14 準聖女ピュリア
14 準聖女ピュリア
大聖女ハメリア。
『フィロソファーズ・レイヴ』の聖女ギルドに属しており、かつて上級職の授与において、マッドに穏者を与えた者のうちのひとりである。
そしてマッドの復讐において、最初に抹殺すべき人物であった。
しかし、ホームレス以下となってしまったマッドにとっては、近づくことすらもできないほどの遠い存在。
――だが、ついにヤツの背中を捉えることができたぜ……!
ヤツはこの俺が、すぐ後ろにいることなど、まるで気付いていない……!
さぁ、少しずつ、這いよらせてもらうとするか……!
そして、取り憑いてやる……! 死神としてな……!
すでに死神が真後ろに立っているとも知らず、ハメリアはご機嫌であった。
ウキウキと聖堂の裏口から庭へと出ると、手入れされた草花と、かいがいしく働く聖女たちが迎えてくれる。
聖女たちは洗濯物を干す手を止め、「あっ、ハメリア様!」と一斉に頭を下げた。
ハメリアは満足そうにニッコリ微笑んで尋ねる。
「ピュリアさんは、どちらかしら?」
「ま、またピュリアがなにかやったんですね!? すぐに連れてまいります!」
この聖堂で働く聖女たちは、普段の失敗をすべてピュリアになすりつけていた。
ピュリアはいちばん下っ端なのと、ピュリアは自分に関係ないことでも猛省する性格だったので、都合が良かったのだ。
しばらくして、洗濯物のカーテンを破るようにしてピュリアが乱暴にひったてられてくる。
聖女たちの手によって、ハメリアの前に跪かされていた。
「どうぞハメリア様! この役立たずのピュリアが何をしでかしたかは知りませんが、今日という今日は我慢の限界ですよね!?
さぁ、どうぞ煮るなり焼くなりお好きになさってください!」
罪人のような酷い扱いをされているというのに、ピュリアは文句ひとつ言わない。
「わ……わたくしが責められることで、ひとつの罪が赦されるのであれば、こんなに喜ばしいことはありません。
どうぞ、存分にわたくしを罰してください」
長い髪の毛を垂らし、斬首台に掛けられるように首を差し出すピュリア。
ハメリアはしゃがみこむと、ピュリアの頬に手をあて、そっと上を向かせた。
「ピュリアさん、あなたはやっぱり私の見込んだ通りの聖女でした。
今日からあなたを『準聖女』として、この聖堂に正式に迎え入れましょう」
「えっ……えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
大聖女から下された辞令に、周囲の聖女だけでなく、ピュリアも目を丸くして驚いていた。
「わ……わたくしが、聖女に……? ほ……ほんとう、です、か……?」
「もちろん」と微笑む大聖女。
「あなたの慈愛を、女神ルミナレルム様はちゃんと見ておられますよ。
これからもその慈愛で、私を支えていってちょうだいね」
「は……はいっ! ありがとうございます、ハメリア様!」
ハメリアが立ち去ったあと、ピュリアは感極まって泣き出してしまう。
それまで彼女を虐げてきた先輩聖女たちは、揃って舌打ちをしていた。
「チッ! なんでコイツが私たちと同じ、準聖女に……!」
「なーに、また不始末を適当におっかぶせてやりゃ、すぐにハメリア様も愛想を尽かして降格させるさ」
しかし先輩聖女たちの思惑は大いに外れてしまう。
自分たちがしでかしたミスを、その場に居合わせたピュリアになすりつけても、ハメリアは聞いてくれなかった。
「あなたたち、ピュリアさんは罪もないのに罰を申し出ています!
それなのに、本当に罪を犯したあなたたちが黙っているだなんて、恥ずかしくはないのですか!」
ハメリアもさんざん他の聖女に罪をなすりつけてのしあがってきたタイプなので、不祥事の犯人を見抜くことはお手の物だった。
今まではピュリアには何の後ろ盾もなかったので、ハメリアも心おきなく無罪のピュリアを罰していたのだが……。
しかし今のピュリアにそれはできない。
なぜならば彼女の背後には、白銀ともいえる後ろ盾があったからだ。
そう、ブライト家……!
ブライト家の次期当主であるクララから、ピュリアを聖女として推薦する伝書が届いたのだ。
ブライト家は、ブルーイン家の息がかかっているこの街の聖堂とは距離を置いていた。
しかし次期当主となってからは、その方向転換が行なわれるのだろうとハメリアは思っていた。
「金のブルーイン家と、銀のブライト家! ふたつの騎士の名門からの支持が得られたら、私の出世も夢ではないわぁ!」
ハメリアは気付いていない。
いま目の前にチラついているのが、水銀入りの毒餌であることを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
聖女になれたピュリアは、このことを誰よりも早くマッドに報告した。
「マッド先生! 本当に、マッド先生がおっしゃっていたように、聖女になれました! 本当に、夢みたいです!」
しかし彼女はまだ、ツギハギだらけのローブを着ていた。
本来ならば正式な聖女となったのでローブが支給されるのだが、「わたくしはまだ未熟者ですから」と彼女自身が断っていたのだ。
もし正式な聖女のローブを着ていたら、彼女の可憐さは限界突破して大変なことになっていたであろう。
しかし彼女は自分の美しさなど、これっぽっちも気付いていない。
美しさにおいては対極ともいえる存在に、これでもかと平伏していた。
「そして申し訳ありませんでした! わたくしはマッド先生のおっしゃったことを、疑ってしまったのです!
本当に、本当に申し訳ありませんでした! もう二度と、マッド先生のおっしゃることは疑わないと誓います!」
ひとりで大騒ぎしているピュリアの前に、青い液体が入った小瓶が突きつけられた。
「なんでしょうか、これは……?」
「強力な洗剤だよ」とマッド。
「ピュリア、お前はこれからも聖女たちのローブを洗濯するんだろう?」
ピュリアは「はいっ!」と目を輝かせる。
「お洗濯は大好きですので、引き続きさせていただけることになりました!」
「良かったな。で、大聖女のローブも洗濯させてもらえるようになったのか?」
「いいえ、それはあまりにも怖れ多いです!」と恐縮するピュリア。
「大聖女様のローブはとても高価でシワひとつ付けてはなりませんので、専属である正聖女の方以外は、触れることも許されておりません」
「そうか、それはそれとして、どうしても落ちないガンコな汚れがでてきたら、その洗剤を使うといい」
「ありがとうございます。そういえばマッド先生は、わたくしたちをお教えくださっていたときに、洗剤もお作りになられていたのですよね」
「ああ。めいっぱい工作をすると、教室も体育館もメチャクチャに汚れるからな。
少しでも汚れを残すと校長にどやされてたから、汚れ落ちのいい洗剤を自作してたんだ」
「そういえば、マッド先生の洗剤を使ってお掃除したら、教室も体育館もピカピカになっていましたね。
そんなすごい洗剤を頂いてもよろしいのですか?」
「気にするな。材料はすべて拾ったり採取したものだからタダだしな」
ピュリアはふと、マッドが手のなかで弄んでいたもうひとつの小瓶に気付く。
「そちらの赤い液体の入った小瓶も、マッド先生がお作りになられたのですか?」
「ああ、でもこっちは洗剤じゃない。塗料だよ。ちょっと、染め物でもしようと思ってな」




