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第一一七話 炭灰の森 四 雨



『わざわざ発光してくださるおかげで見やすくなりましたね。推定一七トンほどのお体を、あの速さで動かされたからには、常人の二〇〇倍以上の力はお持ちなのでしょうが、まだまだ脅威と呼べるものではございません。〈鬼殺し青江〉で斬られた箇所が元に戻っている……ということは、再生能力や治癒魔法などによるものではなく、巨大化に伴い体が再構築されたのでしょうか? ……なるほど、つまり、不死というわけでもなく、今後負った傷は治せないということですね。――真綾様、ご存分に成敗なさってください』

(成敗……)


 巨大化したことで気が大きくなっているイケガミをよそに、熊野は冷静に状況分析し、真綾は殺る気満々であった……。このふたり、花をいたぶった相手に与える慈悲など、スズメの涙ほども持ち合わせていないのだ。

 その一方、イケガミは勝利を確実なものとするため、己の持つ神力を使うことにした。


「大地よ!」


 彼の声が響いたとたん――なんと、灰に覆われた地面が一瞬輝き、瞬く間に真綾の両足を膝の辺りまで呑み込んだではないか! しかも驚くべきことに、その効果範囲は森全体にまで及んでいるのだ。これこそ神の御業と呼ばずしてどう呼ぼうか。


「貰った!」


 その好機を逃すまいと、イケガミは神剣を横薙ぎに振るった!

 彼は土壌を軟化させることで真綾の機動力を奪い、リーチの長さを利用して遠間から一方的に攻撃しようと考えたのだ。

 神同士の戦いのために鍛えられた神剣は、当然ながら〈王級〉の〈防御魔法〉をも貫く。しかも、イケガミの体と神剣が巨大化したぶん回転軸から遠くなっているため、剣先の速度は凄まじい。

 力を入れれば足が沈むため避けることもできぬ真綾を、真横から今、神殺しの剣が唸りを上げて襲う! 真綾危うし、危うし真綾!

 だがしかし――。


「なん……だと!?」


 イケガミは我が目を疑った。真綾に触れたかと思った刹那、刃渡り四メートルはあろう神剣が忽然と消えてしまったのだ。

 失った剣を勢いのまま振り抜き、その体勢で一瞬硬直してしまった彼だったが、このあと、さらなる衝撃を受けることとなる。

 なぜか〈鬼殺し青江〉を【船内空間】へ収納した真綾は、両手で何やら印のようなものをを結び――。


「土遁の術。……ドロン」


 ――などと、ボソッとつぶやいたかと思えば、瞬く間に姿を消し……いや、地中へと吸い込まれていったではないか!


「穴!?」

「おそらくマーヤ様は、光る剣をお消しになったあの能力で、今度はご自分の足下にある土を消されたのでしょうね。……なんて使い勝手のいい能力なのかしら」


 予想外のできごとにヘートヴィヒが驚きの声を上げると、テレーザは己の推測を教えつつ舌を巻いた。……そう、まさにその推測どおり、真綾は【船内空間】を使って空けた穴に自ら落下したのだ。

 真綾は時代劇ヲタである。もちろん昭和の忍者映画も大好物という彼女は、手に汗握る忍術合戦を繰り広げる忍者たちに憧れ、自分も忍術を使ってみたいと常々考えていた。ゆえに、足が地面に沈み込んだ瞬間、脳内の豆電球がピカリと閃いてしまったのだ、土遁の術を使う時は今、と……。


「クソッ! 地中に逃げたか!」


 ポッカリ空いた穴を悔しげに睨みつけたあと、イケガミは一計を案じた。


「さては地中から奇襲するつもりだな。――ならば、こうするまでよ! ふん!」


 彼が両手のひらを地面に向けて気合いを入れるや、なんと、両手のひらから金色の光がほとばしり、彼を中心とした半径五メートルほどの地面が、一瞬にして硬化してしまったではないか!


「ふははは! これならば、俺の死角から飛び出ようとしても、地面にヒビが入る音で察知できるわ!」


 ――などと勝ち誇るイケガミ。ここに花がいたならば言ったに違いない、「金色将軍か!」、と……。

 そんな彼をよそに、ジャパニーズクノイチのほうはといえば、自分の前方にある土を【船内空間】へ収納しつつ、地中をスタスタと快適移動中であった。

 やがて――。


「どこだ! どこから来る!? 頭を出した瞬間に踏み潰――ぬおおおおっ!」


 キョロキョロと地面へ視線をさまよわせ、真綾の急襲に備えていたイケガミだったが、突如として足下に大穴が口を開けるや、そこに為すすべもなく吸い込まれていった。……そう、真綾によって空けられた、彼専用の墓穴に。

 地下へ落ちたイケガミとは対照的に、頭上の土をいったん【船内空間】へ収納し、それを自分の足下に順次出現させてゆくことで、あっという間に地上へと戻る真綾。その脳内では、熊野が何やらブツブツ言っていた。


『収納した土を戻して生き埋めにする、という手もございますが、それでは這い出ていらっしゃるかもしれませんね。……かといって、重油を流し込んで火をつけたのでは、亜硫酸ガスなどによる生態系への悪影響が懸念されますし……あ! 真綾様、これなんていかがでございましょう? ゴニョゴニョ――』

(採用)


 恐ろしい殺害方法を次々と思い浮かべていた熊野は、何やら思いつくと真綾に進言し、それを真綾が採択したことによって、罪人ならぬ罪神の処刑方法はここに確定した。……死刑という選択肢しかないのは当然だろう、いたいけな少女を焼き殺して悦に入る者など、彼女たちにとって害虫以下でしかないのだから。ましてやその少女が花ならば、なおのこと……。


「あっ! 〈運命の子〉! この雑種め! よりにもよって神々の王たるこの俺を穴に落とすなど、不敬にもほどがあろう! こんな穴ごとき今にも出て、羽虫のごとく叩き潰してくれるゆえ、そこで大人しく待っていろ!」


 深さ二〇メートル近い大穴の上からヒョッコリ顔を覗かせた真綾を見るや、イケガミはカンカンになって怒り狂ったが、そんな彼の怒りなどまったく気にもせず、すぐに真綾の顔はスッと引っ込んだ。


「どこへ行く!? 逃げるな雑種! そこで待てと言うて…………え?」


 美貌の消えた大穴を見上げ大声で吠えかかっていた途中で、彼は見た。

 神の視力を持つがゆえに、彼は見つけてしまった。

 大穴越しに見える丸い夜空、その高みから、今、いくつものナニカが、自分に向かって降ってきているではないか……。


「な、なんだアレは!?」


 この日、レーン宮中伯領との境にほど近い皇帝直轄領の森に、極めて局地的な豪雨が降り注いだ。

 高度五〇〇メートル付近から、一本あたり重量およそ一トンの、H形鋼の雨が。


「あああああああぁぁぁ!」


 魔素を含まないこの鉄骨には、〈王級〉の絶対的な防御すらまったくの無意味である。ただ大きいというだけの人体を、五〇〇メートルぶんの重力加速を得た鋼の柱が、容赦なく抉り、砕き、貫いていった……。

 体が巨大であったがため即死を免れたのは、果たして、彼にとって幸運だったのだろうか?


「うんうん、やはりマーヤは引き出しが多い、さすがじゃのう」


 その様子を低高度まで下がって眺めつつ、好々爺然と眼尻下げて感心する者がいる一方――。


禁忌(ゲッシュ)を破った者には破滅が訪れる、とはいうけれど……」

「……」


 ――為すすべもなく神が鉄柱の雨に潰されてゆくという、前代未聞かつ凄惨極まりない光景に、言葉を失い総毛立つ者たちもいる……。

 そういったギャラリーをよそに、しばし続いていた絶叫が絶え、膨大な量の光の粒子が立ち昇ったあと、大穴の底に残っていたのは、秘薬入りの小袋と数十本にも及ぶ鋼鉄の柱、あとは、妖しい輝きを放つ特大魔石がひとつだけであった。


      ◇      ◇      ◇


 鉄骨や魔石などの回収と大穴の埋め戻しを手早く済ませ、あの巨木まですぐさま引き返すと、真綾は花が逃げ込んだという樹洞を調べ始めた。

 一度深く呼吸し、心を鎮めてから樹洞の入り口をくぐり抜けると、彼女の掲げるランタンに照らされた内部は、思ったよりも広々とした空間になっており、高さも三メートル前後はあろうかと思われた。

 ……それにしても、この惨状はどうだ。内壁にあたる部分は外側と同じく炭化し、肌を焼きそうな熱気と焦げた臭いが、火勢の強さを物語るように今も樹洞内部に残っているではないか。

 もちろん有害物質は熊野が結界で弾いてくれているが、それでは防ぎようのない猛毒が、真綾の胸を苦しくさせていった……。


「花ちゃん……」


 我知らず親友の名をつぶやきつつ、真綾が一歩足を踏み出した――その時!


「!?」


 突如として、勾玉がホタルのごとく明滅し始め、それと呼応するかのごとく真綾の脳裏に、ある映像が流れ込んできたではないか!

 彼女たちには知るよしもない、花が初めて異世界を訪れた際に経験したのと同じ現象だと――。


 真綾の今いる場所と同じ樹洞内部、しかし未だ炭化していないそこに、転がり込むようにして入ってきたのは――花だ!

 ヨダレ掛けが外れたことにも気づかず、切羽詰まった様子で彼女が口を動かすや、なんと召喚陣が地面に輝き始め、そこから葦製の小舟が現れた。

 その葦舟に花が乗り込み、またも何やら唱えたとたん、さらに驚くべきことに、今度は神社の鳥居が出現したではないか。

 すると花は、たまたま樹洞内に逃げ込んできたのであろう苔男や苔女、ラタトスクやヴォルパーティンガーなどを、片っ端から葦舟に乗せてやり、最後に、ちみっちゃい集団でいっぱいになった葦舟ごと、鳥居の中に広がる闇へと吸い込まれていった。


 ――それは、ここで実際に花の身に起こったできごと、サブロウの勾玉が見せてくれた奇跡。


『今の映像をご覧になりましたか? 真綾様』

(はい)

『この場で実際に起こったできごとを勾玉が見せてくれたのでしょう。だといたしますと、いかようになさったかは存じませんが、花様はあの葦舟さんと召喚契約されたようですね。しかも、葦舟さんの加護によるものと思われるあの鳥居、あれこそ花様がこの世界へいらした手段、〈両世界を結ぶ門〉のようなものではないでしょうか? つまり、花様は両世界をご自由に行き来なさることが可能と……素晴らしい、さすがは花様でございますね、サスハナです! ……真綾様、やはり花様はご無事でいらっしゃいましたよ』

(はい……)


 ヘートヴィヒから花の伝言を聞き無事を信じてはいたものの、実のところ、もしやと思う気持ちのほうが強かった。熊野のやわらかな声が脳内に流れるなか、珍しくポロポロと涙をこぼす真綾、落ちたその涙が、足元の灰に慈雨のごとく沁みていった。


      ◇      ◇      ◇


 あのあと、真綾から花の無事を知らされるや、南部辺境伯テレーザは目に見えて元気になり、エーデルベルクまで乗せていくゆえ今夜は泊めてもらっては? とのエーリヒからの申し出を――。


「これ以上、宮中伯家に借りを作るわけにはまいりません! 今夜は近くの都市で泊まり、明日、再召喚が可能になりましたら、自分の守護者で帝都へ向かいますので、どうかお気遣いなく!」


 ――などとキッパリ断り、先刻までとは別人のごとく威風堂々と歩き去っていった。ゲンナリとした表情のヘートヴィヒを引き連れ、暗い夜の森をボロボロな姿のまま……。

 魔物と間違われることなく無事に都市の門を開けてもらえるか、いささか怪しいところではあるが、テレーザたちのことは置いておこう。

 ともかく、神の襲来という、本来ならば国ひとつ滅んでもおかしくない大災害は、怒れる真綾によって軽く処理されたのである。


 蛇足ではあるが、花によってイケガミと仮称されたあの神、本業のほうは農耕神であったらしく、実は真綾の機動力を奪おうと行使したあの御業も、地表から一メートルほどの深さまでの土壌に恩寵を与えたうえ、フッカフカに耕した状態へ変えるという、農家の皆さんにとっては非常にありがた~いものであった。

 そのため、この広大な焼け跡は、のちに豊かな農地となるのだが、その恵みをもたらした神の名など、おそらく誰にも知られることはないだろう。


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