19 滴り堕ちる
19 滴り堕ちる
聖教司女の一言で、警備役の武闘聖女たちが祭壇にあがり、ハメリアを取り押さえる。
引きずられながら退場していくハメリアは、殺虫剤をかけられクモのように四肢をのたうたせて暴れていた。
「ぎゃああっ!? ご、誤解です、聖教司女様! 私は悪くありませんっ! 私はっ、私わぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」
小さくなっていく絶叫。
聖教司女はかつての部下にはもう目もくれず、ピュリアの前でしゃがみこんでいた。
無我夢中で祈りを捧げていたピュリアは、まわりでなにが起こったのかまったく気付いていない。
聖教司女に手を取られて我に返ると、いまだに自分の首が繋がっているのが不思議でたまらなそうにしていた。
女神像をバックに、聖教司女はまさしく女神のように少女に微笑みかける。
「ピュリア……。今日からこの街の大聖女として、あなたを任命します」
「えっ……えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ピュリアの悲鳴は、天使が慌てているように微笑ましかった。
あたふたする少女に、どっと笑い声が起こる。
観衆たちはみな、幼くも新しい大聖女を歓迎していた。
巻き起こるピュリアコール。
ピュリアは戸惑いながらも聖教司女に手を取られて立ち上がり、周囲に向かってぺこぺこ頭を下げている。
その横顔を、聖教司女は心の中で舌なめずりしながら見つめていた。
この聖教司女にとって、事実や正誤などはどうでも良いことであった。
本来であれば、『逆さ女神』の首謀者をつき止めるために調査するべきなのだが、彼女はそれすらも時間のムダだと思っていた。
なぜならば、彼女の判断基準は『いかに信者たちの支持を得られるか』であったから。
そのため今回の一件においても、彼女は聖堂にいる観衆の反応を見て沙汰を下した。
当初は、ハメリアがピュリアの首を落とすのを静観し、沸き立つ観衆の支持を得るつもりでいた。
要は、最後に美味しいところをかっさらうつもりだったのだが……。
謎のささやきによって情勢が一変し、民衆の興味はピュリアに移る。
同時に彼女も手のひらを返し、その人気に乗っかった。
純白のローブの中に、カメレオンのように変化する心を隠し持つ女……。
それが聖教司女であった……!
彼女は今、ピュリアとともに大喝采を浴びている。
もはや片腕のようにピュリアを寄り添わせ、その肩を抱いていた。
――このピュリアとかいう娘は、ハメリアよりもずっと民衆どもに受け入れられるだろう……!
ツギハギだらけで敬虔な聖女なんて、いかにもバカにバカ受けしそうじゃないか……!
しかも扱いやすそうで、いい駒ときてる……!
これからさんざん使い倒して、私の出世のために働いてもらうよ……!
この娘の正体が邪教の使徒だったとしても、何ら構いはしない……!
その時はその時で、今度こそ本当に首を切り落としてやるだけのことさ……!
しかし、彼女はまだ気付いていなかった。
自分が重用した少女が、邪教の使徒どころか、死神の使い魔であることを。
――いい駒を手にいれたつもりでいるようだが……。
残念だったな、ソイツは俺の駒なんだ。
それに、お前さんはよっぽど信者の人気に餓えてるようだな……。
みなしごあがりのガキを、二階級特進させるだなんてよ……。
おかげで、また一歩近づけたぜ……。
いや……お前らのボスである聖皇女が、また一歩、絞首台の階段を昇ったというべきかな……。
すべては……もくろみ通り……!
純白と光、そして笑顔と慈愛に満ちた空間。
そのただ中に、薄汚れた肌にボロ布をまとう男がいた。
黒いシミのように、その場にもっとも似つかわしくない存在の彼。
やがて観衆をぬって、聖堂をあとにする。
女神に背を向ける彼の後ろからは、聖教司女の輝かしい声が響きわたっていた。
「私たち聖女に必要なのは、高級なローブや家柄、ましてや権力者の支持などでは決してありません!
ルミナレルム様の前では、すべてが平等……!
女神を信じる清らかな心さえあれば、誰もが認められるのです! そう、このピュリアのように!」
聖教司女の演説には、誰もが神の平等を信じて疑わなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自らのローブで『逆さ女神』を讃えたとされるハメリアには、裁判にて極刑が言い渡される。
事実関係の調査など、ほぼ行なわれないまま下されたスピード判決であった。
聖教司女の鶴の一声があり、それをさらに民意が後押ししたからである。
さらに、聖女が神聖なる聖堂で邪教を崇めるなどとは言語道断ということで、極刑のなかでも極刑とされる、街の広場での斬首刑に処せられた。
処刑当日、広場には多くの観衆が詰めかける。
美しいローブを剥ぎ取られ、ボロ布一枚となったみずぼらしいハメリアに、人々は石や汚物、そして罵詈雑言を投げつける。
斬首台にかけられたハメリアは、わけもわからず喚いていた。
「な……なんで……なんでこんなことになったのぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!?」
すべては誤解なの! 私は、本当になにもしていないのっ!
なにもしてないのに、こんな事になって……!
気付いたら、すべてを奪われちゃって……!
お……お願い! せめて、私の話を聞いて! お願いだから、お願いだからぁ!!」
とうとう彼女は涙をボロボロと流し、命乞いをはじめる。
「誰か……誰か助けてぇ! 死にたくないっ! 死にたくないよぉっ!
もう、そこのホームレスでもいい! 誰でもいい! 誰でもいいから助けてよぉ!」
枷の中から手を伸ばし、彼女が最後にすがったのは……。
観衆の最前列にいる、ボロ布の男であった。
その男の片手からは、なにかがぶら下がっている。
風に揺れた拍子に陽光を受け、それはキラキラと輝いていた。
「それは、プラチナの糸……!?」
固定されて自由のきかない首をなんとか動かし、男の顔を見やる。
「あ……あなたは……ま……まさかっ……!?」
――お……穏者っ……!?
その言葉は驚きのあまり、声にはならなかった。
しかしハメリアは残されたすべての力を振り絞り、全身全霊をもって叫ぶ。
「そ……その男! その男を捕まえてぇ! そいつが……そいつが、すべての首謀者なのっ!
私を邪教徒にしたてあげた張本人なのよぉ!」
かつては多くの人々から敬われ、その言葉は絶対とされるほどの扱いを受けていた。
しかし今は、声を失うほどに訴えても、もう誰の耳にも届かない。
それでも狂ったように泣き叫ぶハメリア。
もう自分の声が出ているのかもわからない。
耳にはなんの音も届かず、甲高い金属音だけが鳴り渡っている。
しかし、穏者と呼んだ男の口が、こう動いていたのだけは、はっきりと目にしていた。
これで、わかったか……!
一方的に破滅させられる者の気持ちが……!
さあっ、滴り堕ちろっ……!
その死神のような姿が、網膜に焼き付いて離れなくなる。
瞼を閉じてもなお、耳を塞ごうとしてもなお、五感を責め苛む。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
……どばっ!
目と鼻と口、そして耳からどす赤い液体が噴き出す。
とうとう精神にまで異常をきたし、幼子に戻ったかのように泣きじゃくった。
……ドスッ!
断たれたような音とともに、処刑台から弾んで落ちる。
べしゃ、ぐちゃ、と腐った果実のような音をたてて、最前列にいた男の足元まで転がっていく。
彼女が最後に見たのは、斬首台の刃よりも高く振り上げられたもの。
この世の邪悪がすべて詰まったような、黒く汚れた足の裏だった。




