食材やんか!」
「しんししゃま、どーじょ」
「ありがとうなあ、ホンマかいらしいなあ」
ムール貝のワイン蒸しに驚いたかと思えば、自分のとなりで「召しあがれ」ポーズする幼児にメロメロの火野さん……。
「これ……チュパカブラグミ……食べる?」
「たべる~」
自分のとなりに座る幼児を餌付けするムーちゃん……。
状況を説明しよう。
私たち三人は、それぞれ両側に幼児をはべらせて、幼児の運んでくる料理に舌鼓を打ちつつ、幼児たちの愛くるしさをもジックリ堪能しているのだ……。ホストクラブならぬ幼児クラブかっ! こんなんアカンやろがコンチクショー!
なぜか最初は村の若い衆(たぶんキレイどころだと思う……)が揃えられていたんだけどさ、彼らになんの興味も示さない私たちを見て、長老さんが村長さんに何やら耳打ちしたと思ったら、この幼児たち(たぶんキレイどころだと思う……)が若い衆と交替したんだよね、チェンジシステムってやつだ、うん。
「神使様、田舎料理で申しわけねぇが、お口に合いますかい?」
「はい、とてもおいしいです」
「ハハハハ、そりゃあよかった」
私が上機嫌で答えると、長テーブルの向かい側で村長さんは嬉しそうに笑った。
まさか魚介料理を食べられるとは私も思っていなかったからね、そりゃあ上機嫌にもなるさ。それも、ムール貝のワイン蒸しとか白身魚のムニエルっぽいのとか、私でも食べやすい料理を出してくれるからホントありがたい。
思えば、前回の異世界旅じゃ肉料理ばっかりだったもんなあ……。
ちなみにこの村長さん、漁で鍛えられているからか筋骨たくましく、バイキングみたいなヒゲも伸ばしていて、いかにも海の男って感じの豪快なオジサンだ。……まあ、地下神殿じゃビビりまくってたけどね。
「その料理にゃあ俺が大事に大事に取ってあったワインを使っているし、そっちの料理にも貴重なバターや香辛料をタップリ使っているからよ、これでマズいなんて言われた日にゃあ、さすがの俺も泣くしかありませんでしたぜ。いや~よかったよかった、なんせ、たった一本しかねぇ大事な大事なワインだったもんなあ」
「はあ……」
料理に使ったワインの残りが入っているだろうボトルをチャポチャポ揺する村長さん。
なんか、〈頑張って歓待してますよ〉ってのを、やたらアピールしてくるなあ……。
「それじゃあ、そろそろ全部お話しします、食べながらでいいんで聞いてくだせえ。――大昔に神様が遣わしてくだすったタイラー様の話は、もう長老から聞いたと思いますが、実は、タイラー様の使ってた甲冑と剣を、うちの村がずっと守り続けてきたんでさ。……ところが、今から二十年ちょっと前、フラッと村にやって来た男にそそのかされて、村の若いモンがその武具を渡しちまいやがったんでさあ……。クソっ!」
そこまで言うと、村長さんは思い出して腹が立ったのか、残りのワインをグビグビとラッパ飲みした。
「それでだ、今ごろになって、どこからか武具の話を聞きつけたらしい海賊が、『お前ら漁師ごときが持っていても宝の持ち腐れだ、黙って武具をよこせ』、なんて言ってきやがった。海賊の野郎、そんなモンとっくに盗まれちまったと教えてやっても聞く耳なんか持ちゃしねぇ、挙げ句の果ては、『年末まで待ってやる。今年最後の日の夕方ごろにまた来るから、その時に武具を渡せ、さもなくば、神使の墓や神殿を掘り起こしてでも見つけ出してやる。無論、村人全員、無事でいられるとは思うなよ』、なんてことをほざいて帰りやがったんでさ」
……なるほどなあ、〈諸侯級〉の防御魔法さえも難なく貫く剣と、あらゆる魔法を無効化する甲冑なんて、海賊じゃなくても欲しがるわなあ、しかも、魔剣なんかと違って誰でも使えるし、こんなお宝が八百年も無事でいられたほうが奇跡だね。……まあ、村人たちも秘匿していただろうし、もし話が漏れたとしても、神使様の武具を奪い去るだなんて、わざわざ神様の怒りを招きかねない蛮行を働く猛者、いろんな神様が実際に神罰を下しまくっているらしいこの世界じゃ、珍しいだろうからなあ。
そういう意味で今回の海賊ってのは、よっぽど胆力があるのか、それとも、尋常ならざるバカなのか……。
「あ、でも、今はもうこの島も帝国領に入ってるんですよね、だったら、領主なり代官なりに訴えたらいいんじゃないですか? 海賊の来る日がわかってるなら一網打尽にできるチャンスだし、彼らも動いてくれると思いますけど」
「いやぁダメだ。その海賊の頭は〈大酒飲みのクラウス〉ってヤツなんですがね、こいつが〈伯爵級〉の魔法使い崩れなもんで、一戦交える側もそれなりの戦力を揃えなきゃならねぇんでさ」
当然の質問をした私に、村長さんは肩をすくめて首を横に振り、お手上げって感じで答えてくれた。
たしかに、相手が〈伯爵級〉の魔法使いともなれば、討伐する側はかなりの覚悟が必要になる。なんせ、こちらも伯爵が一名、もしくは城伯が複数いないと話にならないし、船や人員の損害もハンパないだろうからね。
「ああ、なるほど、そりゃあ領主に訴え出たところで、簡単には動いてくれなさそうですねぇ……」
……ましてや、北の果ての寒村ひとつを守るため、だもんなぁ。
「へい。しかもクラウスの野郎、えらく用心深いやつで、あっちこっちに手下を送り込んで貴族の動きを探らせてやがるし、海の魔物に船を曳かせているもんだから、しまいにゃあ、鏡の海に逃げ込んじまう。そうなりゃもう、追う側も諦めるしかないんでさ」
「あー、鏡の海かー」
村長さんの口から出てきたワードを聞いて、私は腕を組んだ。
さて、ようやく鏡の海について説明する時が来たみたいだ。……前回の異世界旅じゃ内陸部にいたからさ、説明する機会が無かったんだよね。
この世界の海は、ずっと沖のほうへ行くと、鏡の海と呼ばれる、完全に風も波も潮流も無い状態になっているんだよ。飛行型や水中型の守護者を使って貴族が調べたところ、無風状態なのはモト界の単位に換算して高度五〇メートルくらいまで、潮流が無いのは水深一〇メートルくらいまでで、空気も海水も温度変化による垂直方向の対流はあるらしい。
風も潮流も無いってことは帆船じゃどうしようもなくなるわけで、かと言って人の漕ぐガレー船だと航続距離が短すぎる、おまけに強力な魔物がウジャウジャいる危険海域らしい、つまり、この鏡の海の存在こそ、この大陸の人たちが南北アメリカ大陸に相当する陸地を知らない要因のひとつなんだと、クラリッサさんは考察していた。
なんでも、巨人型の守護者にガレー船を漕がせたり、水中型の守護者に船を曳かせたりと、冒険の旅に出た貴族たちもいたみたいだけど、途中で引っ返した場合を除き、生還した者は皆無だったそうな……。
え? 飛行型の守護者に乗って行けば? ……いや、飛翔魔法は燃費が悪いからさ、三時間くらい飛んだら海にボチャンだよ。
「たぶん、そのクラウスって海賊も、鏡の海の奥までは行かないんだろうけど、逃げるぶんにはそれで充分ですからね。……なるほどなあ、大金注ぎ込んで戦力を揃えて、いっぱい死傷者まで出して戦った挙げ句、相手に逃げられちゃうんじゃあ、領主だって腰を上げたくないですよねぇ」
「まったくそのとおりで。……それに、運良く海賊討伐が成功したところで、今度は領主のほうが、『助けてやった見返りに武具を渡せ、拒むなら村を焼くぞ』、なんてことを言い出すかもしれねぇ、それが貴族ってモンだ。……そんなわけで、みんなと相談した結果、領主を頼るより先に岬の神様にお願いしてみよう、って話になったんでさ」
私の言葉に大きく頷いたあと、村長さんは貴族って人種への不信感もあらわに、神様にすがった経緯を締めくくった。
「神使様方がホントは別の神様のお使いで、どっか他の場所に現れるはずだったのを、俺たちのせいでコッチに引っ張られちまったってのは、俺も長老から聞きました。迷惑かけちまってホント申しわけねぇ、心から謝りますぜ。……迷惑かけちまったうえにこんなことを頼むのも申しわけねぇが、神使様、どうか、うちの村に力を貸しちゃもらえねぇでしょうか?」
ものすごく真剣な表情で私たちの目を見つつ謝罪したあと、村長さんは両手のひらを合わせて頼み込んできた。この村にタイラーさんから伝わった合掌のポーズだ。
……うーん、転移先を勝手にズラされた私たちからすりゃ、迷惑かけられただけで、この村を助けてあげる義理なんて無いし、早く真綾ちゃんに会いたいんだけど……うっ、私を見上げる幼児たちの無垢な眼差しが痛いよう……。もし私たちが村を見捨ててしまったら、この子たち、どうなっちゃうんだろう……。
あ! 長老さんが私の質問に即答せず、わざわざ私たちを村まで連れてきたのは、コレが目的か!
あのままじゃ私たちに断られそうだったから、心尽くしの料理で歓待して、さらに、可愛い幼児たちとの触れ合いも堪能させて、断りづらくさせようって策だったんだ!
謀ったな、ジィィ!
「花、しゃあないわ」
「そうね……魔法使いにも……興味あるし……」
長老さんをキッと睨みつけた私に、これまで交渉ごとを私に一任していた火野さんとムーちゃんが声をかけてきた、火野さんは明るく苦笑しながら、ムーちゃんは前髪の隙間から目を輝かせて。
……まあ、アンタたちならそう言うと思ったよ、この子たちを見捨てるなんてとてもできないし、大先輩のお墓や地下神殿を荒らされるのも嫌だもんね。
「や……やったらあっ!」
村長さんたちの前で私が威勢よく拳を握り締め、こうして私たち三人は、予想もしなかった海賊討伐イベントを攻略する羽目になったんだよ。




