03 上級職への推薦
03 上級職への推薦
1年A組の担任は、対戦前にはたかをくくっていた。
「初戦の相手は1年B組か、なら寝てても勝てるな。だってうちの生徒はゴブリンの首すら刎ねてきたんだ。
紙で作ったオモチャで遊んでいたガキどもに負けるわけがないぜ」
しかし結果は惨敗で、対戦後にはヒザから崩れ落ちていた。
「う……ウソ……だろ……!? 俺の生徒たちが、手も足も出ないだなんて……!?
こ、このバカどもがっ! 俺の顔に泥を塗りやがってぇ!」
担任教師は肩をいからせ1年A組の生徒たちの元へと向かう。
戦い終わってへばっている子供たちを容赦なく蹴り上げようとした。
しかしギルドの広報担当たちがすでに取材に来ていて、風景を記録する『真写』の魔法を使って撮影を始めていたので、寸前で思いとどまる。
マッドも自分の担当クラスの子供たちと話していた。
「お……おめでとう! みんなよくがんばったね!
まさかこの大会って、キミたちが……?」
試合中、チアガールのような格好で応援を担当していたウィンクが答える。
「へへーっ、すごいっしょ? クララっちが考えたんだよ!」
1年B組の生徒は、他人のアイデアを自分の手柄として横取りするような人間は、誰ひとりとしていない。
発案者のクララはすました表情でメガネを直していた。
「先生の指導と他の先生方の指導を比べて、模擬戦なら勝てると判断したまでのことです。
たいした事ではありません」
「もー、クララっちってば! このままじゃ先生がクビになっちゃうからって一生懸命考えたんでしょ!?
それなのに、なんでもないような顔しちゃって!」
「う……ウィンクさん、なにを言っているのですか? わたしは別に先生がクビになったところで、なにも……」
「そんなことより、第2回戦もがんばろうぜ! 目指すは優勝だ!
みんな! 先生を中心にして、円陣を組もうぜ!」
そして始まる大合唱。
♪やれるかな! やれるかな! 君ならできる~!
♪やってやれ! やってやれ! 今がそのとき~!
♪うまくいく! 笑うのは君! ガンガンいけ~!
それは、工作のときにマッドがかならず口ずさむ歌。
もはやこの1年B組の生徒たちにとっては、校歌よりも慣れ親しんだ歌。
いつも励ましていたはずの子供たちから勇気をもらい、マッドは涙を堪えるのに精一杯だった。
「こ……こんな僕のために……! あ……ありがとう、みんな……! キミたちは、最高の生徒だよ……!」
それから1年B組は、第2試合、第3試合と挑んだが、その勢いはまったく衰えず、連戦連勝を重ねていく。
入学当初から協力しあい、絆を育ててきた子供たちが、他人を蹴落とすことばかり教えられてきた子供たちに負けるはずもなかった。
結局、1年B組はひとりの脱落者も出すことなく、すべてのクラスとの試合でパーフェクト勝利を収める。
学年最強は1年B組だと、マッドの指導こそが正しかったのだと、圧倒的な力を持って示してみせたのだ。
この結果には、他クラスの担任教師たちはみな泣き崩れ、観客の上級生たちは騒然。
校長は「マネぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?」と体育館の床をのたうち回っていた。
阿鼻叫喚の学校関係者たちとは真逆に、取材に来ていたギルドの広報陣たちは大喜びであった。
「すごい! すごいぞ! 小学1年生だというのにとんでもない強さだ!」
「この子たちはきっと、フィロソファーズ・レイヴの将来をしょって立つ子供たちに違いない!」
「小学1年生の剣術大会なんてどうせショボいから適当に流すつもりだったけど、またとない特ダネだな!」
「優勝の立役者は誰なんだろう!? 囲み取材をして、次回の広報誌の一面にしよう!」
1年B組の生徒たちは声を揃える。
「僕たち、私たちをここまで育ててくれたのは……マッド・ラックス先生でぇーーーーっす!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから12年後、マッドは何度目かの卒業生たちを見送っていた。
マッドはエルフ族で長寿なので、見た目は12年前とほとんど分かっていない。
しかし幼かった子供たちは大きくなり、健全なる肉体と精神を持つ、清く正しい青少年への階段を着実にのぼっていた。
この『フィロソファーズ・レイヴ 後進育成小学校』では卒業式が終わると、卒業生は恩師に目もくれずに学校から去って行く。
しかしマッドの周囲だけはいつも、多くの卒業生たちに囲まれていた。
「せ……先生、先生ぇ~! 中学なんて、行きたくないよぉ!」
「卒業したくない……! ずっと先生といっしょに工作がしたいよぉ!」
「俺たちがいなくなったら、誰が先生をイソギンから守ってやれるっていうんだよぉ!」
マッドはだいぶ大きくなった教え子たちの頭を、ひとりひとり撫でていた。
「立派な冒険者や生産者になるのが、キミたちの夢だったんだろう?
来年からは実戦だけど、この学校で学んだことがあればきっと上手にやれるからね!」
そして卒業式の日には、必ずこんなことを言い出す女生徒がいた。
「せ、先生! 私を先生のお嫁さんにしてください!」
「そうかい? じゃあ、これをあげるよ!」
マッドはポケットから指輪を取りだし、女生徒の左手の薬指にはめてみせる。
その指輪は木で出来ており、樹脂が宝石のように埋め込まれていた。
「これは僕からの婚約指輪だよ! これを僕だと思って大切にしてね!」
すると当然のように、まわりの生徒たちが騒ぎだす。
「ああっ、いいなぁいいなぁ! 先生、俺にもくれよ!」
「ってあんた男でしょ! 先生、あたしにもちょうだい!」
「わぁ、慌てないで! ちゃんとみんなの分も用意してあるよ! この指輪は僕から卒業記念だからね!」
マッドは思っていた。
この指輪が壊れる頃には、子供たちもきっと立派になっていることだろう。
そしてその傍らには、自分なんかよりも、もっと素敵なパートナーがいることだろう、と……。
指輪の光る手を何度も振りながら、学校から去っていく教え子たち。
マッドは校門でいつまでもいつまでも見送っていたが、その背後に、粘つくような手がポンと置かれた。
「今回も6年間、ご苦労だったねマッド先生」
「あ……イソギン校長」
12年前の剣術大会以来、イソギン校長はマッドの指導方針を特例として認めざるを得なくなっていた。
なにせギルドの広報誌にデカデカと載り、保護者たちに見られてしまったのだから。
それまで批判一色だった保護者たちは手のひらを返し、マッドを褒めたたえる。
他クラスの保護者たちは1年B組に編入させてほしいと校長に詰め寄り、それをなだめるという毎日がしばらく続いたほどだった。
イソギン校長は水面下で、マッドの剣術大会優勝を上回る功績を画策し、他の教師たちに実行させていた。
しかし、そのすべてが失敗。
校長は表向きは良好な関係を装いながらも、裏ではマッドを抹殺したくてたまらなかったのだが……。
そんな殺意も時間とともに消えていったのか、イソギンはぬめりのありそうな穏やかな笑顔で言う。
「マッド先生、キミを上級職として推薦したいという声があるんだが」
上級職というのは、下級職とよばれる一般職の、さらにワンランク上の存在のこと。
戦士ならば騎士や勇者、魔術師ならば賢者やアーチメイジなどがそれにあたる。
なれる者の数は国ごと、そしてギルドごとの割り当て制となっており、王族やギルドの上層部からの推薦があって初めてなれるものであった。
「えっ、上級職ですか?」
それはマッドにとっては、寝耳に水の提案だった。
なぜならば上級職というのは推薦という性質上、常に上流階級の者たちが独占している。
マッドのような、何の後ろ盾もない一介の小学校教師には雲の上の事だったからだ。
マッドは一も二もなく校長からの申し出を受け入れる。
生徒たちを送り出したその足で、上級職の授与が行なわれる街の大聖堂へと向かう。
マッドの足取りは羽根のように軽かった。
「僕の職業はレンジャーだから、フォレストマスターとかになれるのかな!?
もしかして、ニンジャになれたりして……!?
ニンジャだったら、次に受け持つ子供たちから大人気になるのは間違いないよね!」
そしてマッドを天にも昇らんばかりの心地にしていた理由は、もうひとつあった。
それは誰も知らない、彼だけが秘めた想い。
――イソギン校長が、ついに僕のことを認めてくれた……!
ずっと目の敵にされていた校長が、上級職に推薦してくれた。
それはマッドにとって、生徒たちを送り出すのに等しい万感の思いでもあった。
「やっと……やっと校長が、僕と仲良くしてくれた……!」
嫌がらせをされ続けた12年間。
でもそのわだかまりがようやく溶け、雪解け水のようにこみあげてきて、マッドの頬を濡らしていた。




