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12 本当の愛

12 本当の愛


 手紙の中身を読んだバッソ。

 安息の我が家に帰ってきたというのに、ひと息もつかず、息も荒く息子の部屋へと押し入っていた。


「ラスク! なんだこの手紙は!?」


「あっ!? 父上!? なぜそれを!? それに、人の手紙を勝手に読むだなんて……!」


「黙れっ! 少々の女遊びは男の甲斐性だと思い、このワシも目をつぶってきた!

 だが、メイドごときにうつつを抜かすなどとは!」


「メイドごときですって!? ピュリアは僕の運命の人なんです!

 その手紙にもあるように、僕はピュリアを妻に迎えるつもりでいます!」


「ならん! 聞けばあのメイドは聖女くずれのみなし子だそうではないか!

 我がブライト家は血筋を重んじる! 結婚するならそれに見合うだけの家柄の女でなくてはならん!

 我が一族の名誉と財産目当ての、害虫のような女を妻にすることは断じて許さんぞ!」


「そ……そんな! 父上、ピュリアは……!」


「黙れっ! 話は終わりだ! わかったか!」


 バッソは即日、ピュリアを解雇。

 ラスクとの別れの言葉も許さず、というかピュリア的には赤の他人なので、特にラスクと言葉も交わすこともなく、ブライト家の屋敷を去る。


 そのまままっすぐマッドのいる公園にやってき彼女は、芝生に三つ指をついてぺこりと頭を下げた。


「すみません、マッド先生。たった今、メイドさんを辞めさせられてしまいました……。

 わたくしは一生懸命、お掃除やお洗濯をさせていただいたのですが、至らなかったようで……。

 本当に、本当に、申し訳ありません……!」


 ピュリアはクビになった原因を、自分の戦力不足だと思い込んでいた。

 そしてそれ以上に、マッドの役に立てなかったことを悔いているようだった。


 悲しそうに伏せたまま教え子の頭に、マッドはぽんと手を置いた。


「大丈夫、お前はよくやった。失敗なんかじゃない、成功だ」


「そんな……わたくしは辞めさせられてしまったのですよ? それなのに、成功だなんて……」


「いや、全てはうまくいっている。お前は今日から聖堂に戻って、以前のように『聖少女』として働くんだ。

 しばらくしたら、お前は『準聖女』になれる。見習いじゃなく、本物の聖女の仲間入りだ」


「えっ? わたくしがしたことといえば、メイドさんとして働いて、マッド先生のお手紙をお届けしただけです。

 聖女としてぜんぜん関係ないことをしていたのに、聖女になれるのですか……?」


「ああ、俺を信じろ。今まで俺が言ったことで、一度でも間違ったことがあったか?」


 ピュリアにとってはマッドの言うことは絶対で、全面的に信頼を寄せている。

 その恩師が聖女になれると断言しているのだから、本来は喜ぶべきなのだが、いくらなんでも今回のことは首を傾げざるをえなかった。


 メイドになれば、聖女になれる……。

 それはまるで、風が吹けば桶屋が儲かるような、想像すらもできないような話の繋がりだったからだ。


 ピュリアは半信半疑のまま、聖女としての日常に戻っていった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ピュリアがいなくなったラスクは、リバウンドのように女遊びがさらに酷くなっていた。

 まるで横暴な父親に無言の抗議をするかのように、失恋で負った深手を消毒するかのように、連日女たちとともに、浴びるように酒を飲んでいた。


 その日も朝帰りで、夜明け前の街中を、千鳥足のままフラフラと通りを歩いて屋敷に戻る。

 自室のベッドに倒れ込んで、ズボンを脱ごうとしたところで、ポケットになにかが入っているのに気付いた。


 手を突っ込んで取り出してみると、酔いは一瞬にして醒めてしまう。

 それはなんと、忘れたくても忘れられない、ピンク色の封筒……!


 ラスクはピュリアがいなくなったあとも、やりとりした手紙は大切に保管しており、時折見返してはため息をつくほどであった。

 そんな、未だに忘れられられない女からの最新のレターに、ラスクの鼓動は瞬間的に最高潮に達する。


 震える手で急いで、しかし破らないように丁寧に封を開く。

 そこには、涙が出るほど懐かしい丁寧な文字と、心が洗われるほどに清らかで健気な文章があった。


 さらに内容のほうは、ラスクの今の気持ちと同調するかのように情熱的であった。



 ラスク様、わたくしは今でもあなた様のことが忘れられません。

 思えばあなた様とお会いしたときから、わたくしのハートはあなた様に射貫かれてしまいました。

 その矢がまだ残っているばかりか、薔薇のように燃え出し、わたしの身を焦がしているのです。


 わたくしは異国の地へと旅立つ決意をいたしました。

 敵わぬ恋のそばにいるくらいなら、いっそのこと、あなた様のいない地で生きていくことにいたします。


 わたくしは明日の早朝、街の港から出る船で旅立ちます。

 異国の地でお星様に祈りを捧げ、あなた様の幸せを願って生きてまいりたいと思います。


 最後に、お別れにこのような形で、あなた様のズボンのポケットに、この手紙を忍ばせたことをお許しください。



 瞬間、ラスクはベッドから跳ね起きていた。

 クローゼットからトランクを取り出すと、手当たり次第に服を突っ込む。


 部屋にあった金目のものもすべて突っ込み、部屋を転がり出る。

 庭の厩舎にあった馬にまたがると、門を破る勢いで屋敷から飛び出していく。


「ぼ……僕がバカだった……! 僕はもう、父上の言いなりなんかならない!

 金も、権力も、地位も、名誉もいらないっ! ピュリア! 僕に必要なのはキミだけなんだ!」


 人は、当たり前のようにあるものにありがたみを感じない。

 毎日食べる最高級のステーキよりも、初めて味わうワンコインの牛丼のほうが美味だと錯覚する。


 愛は阻まれるほどに燃え上がり、それこそが何よりも素晴らしいものだと錯覚してしまう。


 そして人は純愛に酔う。

 手すら握ったこともない女に、全てを捧げる……それこそが本当の愛だと、ラスクは思い込んでいた。


「ぴゅ……ピュリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 街の港に着くなり、ラスクはそこが世界の中心であるかのように叫ぶ。

 しかし、想い人の姿はどこにもない。


 当然である。当のピュリアは、この坊ちゃんにここまで想われているとも知らず、今は普通に聖堂で寝ているのだから。

 それでも、この坊ちゃんの到来を待ちわびていた者が、この港にはいた。

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