15 這いよるもの
15 這いよるもの
「それではマッド先生、そろそろ失礼させていただきます」
公園の草原に正座していたピュリアは土下座するように頭を下げ、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、またな。今日はこのまま聖堂に帰るのか?」
「いいえ。いくつかお使いを頼まれておりますので、それを終えてから戻りたいと思っております」
「そうか、気をつけてな」
「はい、それでは失礼させていただきます。今日は素敵なものをありがとうござました」
また深々と一礼してから、ピュリアは公園をあとにする。
彼女は頼まれたお使いをこなしている間も、もらった洗剤を宝物のようにしっかり握り締めていた。
昼過ぎに聖堂に戻ったピュリアは、自身の仕事場である裏庭の洗濯場に向かう。
すると「ぎょえー!」と絶叫が聞こえてくる。
何事かと急いで声のほうに駆けつけてみると、そこには大聖女ハメリアと、彼女の付き人である正聖女がいた。
洗濯場でハメリアが、泡まみれになった正聖女の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶっているところだった。
「私のローブを汚すだなんて! しかも洗ってもぜんぜん落ちないだなんて! なんたることをしてくれたのですか!」
ハメリアは怒りのあまり、とうとう正聖女の首を絞めはじめた。
「このローブは二着とないものなのです! 明日の会合に着ていくつもりだったのに、どうしてくれるのですか!?
この失敗ばかりは許されるものではありません! 命をもって償いなさい! きぃぃぃ~~~っ!!」
顔がどんどん紫色になっていく正聖女は、ピュリアを指さし懸命に叫ぶ。
「がはっ! そ、ソイツです! そこにいるピュリアが汚したんです! わ、私は見ました!」
ここぞとばかりにまわりにいた聖女たちも加勢する。
「そ……そうです! 私たちも見ました! 正聖女様は悪くありません! ピュリアが全部悪いんです!」
「は……はい?」
何のことだかさっぱりわからず、戸惑うピュリア。
ハメリアのそばにあった洗濯桶の中を覗き込んでみると、そこには上等な絹のローブが浸けられている。
それはハメリアの正装時のローブだったのだが、鮮血のようなものがぶちまけられ、見るも無惨に汚れていた。
ピュリアの顔がサッと青くなる。
「わ……わたくしを罰して正聖女様が赦されるのであれば、わたくしは喜んで罰をお受けいたします!
でも今は、このお召し物の汚れを落とすのが先です!
汚れというのは時間がたてばたつほど、落ちにくくなりますので!
このままでは、大聖女様の素晴らしいお召し物が、台無しになってしまいます!」
すぐさま洗濯桶に跪くピュリア。
手にしていた洗剤を追い足しして、ローブのこすり洗いを始めた。
周囲の聖女たちは「わざとらしい!」と批難する。
「あんたが汚したくせに、なに言ってんのよ!」
「そうそう、それに落ちないことも知ってるんでしょう!?」
「私たちは聖女は汚れを落とすスキルがあるけど、正聖女様が何時間もやって落ちないものが、あんたがやって落ちるわけないじゃない!」
「そうそう、あんたみたいなニセ聖女が……」
その言葉は少しずつ薄れていく。
目の前で起こっている奇跡に、声を奪われていくかのように。
なんと、正聖女ですら歯が立たなかった汚れが、みるみるうちに消え去り、ウソのように桶の水に溶けていったのだ。
「えっ……えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
これにはハメリアも仰天。
驚く聖女たちをよそに、ピュリアはホッとひと息。
額の汗も拭わず、バシャッとローブを桶からあげると、天使のような笑顔とともに広げてみせた。
「よ……よかった……! なんとか汚れが落ちました……!」
ハメリアは大感激。
「まっ……まぁぁぁぁぁ~~~~っ!?!? ピュリアさんに、まさかこんな素晴らしい才能があっただなんて!
女神ルミナレルム様もおっしゃっています! 心の清らかな者ほど、汚れを落とすと……!
私の目に、狂いはありませんでした! ピュリアさん、あなたを今日から、私のローブの洗濯係に任命します!」
大聖女のローブは尊いものとされ、この聖堂でも大聖女の側近と呼べる聖女しか触れることができなかった。
洗濯も、付き人である正聖女が行なっていたのだが、ピュリアはその重責を任されることとなったのだ。
これは異例の大抜擢で、言うなれば出世の早馬に乗ったも同然である。
「そ、そんな……」
お役御免となった正聖女は呆然としている。
彼女は要らなくなった人形のように、他の聖女たちから突き飛ばされていた。
さっそく、ニセ聖女たちの手のひら返しが始まる。
「ぴゅ……ピュリア様! さすがです!」
「私はあなたこそが、大聖女様の付き人にふさわしい方だと思っておりました!」
「ピュリア様の偉大さを学ぶため、ピュリア様のローブは私たちに洗濯させてください!」
ピュリアは今まで生きてきて、チヤホヤされたことがなど一度も無かった。
彼女くらいの美少女であれば、その気になれば男にチヤホヤされるのは簡単なのだが、彼女は男が苦手だったので一度もそんな経験がない。
そして特に同性は敵に回しやすいタイプであった。
そのためピュリアは、愛想笑いに揉み手をする聖女たちに囲まれただけで、まるでやさしい誘拐犯に包囲されたかのように、「えっえっえっ?」と取り乱している。
聖堂は、清らかなる乙女である聖女たちの住まいでもあるので、生活空間については男子禁制。
この裏庭も、武闘聖女と呼ばれる手練れの女性たちによって警備されている。
本来ならばこの茶番も、聖女以外の人間が知ることはできないはずなのだが、遠巻きに見守る男がひとりだけいた。
彼は茂みと同化しているようなボロ布をまとっており、その手には空になった小瓶が。
――もくろみ通り……!
これでまた一歩、這い寄ったぜ……!




