11 愛を編む
11 愛を編む
マッドはピュリアに命じ、聖少女を一時休職させた。
さらにクララに頼みこんで、ピュリアをメイドとしてブライト家に送り込む。
マッドはピュリアにこう命じていた。
「ピュリア、お前は真面目だから、屋敷でもしっかり働くことだろう。
そして男に言い寄られるだろうが、相手にせず、いつもみたいに逃げておけ。
なかにはクビにするぞと脅すヤツも出てくるが、そんなのはぜんぶ無視しておけ、いいな?」
ピュリアはその『師の教え』に従い、誰よりも一生懸命働く。
彼女は、聖女のときはいつもウィンプルをかぶっていたのだが、メイドになってからはそれがカチューシャに変わった。
顔を隠すものが無くなってしまい、その清楚な美貌のせいで屋敷じゅうの男に言い寄られはじめる。
それは、次期当主であるラスクも例外ではなかった。
「ああ、お前が新しく来たメイドだな。ふん、なかなかじゃないか。これからこの僕と飲みに……」
ピュリアは無言のままラスクに一礼すると、長い髪を翻す勢いで背を向け、モップといっしょにピャッと逃げ去っていく。
ラスクは最初は照れているだけだろうと思い、それからも何度も声をかけたのだが、取り付く島もないほどに逃げられていた。
「おいっ、ピュリア! 今日という今日はこの僕と……待てっ! 逃げたらクビにするぞっ!」
しかしピュリアはマッドの教えを守り、自分を貫き続けた。
そして一ヶ月後。
ピュリアはマッドと出会い、マッドとの待ち合わせ場所にもなっている公園に、息を切らしてやって来る。
「マッド先生、お待たせいたしました! 今日、お給金を頂きました! それも、こんなにたくさん!」
彼女の両手には、山盛りの銀貨。
メイドの給金にしては多すぎるが、それだけ彼女がラスクに気に入られているのがひと目でわかった。
「これだけあればしばらくの間、食べるものや着るものに不自由しなくなります! どうぞ!」
それが当然であるかのように、全額差し出してくるピュリア。
その手を「いや」と黒い手で遮るマッド。
「俺は金なんかいらん、お前が持っておけ。聖女になったらその金が役に立つ時も来るはずだからな」
するとピュリアは「えっ?」とさも意外そうな顔をする。
「マッド先生はお金が必要で、わたくしをメイドとして働かせてくださったのではないのですか……?」
「金が必要なら、同じ働かせるにしてもメイドなんてやらせねぇよ。
お前の身体がありゃ……と、そんなことより次の教えだ。
まずはその金で、レターセットとペンを買ってこい。
あ、レターセットはかわいい見た目のやつな」
「かしこまりました!」
パシリには慣れているのか、投げられたフリスビーを追いかける犬のように走り去っていくピュリア。
主人にフリスビーを渡す忠犬のように、注文の品を手にして嬉々として戻ってくる。
マッドは久しぶりに手を洗うと、公園のテーブルを使って手紙をしたためた。
ピンクの封筒にハートの封をしたそれを、ピュリアに手渡す。
「次にラスクに言い寄られたら、この手紙を渡してから逃げるんだ。中は見るんじゃないぞ」
ピュリアはその手紙を純白のエプロンの胸にしっかりと抱き、おおきく頷いた。
「かしこまりました! マッド先生からラスク様への大切なお手紙、しっかりと届けさせていただきます!」
彼女の宣言どおり、手紙は無事にラスクへと渡る。
中に書かれていたのは、ラスクへの密やかなる想いであった。
ラスクは当然のように誤解する。
「ピュリアはやっぱり照れていたのか。それにしても手紙とは、なんと奥ゆかしい……」
ホームレス以下の男の手によって書かれた手紙とは、夢にも思っていないラスク。
その文面に、今までないトキメキを抱いていた。
「彼女はやっぱり、他の女とはぜんぜん違う……!」
ラスクはブライト家の跡取りという立場のため、いままで多くの女性に言い寄られてきた。
声をかけた女性はみな喜んでホイホイと付いてきて、喜んで股を開く。
女などみな同じで、自分にはすべて思い通りになるとラスクは思い込んでいた。
しかしピュリアは違った。彼女はラスクにウインクしてくるどころか、目も合わせてくれない。
猫撫で声で擦り寄ってくるどころか、撫でさせもしてくれない猫のように逃げていってしまう。
手に入らないものほど、人はよりそれを欲する。
今まで当たり前のように手に入っていたものなら、なおさらに。
「彼女こそ、僕の運命の人だ……!」
ラスクはすっかりピュリアに夢中。
すぐさま返事の手紙をしたため、ピュリアの手紙にあったとおり、洗濯カゴの中にそっと忍ばせた。
ピュリアは屋敷では洗濯係だったので、そのカゴの中にあった手紙は無事に彼女の手に渡る。
その手紙はもちろんピュリアに向けての返信なのだが、なにも知らない彼女はノールックでマッドの元へと運んだ。
「マッド先生! ラスク様からお返事を預かってきました! どうぞ!」
ピュリアは、使われるのが嬉しくてたまらない白い伝書鳩のように、せっせと手紙を運び続けた。
ラスクはますますピュリアに焦がれていき、すっかり恋の奴隷となっていく。
ふたりは愛をささやき合うどころか、まともに会話したことすらない。
挨拶程度の仲だというのに、手紙の中ではすでに、一生を添い遂げるほど伴侶にまで発展していた。
少女と少年、そのふたりの無垢なる気持ちを影で操っていたのは、他でもない。
あの日、愛すらも捨ててしまった、持たざる者のマッドであった。
――さぁて、そろそろステージのほうに、新しい登場人物を引きずり出すとするか……!
高級住宅街を歩く、ひとりの紳士。
初老だが威風堂々とした佇まいで、筋骨隆々とした身体をサーコートに包み、腰には剣を携えている。
彼は自宅の屋敷に戻るところだったのだが、その途中でふと呼び止められた。
「……悪い虫が付いてるぜ」
声のしたほうを見るとそこは街路樹で、幹にも溶け込むような男が立っていた。
男はボロ布をまとっていて、身体じゅうが薄汚れており、ひと目で物乞いだとわかる。
紳士は威厳のある声で言った。
「ワシの身体に虫が付いているなどと言って、虫を取るフリをして別のものを盗るつもりなのだろう。
このワシが誰だかわかっていないようだな」
「知ってるさ。ブライト家の当主、バッソ・ブライトだろ?
それに、虫がついているのはお前じゃねぇよ。お前の息子だ」
「なんだと?」
「このあたりをブラついてたら、お前の屋敷のメイドたちの噂話を聞いちまったんだよ」
「……貴様、カナリヤか?」
カナリヤとは『タレコミ屋』のこと。
この世界にはホームレスのフリをして情報収集を行ない、それを売りつける者たちがいる。
ボロ布の男は「ああ」と頷いた。
「最近、ここいらで商売を始めたんだ。
屋敷に帰ったら、洗濯カゴの中を調べてみるんだな。そこには動かぬ証拠が入ってるぜ」
「ふん、騎士のこのワシが洗濯カゴなどあさると思っているのか」
「まあ、好きにしなよ。お前の息子が悪い虫に食い殺されても、俺には関係ねぇからな。
それと、情報料はサービスだ。もしこのネタが本当だったら、次からは贔屓にしてくれよな」
ボロ布の男は、それだけ言って去っていく。
その後ろ姿は死神のように不気味で、騎士道精神にあふれるバッソすらも不安になるほどだった。
「……我が息子、ラスクの女遊びは目に余るほどのものだったが……。最近、パッタリと大人しくなった。
ブライト家の跡取りとしての自覚ができたのだと喜んでいたのだが、まさか……」
バッソは足早に屋敷に戻ると、真っ先にリネン室へと向かう。
棚に並べられていた、これから洗濯される衣類が入ったカゴを調べてみる。
すると、息子のラスクの衣類に混じって、この屋敷で使われているブライト家の封筒を見つけた。




