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第一〇四話 帝都へ行こう 一三 ミッションコンプリート!



 私と金髪縦ロールさんの私闘(フェーデ)の翌日に、南部辺境伯領から皇帝(エーリカちゃんのパパ)が帰ってきた。

 馬車の馬を替えず日中のみ走行したとして、皇帝の滞在先からここまで、この季節なら十日前後はかかるって聞いていたんだけど、急報を受けてから一日と経っていないだろうに、いったいどうやって帰ってきたのやら……。

 まあ、そんなわけで、私は彼に謁見したんだけど、相手が皇帝ということでカチンコチンになってたから、正直、どんな会話をしたのかあまり覚えてないんだよ。

 覚えていることといえば――。


「異邦の少女よ、エーリカを救ってくれたこと、心から感謝する……」


 ――などと、暗〜い声で私にお礼を言う皇帝(フリードリヒというお名前らしい)が、背もあまり高くない普通のオジサンで、赤みを帯びたブロンドの髪にも白髪が交じり、目は落ち込んで頬はこけ、亡霊のごとき顔になっていたこと。

 ……まあ、クラウディアさんの話じゃ、この人は常々、厄介な貴族連中を相手に苦労してるそうだし、そのうえ今回の、カノーネを装備したナハツェーラーの大量生産っていう一大事と、帝国貴族たちも関与していた皇女襲撃事件だ、心労たるやハンパないんだろうな、お疲れ様です。

 そんな彼の玉座の傍らに、つばの広い帽子を目深に被って長いマントを纏い、眼帯で片目を隠したおじいさんが、その足元にいる二匹の大型犬と一緒になって、ずっと私に鋭い視線を向けたまま立っていたんだけど、このおじいさんのほうが、皇帝よりもエグいオーラを発していたこと。……何者?

 ああ、それから――。


「娘を救い無事に送り届けてくれた礼として、そなたに相応の地位と、皇帝直轄領の一部を――」


 ――などと、ちゃっかり囲い込まれそうになったので、これをソッコー辞退して、その代わりにヤーナさんの治療についてお願いすると、残念そうにしながらも快く引き受けてくれた皇帝が、それだけでは悪いからと、やたらゴージャスな短剣と金貨一万枚をくれたことも、なんとか私は覚えている。……金貨一万枚の価値については、あえて考えないでおこう。


      ◇      ◇      ◇


 ともかく謁見も無事に終わり、ヤーナさんの治療をしてもらえることになったんだけど、そのために皇帝は、平民の血で汚れることも厭わず賓客用の一室まで用意してくれ、御典医と帝国護衛女官を兼ねているという人をよこしてくれた。

 なんか見た目は亡霊っぽかったけど、エーリカちゃんのパパだけあって、イイ人だよなー皇帝……いや、皇帝陛下!

 でね、私は今、治療の行われる部屋にいるわけなんだけど、クラウディアさんの同僚であるというその女性は、真綾ちゃんほどではないにしても背が高く、白銀の髪をショートボブっぽくしていて、少女歌劇団の男役スターみたいな超イケメン美人さんだったんだよ。


「きみのことはクラウディアから聞いたよ、ずいぶんとおもしろい子なんだって? 昨日はあのメルツェーデスを叩きのめしたそうじゃないか。――あー惜しかったなー、もう少し早く着いていたら、私も愉快な光景を見られたのに! ……まあ、アレも根はいい子だから、きみの力を一度認めたからには、これから何かと親身になってくれると思うよ」

「は、はあ……」


 その人は部屋に入ってくるなり紺色の瞳を輝かせ、快活に話しかけてきてくれたんだけど、基本的に人見知りな私はタジタジだよ。……どうでもいいけどさ、この男っぽいしゃべり方は護衛女官独特のものなのか? ……いや、金髪縦ロールさんや他の人たちはお嬢様言葉だったから、この人とクラウディアさんが特別なのか?


「ああすまない、名乗るのが遅れてしまったね。――私はギーゲン伯、マティルダ・フォン・アインホルン、皇族方の治療を任されている帝国護衛女官だ。私のことはマティルダと呼んでくれたまえ」

「あ、ドモ、花斎藤です。――ところで、マティルダさんは次期当主じゃなくって現役のご当主なんですか? 帝国護衛女官は家を継ぐ前の人ばっかりだって聞いてたんですけど」


 マティルダさんの自己紹介を聞いた私は、素朴な疑問を口にした。

 宮廷女官というのは召し使いじゃなく、みんな貴族家のご令嬢である。花嫁修業のため、自身や実家の箔付けのため、あるいは女性皇族に取り入るため、などなど、彼女たちが宮廷に入った理由はそれぞれだと思うけどね。

 それでね、他の女官が召喚能力を持たない普通のご令嬢なのに対し、帝国護衛女官の場合は、貴族(この場合は召喚能力者のことね)専門の女学院を卒業した爵位持ちで構成され、結婚するか家督を継ぐまで務めるのが一般的なんだって。クラウディアさんは例外だけど。


「うちの一族は特殊でね、女学院を卒業した後継者がすぐに家督を継ぎ、先代は領地で隠棲するんだ。引退後に婿を取るかどうかは、それぞれだけどね」


 私の疑問に嫌な顔ひとつせず答えてくれると、最後に切れ長の目でパチリとウィンクをするマティルダさん……あれ?


「女学院とか婿とかって、ひょっとしたら、マティルダさんのご実家は女系の一族なんですか?」

「お、クラウディアの言っていたとおり鋭いね。そうだよ、うちの守護者は変わり者でね、女性、それも清らかな乙女としか契約しないんだ。そのせいで、当主をしている間は結婚もできないから、女学院を卒業した後継者にさっさと家督を譲って、ようやく人生の伴侶を得られるんだよ。――さてハナ、ここで質問だ。私の年齢、いくつだと思う?」


 難儀な守護者もあったもんだ……などと思っていると、それまで実家の事情を説明していたマティルダさんのお口から、『されて困る質問ナンバーワン』が唐突に飛び出してきた。うーん、人間どこに地雷が埋まっているかわからないからなー、どう答えるのが正解なんだ? 私は西洋人の年齢を見分けるの苦手なんだけど、マティルダさんはお肌スベスベで小皺も無いし、どう見ても二十歳前後ってとこだよね……。


「二十歳……くらい?」

「残念、四十三歳になったところさ」

「へ?」


 実年齢を明かしてマティルダさんがもう一度ウィンクしたとたん、私の口から間抜けな声が出てしまったことは、どうぞご理解いただきたい……いやいやいやいや、美魔女どころの話じゃないよ! どう見たって四十三歳には見えないよ? この人ほぼノーメイクなのに。


「ははははは! 木の実が頭に落ちたラタトスクみたいな顔じゃないか、やっぱりハナはおもしろいね。――実を言うとうちの当主はね、二十歳くらいまで成長すると守護者の加護で不老になるんだ、もちろん契約している間に限られるけどね。この加護が無かったら、代々の当主は婿探しに困っていたと思うよ、一族のなかに後継が生まれるのは、おおむね二十五年に一度だからね」


 私の顔を見て大笑いしたあと、マティルダさんは若見えの種明かしをしてくれた。……いや、若見えじゃなく、不老なんだから肉体年齢は実際に二十歳のままなんだ。スゲー、これでこそ異世界だよ〜。


「四十三から二十五を引いて、たしか女学院の最上級生が十七歳から十八歳だったはずだから……あ! じゃあマティルダさんも、もう少ししたら退職して、結婚するんですか?」

「いや、家督は譲ろうと思うけど、このまま帝国護衛女官を続けるつもりだよ」

「ははーん、さては、イイ人が見つかるまで、若いままの姿で粘るつもりでヤンスね」

「ブッ! ははははは!」


 帝国護衛女官を続けるってことは守護者と契約したままってことだから、邪推した私がちょっとイヤラシイ目つきをして言うと、その顔か言葉がツボにはまったのだろう、マティルダさんはしばらくお腹を抱えて大笑いした。


「……ハア、ハア、……本当におもしろいね、きみは。――でも残念、そんな色気のある話じゃないんだ。私には恐ろしく寿命の長い親友がいるんだけどね、そいつが寂しがらないように、しばらく私も付き合ってやろうと決めたんだよ。本人にはまだナイショだけどね」


 さんざん笑って涙を拭ったあと、初対面の私なんかに本心を打ち明けてくれたマティルダさんは、口の前に白い人差し指を立てると、パチリといたずらっぽくウィンクした。

 ――そうか。私、その親友のこと、知ってるよ。

 脳裏に浮かんだ金髪エルフに「よかったね」と言ったあと、自分の親友の不器用な美貌を思い出し、ちょっと寂しい気持ちになっている私の鼓膜に、マティルダさんの両手のひらを打ち合わせる、パンッ! という音が響いた。


「さあ、おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ本題に移ろうか。ハナは時間の止まった場所に患者を匿っているんだったね?」

「はい、いつでも出せます」

「よし、それでは、患者をベッドの上へ出す前に、事故の状況や匿う直前の患者の状態について、詳しく話してもらおう」

「はい、まず――」


 こうして、高位の〈治癒魔法〉を使えるマティルダさんのおかげで、ヤーナさんは傷ひとつ残らず完全復活したんだよ。マティルダさんの守護者については、そのうち語る機会もあるだろう。

 ともかく、エーリカちゃんを無事に生還させることもできたし、これでミッションコンプリートだね。


      ◇      ◇      ◇


 わたくしの名はトーマス。帝国屈指の商業組織、シュナイダー商会に勤めている者でございます。

 恥ずかしながら、長年にわたり懸命に働いてきた甲斐あって、このたび、新帝都の支店を任されることになりました。……いえ、「懸命に働いてきた」、などと偉そうに申しましても、数年前に先代から跡目を継いだ現会長は、一日のうち三時間しか眠らない仕事の虫でございますので、わたくしなどまだまだでございますが……。

 まあ、そのような次第で、つい数日前に帝都支店へ赴任してきたあとは、真新しい商館の殺風景な執務室にて、泉のごとく湧いてくる仕事に追われる日々でございます。

 この帝都で何を商うかについてはとうに選定済みでございますが、何しろ、取り扱う商品に合わせてそれぞれの商業ギルドへ加入しなければ、ここで商いさせてもらえません。もちろん、土地の所有など諸々の加入資格は満たしておりますし……おや? ノックの音が。


「はい」

『支店長、お客様です』


 わたくしが返事いたしますと、扉の向こうから聞こえてきたのは番頭の声でございます。――はて? この時間に面会の予定は入っていなかったはずですが……。


「どなたかな?」

『……それが、皇室の紋章入り馬車でお越しでして……』

「何っ!?」


 番頭の口から飛び出してきたとんでもない言葉に、わたくしは思わず、椅子を盛大に倒して立ち上がってしまいました。当然といえば当然でございましょう、皇室の紋章入り馬車など、ごく限られらたお方にしか乗ることが許されませんから。


「も、もちろん応接室へご案内したのだな?」

『……いえ』


 この番頭、シュナイダー商会帝都支店の番頭に抜擢されるほどの男でございます、エーデルベルクにある本店の大番頭に匹敵する切れ者と言っても過言ではないでしょう。そんな彼がドアの向こうで発した言葉に、わたくしは一瞬、我が耳を疑いました。

 わずかな沈黙のあとに出たわたくしの言葉が、珍しく厳しい口調になってしまったのも、至極当然のことでございます。


「な……なんという無礼を! すぐにご案内しろ!」

『……いえ、それが……もう、ここにいらっしゃいまして……』

「え……」


 言いにくそうに言った番頭の言葉を聞き、わたくしが再度この耳を疑っておりますと、目の前で執務室の扉が勢いよく開きました。


「ジャジャーン!」

「ハナ様!?」


 小動物のように愛くるしいお顔を上気させ、少々お短い手足を大きく広げ、やや恥ずかしげながらも嬉しそうに登場なさったのは、なんと、帝都までの道中で出会った異邦のご令嬢、ハナ様ではございませんか! 一瞬だけ驚いたあと、わたくしの心は喜びに沸き立ちました。

 実を申しますと、わたくしは二日前から、ハナ様の帝都ご到着を存じ上げておりました。手押し車に乗った謎の少女たちが、帝国護衛女官と近衛騎士団に守られて宮殿へ向かったこと、さらに、その玄関先で宰相閣下以下廷臣ご一同のお出迎えを受けたことは、たちまち帝都中の噂になっておりましたし、何より、わたくしなどとの約束をお忘れにならず、ハナ様は帝都へ到着されたその日のうちに手紙をくださっていたのです。


『――そんなわけで、南部辺境伯領を訪問中の皇帝が戻り次第、私はヤーナさんの治療をお願いするつもりです。第一皇女も頼んでくれるから心配いりませんよ』


 ――と、その手紙には綴られておりましたが、その手紙を手に執務室の中でひとり、わたくしがどれほどの涙を流したことか……。

 わたくしも大商会の商館を任される身、ハナ様のご身分が伯爵より上位でいらっしゃろうことは、そのお力の一端を拝見しただけでも想像できます。それほどのお方が、庶民であるわたくしども夫婦をお気にかけ、妻の治療を皇帝陛下にまで掛け合ってくださるなど、本当に夢のようでございます。

 もし、ヤーナが治らず天へ召されたとしても、わたくしは、そしてヤーナの魂も、亡き娘の面影重なるこの心優しいご令嬢に、心の底から感謝するでしょう。


「サプライズ成功! ナイスリアクションでしたよ、トーマスさん」

「よくぞいらしてくださいました! お元気そうなハナ様のお顔を拝見できて、わたくし、仕事の疲れも一気に吹っ飛びました」


 してやったりと言わんばかりに愛らしい笑顔で親指を立てるハナ様に、わたくしも満面の笑みでお返ししました。……こうしておりますと、亡くなった娘が帰ってきてくれたようで、不覚にも視界が涙で滲んでしまいます。……焼き菓子でもお召しあがりになってからいらっしゃったのですね、……ああ、お口の横についている食べカスを取って差しあげたい……。


「ふふふ……。甘い、輸入もののチョコレートバーよりも甘いですよ、トーマスさん」

「チョコレ?」

「真のサプライズはここからです。――どうぞ!」


 勝ち誇ったような雰囲気を醸し出しながら、わけのわからないことをおっしゃっていたハナ様でしたが、開いたままになっている扉の前から移動しつつ、室外の誰かに声をおかけになりました。しかしながらそのお相手は、廊下の壁際で目を白黒させている番頭ではないようです。

 いったい何ごとなのだろうかと考える間もなく、次の瞬間、私の中の時間は止まってしまいました。

 なぜなら――。


「ジャジャーン!」


 ――登場なさった際のハナ様とまったく同じポーズで、扉の向こうに彼女が現れたのですから……。長年連れ添ってきた私の妻、ヤーナが!


「ハナちゃん、これでよかったのかしら? やっぱりちょっと恥ずかしいわ……」

「バッチリです! 見てくださいよヤーナさん、びっくりしすぎてトーマスさん固まっちゃいましたよ」

「あらほんと、うふふっ」


 頭の中が真っ白になっていたわたくしですが、恥ずかしそうにする妻と嬉しそうなハナ様の様子を見て、すぐに我を取り戻しました。

 皇帝陛下が南部辺境伯領からお戻りになってから、とのことでございましたので、治していただけるにせよ先のことだと思っておりましたのに、あれほどの重傷を負い今にも事切れそうだったヤーナが、今、わたくしの目の前で、元気そうにハナ様と笑い合っているではないですか……。


「ヤーナ!」

「トーマス!」


 弾かれたようにヤーナへ駆け寄るわたくしに、彼女もまた、若いころのように飛びつき、殺風景な執務室の入り口辺りで、ふたりはしばらくの間、強く抱擁を交わしたのでした。

 涙に滲む視界の中、嬉しそうに貰い泣きしてくださるハナ様のお顔が、わたくしには亡くした娘の顔と重なって見えたのですが、この時、わたくしの頭の中に、今は亡き愛娘ハナの声が、ハッキリと響いたのです――。


『パパ、ママ、大好き』


 ――と。



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