第一六一話 えびす神社にて 三
「やはりのう。――サブロウ様、あとはこのタギツめが説明いたしましょう」
サブちゃんの「仮契約」という言葉を聞いて、タギツちゃんはすべて悟ったようで、ここが出番とばかりに説明を買って出た。
「火野とムーと申したか、このふたりには〈かんなぎ〉としての才がある。じゃが、花や真綾ほどの才ではないゆえ、正式に守護者を得ることは叶わぬであろう。――そこで、花の出番よ」
「私の?」
「うむ。花は無駄に才高きゆえ、あちらこちらで人ならぬ者と縁を結んでおる。無自覚に、節操もなくの。天性の人たらし……いや、人外たらしよ」
人外たらしって、喜んでいいものか……。
「そやつらの中には花の力になりたいと願う者も多かろう。そこでじゃ、そういった者に頼み、火野とムーを介して花を守ってもらおうというわけじゃ。花と縁深きこのふたりならば、才足りずとも仮の守護者を得ることはできようて。……つまりじゃ、正式な召喚契約ではあらぬゆえ、サブロウ様は『仮契約』とおっしゃったのじゃ。――これでよろしゅうございますな? サブロウ様」
「うん、ありがとうタギツヒメ」
「恐悦至極」
立派に説明を終えたタギツちゃんが、サブちゃんに礼を言ってもらえて微笑んだ。
「ぐぬぬぬぬ、タギツめぇ……」
タゴリちゃん、悔しいのはわかるけどさ、そんなに噛んで引っ張ったら衣装の袖が破れちゃうよ……。
「ほな、さっき花が話しとったように、ウチらも守護者っちゅうやつを召喚したり、どえらい能力を使えたりでけるようになるんやな? ムッチャええやん! せやったら異世界行っても恐ないわ!」
「……私が……召喚……フ……フフフ……」
タゴリちゃんのことは無視するとして、自分が守護者と仮契約できると聞いた陰陽コンビは、そりゃあもう大喜びである。
火野さんは瞳輝かせつつ拳を握り締めているし、ムーちゃんは全身から黒いオーラを立ち昇らせてトランス状態だ。
うーむ、皮算用は良くないぞ……。
「火野さん、ムーちゃん、喜ぶのはまだ早いと思うよ。……たぶん仮契約って、正式な召喚契約の劣化バージョンだからね」
「え、そうなん?」
私が水を差したとたん、火野さんは目をパチクリとさせ、サブちゃんのほうにクルッと顔を向けた。
「うん、花ちゃんの言うとおりじゃ。初めてのことゆえサブロウにもまだわからぬが、あくまでも仮の契約じゃから、得られるものも限定されると思う。――そこで提案じゃ、『ふたりが仮契約した結果、充分に強き守護者を得られたうえ、限定された加護でも問題ないようなら、花ちゃんと一緒に異世界へ行く』、ということにしてはどうかの? それなら花ちゃんも納得できる?」
……などと、火野さんに答えたあと、可愛く小首をかしげて私に聞いてくるサブちゃん。
まあたしかに、異世界でも通用しそうな守護者を火野さんとムーちゃんが得て、私も含めた三人でカバーし合っていけるなら、私ひとりで異世界転移するより安全性はグッと高まるか……。
「うーん……。それなら、いい……かな?」
こうして、私が了承したことにより、とりあえず、陰陽コンビの仮契約をやってみることになったんだよ。
◇ ◇ ◇
真っ白な玉砂利の上に広げられた赤い敷物、緋毛氈。
そして、その上に仰向けで横たわる三人の少女――そう、火野さんとムーちゃん、そして私だ。
私の頭上には、サブちゃんの出した鏡(神社の本殿にあるような銅鏡っぽいやつ)がフワフワと浮いているんだけど――。
「よくもまあ、これほど節操なしに縁を結んだものよ……」
「なんじゃこれは! まつろわぬ者がほとんどではないか! ……さすがはドングリというか、妙な連中に好かれる才があるのう」
鏡を覗き込んだタギツちゃんとタゴリちゃんが、呆れたような声を上げた。
「えっ? そうなの? すっごく気になるんだけど!」
「あっ! こら! 花のせいで映像が乱れたではないか!」
「だって気になるじゃん」
「知るか! ドングリはただ目を閉じて黙っておればいいのじゃ!」
私も気になるもんだからさ、思わずバチッと目を開けて話しかけたんだけど、タゴリちゃんに思いきり叱られてしまったよ。
状況を説明するね。
のじゃっ子軍団は現在、サブちゃんの鏡を介して、私と縁を結んでいる人外にどんなのがいるか調べているんだよ。
で、縁のある人外とやらを鏡に映し出すため、私は目を閉じて静かにしている必要があるらしい。ものすごく気になるけど、ここは我慢か……。
「それでは、ふたりの才でも仮契約できそうな者の中から、それぞれと相性が良く、できる限り強き者を選び、これからサブロウが頼んでみるのじゃ」
サブちゃんの声が聞こえたと思ったら、私の真っ暗な世界は静寂に包まれた。たぶんサブちゃんは、念話的なもので火野さんたちの守護者候補に語りかけているのだろう。
私は少し心配だったけど、交渉はスムーズに進んだらしく、意外に短い時間のあと、ふたたびサブちゃんの声が聞こえてきた。
「良き返事を貰うたよ、どちらも花ちゃんの力になりたいそうじゃ。――それでは仮契約を結ぶゆえ、まずは火野さん、目を閉じて静かに――」
まあこんな感じで、火野さんとムーちゃんの仮契約が始まり、ふたりともいちおう守護者を得られたわけだけど……。
「うわー、そうきたかー」
「……残念……無念……」
仮契約を終え、得られた加護などの詳細を直感的に知ったとたん、火野さんとムーちゃんはガックシと肩を落とした。
「どうしたの?」
「それがなあ花、でけへんらしいねん、肝心の召喚っちゅうやつが」
「へ?」
気になった私の質問に火野さんは手をヒラヒラさせて答えたけど、彼女の口から最後に出た言葉を聞いて、私は思わず絶句した。
「……私も同じ……。守護者の本体を、召喚できないみたいなの……とても、楽しみにしてたのに……口惜しや……」
「怖いよムーちゃん……」
守護者召喚できないと知ってムーちゃんはよほど残念らしく、髪の毛を何本か口に咥えたまま、前髪の隙間からゾッとするような目で私を見てきた。……なんかの幽霊画みたいでムッチャ怖い。
でも、そうか……。
「ソレ大問題じゃん、守護者を呼べないのは致命的だよ。――で、ムーちゃん、加護のほうはどうなの?」
「やっぱり……加護も制限が掛かってる……。体力を上げる加護や、固有の加護は……一日に合計三十分くらいしか……使えない、みたい……。それも、それぞれの加護を三十分ずつ使える……のじゃなく……制限のある加護すべての合計で、三十分……」
「ああ、ウチもそんな感じや」
守護者召喚はできなくても強力な加護を貰っていればイケるか? などと思い、頭の回るムーちゃんに確認してみたんだけどね、彼女から返ってきたのは、さらに絶望的な答えだったんだよ。
火野さんも同じらしいし……コレ、残留決定か?
よく考えたらさ、そもそも、かんなぎの才にあまり恵まれていないらしいふたりが、私との縁やサブちゃんの説得という裏技を使うことで、ようやく仮契約できた守護者なんだよ? たぶん、油すましとか小豆洗いとか、そんなやつに違いない、うん。
その守護者並みに体力を強化する加護といっても、あまり期待しないほうがいいだろうし、固有の加護も推して知るべしってとこだ。
一日に三十分間だけ小豆洗い並みの強さになる女子中学生たちを、魔物の跳梁跋扈するあの異世界に連れて行っていいものか……。
「うーん、そうきたか……。残念だけど、守護者召喚もできないし加護にも使用制限があるんじゃあしょうがない。気持ちだけありがたく頂いとくね」
などと、私はふたりに感謝しつつも、異世界転移についてはご遠慮願おうとしてたんだけどね――。
「……待って、花ちゃん。……これって……防御力を上げる加護だけは……無制限で使えるプラン……みたい……」
「え、そうなの?」
――私を制止するように片手を弱々しく上げたと思ったら、ムーちゃんが追加情報を教えてくれたんだよ。
無制限で使えるプランって、なんかスマホみたいだけど、それは今、置いておこう。
守護者相当の防御力で常時守られるなら、ふたりの安全はある程度確保されるか?
「それじゃあ、いちおう、ふたりの守護者について教えてくんない? あと、固有の加護についても」
「ええで。ウチの守護者はな――」
「……私の守護者は……」
ちょっと希望らしきものが見えたこともあり、私はそれぞれの仮契約した守護者と固有加護について、火野さんとムーちゃんに教えてもらったんだけど、その数分後――。
「それじゃあ火野さん、ムーちゃん、基本方針は『いのちだいじに』で、絶対に真綾ちゃんを奪還するよ! ――エイ、エイ、オー!」
「よっしゃ! エイ、エイ、オー!」
「……オー……」
私が拳を突き上げて威勢よく鬨の声を上げると、勝ち気そうな目に炎を燃やして元気よく続く火野さんと、蚊の鳴くような声を上げつつもムッチャ嬉しそうなムーちゃん……。
そう、結局、三人で異世界転移することになったんだよ。




