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第一四話 真綾ちゃんのいない町 二


 慌てて車から降りてきた秘書さんがササッと出してくれた、ふかふかタオルと除菌スプレーのおかげで、ようやく落ち着きを取り戻した私は、現在、仁志おじさんの超高級車に乗せてもらっているところである。うん、高級本革シートの座り心地はバツグンだ。


「あそこまで半狂乱になって除菌しなくても……」


 後部座席に座る私のとなりでは、でっかい体の仁志おじさんが身を縮めるようにして落ち込んでいる……。


「会長、このくらいの娘さんはデリケートなんですから……」

「うむ、そうか、そういうものか……」


 助手席に座る秘書メガネ……小野さんが呆れたようにたしなめると、仁志おじさんはようやく、思春期女子の気持ちを少し理解してくれたようだ。


 その後、立ち直った仁志おじさんは、急に真面目な顔になると、私に向かって穏やかな声をかけてくれた。


「花ちゃん、遅くなってすまなかったね。さぞ不安な思いをしただろう」

「そうだ! おじさん、真綾ちゃんは今、どこに――」

「花ちゃん落ち着いて。私が知っていることは、すべて、今から包み隠さず話すと約束するから。――私が今日ここに来たのはね、きみだけには話そうと思ったからなんだよ。それが、亡き父の望みでもあるからね」


 焦る私を落ち着かせると、仁志おじさんは、羅城門家でもほんの一部の人だけが知るという話を聞かせてくれた。

 彼が本当に包み隠さず語ってくれたその話は、真綾ちゃん失踪の真相でもあり、彼女のルーツにも関わる、驚くべきものだった――。


 驚くなかれ、真綾ちゃんの曾祖母であるクラリッサさんは、なんと! ドイツ人ではなく、異世界人だったんだよ!

 あっちの世界で伯爵家の当主だったという彼女は、とある事情により、こちらの世界に転移して来て、それから真綾ちゃんの曾祖父、羅城門光義さんと出会って結婚したんだけど、その時に使用された〈異世界転移魔法〉というのが、最初に発動してから〈九九年後に再発動〉して、クラリッサさんの直系子孫である〈運命の子〉をあちらの世界に〈強制的に転移〉させる、というものだったんだよね。

 どうしてそんな面倒くさい仕様になったのかについては、ちゃんと理由があるみたいなんだけど……そんなこたぁどうでもいい! つまりだよ、本人の意思とは関係なく〈運命の子〉とやらにされた真綾ちゃんは、今、異世界にいるらしいんだよ!

 実はなんとなく、心のどこかでそんな予感はあったんだけど、プチガミ様が前に言っていた〈(カシリ)〉って、これのことだったんだよ!

 しかも、クラリッサさんから伝わる話だと、異世界に転移するなんて魔法は本来ならありえないものだそうで、あちらの神様たちでさえ使える者はまずいない、というほどのシロモノだから、クラリッサさんが転移する際にも強い〈制約〉が掛かってしまった。その〈制約〉が、〈運命の子には何も知らせられない〉、というものだったんだよね。

 これが結構厄介で、事情を知る誰かが〈運命の子〉本人に伝えようとしても、記録物が消え失せたり、話そうとしたことを忘れたりして、必ず失敗に終わるんだそうな。……転移よりこっちのほうが呪いじみてるよ。

 つまり真綾ちゃんは、何も知らされないまま異世界に放り込まれた、と……。


「これ、どうにかできなかったんですか?」

「もちろん私たちも、異世界転移阻止の方法がないか、羅城門家のすべてを使って探し回ったさ。おばあ様には悪いが、私たちにとっては知らない世界のことよりも、可愛い真綾のほうがうんと大事だからね。でも……」

「ダメだったと……」

「ああ……」


 仁志おじさんは力なくうなだれた。よく見たら、いつものエネルギッシュな様子は鳴りを潜め、今はとても憔悴しきった感じだ。……ひょっとしたらこの人、真綾ちゃんが異世界転移してから、ほとんど寝てないのかもしれないな……。


「実はね、私は父の本当の子ではないんだよ……」

「え?」


 何を思ったのか、急に仁志おじさんが爆弾発言をするもんだから、私は言葉をなくしてしまった。


「……私の実父は父の弟でね、私は本来なら父の甥にあたるんだよ。ところが、……その実父が若くして亡くなってね、実母のほうも私を産んですぐ他界していたから、私は小学生にして、天涯孤独の身になってしまった……。そんな私を、父と母が引き取ってくれたんだ」


 知らなかった……。この人も真綾ちゃんと同じように、子供のころ、ご両親を亡くしていたんだ。仁志おじさんが真綾ちゃんに甘いのは、どこか自分の姿と重ね合わせているのもあるんだろうか……。

 そんなことを考えている私の前で、仁志おじさんは遠い目をして話を続ける。


「父と母はね、私のことをまるで本当の子供のように、惜しみない愛情をもって育ててくれたんだ。……ああ、父さんが作ってくれたニワトコジュース、うまかったなあ…………」


 うん、おじいちゃんのニワトコジュース、おいしかった……。

 イカン、おじいちゃんのこと思い出したら、なんかジワってきた。


「……そして、成人した私が社会の中でそれなりに成長し、ようやく一人前の仕事ができるようになると、父は実子ではないこの私に、羅城門家当主と羅城門グループ会長の座をポンと明け渡して、自分は母とふたりでこの町に隠居してしまったんだ」


 そう語る仁志おじさんは、私の横の窓越しに見える真綾ちゃんちを見つめていた。親を慕う子供のような眼差しで……。


「そんなわけで、私には養父母に対する海よりも深い恩があるんだが、……養母が亡くなって数年後、真綾がまだ三歳の時、義樹――ああ、真綾の父親のことだよ。――義樹と奥さんが突然の事故で亡くなってしまった……。私はその時、それはもう天を呪うほどに悲しんださ。……だが、そんなことしている場合じゃない、たったひとり遺された真綾がいるんだからね、あの時の私みたいに……」

「それで、おじいちゃんが引き取ったんですね」


 私がそう言うと、仁志おじさんは苦笑しながら頷いた。おお、今の顔ちょっとカッコイイ。やっぱ、おじいちゃんの甥だけあってダンディーだね。


「そうなんだ、そうなったんだよ、結局。――実はね、真綾を引き取ると父が言い出した時、私は反対したんだよ。当時、父はすでに八十路に入っていたからね。それに……何より、私自身が強く思ったんだ、『私が父母から受けた恩を返す時が来た。父と母が私にしてくれたことを今度は自分がやる番だ、真綾には惜しみなく愛情を注ぎ続けよう』ってね。もちろん妻も私に賛成してくれた。――でも、普段は温厚なあの父が、その時ばかりは有無を言わせぬ威圧感まで発揮して、まったく主張を曲げないんだ」

「やっぱり、おじいちゃんとしては、真綾ちゃんのことが可愛くてしょうがなかったんですね」

「もちろんそれも大きいだろうね。ちっちゃいころの真綾は、そりゃあもう、とてつもなく可愛いかったからなー」


 ハハハと笑う仁志おじさんを見て私は思う。この人、ホントに真綾ちゃんのことが可愛くってしょうがないんだな~。


「でもね花ちゃん、ものごとには時として、パーセンテージでは表せないこともあってね、どっちも理由のすべてというかな……もうひとつ、父が頑として折れなかった理由があったんだよ。――父は子供のころ、自分の母親、クラリッサと約束していたらしいんだ」

「約束?」

「そう。『異世界にひとりっきり放り出されてしまう運命の子を、いつか生まれてくる孫娘を、何があっても自分が守る』っていう約束をね。――おばあ様、クラリッサは予知夢を見る能力を持っていたから、当時はまだ幼かった父に将来ひとりの孫娘ができることも、その子があの日〈運命の子〉として異世界へ転移することも、すべて予知していたらしい。――まあ、だから結局、折れたのは私のほうだったんだよ。……可愛い真綾が『パパ~』と言ってくれる姿を、毎日毎日お出迎えしてくれる姿を、私は密かに想像していたというのに……くそう、くそう……」


 ……仁志おじさん、最後のほう、本音がダダ漏れだよ。

 でもまあ、なんとなくわかった気がするよ。

 おじいちゃんが真綾ちゃんに武芸の数々を仕込んだことも、山菜採りやキャンプでアウトドア知識を教え込んでいたことも、すべて、異世界に放り出される真綾ちゃんのことを考えてのこと、だったんじゃないかな~。

 ひょっとしたら、いつも真綾ちゃんが楽しみにしていた〈レストランの日〉にも、異世界で上流階級に会った場合を想定して、テーブルマナーを身につけさせる、という意図があったのかもしれないね。――その身に何が起こるか本人に伝えられないなら、何が起こっても大丈夫なように育てよう――。おじいちゃんはそう考えたんだろうね。


 ……やっぱすごいや、おじいちゃん。あなたの大きな愛情は、ちゃんと真綾ちゃんに伝わっていますよ。


「……すまない花ちゃん、ずいぶんと話が長くなってしまったね。――まあ、そういったわけで、私は父母から受けた深い恩を、まだまったく返せちゃいないんだ。だから私は諦めない! 転移阻止は成らなかったが、持てるすべてを使ってでも、真綾を無事に帰還させる方法を探るつもりだ。――だから花ちゃん、きみも諦めるな!」


 ……やっぱすごいや、仁志おじさん。この人はまだ、これっぽっちも諦めていない、真綾ちゃんのために自分の戦いを続けるつもりなんだ。

 ニッと不敵に笑って仁志おじさんが差し出した、野球グローブみたいに大きな手を、私は――。


「はいっ!」


 ――大きな返事とともに、力いっぱい握った。

 そんな私に満足したのか、仁志おじさんは不敵な笑みを浮かべたまま、私の白魚のような手を力強く握り返してきた。万力のように……。


「イデデデデ! 折れる折れる!」

「あ、すまん。つい……」


      ◇      ◇      ◇


 私の手が粉砕されそうになってから十数分後……。やっと痛みが引いた私の手に、仁志おじさんは小型トランシーバのようなものを渡してくれた……なんじゃ?


「これは私に直通の携帯電話、のようなものだ。これがあれば、たとえ私が世界中のどこにいても、うちの人工衛星を使って連絡可能だよ」

「はあ……」

「もし、私のほうで進展があれば、すぐに花ちゃんへ連絡しよう。だから、もし花ちゃんのほうで何かあったときは、いつでも連絡してほしい」


 なるほど、衛星電話的なヤツか。……いや、うちの人工衛星って……。


「わかりました。でも、私のほうって言われても、一介の女子中学生に――」

「いや、私はむしろ、花ちゃんこそが本命じゃないかと感じているんだ。予知能力があった祖母の血のせいか、真綾ほどじゃないが私も勘はかなり鋭いほうでね。それに、父が生前にこう言っていたんだ」

「おじいちゃんが?」

「うん、『真綾が花ちゃんと出会ったことにはきっと意味がある、ふたりがともに過ごした時間にも。花ちゃんなら、真綾を救えるかもしれない』とね」

「そんな……」


 おじいちゃん、私のことを買い被りすぎだよ~。世界の羅城門グループでもできないことを、一介の女子中学生にすぎないラノベ好きに期待されてもな~。

 眉毛がハの字になった私の心情を察したのか、仁志おじさんは、おじいちゃんみたいに優しい眼差しで微笑んだ。


「花ちゃんがプレッシャーを感じることはないよ。さっき言ったように、私は諦めずにあがくつもりだから、花ちゃんは気落ちせず、いつもどおり真綾のことを想ってやってくれればいいさ。そのうえで、もし何かあったときは連絡してくれると私も嬉しい」


 仁志おじさんの穏やかな瞳が、私の小さな姿を映している。

 ……そうだよ、真綾ちゃんのために一生懸命頑張っているおじさんの前で、何もしていない私が弱気になってちゃいけないんだ!


「わかりました!」


 私が元気よく返事すると、仁志おじさんはとても嬉しそうに、ウチワサボテンみたいなでっかい右手を出してきた……。だがしかし!


「なんか、おかげ様で元気が出てきました。今日はホントにありがとうございました。じゃ!」


 ウチワサボテンを華麗にスルーした私は、そうやってお礼を言うと、最後にシュタッと手を上げてから車を出た。

 ウィーンと開いた窓から寂しそうな顔で覗くおじさんに、バイバイと大きく手を振ったあと、私は真綾ちゃんちの坂道を下り始める。

 優しい仁志おじさんに、心から感謝しながら――。



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