第一九〇話 再チャレンジ 一 葦舟さん発進!
とうとう、この日が来た。……そう、我が中学校の誇る陰と陽、ムーちゃん火野さんという心強い援軍を得て、この私、斎藤花が、ふたたび異世界に乗り込む日が……。再チャレンジだっ!
……と、いうわけで、現在、私たち三人は異世界へ転移すべく、サブちゃんの神社でスタンバっているところである。
剣道部で忙しい火野さんはあまり参加できなかったものの、あの日以来、私たちは放課後や休日を利用して、血の滲むような特訓を重ね、この日のために備えていたんだよ。
陰陽コンビにもサブちゃんが勾玉をくれたし、装備や物資は仁志おじさんが張りきって揃えてくれたことだし……完璧! パーペキ! 圧倒的じゃないか、我が軍は!
「ふはははは!」
「……ドングリよ、調子に乗っておると痛い目を見るぞ、今度も」
高笑いしてたら、ジトッとした目で幼女に釘を刺された。
転移先との時差を考慮して午後五時くらいの出発に決めたんだけど、十二月も末ということで、すでに外は暗く、神社に灯る照明の連なりと、のじゃっ子軍団の体から発する淡い光が、なんとも幻想的な光景を生み出している。
憎まれ口叩いてても、アンタやっぱり神様なんだね。
「いやだなあタゴリちゃん、わかってるって。なんだかんだ言いながら、そうやって私の心配してくれるんだねぇ、可愛いなあもう」
「ぎゃあぁぁぁ! やめんかっ! 気色の悪い!」
うーん、どうも私はテンションが上がっているらしく、タゴリちゃんを捕獲して頬ずりし始めたら、盛大に悲鳴を上げられてしまったよ。……あ、でもコレ、実はタゴリちゃんも喜んでるんじゃないかな? ツンデレだし。
「花、ウチにも貸して」
「ほい」
ニュッと伸びてきた火野さんの両手に、私がタゴリちゃんをパスすると――。
「おおきに。――ああ、ホンマやらかいほべたやなあ」
「ぎゃあぁぁぁっ!」
――またまた頬ずりされて悲鳴を上げるタゴリちゃん。……ああ、ホンマ可愛いわぁ。
ちなみに、火野さんとムーちゃんは私と同じく、真綾ちゃんと一緒に留学するという名目で休学するため、それを知ったクラスのみんなが、「自分たちも姫様と一緒に留学したい!」、などと言い出して、そりゃもうたいへんだったよ。
真綾ちゃんは人気者だなあ……あ、タゴリちゃんがグッタリした。
「憐れな……。ところで花よ、お前は本気で、さように珍妙な身なりのまま行く気か?」
「もちろんだよタギツちゃん。なんたって、今夜はクリスマスイブだからね」
憐れみの目でタゴリちゃんを一瞥したかと思えば、タギツちゃんが今度はその視線を私に向け、心底呆れたように聞いてきたから、私は腰に両手を当て胸を張り、堂々と答えてやった。
……そう、今夜はクリスマスイブ……と、いうことで、私たち三人はサンタクロースの格好で異世界へ行くんだよ。……ああそうか、モサモサした白ヒゲをつけてるから、タゴリちゃんも頬ずりされるのを嫌がったのかな? まあいいや。
「ひょっとしたら、真綾ちゃんが私のことを待ち構えているかもしんないじゃん? あの子、コッチのことを恋しく思ってるだろうからさ、私たちのサンタ姿を見たら絶対喜ぶと思うんだよ。……コレはね、私たちからのクリスマスプレゼントみたいなモンなんだよ」
「……さようか、ならばもう何も言うまい」
サンタ姿に込めた想いを私が説明すると、タギツちゃんは理解してくれたようだ。
この子はやっぱり大人だねぇ、長女と違って……ん? クールビューティー可愛いタギツちゃんを眺めてたら、横から今度は、可愛らしい両手がニュッと伸びてきたぞ……。
「イチにもプレゼント、ちょーだい」
三姉妹の末っ子、イッちゃんだった。
クリクリした目で私を見上げつつ、ちっちゃな両手をパーの形に広げ、ちょーだいポーズをしている彼女の、なんと罪作りなことか。この小悪魔め!
「もう、しょーがないなあ、イチ太くんは……。火野さん、そろそろみんなに渡してあげようか。――ムーちゃんはアレを」
「よっしゃ!」
「うん……わかった……」
イッちゃんの可愛いおねだりに負け、私が合図すると、火野さんは白いサンタ袋からプレゼントの数々を取り出し、ムーちゃんも自分の袋からクリスマスケーキやら紙皿やらを取り出した。これらすべてを羅城門グループの経費で落としたことは、もはや説明するまでもあるまい。……サンキュ、仁志おじさん。
サプライズということで、のじゃっ子軍団には黙っていたけど、これから私たちは、軽いクリスマスパーティーで士気を上げたのち、異世界へ乗り込むつもりなのだ。……どれ、私もシャンパンっぽいシュワシュワを出すとするか、クリスマス定番の。アレ飲んでるとさ、ちょっと大人になったような気分になるんだよね~。
などと思いつつ、私が袋の中をゴソゴソ探っていると……。
「今年もクリスマスパーティーができるとは……」
クリスマスになると、ささやかなプレゼントやケーキなどを私と真綾ちゃんが神社に持ち寄り、日のあるうちにサブちゃんと三人でパーティーを楽しむ、というのが、一昨年から私たちの恒例になっているんだけど、真綾ちゃんが失踪中ではパーティーどころじゃなかろうと、サブちゃんも今回は諦めていたらしく、ケーキの上に載ったデコレーションのサンタを感慨深そうに眺めていた。
異世界へ行く私のためにと大二郎を貸してくれたから、今のサブちゃんは車椅子に座っていて、その儚げでいじらしい姿が無性に私の心を打つ。
「サブちゃん、来年のクリスマスは、また真綾ちゃんと一緒にパーティーしようね」
「うん」
おおふ……。私の言葉を聞いたとたん咲いた笑顔のなんたる破壊力か! サブちゃんマジ天使! 天使どころか神様だけど。
え? 日本の神様がクリスマスを祝ってもいいのかって? そんなこたぁどーでもいーんだよ! アレだアレ、冬至からちょっと過ぎた日を祝う祭りだよ!
「そんなわけで、出発前の景気づけに、これからクリスマスパーティーを始めるよ!」
「おー!」
「おー……」
私が拳を突き上げてパーティーの開催を告げるや、みんなも元気に拳を突き上げ、出陣前のプチパーティーが始まるのであった。
ああ、ひとりだけ蚊の鳴くような声で小さく拳を上げたのは、ムーちゃんだよ。
◇ ◇ ◇
短くも楽しいひとときを過ごしたあと、私と火野さんとムーちゃんは、異世界転移すべく葦舟さんに乗り込んだ。
先頭に私、真ん中が火野さん、最後はムーちゃん、という順番で座っているのは、前方視界確保のためだ。つまり、背の低い順である……。まあ、陰陽コンビの身長は大差ないんだけど、私が、ちょっとね……。
「それでは、門を開くよ」
サブちゃんが私たちに告げるや、異世界へと続く朱塗りの鳥居が出現した。相変わらず和風ファンタジーっぽくて、たいへんよろしい。
「おおっ! 雰囲気あるやん!」
「これが、異世界への……門。……フフフ……」
うんうん、背後から聞こえてくる声の感じだと、神秘的な光景を目の当たりにして、火野さんもムーちゃんもテンション上がったようだね。よきかな、よきかな。
「花ちゃん、火野さん、ムーちゃん、くれぐれも無理はせんように」
「うん、わかったよ、サブちゃん」
「花のことはウチらにまかしとき!」
「姫様のことも……心配ないよ……」
車椅子の上から心配してくれるサブちゃんに、私たち三人は揃ってサムズアップしてみせた。
「今回は仲間もおるゆえタゴリも心配しておらぬが、まあアレじゃ、真綾を連れて無事に帰ってこい。――風邪、引くなよ」
「お風呂入れよ」
「歯磨けよ」
右舷にいるサブちゃんの次は、タゴリちゃんを筆頭に、左舷からプチガミ様たちが声をかけてきたんだけど、このいい加減な言葉から察するに、マジで心配してなさそうなのがちょっと腹立つ。
「全員集合か!」
さすがは関西人、ツッコミどころを見逃すということが無い。……それにしても、わかるんだね火野さん、今のネタ。
さて、伝統芸のツッコミも聞けたことだし、そろそろかな?
「ほいじゃ出発するよ。――火野さん、エンジン点火」
「よっしゃ。エンジン点火十秒前、九、八、……」
私の号令一下、ノリのいい火野さんがカウントダウンを始め――。
「……四、三、二、一。フライホイール接続、点火!」
「葦舟さん発進!」
――エンジン点火したところで、私は葦舟さんを発進させた。
え? 葦舟さんにはエンジンなんか無いだろうって? ……わかってないなあ、これも様式美だよ、様式美!
見なよ、イッちゃんなんか、真っ赤なスカーフを振ってくれてるじゃないか。もちろん私の頭の中でも、海自音楽隊のテッパンになったあの名曲が流れてるよ。
ともかく、鳥居の中に開いている真っ黒の空間へ向かい、吸い寄せられるようにして葦舟さんが進み始めたんだけど、今日の私は恐怖というものをまったく感じない。
何しろ私の後ろには、火野さんとムーちゃんという心強い仲間が乗っているからね、ひとりぼっちで異世界転移した前回とは大違いだよ。
「ワープ!」
私が威勢よく叫んだ直後、真綾ちゃん救出部隊を乗せた葦舟さんは、異世界へと続く闇に呑み込まれてった。
真綾ちゃん待ってろよ~! 葦舟さんに乗ったサンタクロースが行くからな~!




