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第一三七話 妄執の騎士と古城の乙女 三 昇級試験?



「〈城伯級〉の魔物とサシで殺り合えるようになったら銀ランク、でけぇ熊や〈城伯級〉上位とサシで殺り合えるようになったら金ランク、……てぇことになってますが、わざわざ森まで行って試験したところで、ちょうどいい相手が都合よく出てきてくれるとは限らねぇし、かといって熊や魔物を飼うわけにもいかねぇんで、元銀ランクの職員が試験官として相手することになってます。……で、銀ランクかどうかの見極めなら簡単なんですがね、さすがに金ランクってことになると判断が難しいんで、その場合は試験官に立会人二名を加えた職員三名で決めることになります」


 受付カウンター越しに、ギルド職員は昇級試験の説明をしていた。

 じきに日が暮れるということもあり、ギルド内は仕事帰りの狩人たちで混雑し始めている。魔石を始め鳥獣や薬草といった今日の成果を換金する者、あるいは依頼達成の報告をする者、そういった狩人たちの相手で他の窓口が大わらわだというのに、真綾の相手をしている職員は彼女ひとりにかかりっきりだ。


『なんだか混み合ってまいりましたね……。これほどお忙しいなか、何人もの方にお時間を割いていただくというのも、いささか心苦しい――あ! そうです真綾様、ちょうど職員の皆様もお揃いのようですし、どなたがご覧になっても金ランクだと認めざるをえないような、〈何かすごいこと〉を、ここでご披露されてはいかがでしょう? もしかしたらこの場で合格を頂けるかもしれませんよ』


 気配り上手の熊野がギルドを気遣った挙げ句、真綾に余計な提案をしてしまった、その時――。


「おいおい、昇級試験なんざもっとヒマな時間にやってくんねえかな? 大女が窓口ひとつ潰しちまってるせいで、みんな迷惑してんだよ」

「ヘッ! まったくだ、空気の読めねぇ大女もいたもんだぜ」


 真綾の背後からクレームが入り、一瞬にしてギルド内の空気が凍りついた。

 何しろ、ここの職員は死地をくぐり抜けてきたベテラン揃い、また、換金に来ている狩人たちの多くも危機察知能力が高いため、経験の浅い者や鈍感な者を除くかなりの人数が、実は平静を装いつつも真綾に全神経を集中させていたのだ。

 そんななか、要注意人物に暴言を吐いた鈍感野郎どもは、その鈍感さゆえに空気も読めず、せっせと自分たちの墓穴を掘り始める。


「ほらあ、見てみろよ、みんなも俺らと同じ意見だってよ。……なあ大女、今日は諦めて帰んな。だいたい、女が狩人やってるってだけでも無茶なのによ、昇級試験を受けたいだあ? 無理ムリ、恥かく羽目になるだけなんだからさ、試験なんざやめとけよ」

「ヘッ! まったくだ、頭の悪い大女もいたもんだぜ、でっかすぎて頭まで血が回らねえんじゃねえか? トロールかよ」


 それ以上はマズいぞ……。

 空気が変わったことだけは察して周囲を見回しつつも、その原因を勘違いして偉そうなことをのたまう若ハゲと、相方の尻馬に乗る天然パーマ。しかも、ギルド内だというのに、わざわざ抜き身の剣をチラつかせながら。

 実はこのふたり、何度も昇級を逃しているくせにベテラン気取りで、新顔を見つけては何かと絡んでいくという、いささか困った銅ランクコンビであった。

 そんな大バカ野郎どもの前で、クルーリと、ゆっくり真綾が回れ右をし始め――。


「あん? なんか文句でも――っ!?」

「ヒッ!」


 ――絶対零度の視線で見下ろしたとたん、彼らは悟った、自分の人生が今日で終わるということを……。

 恐怖――。それは時として、予想だにしない行動を人に取らせることがある。

 彼らを形作る細胞の一個一個が、精神の表層から最奥部までが、本当の恐怖というものをこの瞬間に知り、恐怖するがあまり、彼らの肉体は反射的に動いてしまった。


「うわああああっ!」

「ヒイいいいいっ!」


 あられもない悲鳴とともに突き出される二本の剣! 斬るではなく突く! 理合も殺気も無く、恐怖の対象をただ近づけまいとするように!

 それは、歴戦の狩人やギルド職員たちが声すら出せぬほど、あまりに予想を超えた一瞬のできごと。

 未熟者による腰の引けた刺突ではあるが、奇しくも彼らの生涯において最速のそれであったし、成人男子の渾身の力で至近から突き出された黒鉄の刃は、瞬く間もなく真綾の皮膚と肉を貫き内臓に達するかに思えた。

 しかし――。


「え?」


 人々の声が重なった。

 腕を真っすぐ突き出した体勢で固まる男たちの手から、いつの間にか剣が消え、真綾の両手に移っていたのだ。

 至近からの唐突な刺突に対応したことも驚嘆に値するが、相手の得物を奪い取った技のなんと巧みな……いや、技について論じることなど誰にもできまい、奪い取る過程など残像すら見えなかったのだから。


「す、スゲえ……」

「お前、今の見えたか?」

「いや……」


 銅ランクの狩人たちが驚くのは無論のこと、銀ランクの狩人や職員たちは腕に覚えがあるだけに、もはや驚嘆を通り越して寒気さえ覚えた。

 そんなギャラリーの前で、真綾は次なるデモンストレーションに取りかかる……。


「持ってて」

「へ?」


 自分を攻撃してきたコンビのうち若ハゲのほうに剣を一本渡すと、真綾は自分の手元に残ったもう一本を――。


「ちぎった!?」


 またしてもギャラリーの声がピタリと揃った。……そう、〈ちぎった〉。真綾は剣の刀身を左右の親指と人差し指だけで摘み、引きちぎったのだ、まるで粘土細工の剣であるかのように……。

 しかし、デモンストレーションはまだ終わらない。


「もうちょっと高く」

「ヒッ!」

「みんなに見えるように」

「ハ、ハイッ!」


 怯える若ハゲに剣を高く掲げさせると、真綾はその両刃の刀身を――。


「握り潰した!?」


 ……そう、〈握り潰した〉のだ。鋭い両の刃ごと白魚のような手で握り込み、うみゃあ棒(棒状のコーンパフスナック菓子)でも潰すように……。刃物の通らない体、そして鉄さえも押し潰す剛力、こんな人間がこの世界に存在するとすれば――。

 この時点で、ここにいる全員が確信した、彼女は伯爵以上の貴族であると。


『皆様イイ感じで驚いていらっしゃいますよー、この調子でガンガンまいりましょう! 真綾様、次は――』


 声を失っているギャラリーを見てノッてきた熊野の指示により、真綾は手を伸ばして若ハゲの額に触れた。

 すると――。


「アンギャアァァァ!」


 突如として絶叫し、全身を痙攣させ始める若ハゲ……。何しろ、【船内空間】に蓄えていた電気を流された(もちろん死なない程度に)のだ、さぞや彼もシビレたことだろう、ついには口からブクブクと泡を吹き、ドサッと音を立てて崩れ落ちた。


「だ、大丈夫か!」


 白目を剥いて横たわる相方を心配する天パであったが、そんな彼の肩に真綾の手が触れた――次の瞬間!

 なんと、天パの姿が信楽焼の狸に変わったではないか!

 無論、真綾が彼を【船内空間】へ収納し、代わりに信楽焼の狸を出しただけなのだが、ギャラリーの目には人間を謎の物体に変える魔法と映ったことだろう。


「ぎ……ぎぃやあぁぁぁぁ!」

「ヒィィィィィィ!」

「に、逃げろおぉぉぉぉ!」


 一部始終を目撃していた狩人たちは皆、わずかな間を置いたあと恐慌状態に陥り、悲鳴を上げつつ転げるようにしてギルドから逃げ出していった。

 ポツンと残されたのは、白目を剥いて横たわる若ハゲと信楽焼の狸だけ……。


『あらあら、まだまだこれからでしたのに、残念です……』


 ギャラリーに逃げられてしまい、残念そうな熊野。


『……あ、でも、狩人の皆様がお帰りになった今でしたら、職員の方に試験をお願いしてもご迷惑にはならないのでは?』


 気づく熊野……。

 そんなわけで、真綾はクルリと向き直った。職場放棄するわけにもいかず逃げそびれたギルド職員たちのほうへ。

 恐怖のあまり職員たちは呼吸も忘れて凍りついているが、それは真綾の担当職員とて例外ではない。そんな彼に、氷晶のように美しくも冷たい声が降ってくる――。


「昇級試験を――」

「ごっ、合格!」


 真綾が話し終えるよりも早く答える担当職員と、一斉に両手を上げてカクカクと頷く全職員……。

 真綾は満場一致で金ランクになった。


      ◇      ◇      ◇


 真綾が昇級した数時間後、大神殿の丘にある貴族専用の宿――。


「そうかそうか、マーヤは金ランクになったか」

「なった」


 食堂でワイン片手に上機嫌のエーリヒと、ハーブティーのコップを置いてVサインする真綾。相変わらず黙々と夕食を終えた真綾が、エーリヒに今日のできごとを話しているところなのだ。

 魔導シャンデリアの光の下、金ランク狩人の証たる金のメダルを何度もひっくり返し、エーリヒはまじまじと観察した。


「しかし、狩人ギルドもケチよのう、金ランクごときではマーヤにとうてい釣り合わんわ、もっと上のランクを特別に作ってもよかろうものを」


 ――などと文句を言いつつも、エーリヒの表情はすこぶる明るい。運動会で獲ってきた金メダルを孫に見せてもらっているおじいちゃん、今の彼はまさにそんな感じである。

 しばらくして満足したのか、テーブル向かいに座る真綾にギルド証を返すと、彼は明日の予定について話し始めた。


「ところで明日のことじゃが、ここまで来たついでに、わしは見知った貴族や商人らを訪ねて、カールの根回しをしておいてやろうと思うゆえ、またひとりにしてすまんが、マーヤは食べ歩きでもしておってくれんか? 夜には件の者と引き合わすゆえ、日暮れまでにこの宿へ帰ってくれればよい。――そうじゃのう、バンブルガー・ツヴィーベルの他に名物といえば、ここの朝食でも出るかもしれんが、ヘルンヒェンというパンがなかなかにうまいぞ」

「ヘルンヒェン……憶えた」


 エーリヒから教えてもらった名物パンの名を心に刻みつけ、死んでも食べるぞと決意する真綾。こうして翌日の予定も決まり、バンブルクの夜は更けてゆくのであった。



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