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第一四八話 妄執の騎士と古城の乙女 一四 不審者撃退



 グリューシュヴァンツ帝国の冬は陰鬱として暗い。

 この日、数日前の晴天が嘘だったように低く垂れ込める雲の下、山道を登り古城に着いた数人の男たちは、誰もがガッシリとした体格と、そしてどこか凶猛な獣めいた顔をしていた。


「いいかテメェら、今日で下見は終わりだ、明日にゃ足場を組むのと並行して、クレーンを運び込んで組み立てるからな、それぞれが下についた連中を上手く使えるよう、最後のチェック、しっかりやっとけよ!」

「へい親方!」


 なかでも特に厳めしい顔をした男が発破をかけると、手下らしき男たちは揃って頷いた。

 親方と呼ばれた男の言うクレーンとは、もちろん現代のそれではなく、シュタイファーでも使われていた人力クレーンを指すのだろうが、そんなものをここに持ち込んで彼らは何をしようというのか。

 ともかく、いつものように城内へ入ろうとする彼らだったが――。


「おっと、先客がいたのかよ。……それにしても、とてつもねぇベッピンさんだな」

「すっげぇ……」

「でけぇ……」

「たまんねぇ」


 ――城門の下にたたずむ美しい姿を見るや、全員が足を止めて見入った。

 そこにいたのは、ディアンドルを身に纏いし絶世の美女――もちろん真綾である。


「『あのう、皆様はここで何をなさるおつもりでしょうか?』だって」


 いかに真綾が武闘派とはいえ、別に狂犬というわけではないし、熊野も本来は温厚な常識人であるため、さすがにいきなり襲いかかることはせず、まずは対話による解決を図ろうと、真綾の口を借りて熊野が問うた。

 それに答えたのは、親方と呼ばれた男である。


「何を? この城をバラして麓まで運ぶんだよ」

「『どのようなご理由で?』だって」

「俺らの仕事はそこまでだが、なんでも、この城の石材でリヒテンフルトの市壁を補強するらしい」


 こう答えるからには、彼らは誰かから仕事を請け負った石工の親方とその高弟、といったところだろうか? ただの石工とは思えぬ雰囲気を全員が滲ませているうえ、腰のベルトに物騒なものを差しているが……。

 無論、こうやって廃城や遺跡の石材を再利用するというのは、どこの国でもそう珍しいことではない。しかし、これを聞いて納得できない者が、ここに――。


「そのような許可を出した覚えはございませんわ!」


 ポーティカである。


「おっと、ネェちゃん、そんな目で見られてもなあ、俺のほうも仕事なんだよ」


 真綾の後ろから顔を覗かせて猛抗議するポーティカだったが、石工の親方は肩をすくめて頭を左右に振ると、さも思い出したふうに人差し指を立て――。


「ああ、それから、依頼主からこう言われてたんだった、『部外者が来たら必ず始末しておけ』ってな。――どこの村の娘かは知らねぇが、悪いなネェちゃん」


 ――悪びれもせずそう言って、最後に凶暴な笑みを浮かべた。

 すると、それが合図だったかのように、手下たちは一斉に腰の短剣を抜き、城門下に立つ真綾を扇状に取り囲んだ。


「親方、こんな上玉、ただ殺しちまったんじゃ勿体ねぇですぜ!」

「そうですぜ、殺る前に好きにしてもいいですかい?」

「へっへっへぇ、今日はなんていい日なんだ」

「た、たまんねぇぜ」


 下卑た視線で真綾の全身を舐め回して興奮する手下たち。

 そんな彼らを呆れたように眺めつつ、親方もスラリと短剣を抜いた。

 かつての日本では、表稼業を持つヤクザも多かったが、彼らもまた、石工は石工でも、こうした汚れ仕事を請け負う面のある石工だったのだろう。


「まったくしょうがねぇ野郎たちだなあ、まずは俺が味見してからだぞ」


 などと、欲望に目をギラつかせて舌舐めずりする親方……もう、ギルティ確定である。

 この時、彼らにとって不幸だったのは、汚れ仕事も請け負うとはいえ戦闘が主な仕事ではなく、命を懸けた戦いの経験が圧倒的に不足していたため、歴戦の狩人たちと違って真綾の危険性を見抜けなかったことだ。

 そのせいで彼らがどうなってしまうかは、ほどなく明らかになることだろう。


「なんて下劣なっ! 口封じを命じるくらいですから、その伯爵とやらが後ろ暗い企てをしているのは明白ですわね! ――マーヤ様、あのお花畑の奥に麓へ抜ける道がございます、あとはわたくしがなんとかいたしますから、どうぞここはお逃げください」

「義を見てせざるは夕めし抜き」


 牙を剥いた悪党どもに憤慨しつつも、無関係な真綾を逃がそうとするポーティカだったが、そんな彼女へ背中越しに意味不明な返事をすると、真綾は一歩前へ出た。

 それを見た手下のひとりが、おどけた様子で彼女を指差し――。


「おおっ! このベッピンさん、やる気みたいだぜ? ――なあネェちゃん、やめとけよ、大人しくしときゃあ、いい気持ち――オッ! ……オ、オッ、オオ……」


 ――勝ち誇ったようにしゃべっている途中で、いきなり自分の股間を押さえて声もなく崩れ落ちた。

 彼の大事な部分が真綾の膝蹴りによって潰されたのだと、しばしの沈黙ののちに理解すると、仲間たちは短剣を振りかざして彼女に殺到するが――。


「あああっ! 俺の腕があぁぁぁ!」


 ある者は、振り上げた腕を掴まれたと思った直後にへし折られて絶叫し、またある者は――。


「……カ、カハッ、……カ、ハッ……」


 カウンター気味に四本貫手で喉を突かれるや、真っ青な顔で地面の上を転げ回り、別の者も――。


「グッ!」


 中指を突出させた中高一本拳で水月(みぞおちの別名)を突かれ、呼吸もできぬまま両膝をついた。

 ちなみに真綾は、ここまで加護を使わずに体術だけで相手していたのだが、結局、手下たち全員を戦闘不能にするまでに要した時間は、三十秒とかからなかっただろう。

 まさに人間凶器!


「な、何者なんだよ……。クソっ! ――いいかネェちゃん、俺をコイツらと同じだと思うなよ、俺は昔な、あのトロールを死闘のす――え?」


 真綾の無双ぶりに唖然としていた親方も、手下たちの手前、このまま引き下がったのでは面目丸潰れとでも思ったか、何やら自分の昔話で牽制し始めたのだが、ある光景を目にしたとたん、言葉も忘れて我が目を疑った。

 どこからいつの間に出したのか、刃渡りだけで人の身の丈を優に超える片刃剣を、目の前の麗しき乙女が静かに構えていたのだ……。


「ひ……」


 かつて死闘の末にトロールをどうにかしたらしい強者は、この直後、鼻の先を少し斬られただけで、滝のごとく涙を流して命乞いするのであった。

 そんなわけで、真綾はその後、戦意喪失している彼らの武器をすべて【船内空間】へ没収したうえで、几帳面にも全員の両肩を外して回り、最後に――。


「ば、バケモンだあぁぁぁぁ!」

「『ホホホホホ! ここは妾の城じゃ、不埒者どもは取って食うぞ!』だって……」


 数トンはあろう巨石を片手で軽々と持ち上げて見せつけ、両腕をダランとさせたまま転げるように逃げてゆく彼らの背中に、ノリノリな熊野の言葉を浴びせかけつつ見送った。

 あえて失神させたり足を折ったりしなかったのは、こうして自力でお帰りいただくためか……。こういうことには頭が働く真綾であった。


      ◇      ◇      ◇


 不良石工たちを見事に撃退した真綾は、ポーティカからチヤホヤされまくって満足したあと、今日もリヒテンフルトに帰ったのだが、いつものごとくマルクト広場を突っ切ろうとしたところで、どうしたわけかピタリと立ち止まった。


「よう嬢ちゃん、もう帰ってくるころだと思ってたぜ」


 彼女の前に立ち塞がったのだ、菓子パンやら豚串やら果物やらで武装したヘルマンが、さも嬉しそうに白い歯を輝かせて……。どこからか真綾の弱点に関する情報を仕入れてきたらしい。


「なあ嬢ちゃん、これ全部やるから、ちょっとだけ俺に付き合っちゃくれないか? ホント、ちょっとだけでいいからさ」

「……」


 ……もう、言っていることは完全に不審者である。


『真綾様、食べ物に釣られてはなりませんよ、ここはご辛抱を』

(…………)


 などと真綾を宥める熊野の前で、ヘルマンはダメ押しとばかりに甘い言葉をかけてくる。しかも、少しだけ眉根を寄せて憂いのあるイケメン顔を作りつつだ。


「絶対に手を出さねぇって誓うから、ちゃんと礼をさせてくれないか? 俺の顔を立てると思ってさ。――ちなみにこの菓子パンやら何やらは、一番人気の屋台で買ってきたものばかりだから、どれも間違いなくうまいと思うぜ」

「………………」


 この殺し文句を聞いて焦りを増す熊野だったが……。


『むむむ……。そ、そうです真綾様! あとで――』

「ちょっとだけなら」

『あ……』


 ……彼女の頑張りも虚しく、ついに真綾は陥落したのであった。



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