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18 謎のささやき

18 謎のささやき


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 観客席は、まさに悪魔が降臨したかのように、一気にパニックに陥る。

 遅まきながら自分の袖にとんでもないものが浮かんでいることに気付き、ハメリアは光よりも真っ白になっていた。


「これは……どういうことだっ!?」


 聖教司女が憤怒とともに立ち上がり、ステージの中央にいるハメリアに詰めよっていく。

 ハメリアはすっかり気が動転しており、口の端から泡を吹きながらあたりを見回していた。


 とっさに目に入った少女を指さし、鬼の首を取ったかのように、いや、鬼そのもののように喚き散らす。


「せ……聖教司女様! あ……あの女! あの女です!

 あの女は私のローブの洗濯係なのですが、その立場を利用して、こっそり逆さ女神の刺繍をしたんです!」


 ……バッ! とスポットライトのような光が集まったのは、ツギハギだらけのローブの少女、ピュリアであった。

 彼女は後ろにいた聖女たちに力いっぱい突き飛ばされ、「きゃっ!?」とステージの真ん中に飛び出て倒れ込む。


 ピュリアがおそるおそる顔をあげると、青鬼と赤鬼のような、ふたりの名のある聖女が見下ろしていた。


「その、みすぼらしい格好……! お前は聖少女だな!? 聖少女なら、邪神に魂を奪われるのも無理はない……!」


「ピュリアよ……! せっかく私が目を掛けてやっていたというのに、私を罠に嵌めようとするだなんて……! このっ、恩知らずが……!」


 ピュリアは膝を折り、ステージに奥にある女神像に向かって祈りを捧げた。


「は……はい……! これは、わたくしの罪です……!

 わたくしは洗濯係として大聖女様のローブに触れておきながら、袖の刺繍に気付きませんでした……!

 どうか、このわたくしを罰してください……!」


 気付かないのも当然である。

 刺繍は袖の裏側に施されているうえに、プラチナの糸が使われているのだ。

 白い布地にプラチナの糸で刺繍すると、普段はまったく見えないほどに目立たないのだが、光を受けると派手に浮かび上がるようになる。


 普通の人間ならば弁解を繰り広げたり、なんとかして他人に罪をなすりつけようとするのだが、ピュリアは反論もせず、ひたすらに己を責め立てた。

 そんな自己犠牲にあふれる人間はこの世界にはいないので、彼女の罪はいよいよ確定的となる。

 観衆はすっかり、ピュリアを邪教徒として扱っていた。


「ひ……ひでぇ女だ! よりにもよって大聖女様を邪教徒に仕立てあげようとするだなんて!」


「逆さ女神は書くだけでも重罪だ! それも聖女のローブに刺繍するだなんて、許せない!」


「あんな女、聖女じゃない! こ……殺せっ! 殺せぇぇぇぇぇーーーーっ!!」


 巻き起こる「殺せ」コール。

 ハメリアはなぜ自分のローブに逆さ女神の刺繍があったのかはわからなかったが、ともかく窮地を逃れたのでホッとしていた。

 血の気の戻った顔と、サディスティックな表情でピュリアを見下ろす。


「悪魔め……! この私の手で、首を斬り落としてくれるわ……!」


 他の聖女から渡された儀式用の長剣を引き抜くと、観衆のボルテージは一気に最高潮に達する。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 揺れる大歓声のなか、ピュリアは首をもたげて差し出していた。


「どなたかの罪が、これで赦されるのであれば……わたくしは、喜んで地獄へとまいります……」


 その白いうなじに、冷たい刃たい押し当てられる。

 しん……と静まり返る聖堂。


 その瞬間を待っていたかのように、風のような声が吹き抜けた。


『……逆さ女神の刺繍は、プラチナの糸でなされていた……。

 ツギハギだらけのローブを着ている聖女に、そんな最高級の糸を使った刺繍をするだけの金があるのかねぇ……?』


 その声はささやくようだったが、不思議とその場にいる全ての者たちに響き渡る。

 誰かがふと、つぶやいた。


「言われてみれば、確かに……」


「プラチナの糸って、たった1メートルで金貨1枚もするんだろ……?」


「それにプラチナの刺繍ともなると、針も特別なものを使うそうじゃねぇか……」


「あんな見るからに貧乏そうな娘に、そんな金を用意できるとは思えねぇよなぁ……」


「ってことは、あのピュリアとかいう娘の言ってることが本当で、刺繍に気付かなかったってことか……?」


 謎のささやきによって、観衆たちの気持ちにさざ波がおこりつつあった。


 ハメリアは当初、ピュリアが命乞いをするのを狙っていた。

 剣を首筋に押し当てて脅してやれば、悪魔のような本性を現すだろうと思っていた。


 そのうえで首を跳ね飛ばしてやれば、ハメリアの人気はうなぎのぼり。

 ピンチを出世のチャンスに変えられるだろうと思っていたのだが……。


 しかしピュリアは恐怖に震えてはいるものの、どれだけ脅しても聖女の仮面を剥ぎ取らなかった。

 ただひたすらに、「どうかわたくしを、罰してください……」と祈りを捧げ続けるのみ。


 そのひたむきな姿が、観衆の心をついに捉えた。


「あの娘は、本当は罪を犯してはいないんだ! それなのに、自分をああやって罰しようとしているんだ!」


「な……なんてこった……! 俺たちはとんでもねぇ思い違いをしてた……!」


「大聖女様の奇麗なローブに騙されてかけたけど、あのツギハギだらけの聖女こそ、本物の聖女様じゃねぇか……!」


「ぴゅ……ピュリア様! ピュリアさまーーーっ!」


「あなた様の慈愛、そして自己犠牲に、目が醒めました!」


「愚かなのは私たちでした! あなた様こそ、聖女のなかの聖女様です!」


 ピュリアへの暴言は疑惑へと変わり、さらには賞賛へと塗り替えられていく。

 風向きが変わっていくのを感じ取ったハメリアは焦った。


 自分が浴びるはずだった一発逆転の歓声を、まさか横取りされるとは。

 ハメリアはもはやなりふり構っていられなくなり、焦らすのをやめて剣を振り上げた。


 ……ガッ! とその手が掴まれる。


「じゃ……邪魔するなっ!」


 憎悪に満ちた表情で振り返ったハメリアが見たものは、氷像のように冷徹なる表情の聖教司女であった。


「……恥を知りなさい……!」


 吹雪のような一喝に、騒然としていた堂内がまた静まり返る。

 聖教司女は、堂内の奥にある女神像を見上げながら続けた。


「この世にあまねくすべての罪は、自らが招いたものだと思いなさい……。

 その罰を受けるのです……右の頬を打たれたら、左の心臓を差し出しなさい……。

 これは誰もが知っている、女神ルミナレルム様の教えです」


 そして、今なお祈りを捧げる少女に視線を落とす。


「ピュリアは、その教えを守り通しました。

 悪魔に魂を売ったハメリアの罪までもを、自らの心臓によって償おうとしたのです」


 ハメリアは慌てて反論する。


「お、お待ちください、聖教司女様! 私は悪魔に魂など……!」


「お黙りなさい! プラチナの糸がなによりもの証拠です!

 お前は密かにローブの裏地に『逆さ女神』を刺繍し、女神ルミナレルム様を侮辱していたのでしょう!

 心の中では聖女たちをあざ笑い、信者たちを悪魔の道に引きずり込もうとしていたのでしょう!

 しかし他の者たちは欺けても、私の目は欺けません!」


 聖教司女様はハメリアに向かって、バッと手をかざす。


「悪魔ハメリア! お前への沙汰は、追って言い渡す! 引っ立てなさい!」


「げっ……げぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 もはやハメリアは、悲鳴までもが悪魔のように落ちぶれていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マッドうしようもないですな、ハメリアさん。
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