第一〇二話 帝都へ行こう 一一 太陽と縦ロール
こ、コレは、クラウディアさんがフラグ立てたせいか? クッコロエルフの呪いなのか?
のっしのっしと近づいてくる三体のクランプスを前に、私はゴクリと息を呑んだ。
マズい、さっき無駄撃ちしたせいで残弾が……いや、それ以前に、私の真西にいるのは真ん中の一体だけだから、他の二体には〈東方無敗〉を使うこと自体できないよね……。もしこれが真綾ちゃんだったら、反復横跳びで位置を変えつつ連続発射できるんだろうけど、私のエクセレントな運動能力ではとうてい不可能だよ。
ジャララララ! グルグルグル……。
い、いかんいかん、呆然としていたら、とうとう鎖でグルグル巻きにされてしまったよ、これでもう完全に逃げらんないじゃないか。……うーん、どうすべぇ。
「エーリカ様、申しわけございませんが、ここからは、おひとりで帝都へお向かいください」
『クラウディア?』
「大丈夫、帝都はもう目と鼻の先です、ダイジロウに乗っていらっしゃれば問題ありませんよ。……どうか、善き女皇におなりください。――ハナ、今行く!」
『わ、わたくしも!』
エーリカちゃんだけを逃がし、私を助けに来てくれようとするクラウディアさんと、自分も参戦すると言い出したエーリカちゃん。私なんか放っておけばいいのに、ふたりだけなら間違いなく逃げられるのに……。
日本にいる私の可愛い神様たち、このふたりに出会わせてくれたこと、心から感謝するよ、みんなアリガトね……。よし、こうなったら出し惜しみはナシだ!
そうと決まれば、これだけ離れてたら彼女たちには影響ないと思うけど、念のため――。
「待った! エーリカちゃんはカメラをいったん切って! クラウディアさんは大二郎の後ろに身を隠し、サングラスしたまま目を閉じて!」
『は、はい!』
「わかった!」
魔物と戦うことを本分とするだけあって、コッチの王侯貴族はこういうときの判断と行動が迅速だ。私の急な指示にも即座に従ってくれたよ。……まあ、それだけ私のことを信頼してくれてるってことか。
信頼には応えなきゃだね。まずは、体に巻き付いている鎖の輪っかの何個かを【船内空間】へ収納して――。
ジャラララララ!
よしよし、上手く外れたぞ……。敵の位置は確認済みだし、次は、眼球を含めた全身を太陽光吸収モードにして、あとは、葦舟さんの【強化】結界って熱に弱そうだから、空気を構成している物質の原子や分子のうち、【強化】結界に触れたものだけを【船内空間】へ収納するように設定して、あらかじめ収納していた安全な空気を自分の一時的な呼吸用にと、――よし!
「やったらぁっ! 火事と喧嘩は江戸の華でぃコンチクショウ! 喰らえ我が究極奥義、〈真・太陽険〉!」
全身真っ黒になった私がポーズをとって叫んだ直後、おでこの一点から強烈な光が一直線にほとばしった! 自分からは見えないけど。
一キロワット。日本付近で地上に降り注ぐ太陽光の、一平方メートルあたりの瞬間的なエネルギーだ。……まあ、季節や時刻、緯度や天候なんかによって変わるから、ざっとしたモンだけどね。
光には質量が無いという特性を利用して、ここ数日間、私は太陽光を【船内空間】に収納しまくったんだけど、ここの緯度が日本より高いことや季節が秋であること、あるいは雲で陰ったり時刻によって減少したりと、そういった諸々を考えて半分以下に見積もっても、私が収納した太陽光のエネルギー総量は、ジュール換算で四三メガジュールくらいにはなるだろう。……たぶん。
これがどのくらいのエネルギーか説明するとだね、たしか人体の比熱は〇・八三だったから、これをジュール換算すると三・四七くらいで、成人男性の体重が七〇キログラムとして計算すると……私の保有している太陽エネルギーなら、熱の上がりにくい水分が大半を占める人体でさえ、一七〇度以上は温度上昇させることが可能で、より比熱の小さい鉄に至っては、同じ七〇キログラムでも千数百度……おおう、この計算で合ってるのか?
まあ、なんせそんな感じで、米軍で開発中のレーザー兵器(一〇〇キロワット級を五秒間照射として)よりも、はるかに高エネルギーの光を、私は【船内空間】から一気に放出したんだよ。しかも、ちょっとでも威力を増すために、放出する光子の向きや、位相と波長を揃えるようイメージしながら、放出点の面積も直径一ミリメートルくらいに絞り、クランプスを横薙ぎにするよう首を右から左に振って。
どれ、そろそろ光吸収モードを解いて確認するか……。
「ふう、……ちょっと太陽の下に出ただけで鈍くなるくらいだから、ひょっとしたらとは思ったけど、やっぱり、クランプスに〈真・太陽険〉は効果絶大だったね」
クランプスにとって太陽光が毒なのか、単に彼らの熱耐性が低いのか、それを知らない私には、死因が何だったのかわからないけれど、すでに彼らは魔石だけを遺し消えていた。
「それはいいけど……」
なんとか虎口を脱した私は、予想以上の光景を前にタラーリと汗を垂らした。……いや、だってね、森の出口付近に生えていた木が、きれいに伐採されてたんだよ。しかも、炭化した切断面から発火している木まであるじゃないか……。
森は遮蔽物だらけだし少し見上げる格好で放出したから、今回は誰も巻き込んでないはずだけど、カノーネなんかより射程距離が長いうえ、自分の目を守るために狙いもつけられないから、危なっかしいったらありゃしないね。コレも〈オキシジェンですトリャー!〉同様お蔵入りか……。なんでこう、私の攻撃手段は使い勝手の悪いものばかり……あ、そうだ、ふたりに知らせなきゃ。
「エーリカちゃーん、クラウディアさーん、もう大丈夫だよー!」
私が戦闘終了を告げると、エーリカちゃんは大二郎の〈引きこもりモード〉を解いて顔を見せ、その後ろからクラウディアさんも姿を現した。
「これほど呆気なく四体もの〈伯爵級〉を倒してしまうなんて、おとぎ話に出てくる英雄のようです! さすがハナちゃん!」
「ハハハ、まったくハナには驚かされてばかり…………なっ!? 何をどうしたらこうなるんだ!?」
エーリカちゃんは手放しで私を称賛してくれるけど、クラウディアさんは森の惨状に気づいたとたん、大きな目をさらに大きくして驚いた。
「うう、森林破壊してごめんなさい……」
森の守り人たるエルフにしてみたら、やっぱコレは看過できないよね、ホントスンマセン……。
このあと、ふたりが一生懸命なだめてくれたことにより、ショボンとしていた私も気を取り直し、キッチリ消火作業を終えてから、ふたりと一緒に意気揚々と帝都へ向かったのであった。
ともかく、グリューシュヴァンツ帝国次期女皇たるエーリカ第一皇女殿下の御身は、こうして守られたのである。
めでたし、めでたし――。
◇ ◇ ◇
「めでたくないよ!」
「な、なんですの!? 唐突に!」
いきなり明後日のほうを向いてツッコミ入れた私に、金髪縦ロールさんが驚いた。
……ああ、うん、状況説明しないとだね。
現在の私は、ドレスの上から胸甲を着けた若い女性に、剣を突きつけられているところなんだよ。それも、豪奢な金髪を縦ロールにした女性に……。
「ともかく、いくら第一皇女殿下とクラウディア様のお言葉とはいえ、数十体ものナハツェーラーと四体のクランプスを、このようにお間抜けなお顔のおチビさんが倒したなどと、にわかに信じられるものですか!」
ご丁寧にも、言葉の頭に「お」がつくたびにビシッビシッと剣で私を指す、金髪縦ロールさん。……どうでもいいけどさ、私、えらい言われようだね。
この状況に至るまでを説明するために、ちょっと時間を巻き戻してみよう――。
◇ ◇ ◇
あの襲撃後は特にコレといったイベントもなく、帝都のすぐ近くまで到達したところで、私たちは帝都方向からやってくる武装集団を見つけた。
騎乗騎士が七騎と二十人足らずの歩兵で編成された彼らは、騎士たちが甲冑をすでに着込み、兵士の一部が替え馬を引いているところから、帝都から遠くなく、かといってすぐ近くでもない場所を戦場に想定しているようだ。整然としたその隊列は、士気高く統率のとれた部隊であることを物語っていた。
騎士たちの乗っている馬にはランス用のホルダーがあるらしく、それぞれのホルダーから垂直に立てられた七本のランスが、馬の歩みとともに空をツンツンしながら、私たちのいるほうへと近づいてくる。
「いやー、ちょっと馬が小柄だけど、やっぱ本物の騎士はカッコイイなー」
「何を今さら、騎士なら嫌というほど見てきただろう?」
「まあ、そうなんですけどね、今までのはみんな敵だったし、ジックリ鑑賞する余裕もありませんでしたから、あんなのノーカンですよノーカン」
しみじみ感動を噛みしめていると、クラウディアさんが不思議そうに突っ込んできたから、私は理解を得るべく説明したんだけど、真っ黒な手をヒラヒラさせる私に肩をすくめたところを見ると、彼女にはご理解いただけなかったようだ。
あ、そうそう、私は現在、エーリカちゃんの操縦する大二郎のとなりを歩いているんだけどね、どうしてかっていうと、できるだけ【船内空間】を空けておきたくって、決戦後に回収したカノーネを大二郎に載せたもんだから、ふたりで乗るだけのスペースがなくなっちゃってね、エーリカちゃんと私は交代で歩くことにしたんだよ。
念のため太陽光を補充しようと全身真っ黒になってるから、今の私を見た人は、魔物が歩いて来たと思ってビックリするだろうなー。
「どうでもいいけど、ハナも出合い頭に攻撃されたくなかったら、ちゃんとソレは解いておくんだよ」
「はーい」
言われたとおり太陽光吸収モードを解く私を見て、楽しげに笑いながら頷いたあと、やや緊張した面持ちで例の一団に視線を戻すクラウディアさん。
「あの旗は……。ご安心くださいエーリカ様、近衛騎士団です」
「はい、そのようね」
ランスの先に結びつけられた細長い旗を目にするや、クラウディアさんとエーリカちゃんはサングラスとマスクを外し、ホッとした様子で笑みを交わした。
やがてその一団は、避けもせず街道のど真ん中にいる私たちを不審に思ったのか、数メートル手前でピタリと止まったかと思うと――。
「……クラウディア様? どうして――はっ! だ、第一皇女殿下!?」
先頭の女性騎士がエーリカちゃんに気づくなり慌てて下馬し、恭しく片膝ついて頭を垂れたことで、他の人たちも雪崩を打ってそれに続いた。
この感じからすると、彼女が部隊を率いているんだろうけど、この女性、クラウディアさんと同じく胸甲ドレス姿なのはいいとして――なんと! 豪奢な金髪をクルンクルンと縦ロールにしているんだよ! 昔の少女漫画かっ!
「やべぇ、マジモンだ……」
「なんですのアナタ! わたくしのことをジロジロと見て! 何か言いたいことでもございまして!?」
珍獣を見るような私の視線を鋭く察知したのか、いきなりシュバッと頭を上げたかと思ったら、キッと睨みつけてきた金髪縦ロールさん……口調も完璧だね。謎の翻訳システムさん、グッジョブ!
「……い、いやあ、たいへんお素晴らしいお縦ロールお具合だなあと……」
「…………そ、そういうことでしたら、しかたございませんわ。アナタ、まだ幼いのにお目がお高いですわね」
あ、チョロい……。
「それにいたしましても、なぜ第一皇女殿下とクラウディア様が――」
「そのことについては自分が説明しよう。従騎士以上だけを残し、兵は少し下がらせてくれないか」
――と、いうわけで、クラウディアさんが状況を説明し、金髪縦ロールさんと情報交換したことでわかったんだけど、フェアナンタラの検問を不審に思った商人や旅人は少なからずいたそうで、その情報を聞きつけた宰相が、「第一皇女殿下のご帰還に支障があってはならぬ!」と、護衛女官である金髪縦ロールさんに近衛騎士団の一隊を付け、状況確認と対処に向かわせたところだったらしい。
ちなみに、金髪縦ロールさんを除いた騎士六名のうち、胸甲ドレスを着ている二名は、金髪縦ロールさん個人の騎士兼侍女とその見習いの人で、プレートアーマー姿の四名が近衛騎士団の騎士なんだって。
「そんな馬鹿な!」
「あのロイエンタール伯が……」
「ナハツェーラーが同時に大量発生し、あまつさえ統率された行動をとるなど、前代未聞ですぞ!」
「しかも、カノーネで武装していたとは……」
襲撃の事実を聞いた騎士たちの驚きっぷりを見るに、思ったとおり、例の通信官は嘘の報告をし続けていたようだ。
「……クラウディア様、よくぞ第一皇女殿下をお守り通してくださいました、さすがは最古参の帝国護衛女官ですわ。――エーリカ様も、よくぞご無事で……。さぞ恐ろしく、お心細い日々でございましたでしょうに……」
動揺が収まったあと、自分の胸に片手のひらを当ててクラウディアさんに感謝すると、今度は涙ぐんでエーリカちゃんを気遣う金髪縦ロールさん。……結構いい人そうだね、個性は強いけど。
「やめてくれ、自分が惨めになる……。ここにいるハナが助けてくれなければ、今ごろエーリカ様も自分もナハツェーラーの腹の中さ」
「ハナちゃんはとても強いのですよ。〈伯爵級〉のカノーネをものともせず、数十体ものナハツェーラーを消し去ったかと思えば、瞬く間に四体のクランプスを倒してしまったの」
肩をすくめて苦笑していたクラウディアさんが、さらっと私のことに触れたかと思ったら、今度はエーリカちゃんが、なぜかエッヘンと胸を張って私の自慢をし始めた。
やめてよエーリカちゃん、私は目立ちたくないんだよう……。
「このおチビさんがあ?」
あ、ものすごい目で睨まれた……。
◇ ◇ ◇
――てなわけで、ふたりの言葉を疑った金髪縦ロールさんが私に噛みついてきて、タチの悪いクレーマーのごとく絡んだ挙げ句、現在に至っているんだよ。
「――数十体ものナハツェーラーと四体のクランプスを、このようにお間抜けなお顔のおチビさんが倒したなどと、にわかに信じられるものですか!」
「言葉が過ぎるぞ、メルツェーデス」
「そうです、ハナちゃんは私の命を救ってくれた恩人なのですよ」
「うっ……」
私をバカにしたとたん、クラウディアさんとエーリカちゃんから集中砲火を浴び、たじろいでしまう金髪縦ロールさん。……本名はメルツェーデスっていうんだね、高級外車みたいだね。
「…………たしかにお口が過ぎましたわ。――それでも、アナタのことを認めたわけではございませんことよ! 認めてほしいなら、わたくしの目の前でアナタのお力をお示しなさい! それがグリューシュヴァンツ帝国の流儀ですわ!」
「いや、別に認めてもらわ――」
「一刻も早く第一皇女殿下を帝都へお連れしなくてはなりませんから、今日のところは引き下がります。でもよろしくって? おチビさん、後日あらためてお手合わせをしていただきますから、そのお首をお洗いになってお待ちなさい!」
「……」
こんな感じで一方的にしゃべってから、部隊の一部だけを襲撃現場の確認に送り出し――。
「第一皇女殿下、このわたくしが参りましたからには、もう大丈夫ですわ!」
――と、金髪縦ロールさんは残った騎士団の人たちを率い、エーリカちゃんの護衛をしてくれることになった。
その後、大二郎に載せていたカノーネを近衛騎士団の人が運んでくれたおかげで、私も大二郎に乗れるようになったため、結局、少女ふたりの乗った一見ボロい手押し車の周囲を、護衛女官二名と近衛騎士団がガッチリ守るという、いささか珍妙な光景が、帝都内にあるという宮殿までの道中、人々の奇異の目をかっさらうことになったのである……。
真綾ちゃん、私、帝都に着いてからも、結構たいへんそうだよ……。




