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第一六話 奪還作戦 一


 真綾ちゃんの夢を見た十数時間後、学校の帰りに、私はこの場所をまた訪れていた。いつも真綾ちゃんやサブちゃんと一緒に遊んでいた〈えびす神社〉を――。


 私は仁志おじさんに連絡したあと、真綾ちゃんを帰還させるため自分にできることがないか、朝まで一生懸命に考えていたんだよ。

 科学的アプローチは仁志おじさんが手を尽くしてくれているし、正直なところ一介の女子中学生じゃお手上げだ。それじゃいったい……と、途方に暮れながら勾玉に視線をやった私はひらめいたんだよ、そういえば私、非科学的な体験は人より豊富なんだったって。

 もちはもち屋っていうけどさ、非科学的な現象は非科学的な存在に相談するのが一番じゃない?


「やっぱりいないな、サブちゃん……」


 昨日と同じように、サブちゃんを探して境内を歩き回る私のつぶやきが、しんとした鎮守の杜に流れた、その時――。


「花ちゃん……」


 ――聞き慣れた声が私の名を呼んだ。

 私が弾かれたように後ろを振り向くと、そこには、大二郎にチョコンと乗ったサブちゃんの、どこか寂しそうな笑顔があったんだよ……。


「サブちゃん!」


 私はすぐさま駆け寄ってサブちゃんの頭を抱きしめる。……ああ、このぬくもりは間違いない、本物のサブちゃんだよ。幻なんかじゃない……よかった……。

 サブちゃんと再会できた喜びをそうやって噛みしめていた私は、しばらくして自分の腕からサブちゃんを解放すると、恐る恐る問いかけた。


「……サブちゃんは……神様、なの?」

「うん……」


 サブちゃんは泣きそうな顔で私を見つめると、コクリと小さく頷いた。


 私は夜明け前、あの勾玉を眺めているうちに思ったんだよ。

 そもそも、この不思議な勾玉をくれたのは誰だっけ? プチガミ様が言っていた「あのお方」って誰のことだろう? どうして私は、今までそのことについて深く考えようともしなかったんだ? まるで宮島のジェラート屋さんにいた店員さんが、プチガミ様の神力で思考操作されていたように……。

 そして気づいてしまったんだ、サブちゃんの正体に。

 でも、そうやって予想していた答えなのに、サブちゃん本人の口から聞くと結構ショックが大きいや……。


「……サブロウはずっとずっと昔、できそこないじゃからと、父母に海へ流されたのじゃ……。それから長い長い間、〈うつしよ〉とも〈かくりよ〉ともつかぬ海を漂い続けた」

「そんな……」


 ひどいよ、こんなに可愛いサブちゃんを、自分の子供を海に流すなんて……。


「じゃが、やがてサブロウの乗った葦舟がここの浜に流れ着くと、かようなできそこないを、里の者たちは神として大切に祀ってくれたのじゃ、この名もその時にもろうた。――ここの者は昔から皆優しい、サブロウは大好きじゃ、大好きな皆を見守れて今は幸せじゃ。……じゃから花ちゃん、そんな顔せんでもよいよ」


 あまりに残酷な過去を聞いて涙をいっぱい浮かべている私の顔を、サブちゃんは心配そうに見上げてくれた……。私のほうが心配されちゃったよ、くそう、なんていい子なんだよう……。


「……それでの、どうしたことか、昔からこの里にはかんなぎの才ある者が多い。つまり、花ちゃんたちみたいにサブロウの姿を見ることのできる者がおる。じゃから、神とは気づかれぬよう神力でごまかして、時々そういう子に遊んでもろうておったのじゃ。……騙してしもうた……花ちゃん、ごめんなさい」


 そう言って私に謝るサブちゃんの顔は、大事な友達にひどいことをしてしまって、もう二度と仲良くしてもらえないんじゃと怖がっている子供の顔、そのものだった。


 私は知ってるんだよ、精神は体に引っ張られるって。――宮島のプチガミ様たちは長い年月神様をやってるわりに、精神のほうはかなり幼いところがあった。おんぶや抱っこしてもらったら、すっごく嬉しそうだったもんね。

 だからサブちゃんが子供たちと一緒に遊びたくなるのは当然だと思う。そして今、どんな気持ちでいるのかも手に取るようにわかる……。


「サブちゃん、謝らなくていいよ、寂しかったんだよね?」

「うん……」

「じゃあしょうがないよ、私たちだってサブちゃんと遊べて楽しかったし。それより、私のお願い聞いてもらってもいい?」

「何?」


 サブちゃんは伏せていた目を上げると、不安そうに私の顔を見つめた。

 わかるよサブちゃん、不安なのは私も一緒だからね。何が不安かって――。


「正体がバレたからって、昔話の雪女や鶴みたいに私の前からいなくならないで。そんなのすごく寂しいじゃん、私たちはこれからも今までどおり友達だよ、ズッ友だよ」

「……サブロウのこと、怖くない?」

「全っ然! サブちゃんに会えなくなるほうがずっと怖いよ。こう見えて私、サブちゃんの他にも神様の友達がいるもんね」


 私がそう言って薄い胸(誰が薄い胸じゃ!)を思いっきり反らすと、サブちゃんの表情が、パアァッ、といつもの天使みたいな笑顔に変わった。


「花ちゃん、ありがとう」


 これこれ! 私と真綾ちゃんはこの笑顔が大好きなんだよ! 守りたいこの笑顔だよ!

 釣られて私もニコリと微笑んだ。


『そろそろいいかの……』

『焦るな、今出てしもうたら、せっかくのよい雰囲気がブチ壊しじゃ……』

『お腹すいた……』


 ん? 私がサブちゃんと笑い合っていたら、なんかヒソヒソと聞こえたような気が……。

 私とサブちゃんが現在いるのは本殿の裏あたり、ちょうど昨日私が神主さんと話した場所だ。声のしたほうを私が見ると、そこにはあの真新しいお社が、ちんまりとたたずんでいた……。


「…………」

『いかん! あやつ、こちらを向きおった! 訝しげな目で見ておるぞ!』

『シーッ! 静かにせい!』

『なんか食べたい……』


 ……間違いない、ちっちゃいお社の中から、ちっちゃい声がしてるよ。しかもこの声は……フム。


「さっき近所のおばあちゃんに飴ちゃんいっぱい貰ったんだけど…………いる?」


『我慢じゃイチ……』

『イチ、辛抱せよ……』

『……いる』


 三番目の声が聞こえた直後、ちっちゃいお社の扉がパカリと開いた!

 その中からまばゆい光とともに飛び出してきたのは――。


「久しぶり、イッちゃん」

「飴ちょうだい」


 プチガミ様のイッちゃんと――。


「ダメじゃろイチ! 我慢が足りぬぞ! せっかくの登場場面であったのに……」

「イチのことを言えぬじゃろう、そもそもタゴリが最大限の効果を狙うなどと言うから、かように出そびれてしもうたのじゃ」


 芋蔓式に飛び出てきたプチガミ様、タゴリちゃんとタギツちゃんだった……。

 ちなみに春の宮島旅行から、私たちは名前で呼び合うようになっているんだよね。いつまでも「小さきかんなぎ」では私が嫌だよ。


「タゴリちゃんもタギツちゃんも、久しぶりだね」

「お、おう……久しいの、花よ」

「恥ずかしいところを見られてしもうた……。花、息災そうで何よりじゃ」


 私が笑って挨拶すると、タゴリちゃんとタギツちゃんはバツが悪そうに返してくれた……相変わらず可愛い。


「でも、プチガミ様たちは宮島にいるんじゃなかったの?」


 なんでここに? という私の素朴な疑問に、タゴリちゃんがふんぞり返って答える。……やっぱ相変わらずだね。


「違う! 宮島におるのではなく、宮島にもおるのじゃ。里芋がごとく小さき花の頭でもわかるように説明するとじゃな…………うーん、なんと言えばよいかの――」

「我らは普段、神域に住んでおってな、我らを祀る社や祠は出入り口のような役目を兼ねておるのじゃ――」


 途中で説明に困りだしたタゴリちゃんに代わって、頭脳派のタギツちゃんがわかり易く教えてくれた。タゴリちゃん……誰が里芋だ!


「――そういうわけで、我らを祀る社や祠のある限り、どこでも瞬時に行くことができるのじゃが、困ったことにこの里にはそれがない。じゃからサブロウ様にお願いして社を建ててもろうたのじゃ」


 神主さんの夢枕に立った御祭神って、サブちゃんだったんだね。


「なるほどね~。でも、なんでわざわざ……あ、わかった、遊んでもらいた――」

「違うわ! さようなことのために、わざわざサブロウ様のお手をわずらわせられるか! この阿呆が!」


 タゴリちゃんにものすごい剣幕で怒られた……真っ赤になってプリプリしているけど、プチトマトみたいで可愛いぞ。


「じゃあ、なんで?」

「ふん! そなたらのために決まっておろう」

「真綾に掛けられたカシリの時期が近づいておったからのう。この里へ社を建てれば、いざというとき我らが手を貸すこともできようと思うての」


 相変わらずふんぞり返っているタゴリちゃんと、優しい視線を向けてくれるタギツちゃんの言葉を聞いた瞬間、私の両目からドバっと涙が噴き出した。

 昨日までは何もかも失っていくような気がして、私はものすごく心細かったけれど、サブちゃんやプチガミ様たちは真綾ちゃんのことを心配して、こうやって動いてくれていたんだ。文字どおり、神は見捨てていなかったんだよ!


「ぶえぇぇぇぇん!」

「うわっ! なんじゃ花!? タゴリは何もしとらんぞ!」

「花、どうしたのじゃ?」

「痛い?」

「花ちゃん、大丈夫?」


 厳かな気配漂う鎮守の杜に、ナイアガラの滝みたいな涙を流す私の泣き声と、のじゃっ子軍団のオロオロする声が、にぎやかに響くのだった――。


      ◇      ◇      ◇


 現在私たちは、どこからともなく現れた巫女さん(サブちゃんの眷属らしい)が敷いてくれた緋毛氈の上に座って、みんなで仲良く飴ちゃんを口の中で転がしている……じゃなくて、私が知る限りの真綾ちゃんに関する情報を開示していた。


「――と、いうわけなんだよ」

「うーむ、異世界か……」

「これはまた面倒なことに……」

「真綾……」


 真綾ちゃんが異世界転移させられたことを知ったプチガミ様たちは、みんな揃って難しい表情になった。なかでも、真綾ちゃんに一番懐いていたイッちゃんなんか、今にも出し泣きそうになっている。


「異世界に行くって神様でも難しいの? 神域と現世を行き来できるくらいだから問題なさそうだけど」

「それとこれとは話が別なのじゃ。ドングリがごとく小さき花の頭でもわかるように説明するとじゃな…………うーん、なんと言えばよいかのう……」

「よいか花、現世と神域、黄泉の国などは、同じ塔にある別の階のようなものじゃ。たしかに我らなら行き来もできる。――しかし、真綾が転移したという異世界とやらは、どこにあるかもわからぬ別の塔のようなもの。……すべての道を司る我らでさえも決して行けぬのじゃ」


 私が疑問を口にすると、腕組みしたまま難しい顔してるタゴリちゃんに続いて、やっぱりタギツちゃんが説明してくれた。

 たしかにクラリッサさんから羅城門家に伝わる話だと、異世界転移はあっちの神様でもまず不可能だってことだった。……でもクラリッサさんは現にこちらへ転移して来ているし、そもそも真綾ちゃんだってついこの間――。


「真綾に抱っこしてほしい……」


 しょんぼりとしたイッちゃんが小さくつぶやくと、お通夜のように湿った沈黙がその場を覆った。

 神様でもダメだったら、どうすれば真綾ちゃんを連れ戻せるんだよ、どうすれば……。


「花ちゃん――」


 手詰まり感に焦り始めている私に向かって、それまで真剣な表情で考え込んでいたサブちゃんが、お人形さんみたいに可愛いお口を静かに開いた。


「――皆で力を合わせたら、真綾ちゃんを助け出せるやもしれぬ」


 サブちゃんは最後にそう言うと、天使のようにニコッと笑った。




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