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第一〇九話 帝都だ! 四 南部辺境伯



 真綾ちゃんに関する情報が入ってないか確かめるという、新たな目的ができたこともあり、私は相変わらず、トーマスさんのところへ毎日通っていた。

 でも、帝都とエーデルベルクの距離はさすがに遠く、情報の伝達にも結構な時間がかかるため、今ごろはトーマスさんからの私に関する情報を、ようやくシュナイダー商会の会長さんが目にしたくらいだろう。

 ラタトスクを守護者にしている男爵なら、ラタトスクの見聞きしているものをリアルタイムに共有し、自分の言葉もラタトスクを通して相手に伝えられるし、伯爵以上の貴族ともなると、そういった男爵を通信官として抱えているそうだけど、大商会とはいえ貴族じゃないシュナイダー商会に、そんなチート通信手段があるはずもなく、商会の馬車や川船に手紙を託すしかないのだから、こうして時間がかかるのもしょうがない。

 そんなわけで――。


「たのもー」

「押忍! ハナのアネさん、今日もお美しいですぜ!」

「押忍! 大人の色気にクラクラしまさあ!」

「ケッヒッヒ、アネさん、また少し背が伸びたようでヤンスねぇ」


 シュナイダー商会を出た私は、帝都の狩人ギルドを訪れていた……。

 あ、そうそう、この狩人ギルド……っていうか、商業や工業関係のギルドもそうなんだけど、どこの町にでも存在するようなものじゃない。

 タンマリお金を積んで領主と交渉し、〈都市権〉ってのを与えられた町だけが、都市を名乗れるようになるんだけど、この〈都市権〉の中に、市壁建造や徴税、裁判などなど、諸々の権利に交じって、ギルドを開設する権利があるんだよ。だから、狩人ギルドが存在するのも都市だけに限られてるんだ。

 そんな感じで、都市に暮らす人たちには都市住人としてのプライドがあるから、下手に「この町は――」なんて言った日にゃ、「町じゃねえ! 都市だ!」って怒られかねないから、そこんトコ注意が必要なんだよね、メンドいなあ……。

 まあ、そんなウンチクは置いといて――。


「なんか新しい情報は入った?」

「押忍! スンマセン、まだ何も入ってねえです。押忍!」

「押忍! お役に立てず申しわけねえ。押忍!」

「アッシら、腐ったキュウリ以下のどうしようもない役立たずでヤンス……」


 尋ねた私の前で、平謝りに謝る屈強なヤローども……うん、説明したほうがいいよね。

 狩人なら独自の情報網があるだろうと思ってさ、ちょっと前にギルドを訪ねたんだけどね、その時、例によって絡んできた連中を、〈食いしんぼモード〉からの〈アクセル・シュヴァイス〉でボッコボコにしてやったんだよね。そのうえ、宮殿に帰ってく私を目撃したことのある人が、ちょうどその場に居合わせて、「バカ! その子は帝国護衛女官だ!」などと騒ぎ始めたもんだから、その日からギルド職員と狩人のみんなは、私に対してやたら下手に出てくるようになったんだよ……。

 あ、ちなみに、ここじゃ帝国護衛女官は、〈容赦のない武闘派脳筋集団〉として恐れられているらしい。誰のせいだ……。


「そうか、やっぱり今日も収穫ナシか……」

「押忍! アネさん、コイツら、ヴァイスバーデンって都市から昨日流れてきたんですが、アネさんの探してるって御仁を見たことがあるそうですぜ!」

「マジ!?」


 私が肩を落としていたら、山賊みたいな顔のベテラン狩人が、狩人と思われる男性をふたり引っ張ってきた。


「……なんなんだよここの連中、頭おかしいんじゃねえか? こんなおチビちゃんに揃いも揃ってヘーコラしやがって」

「ガキのご機嫌取りなんざ、俺たちゃもうウンザリだぜ……」


 新顔らしいふたりは、ギルドの異常な雰囲気にドン引きしている……うん、正常な反応だ。


「バカヤロウ! ハナのアネさんはなあ、こんな見た目だが、そりゃあもう滅法強えんだ! それだけじゃねえ、こんな見た目でも、帝都じゃ泣く子も黙る帝国護衛女官様なんだぞ!」

「帝国護衛女官……じゃあ、お貴族様か……」

「しかも、こんな見た目で、もう守護者持ちかよ……」


 えらい剣幕で山賊顔さんにどやされると、相手が貴族だと理解したようで、新顔さんたちの私を見る目が、怖いものでも見るときのそれに変わった。……「こんな見た目」ってのは気になるけど、まあ、いいか……。


「お願い、話を聞かせて! 大事な友達なの!」


 懇願する私の様子に何かを察してくれたのか、ふたりは一度顔を見合わせて頷き合ったあと、自分たちがレーンガウという地方で体験したことを語り始めた。


「……わかりました、あのお嬢さんの友達ってんなら、悪い人間でもねえでしょうし、正直にお話ししますぜ。実は――」


 ふたりが語った話はこうだ――。

 このふたり、都市を牛耳る悪徳商人に護衛として雇われていたところ、雇い主のバカ息子から不興を買ってしまい、なんだかんだと濡れ衣を着せられた挙げ句、都市を追い出されたらしい。

 で、その原因となったできごとが、バカ息子を護衛中、農道で行き倒れのおじいさんを見つけたところ、通りかかった若い女性がおじいさんを介抱し始め、このふたりがバカ息子の意向を無視して、その女性に同情的な態度をとった、ということらしいんだけど、その女性、とても町娘や農家の娘には見えない身なりをしていて、ムチャクチャ背が高く、長い黒髪が印象的な超絶美女だったらしい……。しかも、見るからに高価そうなベッドを〈忽然と出現〉させて、おじいさんを寝かせたんだそうな……。

 ソレ絶対、真綾ちゃん!


「それはいつ!? その場所って、エーデルベルクからだと徒歩でどのくらいの距離!? 方角は!?」

「おおう、すげえ勢いだな……。たしか、先月の二十四日ごろだったかな? ……ああ、間違いねえ、二十四日だ」

「えーと、エーデルベルクからだったら、ニクロス川沿いにいったん北西へ半日ほど歩いて、それからレーン川沿いの街道を北へ……だいたい、歩いて二日ってとこかな? ……ああ、もちろん、ニクロス川沿いの行程を入れりゃ、全部で二日半から三日になりますぜ」


 私の勢いにちょっとタジタジしながらも、ふたりは誠実に教えてくれた。

 この人たちの言う「徒歩で二日半」ってのは、途中のアップダウンや足場の悪い場所も込み、しかも荷物を担いでのことだ。それに、夜になると魔物や盗賊が恐いから、日暮れ前には都市や町へ入るのがセオリーなんだよ。そう考えて計算したらさ、この人たちが真綾ちゃんを目撃した場所って、エーデルベルクから北北西に直線距離で八〇キロメートルって場所と、エリア的にかなり重なってこない?

 先月の二十四日(暦の違いから日本では二十日)っていうと、私はまだ〈モト界〉にいたけど、私がこの世界へ来た時点で真綾ちゃんのいた場所は、彼女が今いる場所と同じだし、あの真綾ちゃんのことだ、行き倒れのおじいさんの容態が落ち着くまでは、レーンガウってところを動かなかったはずだ。

 つまり――。


「真綾ちゃんは、レーンガウをベースにしてるんだ!」


      ◇      ◇      ◇


 あのあと、狩人ギルドにいた全員にご祝儀を配ってから、私は逸る気持ちを抑えつつ宮殿に戻っていた。


「まさかこんなに早く真綾ちゃんの居場所を絞れるなんて、狩人ギルドも侮れないなー……ってか、今回のは単に運が良かったのか? ひょっとして【縁結び】の冥護のおかげかな? まあ、いずれにせよ、これはいいことだよ、うん……」


 ブツブツとひとりごとを言いながら自室に帰っていくと、そこには、白銀の髪をショートボブにした少女歌劇団男役スターが――。


「ハナ、待ちかねたよ」


 ――そう、マティルダさんが扉の前で待っていたんだよ。

 現在、帝国護衛女官に伯爵は三名。そのうち二名がエーリカちゃんについていったから、残ったマティルダさんは多忙なはずなのに……なんじゃ?


「どうしたんですか?」

「きみにお客さんだ」

「お客さん?」

「ああ、朝から宮殿内があれほど慌ただしかったというのに、きみは気づかなかったのかい?」


 あー、そう言われたら、みんな朝からドタバタしてたような……あらら、マティルダさんに呆れ顔されちゃってるよ。


「ごめんなさい、真綾ちゃんのことで頭がいっぱいだったもんで、ものの見事にスルーしてました、へへ……。で、それと私のお客さんになんの関係が?」

「行けばわかるさ。――さあ、おいで」


 そんな感じで、私はマティルダさんに手を引かれるまま、お客さんの待っているという部屋まで連行されていったわけなんだけど、着いてみると、そこは私がしょっちゅうお邪魔している、皇后陛下のあのお部屋ではないか。


「あれ? ここって男子禁制ですよね、それに女性でも、通してもらえるのは限られた人だけでしたよね」

「まあ入ればわかるから。――皇后陛下、ハナを連れてまいりました!」


 私の疑問にウィンクで返し、マティルダさんが凛々しい声を上げると、目の前の扉はゆっくりと開いていった。


      ◇      ◇      ◇


 今や見慣れたフェミニン部屋の中、私を待っていたのは――。


「ハナさま!」

「ぐふっ!」


 今日も私のみぞおちに頭から突っ込んでくる幼女と……。


「あらあら、うふふ……。シャルロッテったら、あんなに嬉しそうに」


 いつものようにポワッと笑う皇后陛下、そして――。


「あなたがハナ・サイトー様ね」


 椅子からスッと立ち上がったかと思えば、私の悶絶する姿を見て穏やかな笑みを浮かべる――見知らぬオバサマであった。


「お会いできて嬉しいですわ。わたくしはテレーザ、南部辺境伯と言えばおわかりかしら?」


 淑やかにして堂々と名乗るこの女性……間違いない、エーリカちゃんの言ってたテレーザ伯母さんだ!

 そう言われると、たしかに妹である皇后陛下と似ている……というか、皇后陛下がお年を召されて、ちょっとふくよかになった感じだね。あ、でも、皇后陛下みたいにポワッとした感じじゃなくて、ズッシリくる貫禄があるっていうか、威風堂々としている感じだ。はー、やっぱ大領地の君主やってる人は違うなー。


「ド、ドモ、花斎藤デス……」


 ヨシ、なんとか噛まずに言えたぞ。

 あ、マティルダさん、カチンコチンになった私を見て肩で笑ってるよ……いや、笑ってるのはマティルダさんだけじゃないか……。


「もっと肩の力をお抜きなさい、あなたは、わたくしの姪を救ってくださった恩人なのですから、別に取って食べたりいたしませんわよ」

「は、はあ……」


 テレーザさんはさもおかしそうに笑うと、私に優しい声をかけてくれた。


「皇后陛下から、とてもご聡明で可愛らしいお方と伺ったものですから、わたくし一度あなたにお会いしたくて、居ても立ってもいられなくなって、こうして飛んで来たというわけですの」

「はあ……」


 なんとなくわかってきたぞ、私のお客さんって、この人のことか……。なるほどなー、いきなり諸侯が、しかも皇后陛下の姉君が来ることになったんだ、朝から宮殿内がドタバタしてたのも納得だよ。


「皇帝陛下のお留守中に皇后陛下とご面会するなど、本来なら許されないことなのですけれど、今回だけは、皇后陛下の姉という立場を利用させていただきました。姉が妹に会うなら誰にも文句が言えませんものね」

「はあ、そういうものですか……あ、でも、私に会うなら、皇帝陛下が帰ってきてからでもいいんじゃないですか?」

「ここからグライフスブルクまで馬車で半月以上もかかるわ。お帰りは皇帝陛下だけがお飛びになって先行されるにしても、お待ちしている間にハナ様はここを出ていってしまわれるでしょう? お友達を探すために」


 私の疑問に目を丸くして、さも驚いたような表情を作ったあと、テレーザさんは子供に言い聞かせるように答えた。……私の心など見透かしていると言わんばかりに。

 たしかにこの人の言うとおり、私も出発をそんなに先延ばしするつもりはない。レーンガウって地方に真綾ちゃんがいると知った今、明日にでも探しに行きたいというのが本音だ。


「会わせて差しあげましょうか? お友達に」

「え……」


 私は一瞬、テレーザさんの言ったことが理解できなかった。


「わたくしが明日にでも、あなたをエーデルベルクまでお連れしてあげましょう」

「でも、真綾ちゃんはもうエーデルベルクにいませんけど……」

「そこはご心配なく。ゾフィ……レーン宮中伯はマーヤ様にフラれてしまったみたいだから、麾下の貴族が庇護しているマーヤ様との面会を、わたくしが直々に乗り込んで頼めば、もう隠すことも拒むこともできないでしょう。……そう、わたくしに彼女の存在を知られていると悟れば」


 自信満々に答えると、最後に赤い唇の両端を三日月のごとく吊り上げて、ニンマリと笑うテレーザさん……。

 こ、恐え、大貴族恐え……。そして情報の早いこと早いこと……。この人の住んでる場所からエーデルベルクまで、ムチャクチャ距離があるっていうのに、ついこの間エーデルベルクで何が起こったかってことも、たぶん真綾ちゃんの現況さえも、この人は全部知っているんだ。

 ともかく……嬉しい。やっと真綾ちゃんと会えるんだ、ムチャクチャ嬉しい! けど……。

 私の胸の奥から熱いものが込み上げてきそうになり、途中で何かに引っかかってピタリと止まった。

 ……この人は大貴族だ。権力者の言葉なんかを鵜呑みにしていいのか? ひょっとすると、真綾ちゃんと私を手中に収めるのが目的なんじゃ……。

 神々の存在が確実なうえ、暴君とその配下の召喚能力を最高神が没収し大帝国を滅ぼした、という実例もあるこの世界では、召喚能力を奪われることを恐れ、貴族たちは基本的に悪行を避ける傾向にあるらしい。

 ……でも、それはあくまでも〈基本的に〉であって、善悪を測る物差し自体が現代日本人と違う場合もあるし、神々を恐れない者や欲望を抑えられない者なども当然いるだろう。ましてや、フェアナンタラみたいな貴族を目の当たりにしたばかりの私としては、テレーザさんのことも疑ってかかるしかないんだよね……。


「あのう……ひとつ、質問があるんですけど……」

「あら? 何かしら?」

「私と真綾ちゃんを会わせてくれるとして、テレ……南部辺境伯様になんの利益があるんですか? 本当の目的を聞かせてもらってもいいですか?」


 私が息を整え、恐る恐るテレーザさんに質問すると、部屋の空気が一瞬で凍ったような気がした。他の女官さんたちがゴクリと息を呑んで立ち尽くすなか、マティルダさんだけはわずかに腰を落とし、鋭い気を発しているようだ。この優しくも凛々しい麗人は、いざとなれば私のことを守ってくれるというのだろうか、強大な力を持つという諸侯から……。

 その張り詰めた空気を、オホホと高笑いするテレーザさんの声が破った。


「――ハアハア、こんなに笑ったのはいつぶりかしら。――気に入ったわ、ハナ様、あなた、アンナの言っていたとおりの子ね。わたくし、聡い子供は嫌いじゃなくてよ」


 テレーザさんは涙を拭ったあと、キョトンとしている私の前で話を続ける。


「いいでしょう、正直にお話しするわ。これはアンナ……皇后陛下のご意思なのよ。――アンナ、あなたからもご説明を」

「はいお姉様。――ハナ様、実は、あなたとマーヤ様を早く再会させて差しあげらないものかと、わたくしが南部辺境伯様にご相談したのです。娘を救っていただいた恩人にお力添えしたい、という気持ちもございますし、ハナ様のようにいとけない女の子が、ご親友を連れ帰るためにたったおひとりで旅をなさっているなんて、わたくし、放っておけなくて……」


 テレーザさんからのパスを受け、皇后陛下がやわらかな声で説明してくれた。

 そんな皇后陛下に「よくできました」と言わんばかりに頷くと、テレーザさんは再び私に話しかけてきた。


「そういうことですので、わたくしに目的があるとすれば、可愛い末の妹に喜んでもらうことと、健気な少女をお友達に会わせ、一刻も早く故郷への帰路につかせてあげること、それだけでしょうか」


 すべて話し終わると、ふくよかなお顔にニッコリ笑みを浮かべるテレーザさん。この人……ムッチャいい人じゃん!


「ごめんなさい、邪推して……」

「あら、お気になさらず、それは貴族なら当然の反応なのですから。思慮深いことは美徳ですわよ。――さて、いかがでしょうハナ様、エーデルベルクまで、このわたくしとご一緒してくださる?」


 謝る私をケロッとした表情で許すと、テレーザさんはもう一度誘ってくれた。

 私の返事? もちろん――。


「はい、お願いします!」


 こうして急転直下、私は南部辺境伯テレーザさんに連れられて、エーデルベルクまで行けることになったんだよ。

 よーし、真綾ちゃん、もうすぐ迎えに行くからね! 〈伊勢海老尽くしコース〉用意して待ってろよ〜!



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