第一九三話 再チャレンジ 四 ズレた原因
さて、大先輩のお墓参りも終わったことだし……。
「ところで、私たちが来た時、おじいさんたちは地下神殿で何してたんですか?」
私は立ち上がると、おじいさんに聞いてみた。
「それはもちろん、新たな神使様を召喚していただけるようにと、お祈りしておったのですじゃ」
「ハイきた! ――ムーちゃん火野さん、集合~」
やっぱりか……。おじいさんがさも当然のような顔をして答えるや否や、私は陰陽コンビを呼んで円陣を組んだ。
「今の聞いた?」
「うん……これみたいね、転移ポイントがズレた……原因……」
「ほなアレか? ウチらが水やとしたら、蛇口の向きを勝手に動かされてもうたっちゅうことか? いらんことしてくれたなあ」
火野さん、上手いこと言うなあ。……そうなんだよね、私たちの異世界転移と、おじいさんたちの神使召喚のお祈りが、奇跡的にタイミングバッチリだったもんだから、それこそ蛇口の向きを変えるように転移ポイントをズラされちゃったんだよ、きっと。
『まあ、その推察で間違いなかろうよ、地下にあったあの像からも、神力を使うたばかりのような印象を受けたからの』
タギツちゃんのお墨付きも貰ったことだし、間違いないだろう。
『ぐぬぬぬぬ……。畏れ多くもサブロウ様の御業で送り込まれたドングリどもを、己が眷属のごとく勝手に使いおって、他人のフンドシで相撲を取るとはまさにこのことよ。……おのれ異界の神、赦すまじ』
タゴリちゃん、かなりお怒りのようだけどさ、お願いだから、異世界に殴り込むなんて言い出さないでね……。
ともかく、今回のことで腑に落ちたことがある。
異世界転移ってのは本来なら神様でも不可能なことらしいし、前にタギツちゃんも言ってたけど、異なる世界同士なんてのは、どこにあるかもわからない別の塔のような関係らしい。
だというのに、真綾ちゃんのご先祖である湖の乙女さんは、クラリッサさんの生存に最も適した世界を探し出したうえ、そこに彼女を転移させ、さらには、〈運命の子〉である真綾ちゃんを異世界転移させた。
この、不可能に近いことをいくつもやってのけたって点に、私は今までちょっと引っかかっていたんだけど、たぶん、タイラー・ノ・某さんの転移によって結ばれていた両世界の縁みたいなものを、湖の乙女さんは利用したんだよ。
え? 湖の乙女さんはテキトーに異世界転移させただけで、クラリッサさんの転移先が私たちの世界だったのは偶然じゃないかって? いやいや、大切なクラリッサさんの命が懸かってるってのに、偶然なんかに頼るはずないじゃん。湖の乙女さんはね、周到な考察と準備のうえでクラリッサさんを送り出したんだよ。
心優しい娘を救いたいというスヴェントヴィトの強い想いが、ちょうど生と死の境にあったタイラー・ノ・某さんを異世界から引き寄せた。こっちこそ、本当に偶然の賜物だったんじゃないかなあ?
……さてと、そのあたりの考察は置いておくか。
「とりあえず、神様に頼らなきゃならなかった理由を聞いてみようか?」
「ええで」
「異議……なし……」
フム、火野さんもムーちゃんも賛成してくれたことだし、おじいさんに聞いてみるか、言いたいことを言ってから。
まずは円陣を解いて、と――。
「おじいさん、実は私たち、スヴェントヴィト様とは違う神様の関係者でして、ホントなら別の場所に出現するはずだったんですけどね、おじいさんたちがスヴェントヴィト様にお願いしたせいで、私たち、ここに引き寄せられちゃったみたいなんですよ。おかげでウチの神様もカンカンに怒ってるんですよね……」
「あ……」
コッチも迷惑してるんだよってことを、とりあえず説明してみたんだけどさ、おじいさん今、「しまった」みたいな顔したよね……。
「……でもまあ、聞くだけ聞いときますね、どうして神使を召喚してもらおうって思ったんですか?」
まあ、理由なんて、だいたい想像はつくけど、いちおう聞いてみた。もちろん、それを聞いて私たちがどうするかは別の話だよ。
「それは……おお、そうじゃ。――いかんいかん、わしとしたことが! こんな寒い場所で神使様を立たせたままとあっては神罰が下るわい! ――というわけで皆様、うちの村まで来てくださりませんかの? お話ならば、そこでゆっくりと……」
わざとらしい小芝居を入れつつ、おじいさんは即答することを避けて私たちを村へ誘ってきた……。
「ハイ集合~。火野さんムーちゃん、どう思う?」
「あからさまに怪しいけど、まあ、行ってもええんちゃう? オモロそうやし」
「そうね、異世界の村にも興味あるし……インスマスのような村だったら……最高……」
ふたたび円陣を組んで協議した結果、おじいさんの誘いに応じることとなった。……ムーちゃんの期待しているような村だったら、ソッコー逃げようと思う。
◇ ◇ ◇
三方を断崖と海で守られた岬の唯一陸側になっている部分には、高さ一〇メートルはあろう立派な土塁が連なっていた。
かつてこの土塁の上には木製の柵か壁が巡らされ、神殿のある聖地を守る城壁になっていたことだろう。栄枯盛衰だね……などと、城好きの私が感傷に浸る間もなく、おじいさんは土塁の外側へ出ると、そのまま土塁沿いの道をスタスタと歩き、やがて現れた急な階段を下り始めた。
「うひゃー、キッツい階段やなあ。――ふたりとも気ぃつけや」
「聞いたことがあるわ……とある自殺の名所の崖から、下を覗いたら……海面から……無数の人の手が伸びていたそうよ……」
「……ムーちゃん、今はやめて……」
なんてことを言いつつ、手すりもない急階段を必死の思いで下りきると、そこは、砂じゃなくてゴロゴロした石でできた、幅の狭い浜になっていた。
左後方を見れば、高さ五〇メートルくらいはあろう白い断崖が海に突き出ている。おそらく、あれが私たちのいた岬だろう。
「この浜を少し歩いたら、うちの村ですじゃ」
おじいさんはそう言うと、腰を抜かしていたとは思えぬ足取りで、岬とは逆の方向へ向かって歩き始め、私たちも彼の背中を追うようにして、岬から続く断崖に沿って伸びる浜を歩いた。
やがて、今まで続いていた崖の一部が比較的緩やかな斜面になり、そうやってできた渓谷っぽい場所に私たちは着いた。
その、崖下にあるわずかな土地と、そこから崖上へと続く緩やかな斜面に、まるで張り付くようにして、白壁と茅葺き屋根の家々が並び、浜には幾艘かの小さな漁船が引き上げられている。いかにも田舎の漁村といった風情だ。
前回の異世界旅で私が目にしたのは、木組みの美しいハーフティンバー調の建物が多かったけど、ここは石灰石が採れるせいか漆喰っぽいもので木組みを塗り込めていて、壁一面が白い。当たり前だけど、建物って、同じ国でも地方によって違うんだよなあ。
「着きましたぞ、神使様。すぐそこから上がれますじゃ」
「はーい」
当然ながら、浸水の恐れのある場所に家を建てるわけもなく、浜よりちょっと高い辺りからが村になっているようで、村の入り口にあたるその場所へと、おじいさんは私たちを案内し始めた。
そうそう、唐突だけど、私たちの服装についても説明しておこうか。
私たちは現在、三人揃って冬季迷彩柄の戦闘服とタクティカルブーツで身を固め、その上にフード付きマントを羽織っている。
このマント、一見すると膝下丈のフツーの布製マントなんだけど、実は、防刃、防火、防水と、三拍子揃った、羅城門グループ特製のスグレモノだ。もちろん、戦闘服やブーツなんかも羅城門グループの特別製だよ。
つまり、サンタコスもやめて膝下丈のマントに身を包んでいる今、私たちは、どう見ても普通の少女三人組ってわけだ。……もう魔物と間違われることもないだろうね、うん。
「長老!? 無事だったのか!?」
「よかったあ……。血相変えて村長たちが帰ってきたと思ったら、長老を忘れてきたなんて言うもんだからよお、みんな心配してたんだ。レッドキャップだかラタトスクの上位種だかが出たんだって? よく無事に逃げおおせたなあ」
「他の村の男衆も呼んで助けに行こうって話してたところなんだ。――おや? 後ろにいる三人は誰……ぎゃあぁぁぁ! ラタトスクの上位種だあぁぁぁ!」
「……」
おそらくは見張り役なんだろう、手に手に銛やら斧やらを持った男たちが三人、浜から村へ上がる場所に陣取っていたんだけどね、コイツら、無事に帰ってきたおじいさんを見て安堵したかと思ったら、私の顔を見たとたん悲鳴上げやがった……。




