04 上級職の授与
04 上級職の授与
大聖堂は、多くの王族や貴族たちが詰めかけていた。
観衆はみな上流階級の者たちばかりで、上級職になる者たちも最上級の衣装で着飾っている。
マッドも一張羅の礼服を着てはいたが、周囲があまりにもきらびやかだったので、醜いアヒルの子のように浮いていた。
白亜の大聖堂、最深部には天井に届くほどの女神像があり、その足元にはステージのような祭壇がある。
シミひとつない純白のローブをまとった大聖女が登壇すると、あたりは静まり返った。
「私は『フィロソファーズ・レイヴ』、聖女ギルドの大聖女、ハメリアと申します」
ハメリアと名乗る大聖女は、壇上から慇懃に一礼する。
「それではこれから、我が『フィロソファーズ・レイヴ』の上級職の授与を始めたいと思います。
皆様ご存じのように、この上級職というのは女神ルミナレルム様の神託を、聖女ギルド部門のトップであらせられます、聖皇母様が賜ったものです。
すなわち、ギルド長様のお言葉にも等しい神のお言葉となりますので、穢れなき厳粛なる気持ちで、かつ、謹んでお受けするようにしてください」
大聖女の厳かな言葉とともに、上級職の授与は始まった。
手順としては、名前を呼ばれた者がひとりずつ登壇し、女神像に跪いて祈りを捧げる。
すると女神像が手にしている巨大な水晶球に、上級職の名称が浮かび上がるというものだった。
マッドの順番は最後で、その前に名前を呼ばれた王族や貴族の子息たちには、『勇者』『賢者』『剣聖』などの、この国のトップを司る上級職が与えられていた。
そのたびに「おおっ!?」と観衆から拍手と喝采が巻き起こる。
「いいぞ、さすがはワシの息子じゃ! 剣聖なら、ワシの跡継ぎとしては申し分ない!」
「すごい! さすがは大将軍のご子息だけある!」
「跡継ぎが剣聖様なら、この国の軍事も安泰だな!」
そしてついに、マッドの番がやってきた。
観衆のなかでマッドを知る者は誰もいないので、拍手のひとつも起こらない。
しかしマッドは緊張と興奮で胸が張り裂けそうで、そんなことは気にもならなかった。
ギクシャクした動きで祭壇にあがると、震える手で女神像に祈りを捧げる。
マッドの頭上で、太陽のように輝く水晶玉。
観衆の大半はもう興味が無いようで、帰り支度を始めていたが、そのまばゆい光明に照らされ、動きが止まる。
「な、なんだ、あの光は!?」
「水晶玉が見たこともない光を放っているぞ!?」
「まさか、100年にいちど与えられると言われている、レア上級職か!?」
「ウソだろう!? あんないかにも庶民っぽい男に、そんな貴重な上級職が与えられるだなんて……!?」
その場にいた者たちの視線が、水晶玉に集中する。
それは太陽を直視するようなまぶしさだったが、誰もが瞬きも忘れ、食い入るように見ていた。
やがて光がおさまり、そこにあった文字は……。
『穏者』
すべての目の者たちが、目をパチクリさせていた。
「穏者……? 穏者ってまさか……あの、穏者……!?」
「数ある上級職のなかで、唯一の『ハズレ上級職』と言われた……!?」
「下級職よりヒデェっていう、あの……!?」
次の瞬間、破裂するような笑いが巻き起こる。
「ぎゃはははは! 穏者だって! 穏者だってよ!」
「なんという皮肉! いや、因果応報というべきか! やはり神はいるのだな!」
「あんな庶民が上級職を与えられるなんておかしいと思ったが、こういうことだったのか!」
壇上のマッドは呆然と顔を上げ、水晶玉を見つめたまま動けなくなっている。
その茫洋とした瞳には、残酷な2文字だけがあった。
「う……うそ、でしょ……? この僕が、穏者だなんて……」
隣にいた大聖女は、顔を真っ赤にして吹き出しそうになるのを堪えている。
「プッ……クスクスっ……! そ、その顔、ケッサクっ……!
あ……アンタみたいな庶民に、マトモな上級職が与えられるわけが……!
しかもホームレスになっちゃう職業って……最高っ……!」
マッドと目が合うと、大聖女は鼻を膨らませて取り繕った。
「あひゃっ!? い、いえいえ、そ……そんなことはない……ですよっ……!
じょ、上級職というのは、すべてが神聖で……ブフッ!
すっ、すべてが尊いものですので……ブフォッ!
ああっ、もうダメ! あっはっはっはっ! あーっはっはっはーっ!」
大聖女はとうとう、四つ足になってダンダンと床を叩いて大爆笑。
進行役の彼女が笑い出したことで、さらにせきを切ったような嘲笑が起こり、聖堂を揺らした。
マッドは、それからどうやって聖堂を出たのかもよく覚えていない。
気付くと夕暮れで、桜散る校門の前に佇んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
マッドは重い足取りで、校長室の戸を叩く。
校長には、何の上級職を与えられたのかを報告する必要があると思ったからだ。
「穏者、でした……」
重苦しく告げるマッドとは対象的に、イソギン校長は汚い太陽のように脂ぎった顔をテカらせている。
「そうか、キミはクビだ」
まるでその台詞を用意して待ち構えていたような、ノータイムでの返答だった。
「ええっ!? クビだなんて、そんな……!?」
「ハリアップ! 時は金なりというから、無駄なやりとりなど願い下げなのだが……。
穏者は『無頼・無欲・無宿』という3つのネガティヴ・パッシブスキルがあるのを知らないのかね?」
スキルというのは、その職業が持つ固有技能のことで、アクティブとパッシブに分けられる。
アクティブは能動的に使用して効果を得るタイプの技能で、パッシブは所持しているだけで効果を得られる技能のこと。
そしてネガティヴというのは、所有者にマイナス効果のあるスキルのことである。
『無頼』は、組織に所属することができない
『無欲』は、財物を受け取ることができない
『無宿』は、寄宿することができない
これらの制限を破っている間は、穏者としての力は失われ、ただの『無職』となる。
イソギンは我が世の我が世の春が来たような表情で、マッドに説いていた。
「わかったかね?
『無頼』のパッシブスキルがある以上、キミはこの『フィロソファーズ・レイヴ』の教員ギルドに置くことはできないのだよ」
「そんな!? でも、子供たちを教えることはできます!」
「ハリアップ! キミは私の言うこと聞いていなかったのか?
まさかキミは無職になった状態で、子供たちを教えようというのかね?
そんなことがバレたら、保護者たちが黙っているはずもないだろう?」
「でも、僕には実績があります! きっと保護者の方々もわかって……!」
「ハーリアップ! ここに、本年度に入学する生徒たちの保護者から取ったアンケートがある!
穏者の教師に子供を預けたいかという内容だ! 見たまえ! 100パーセントが『絶対にノー』と答えている!」
突きつけられた羊皮紙を手に、マッドは震える。
「な、なんで、こんなアンケートを……!?」
「そんなことはどうでもいい! だが、これでもうわかっただろう!?
キミはもう誰からも必要とされていないのだよ!
穏者というのは世捨て人とされているが、キミは世の中から捨てられてしまったのだ!」
イソギンの容赦ない言葉のムチが、マッドを打ち据える。
苦悶の表情とともに崩れ落ちるマッドに、イソギンは「見たかったのはこれだ」とばかりに頬を紅潮させた。
「むふっ! だが、この私も鬼じゃあない! 特別に、退職金だけはくれてやろう!
おおっと、後からゴチャゴチャ言われるのも面倒だから、合意書にもサインしてもらおうか!」」
イソギンは書斎机の引き出しから、小さな麻袋と丸めた書類を取り出すと、床で這いつくばっているマッドに放った。
「ハリアップ! 時は金なりという言葉を知らんのか!
キミの1秒はもはやゴミだが、私の1秒は砂金ほどの価値があるのだよ!
やることをやって、さっさと裏口から出ていくがいい!
あと、もちろん教員寮からも出ていってもらうからな! もう、部屋の荷物は外に出されているはずだ!」
マッドを追い出すためのアンケートばかりか、退職金や合意書まで準備されており、それどころか教員寮にも連絡済み。
あまりにも用意周到だったが、マッドにはもうそれに気付くだけの余裕もない。
穏者というハズレ上級職に、仕事もクビ。
その二重のショックに、マッドは魂を抜かれたようになっている。
幽霊のように青白い顔と震える手で同意書にサインすると、ゾンビのような足取りで校長室をあとにする。
言われたとおりに校舎の裏口、そして裏門から外に出た。




