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第一五九話 えびす神社にて 一



 あー、あん時は私もマジ死ぬかと思ったよ。

 ヘートヴィヒさんはエーデルベルクにたどり着けただろうか? テレーザさんも無事だったらいいんだけど……。

 ドモ、どっこい生きてた斎藤花です。


 イケガミに襲われたあの日、木の洞に逃げ込んできたモフモフたちを片っ端から葦舟さんに乗せ、命からがら逃げ帰ってみれば、すでに日本は深夜だったため、私は実家じゃなく、仁志おじさんとの取り決めどおり、あるところに連絡した。……まあ、留学してるはずの娘がいきなり真夜中に帰ってきたら、うちの両親もさすがに驚くだろうからね、しかも私、全身煤塗れでボロボロだったし……。

 でね、えびす神社のすぐ近くに羅城門グループの保養所があるんだけど、現在そこには私専用のサポートチーム(以後、サポ隊と呼ぶ)とやらが置かれてて、二十四時間体制でスタンバっているらしく、連絡した二分後には鳥居前まで迎えの車が来て、私を保養所へと拉致ってくれた。

 え? サブちゃんやプチガミ様たちは?

 そんな時間に起きてるはずないじゃん、幼児たちが。みんな神域とやらに戻ってスヤスヤ寝てたよ、異世界で私が必死に逃げ惑ってた時から……。

 サブちゃんが夢枕に立つときはどうしてるかって?

 そりゃあ、先に収録しておいた動画を配信してんだよ。


「花よ、そろそろ起きんか。タゴリは退屈じゃ」


 で、その日はそのまま保養所で爆睡して、翌日、サポ隊の人に健康チェックしてもらった私は、仁志おじさんに電話で長々と報告したあと、もう一泊してから実家に帰った。

 どうしてもう一泊したかって?

 なんせ私は海外留学中ってことになってるからね、一時帰国することを朝イチで実家に連絡したとして、当然、飛行機の時間とかも考慮しなきゃ親に怪しまれるし、それにサポ隊としても、中学校への根回しなんかの時間が必要だろうから、もう一泊したわけだよ。

 ちなみに、さすがは世界の羅城門グループっていうかさ、保養所も高級旅館みたいな感じなんだよね~。その保養所を今回は貸し切り状態なんだよ? 上げ膳据え膳だよ? もうサイコーじゃん。しかも、私は一か月近くも異世界にいたもんだからさ、久しぶりの大浴場やら和食やらに大はしゃぎだったよ。


「おい、聞こえておるのじゃろう?」


 まあそんなわけで、豪華な保養所に連泊できて満足した私は、アリバイ用の合成写真やら海外土産やらを受け取り、サポ隊の車で家まで送ってもらったわけだけど、サポ隊の用意した土産だとも知らずに私の家族は大喜びだったよ。どう考えても私に買えるはずのない高級品だったんだけどね。

 それにしても、恐いくらいのデキだったなあ、羅城門グループ製のアリバイ写真は。アレって、やっぱAIとか使ってんのかなあ?


「……どれ、額の上に犬のウ◯コでも載せ――」

「やめんかっ!」


 私がクワッと目を見開いたら、ウ◯コを刺した小枝片手に幼女が笑っていた。


「タゴリちゃん、アンタ偉い神様なんでしょうが! 下品なことするんじゃないよっ!」

「ふん、これしきで騒ぐでない、我ら三姉妹の父神様など、高天原の神殿をウ◯コ塗れにしたこともあるわ」

「クレイジーな父ちゃんだな!」

「うるさいドングリ! さっさと起きんか!」

「ヒィィ! 枝を振るな! ウ◯コが飛ぶからっ!」


 必死の猛抗議もなんのその、タゴリちゃんがウ◯コ枝でビシッと指してくるもんだから、私は緋毛氈の上をゴロゴロ転げて緊急回避した。


「ハア、ハア、……死ぬかと思った」

「ほれほれ」

「ぎゃあああ! 近寄るなっ!」


 などと、いい気になったタゴリちゃんが、しつこくウ◯コ枝で私をいじめてきたわけだけど……。


「タゴリ姫、花ちゃんは起きたようじゃね」

「ハッ!? サブロウ様!」


 あら不思議、どこかへ行ってたサブちゃんが戻ってきたとたん、タゴリちゃんったら慌ててウ◯コ枝をペイっと投げ捨て、何食わぬ顔で口笛を吹き始めじゃないか。

 この子、サブちゃんにはホント弱いんだよね……ヨシ。


「そー言えばさあタゴリちゃん、宮島で熊野さんの本体を初めて見た時、たしか私の背中で――モゴ!?」

「しーっ」

「小児期に多く見られる睡眠時随伴症の一瞬、錯乱性覚醒というやつかのう。花は睡眠覚醒を調節する脳の働きが未発達のようじゃ」


 せめてもの腹いせにと、お漏らしの件をサブちゃんにバラしてやろうとするも、私は背後からイッちゃんとタギツちゃんに口を塞がれてしまった。

 タギツちゃん、私もう中二だよ? 小児期って……。

 まあ、あん時は、この子たちも一緒にお漏らしになってたからなー、サブちゃんに知られたくないんだろうなー。


「花ちゃんの背中で?」

「サブロウ様、なんでもございません、タギツの言うとおり、こやつめは寝ぼけておるだけにございます。――こらドングリ! 寝言は寝て言わんかっ!」


 首をかしげるサブちゃんを言いくるめたあと、「バラしたら殺す」くらいの眼光で私を睨みつけてくるタゴリちゃん。……必死だなあ。

 すると、素直なサブちゃんはプチガミ様たちの説明に納得したらしく、ニコニコと私に話しかけてきた。


「ところで花ちゃん、かなり溜まった?」


 サブちゃんの言う「溜まった」とは、タゴリちゃんに対する不満のことでも、もちろん腸内ガスのことでもなく、太陽光のことだ。

 日本に帰ってきてから、実はもう二週間以上が過ぎてるんだけどね、私はその間、毎日ちゃんと中学校に通いつつも、放課後や休日にはサブちゃんのえびす神社に入り浸り、高貴なる神々とともに、〈潜伏・索敵訓練〉や〈追撃・逃走訓練〉などなど、血の滲むような訓練に励み、あるいは、羅城門グループからせしめ……頂いたおやつの山と戦ったり、異世界から連れ帰ったモフモフたちをモフったりと、再転移に向けて日々精進してきたわけなんだけど、その一環として、今も緋毛氈の上でゴロンと横になって瞑想しつつ、太陽光を【船内空間】に蓄積していたんだよ。

 ああそうそう、サブちゃんの神力でこの周辺は人払いされてるから、太陽光吸収モードで私が真っ黒になっていても問題ないよ。


「うーん、冬じゃなきゃもっと溜まるんだろうけど、こんなもんかなあ……」

「そう、やはりの……。花ちゃん、ちょっと来て」

「あ、うん」


 私が太陽光を吸収してるのは、もちろん、我が攻撃手段中最強を誇る〈真・太陽険〉のためなんだけど、残念なことに今は冬だから、ちょっと心もとないんだよね。

 そんなわけで浮かぬ顔をしている私を、サブちゃんは可愛い手でチョイチョイと手招くと、ノロノロと大二郎で先導し始めた。……なんじゃろ?


「ここは……」

「花ちゃん、太陽光吸収モードになって。必ず、目も含めた全身バージョンでね」

「ああ、うん」


 本殿周辺に点在する摂社のひとつの前に到着するや、サブちゃんがモードチェンジをご所望してきたので、私は理由もわからぬまま、言われたとおり全身真っ黒な太陽光吸収モードにチェンジした。

 この全身バージョンってさ、目に入ってくる光も【船内空間】へ送るから、何も見えなくなっちゃうんだよね……。


「この摂社は誰の――いかん! あのお方じゃ!」

「まさか、かような場所でお力を解放なさるおつもりか!? イチ、早う目を閉じて後ろを向け! まともに見たら潰れるぞ!」

「うん」


 何も見えなくなっている私の耳に、ワタワタと慌てふためくプチガミ様たちの声が聞こえてきたと思ったら――。

 ん? なんか今、とてつもなく神々しい女性の姿が、私の脳裏に一瞬だけ浮かび上がったんだけど……どちら様?


「花ちゃん、もういいよ」


 今のは誰だったのかと小首をかしげていたら、サブちゃんの声が聞こえたため、私が太陽光吸収モードを解除すると、いつものニコニコ笑顔がそこにあった。


「冬は陽の光が弱いからね、妹に少し力を貸してもろうたのじゃ」

「えっ? サブちゃんの妹? まさか今の美人さんが?」

「うん。――さようなことより、花ちゃん、これで足りる?」

「これって、太陽光のこと? どれどれ――げっ!」


 妹さんのことは気になったけど、サブちゃんに言われたとおり【船内空間】内を確認して、私は驚いた。

 だってね、私じゃ千年かかっても吸収できないような量の光子が、今の一瞬だけで溜まってたんだよ……。


「……うん、なんか、とんでもない光子量になってるよ、それこそ、宇宙要塞を攻略できそうなくらいの……。サブちゃん、わざわざ妹さんに頼んでくれてありがとね」

「花ちゃんの力になれて何よりじゃ」


 私がお礼を言うと嬉しそうに笑うサブちゃん。……ああ、守りたいこの笑顔。


「あのお方を動かすとは、さすがはサブロウ様じゃ!」

「当然じゃタゴリよ、サブロウ様は日の御子になるはずであった貴きお方ぞ、あのお方でも無下にはできまい」

「さすサブ……」


 サブちゃんを褒めそやすプチガミ三姉妹を眺めつつ、私は思う。あのお方とやらのおかげで、ますます使いづらくなったじゃん……。

 某連邦軍の大量破壊兵器も真っ青のソーラーエネルギーについては、まあ今までどおり、放出する光子の密度や総量なんかを私が調整すれば問題ない。

 でもね、このバカみたいな光子量を見ればわかるけど、サブちゃんの妹さんってば、張りきって太陽光を放出したみたいだから、光子に神力まで込めちゃってる可能性が高いんだよね……。コレじゃあ、わずかな量でもどんな影響を与えるかわからないから、フレンドリーファイヤしたときの惨状が恐くて、おいそれと使えないよ。

 こんな、うっかりで大量虐殺しかねない殺人光線を、うっかり者の私にどう使えと……。


「じゃがのう、いかに強き力があったところで、使うのが花ではのう……」


 お、珍しくタゴリちゃんが正しいことを言ってきた。なんだかんだで私のことをよくわかってるじゃん。


「そうなんだよねー。私の攻撃手段はどれも使い勝手が悪いうえに、それを使うのが私じゃあ、危なっかしくって使えないんだよ。それに防御の面でも、【船内空間】の重量制限を超えるような敵が襲ってきたら、もう完全にアウトだし……」

「たしかに、これまでは運が良かっただけじゃの。前へ投げたはずの物がなぜか後ろに飛んだり、何もない場所で器用に転んだりと、ある意味驚異的な運動神経しか有しておらぬ花のことゆえ、相性次第では下級の魔物相手でも危うかろう。……ましてや、異世界の神にまた襲われでもしたら、今度こそ助かるまい」


 私が眉をハの字にしていると、タギツちゃんが話に入ってきた。

 ……そう、アレはヤバい、神は……。

 さすがに諸侯だけあってテレーザさんはムチャクチャ強かった。もし彼女と戦ったら、私はあの超高速の動きに手も足も出ないだろう。……だけど、そのテレーザさんでさえ、イケガミにはまったく歯が立たなかった。

 たぶん、あのイケガミは武神ってわけじゃないんだろうけど、それでもあの強さなんだから、神、というか、〈王級〉と呼ばれる連中はマジでヤバい。

 あの一件で私は自分の非力さを痛感したよ……。


「再転移した先に都合よく真綾ちゃんがいてくれればいいけど、合流するのに時間がかかる場合を想定したら、当然、危険な目に遭う可能性も考慮すべきだよね、さすがに〈王級〉と出くわすことはそう無いにしても、でっかくて素早い魔物に襲われるとかさ。そうなるとやっぱ、圧倒的に戦力不足なんだよ。うーん、困ったなあ……」


 私は両腕を組んで唸った。

 ヘートヴィヒさんが無事にエーデルベルクにたどりついていたら、たぶん、イケガミはあのあと、怒り狂った真綾ちゃんに成敗されているだろう。彼女は確実にイケガミより強いし、それを狙ったからこそ、私も囮役を買って出たんだからね。

 でも、ヘートヴィヒさんがたどり着けていなかった場合、再転移した私をどんな危険が待ち受けているかわからない。

 まあ、イケガミは私を殺したと確信してるだろうから、あんな場所で一か月も居座ってるとは思えないけど、私は前回の転移でバッチリ学習したんだよ、〈異世界ナメてたら痛い目に遭う〉ってね。

 そうなると、戦力不足は痛いなあ……。


「ドングリめを守る戦力か。うーん……」

「我らが異世界へ直接乗り込むわけにはいかぬし、強い守護者を付けようにも花はすでに葦舟と契約しておるし、これは難問じゃのう。うーん……」

「うーん……」


 なんだかんだで私を心配してくれるプチガミ様たちも、仲良く三柱揃って両腕を組み、可愛い頭を同じ方向へかしげて唸り始めた。

 ちなみに、私が助けたモフモフ軍団(苔女ちゃんやラタトスクやヴォルパーティンガーたち)も、同じように頭をかしげて悩んでくれているようだ。可愛い……。特にラタトスクなんか、イッちゃんの声を真似て「うーん……」なんて言うもんだから、イッちゃんが小動物になったみたいでチョー可愛い。

 と、そこへ――。


「なんやなんや、かいらしいチビちゃんらに囲まれてえらい楽しそうやなあ。――花、ひとりだけズルいで!」

「……まさか、あれは……レプス・コルヌトゥス……いえ、翼があるから……ヴォルパーティンガーね。……それに、リスに似たあの生物……人の言葉をそのまま再現したということは……もしかして……ラタトスク? あ……こ、苔女までいる。……幼女とUMAをひとり占めなんて……花ちゃん、ズルいよ……」


 ――などと、聞こえてきたんだよ、聞き覚えのある声が、ふたつほど……。



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