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第九九話 帝都へ行こう 八 待ち伏せ



 そして、決戦の日――。


 覚悟を決めた私たちは、一泊した町を朝早く出発し、やがて、背の高い針葉樹が立ち並ぶ森の中に入っていた。


「これから先、この街道が森の中を突っ切っているのはここだけだし、森を抜けて次の集落へ着くまでは脇道も無い。……ハナ、来ると思うか?」

「可能性はあります……。でも、何も知らない敵はカノーネに頼るはずだから、索敵能力が高く森での戦いにも長けたエルフ相手に、しかも大勢でカノーネを使うとなると、こんな森の中じゃなく、獲物に逃げ隠れされない場所で待ち構え、遠距離からの包囲殲滅を狙ってくると思います」


 大二郎の後ろを歩きながら小声で話しかけてきたクラウディアさんに、私も小声で言葉を返した。

 いちおう現在のフォーメーションは、索敵能力の高いクラウディアさんが警戒するなか、エーリカちゃんの前に座っている私と背後にいるクラウディアさんで、前後からの攻撃へ対する盾になっている感じだ。もちろん、私以外は例の不審者モードになっているよ。


「そうか。――それなら、あと一時間ほど歩けば森を抜けるが、その先は急に開けた場所になっているから、そこが怪しいだろう」


 クラウディアさんは私の意見を聞いて少しだけ思案したあと、襲撃の予想される地点を教えてくれた。

 よし、じゃあ、そろそろ私も降りるか――。


「よっこらせ。――エーリカちゃん、教えたとおりやれる?」

「はい、頑張ります!」


 大二郎を止めて華麗に降りた私が、ちょっと心配しながら尋ねると、エーリカちゃんは緊張した表情で、でも、力強く頷いた。実はこれから、彼女が大二郎を操縦するんだよ。私という戦力が自由に立ち回れるようにね。


「じゃあ、ちょっとアレやってみてよ」

「…………はい。――チェンジ! マシンダイジロー! ゴー!」


 私が振ると、ちょっと恥ずかしそうにしてたエーリカちゃんだったけど、ほどなくして、吹っ切れたようにボタンのひとつを押した。私に教えられたとおりの叫び声を上げながら……。

 すると、昔の乳母車の日除けみたいな感じで、銀色に輝くカバーがウィィィンと出てきて、エーリカちゃんごと大二郎の上部をスッポリと覆い隠したではないか!

 これこそ、羅城門グループが総力を挙げて生み出した大二郎の、隠されしギミックのひとつ、〈引きこもりモード〉なのだ!


「ブラボー! 素晴らしいよエーリカちゃん! ――ちゃんと見えてるかな?」

『はい、問題なく。実際に自分の目で見ているようです』


 私が両手を叩いて称賛したあと、少しオウムガイっぽくなった大二郎に手を振ると、大二郎内蔵のスピーカーからエーリカちゃんの声が聞こえてきた。

 彼女は今、大二郎の各部に搭載された超小型カメラが捉えた外の様子を、サングラス型ディスプレイで見ているんだよ。超高精細映像だよ!


「よし! そのカバー部分は特殊素材でできてるからね、矢が飛んで来たって平気だし、槍でも貫けないうえに耐火性も高いよ。もちろん魔法もバッチリ無効化できるから、エーリカちゃんは安心してね」

『素晴らしいです。……あ、それになんだか落ち着きます、このままダイジロウの中に引きこもって一生……』

「エーリカ様、それだけはなりません!」


 私の説明を聞いて安心したのか、エーリカちゃんが不穏なことを言い始めたもんだから、クラウディアさんは真剣に焦っているよ。

 いやー、〈引きこもりモード〉になった大二郎の内部ってさ、なんか秘密基地みたいで落ち着くんだよなー、皇女殿下が引きこもったら大事件だろうなー。


「まあそれはいいとして――」

「良くない!」

「……良くないとして、そろそろ行きますか」


 クラウディアさん必死だね。

 かくして、私を心配する真綾ちゃんの分厚い友情と、真綾ちゃんを溺愛する仁志おじさんにより、華々しく日本に爆誕した大二郎は、神に愛用されるうち神器となり、ついには異世界の地で、生ける屍たちの魔手から皇女殿下をお守りすることになったのである。……ムッチャ、ドラマチックな生涯を送ってるね、大二郎。


      ◇      ◇      ◇


 クラウディアさんの言っていたとおり、森を抜けたとたん一気に視界が開け、そこに私たちが見たのは、――たいそう異様な光景だった。

 私たちの進行方向の先で、騎士を含む十人ほどの武装集団が街道を塞いでいるのはいいとして、その他に、五十人前後……いや、もっと多いだろうか? なんせたくさんの人たちが、街道から一〇〇メートルくらい離れた両側にズラッと並び、コッチをジーッと見ているんだよ。

 しかもそのほとんどが、みすぼらしい身なりをしていて、とても戦闘向きとは思えないような人たちだ。……そう、全体的にお年寄りや女性が多く、私より少し幼い子供の姿まで見える。


 ギリッ……。


 クラウディアさんの歯ぎしりする音が聞こえた。


「止まれ!」


 警戒しつつ前進していた私たちを、街道上にいる兵士のひとりが呼び止めると、すぐに別の兵士がひとり、ニコニコと笑いながら私たちに近づいてきた。


「いやー悪いね、『さる貴族家の子供をさらった凶悪犯が帝都へ向かっている』、という情報が入ったらしくてね、こうして俺たちも検問に駆り出されているんだ。俺だって日に焼けるのは好きじゃないから、日中は暗い場所でゆっくり寝ていたいのに、ホントいい迷惑だよ」


 その若い兵士は私の前で立ち止まり、いかにも気の良さそうな口調でしゃべったあと、ヤレヤレと言うように肩をすくめた。


「へーそうなんですかー。そうやって検問に駆り出されたうえ、いちばん危険な役までさせられて、お兄さんもたいへんですね。なんか顔色もムッチャ悪いし……」

「そう! そうなんだよ! いやー、ホント下っ端はたいへんなんだよなー。こんだけこき使われた挙げ句、おいしいところはみんな上が持ってくんだぜ? ホントやってらんねーよ」


 私のかけた労いの言葉を聞いたとたん、若い兵士は濁った目ン玉輝かせ、黄ばんだ歯の並ぶ口で快活に愚痴り始めた……けど、彼は気づいていない――。


『花ちゃん、コレは穢れしモノじゃ。気をつけて』

『あー穢らわしい! 腐った魚のごとき目をしよって! 花、もうよいか? よいよな? タゴリはもう辛抱タマランのじゃ!』

『この穢れた気配、世のことわりに反したモノ、生ける屍で間違いないのう……。花よ、いつでも合図してよいぞ、タギツも腕が鳴っておるわ』

『汚物は消毒』


 ――などと、のじゃっ子たちからボロクソ言われていることに。……ボス騎士戦以降は活躍できなかったから、プチガミ様たち、浄化ビームぶっ放したくてウズウズしてたんだね。

 私と若い兵士がしゃべっている間に大二郎の左側へスッと入り、左手に弓を握ったクラウディアさんが、大二郎の右側を守っている私に小さく頷いた。ビニールポンチョの下では、腰の後ろにある矢筒から、彼女の右手が矢を引き抜いていることだろう。

 よし、準備オッケーだね。


「それにしても……この人、お嬢ちゃんのお母さんかな? なんか変わった格好をしているけど、危ない人じゃないよね……。まあ、それはともかく、悪いけど、その手押し車の中をちょっと調べさせて――」

「浄化ビーム!」


 不審者モードのクラウディアさんにドン引きしていた若い兵士は、大二郎へ手を伸ばしかけたところで、神々のフラストレーションに満ちた破邪の光を浴びると、恐らくは何が起きたかも理解できぬまま、虚しく魔石だけを遺し消えていった。

 自分の体を悪事に使われることがなくなって、彼本来の魂は安心して天へ召されただろうか……。


「何っ!?」

「閣下、今の光からは嫌な……神聖な力を感じました。本人も浄化ナントカと言っていたことですし、あれは聖なる光だったに違いありません。……おそらくあの小さいやつは、我々にとって天敵である神聖な系統の守護者と契約しているのでしょう」

「これは侮れませんぞ閣下、〈城伯級〉を一瞬で浄化するほどの聖なる光など、これではまるで……」


 仲間の最期を目の当たりにして、刺客たちが一斉にざわつき始めたけど、特に動揺している雰囲気なのは、私たちの二〇メートルほど先で街道を塞いでいる騎士三人だ。しばらくすると、そのなかで最もゴージャスな甲冑を着ている騎士が、馬上から大声で私に話しかけてきた。


「あいや待たれよ! そこなチンチクリ――」

「あん!?」

「あ、いや、麗しき御仁……。私はフェアレータードルフ城伯と申す。――そこの女が帝国護衛女官であり、その手押し車の中に皇女が入っていることは、もはや明白であるが、貴殿のような御仁は皇女一行にいなかったと思う。貴殿、襲撃後に護衛として雇われた流浪の貴族、といったところではないかな?」


 なんか聞き捨てならない言葉を言いかけたから、ギロリと殺気を込めた目で睨みつけてやると、その騎士、フェアナンタラ城伯は、ちょっとビクッとしたあと、あくまでも私から距離をとったまま猫撫で声で話しかけてきたんだけど、私よりも先にクラウディアさんが反応した。


「おかしいな、自分の聞き違いか? 悪行の数々が露見し、塩税の徴収権を皇帝陛下に没収されたフェアレータードルフは、たしか男爵だったはずだが?」

「うるさい、皇帝の犬め! 私は城伯になったのだ!」


 今の言葉がよほど気に障ったのかカンカンに怒るフェアナンタラに、クラウディアさんは容赦なく追い討ちをかける。マスク越しだからちょっと声がこもってるけど、ちゃんと相手に聞こえてるようだから、まあいいか。


「なるほど、貴様もナハツェーラー化すれば城伯になれると思い込んだ口か? 憐れな、もう元の魂はそこに無いだろうに……」

「な……」

「まあいい、陛下を逆恨みした挙げ句に大罪を犯した貴様が、どのように惨めな末路をたどろうと、正直、自分にとってはどうでもいいことだ……が、ひとつ聞きたい。――ここにいる人たちはどうした?」


 怒りで声を失っているフェアナンタラに、クラウディアさんは、私たちと話している時とは別人のような冷たい声で問いかけた。

 すると何を思ったか、いきなり得意げにペラペラとしゃべり始めるフェアナンタラ。


「こやつらか? ――いいだろう、これから死にゆくお前に教えてやろう。こやつらは我が領内とその近隣におった恵まれぬ者どもよ。使わなくなった屋敷があったのでな、そこに住まわせて毎日食い物を恵んでやったら、こやつら涙を流して喜んでおったわ、秘薬の実験体にされておるとも知らず、死してナハツェーラーに変わるその時までな!」

「実験に使った、だと……」

「ああ、当然のことではないか、完成しておらぬ薬を私が使うわけにもいかぬだろう。貴族のために愚民どもを使って何が悪い? ……まあ、大半はカノーネを使える知能もない失敗作になってしまったが、こやつらのおかげで秘薬は見事完成し、忠義顔したロイエンタール伯をその部下に殺させることができたし、我が騎士と兵を完全なナハツェーラーにすることもできたのだ。生きる価値もない貧民や孤児どもにしては、意義のある命の使い方だったと思わんか?」


 頭のおかしい貴族は芝居じみた仕草で両手を広げ、かわいそうな人たちの成れの果てを指しながら、さも気持ち良さそうに気分の悪いセリフを吐いた。

 あーなんか、ダメだコイツ……。コッチに来て出会った王侯貴族がふたりとも優しかったから、私もスッカリ忘れかけてたけど、特権階級なんてモンには、こういうのも存在して不思議じゃなかったんだ。


「……ハナ、やつは自分が貰うぞ」


 今さら人の道を説いても無駄と悟ったのか、フェアナンタラには何も言い返さず、クラウディアさんは感情を押し殺したような声で、ひとこと私に小さく言った。

 そうとも知らず、クラウディアさんの沈黙を勘違いしたフェアナンタラが、ふたたび私に話しかけてくる。


「さて、どうやらエルフも納得してくれたようだし、話を戻そう。――そこの御仁、ここは手を引いてもらえまいか。貴殿がいくらで雇われたかは知らぬが、その倍……いや、三倍の額を出すぞ。――いかがかな? そこなエルフと違い、貴殿には下賤な農民出の皇族ごときに立てる義理もなかろう」

「えー三倍かー、うーん……」

「何を悩むことがある、貴殿は労せず大金を手にできるのだぞ?」


 私に商談を持ちかけてきたフェアナンタラは、悩み出した私を見て不思議そうにしてるけど、私が悩んでるのは金額じゃないんだよ、ヤーナさんを治療することの三倍って意味がわかんないんだよなー。


「よし、決めた!」

「おお、手を引いてくれるか! それは助か――」

「汚物は消毒だ!」

「え?」


 フェアナンタラ、ぬか喜びさせちゃってゴメンね。


「こちとら江戸っ子でいっ! 可愛いエーリカちゃんの命を、テメェみてぇな腐れ外道に売り渡すわけにゃいかねぇんだよ! 集束浄化ビーム!」


 私の叫び声が響くや否や、集束させることにより長射程化した細く強い破邪の光に貫かれ、フェアナンタラの前にいた兵士がひとり、儚く消えていった。

 言われたとおり、クラウディアさんの獲物は置いとくからね。


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