第一七話 奪還作戦 二
「ホント!?」
片方のほっぺを飴で膨らませて微笑んでいるサブちゃんに、私は前のめりになって食いついた!
「うん、真綾ちゃんにあげた勾玉が道しるべとなる。あとはその世界へつながる門を開けばよい」
サブちゃんは開けばよいって簡単に言うけど、それができないんじゃ――。
「なるほど、サブロウ様なら……」
「え? できるの?」
「ド阿呆ッ!」
「へぶっ!」
何やら納得しているらしいタギツちゃんに素朴な疑問を投げかけたら、いきなり右フックを貰った……。アンタいいモン持ってんじゃねえか、今のは効いたぜ……。
「ええい、このお方をどなたと心得る! 本来ならば最高神、日の御子になるはずじゃった貴きお方ぞ! 控え控え、あ、控えおろう!」
ほっぺたを押さえている私の目の前で、タゴリちゃんがどっかで聞いたようなセリフを吐いている……。アンタはちりめん問屋のご隠居の忠臣かい? 前に自分はムッチャ偉い神様だって威張ってたよね?
「タゴリヒメ、よいのじゃ」
「ははあっ!」
サブちゃんがなだめてくれると、荒ぶっていたタゴリちゃんが治まった。……ホントにおもしろいプチガミ様だな。
う~ん、なんだか知んないけど、サブちゃんはプチガミ様たちにずいぶんと尊敬されてるようだね。
「花ちゃん、サブロウは流されたおかげで、異界へ渡る神性を得てしもうたのじゃ。これだけは他の神にもできぬ、できそこないのサブロウにしかできぬ。これで真綾ちゃんを助けられるなら、父母には感謝せねばの」
「サブちゃん……」
誇らしげに笑うサブちゃんを見て私の胸は苦しくなる……。だって、どこか寂しそうな笑顔なんだもん……。
それにね、サブちゃんが自分のことをそんなふうに言うのは、私すごくつらいんだよ。
「サブちゃん、お願いだから、自分のことを『できそこない』だなんて言わないで。サブちゃんは全然できそこないなんかじゃないよ、この町に住む人たちをずっと守ってくれて、今も真綾ちゃんのことを真剣に考えてくれる、サイッコーの神様だよ。それにね、私と真綾ちゃんにとって、サブちゃんは大切な友達なんだよ」
「花ちゃん……」
私が精一杯の気持ちを伝えると、サブちゃんのパッチリしたお目々は驚いたように丸く開かれ、見る見る涙が溢れ出してきた。
「ありがとう」
そう言って笑うサブちゃんの顔は、さっきの笑顔よりもっと誇らしげで、とても嬉しそうだ。
その愛らしいご尊顔を脳内ハードディスクに記録しようとしたら――。
「よくぞ言うた!」
「いでっ!」
いきなり、タゴリちゃんにバシッと背中を叩かれた……。
「それでこそ花じゃ! このタゴリ様が目をかけてやっただけのことはある。褒めて取らすぞ! いやむしろ、花を見い出したタゴリ偉いっ!」
「また自分だけの手柄のように……。花、ほんによう言うてくれた。サブロウ様は貴きお方じゃが、昔からご自分を卑下するようなところがあっての、我らは常々気にしておったのじゃ」
「花、偉い」
腕を組んでふんぞり返るタゴリちゃんをよそに、残りのプチガミ様たちが私の頭をナデナデしてくれた……ちょっと嬉しいな。あ、イッちゃん、飴玉を二個同時に食べてるんだね、ほっぺが両方膨らんでて可愛いよ、リスみたいだね。
それから私たちは、真綾ちゃんを奪還するための話を続けた。
「――で、サブちゃん、さっき『皆で力を合わせたら』って言ってたけど、サブちゃんが門を開くだけじゃだめなの?」
「うん、サブロウの乗っていた葦舟だけしか門を抜けられぬから、誰かが葦舟に乗って真綾ちゃんを迎えに行かねばならぬのじゃ」
なるほど、そういうことか。
私の質問に答えてくれたサブちゃんをジックリ愛でながら、ウムウムとひとりで納得していると、タギツちゃんが口を開いた。
「それにの、さすがに我らのような高位の神が直接乗り込んでしまうと、此方と彼方、両世界にどのような影響を及ぼすやもしれぬ。じゃから人間が行くしかない」
「そもそもサブロウがここで門を維持しておらぬと、帰りに世界の狭間を漂流してしまう。――それから花ちゃん、人間というても誰でもよいわけではないよ。葦舟に乗って門を抜けられるのは、かんなぎの才ある者だけ、しかも葦舟を操る者は、真綾ちゃんがやったという召喚の契約を結べるほどの才高き者。さらに真綾ちゃんをよく知っていて、真綾ちゃんと同じ勾玉を持っておれば、なお都合がよい……」
タギツちゃんの説明にサブちゃんが補足すると、みんなの視線が集まった……私の顔に。
その時、私の体にブルブルッと震えが走った。――恐怖? とんでもない。この私だけが真綾ちゃんを助けに行けるんだよ? しかも憧れていた異世界だよ? これが武者震いせずにいられるかってんでぃ!
「やったらぁ!」
「おー」
私がスックと立ち上がり力強く拳を握りしめると、のじゃっ子軍団は一斉にパチパチと手を叩くのだった。
おそらくそれは、傍から見ると最高に微笑ましい光景だったに違いない……。
◇ ◇ ◇
その後私たちは、真綾ちゃん奪還作戦についてジックリと話し合った。
まず、奪還において重要なキーアイテムになりそうなのが、サブちゃんから私たちが貰ったお揃いの勾玉だ。なので私は、勾玉に込められている冥護とやらについて、詳しく教えてもらうことにした。
「サブロウが込めた冥護のひとつは【航海安全】じゃ。海で時化に遭うことがないし、海を領するサブロウの神威を恐れて海の者は襲ってこれまい。もうひとつは【諸願成就】じゃ。強き願いが叶うというものじゃが……万能ではないから、花ちゃん、過信せぬように」
一瞬だけ頭の中で「身長が伸びますように」って願ってしまった私に、サブちゃんがプスッと釘を刺した。……残念。
でもまあ熊野さんもいることだし、海に出た真綾ちゃんが無敵なのはこれで確実だね。しかし「海を領する」って、サブちゃんマジですごい神様なんだね。
「タゴリが――」
「我らが込めし冥護のひとつは【交通安全】じゃ。これは道中の安全だけではなく、最も善き方向へと人を導く道の力。もうひとつの冥護は【縁結び】じゃ。異世界でも善き者との縁を結んでくれよう」
偉そうに言いかけたタゴリちゃんの言葉を遮って、横からタギツちゃんが説明してくれた。……あ、タゴリちゃんがプチトマトになってる……可愛い。
それにしても、道の力か……。この【交通安全】って冥護こそ、奪還作戦のキーになりそうな力なんだよね。
もし真綾ちゃんから離れた場所に私が異世界転移しても、この冥護があれば真綾ちゃんへと導いてくれるに違いない。
「そうじゃ花、ちょっと勾玉を見せてみよ」
「ほい」
タゴリちゃんに言われたとおり勾玉を差し出すと、プチガミ様たちとサブちゃんが一緒になって力み始めた。そのとたん、のじゃっ子たちの全身が発光すると同時に勾玉も青く発光し、ホタルのように明滅を繰り返し始める。
しばらく顔を真っ赤にして力んでいたと思ったら、のじゃっ子たちは、握りしめていたちっちゃな両手を高らかな掛け声とともに開き、元気よくバンザイした!
「そーれ!」
宮島の時は、たしかこのあと、光る霧がゴウゴウと渦を巻いて勾玉に吸い込まれたんだったよね、今回はいったい何が――。
ピロリ~ン。
「へ?」
宮島で見た光景を思い出した私が、どんなスペクタクルが始まるのかと思って身構えてたら、勾玉から電子音的な音が聞こえただけだった……。
「ふう……」
「ふう、じゃないよ! あん時のスペクタクルはどこ行った!」
「ああ、あれは演出じゃ」
「…………」
いい仕事した~と言わんばかりに額の汗を拭っていたタゴリちゃんに、私が思わず食って掛かると、彼女はケロッとした顔で答えた……。
「……で、今のは何したの?」
「バージョンアップじゃ」
「……よく知ってるね、そんな言葉」
「テレビで見たのじゃ」
タゴリちゃんは私の問いかけに、なんか知んないけど嬉しそうな顔で答えた。
またどっかの旅館にでも忍び込んでたね。やりたい放題だな、プチガミ様……。
「なんじゃ花、胡乱な目で見おって……。よく考えてみよ、参拝者に『お父さんが新しいスマホを買ってくれますように』と願われたとき、スマホが何かわからんのでは困るじゃろう? じゃから我らは時代に合わせ日々進化せねばならぬのじゃ、日夜努力を惜しまぬ偉い神なのじゃ!」
「……イッちゃん、好きな番組は?」
「プリピュア」
「……」
もっともらしいことを偉そうに言っていたタゴリちゃんだけど、私の質問にイッちゃんが素直に答えたとたん、またプチトマトになって黙り込んじゃったよ。
「……で、タギツちゃん、詳しく教えてくれる?」
「うむ、タギツは『プリピュア』でいうなら、やはり青か白であろうの」
「ああわかる! そんな感じだよね~。……いやそっちじゃなくて、バージョンアップの内容」
「……」
あ、プチトマトがふたつになったよ……。毎週日曜の朝になるとどっかに忍び込んで、仲良く『プリピュア』観てるんだろうな~、可愛いな~。
「コホン。……バージョンアップの内容はの、サブロウ様や我らとの通話機能を追加したのじゃ。これで花は、異世界において何が起こったとしても、此方におるサブロウ様や我らと相談することができるじゃろうて」
「おお! タギツちゃん、それはムッチャ助かる、心強いよ!」
マジ助かるよ、異世界でひとりぼっちは寂しいもん。それに神様じゃなきゃわかんないこともあるだろうし。
「花ちゃん、異世界には危ないこともあろう、本当によいのか?」
不安に思っていたことが解決してひとり喜んでいる私の顔を見上げ、サブちゃんが心配そうな表情で尋ねてくれる……けど、私の答えは決まってるんだよ。
「もちろん!」
そりゃね、異世界に危険な魔物がウロウロしてるのは知ってるよ、魔物じゃなくたって、猛獣や悪い人たちもいるだろうし。
でもね、そんなの気にしないよ、私しか真綾ちゃんを助け出せないんだから。
私が真綾ちゃんと友達になったあの日、サブちゃんのために冷たい冬の川へ飛び込んで、それでも何食わぬ顔でいた彼女を見て、私は思ったんだよ、――自分もこんな子になりたい――ってね。
それに、真綾ちゃんのいない毎日は私が嫌だ!
そんな私の瞳をジッと見つめていたサブちゃんは、しょうがないなあと言うように小さく息を吐くと――。
「……うん、わかったよ花ちゃん。それでは召喚契約というものをしてみよう」
――私と葦舟の召喚契約を提案した。




