10 聖少女ピュリア
10 聖少女ピュリア
そしてまた、彼は見つける。
通りがかった公園の片隅にいる、白いローブの集団を。
それは近隣の聖堂で働いている、聖女たちだった。
彼女たちは輪になって和やかに談笑しながらも、目は鋭くあたりを見張っている。
近くを誰かが通りがかろうものなら、すぐに貞淑さを装っていた。
――なにかある……!
そう直感したマッドは、野良猫のような忍び足で彼女たちに近づいていく。
マッドはみすぼらしいので目立つのだが、緑あふれる公園では、『森人』のスキルがまるで木々のごとく姿を覆い隠してくれる。
聖女たちの輪のすぐそばまで来ても、誰も気付く様子はない。
底意地の悪そうな声で、彼女たちは話し続けていた。
「ちょっと、アンタいったいどういうつもりなの? 私たちの男に色目使うだなんてさ」
輪の中央には、ツギハギだらけのローブを着た、小柄な少女が縮こまっていた。
腰が折れてしまうのではないかと思うほどに、ぺこぺこと最敬礼を繰り返している。
「す、すみません! で、でも、わたくしは殿方に色目など使っておりません!」
「ウソつくんじゃないよ! 男どもはずっとアンタばっかり見てるじゃないか!」
「いちばんの下っ端のクセして、私たちの男を取ろうなんざ、いい度胸してるじゃないか!」
「おい、ナイフを出しな! コイツの奇麗な顔が二度と見られないように、ズタズタにしてやるんだ!」
聖女たちは、醜いアヒルの子を囲んだアヒルたちのように、ひとりの少女をよってたかっていじめていた。
それどころか刃物まで持ち出し、少女を羽交い締めにして顔を切り裂こうとしている。
――遠くから見りゃ、白百合の花園のみてぇに奇麗だってのに……。
近づいてみりゃ、肥溜めみてぇに汚ぇ女どもだったとはなぁ……。
やれやれ、見たくもねぇものを見せられちまった気分だぜ。
マッドはそのまま通り過ぎようとした。
しかし少女のかぶっている白いウィンプルがめくりあげられ、その顔が白日に晒された途端、気が変わる。
「うう……どうか、お恵みを……! もう、何日も食ってねぇんだ……!」
聖女たちは誰もいないと思っていた所からいきなり声がしたので、「ぎゃっ!?」と飛び上がっていた。
「な、なんだテメ……なんですか、あなたはっ!?」
「うわっ!? 汚ぇ! なんだコイ……なんですかこの人は!?」
「しっしっ、あっちへ行きなさい! ローブが汚れます!」
しかしマッドが「お恵みを……」と足元にすがりつこうとしたので、聖女たちは「ぎゃーっ!?」と絶叫しながら逃げ去っていった。
ひとりの少女を残して。
醜いアヒルの子は、聖女たちに妬まれるだけあって美しかった。
腰まで伸びたストレートのロングヘアに、海に沈んだ宝石のように潤みがちな瞳。
白い肌とツギハギだらけのローブのおかげで、とても儚く見え、男なら誰しも心を奪われてしまいそうな美少女であった。
そして少女は見た目だけでなく、心まで清らかだった。
「あっ……!? だっ……大丈夫ですか!? しっ、しっかりなさってください!」
聖女たちはみなローブが汚れるのが嫌だからと逃げてしまったのに、彼女だけはすがりつかれるのを嫌がることもしない。
それどころか、むしろすすんでマッドを抱きとめていた。
彼女のローブは踏み荒らされた新雪のごとく汚されてしまったが、本人はまったく気にしていない。
それどころか、この汚れきった子羊のほうがずっと心配だ言わんばかりであった。
「おっ、お腹を空かされているのですよね? ちょちょ、ちょっとここでお待ちいただいてもよろしいですか? あのっ、聖堂からなにか食べものを……」
「俺はギルドには無所属だ。ギルドに所属してないヤツに食べものを恵んだりしたら、お前が罰を受けるんじゃないのか?」
「でっ、でも……! あなた様を放ってはおけません! きっ……きっと女神ルミナレルム様もお許しくださいます! そっ……その、それで罰せられるのなら受け入れますので、少々お待ちを……!」
少女は言葉には詰まっていたが、行動には迷いがなかった。
すぐさま立ち上がり走りだそうとしたが、マッドはその細い手首をガッと掴む。
「お前も相変わらずだな、ピュリア」
その眼差しに、ピュリアと呼ばれた少女は息が止まりそうなほどに驚いていた。
「ま……マッド先生……!?」
ピュリアはマッドのかつての教え子で、クララと仲が良かった生徒である。
とてもやさしい性格なうえに美少女だったので、クラスでも人気があった。
しかし彼女にはひとつだけ、大きな弱点があった。
「相変わらず、男は苦手みたいだな」
「す……すみませんっ! 男の方を前にすると、緊張してしまって……!
マッド先生以外の男の方とは、いまだにうまくしゃべれなくて、つい逃げてしまうのです……!」
草原にぺたんと座ったピュリアは、地面に額が当たるほどに深く頭を下げている。
男が苦手なのに、困っている人間は誰でも等しく助けようとする……そんなところが彼女の良いところでもあり、悪いところでもあった。
――自己犠牲が過ぎるんだよな、コイツは……。
だが、いいモノを見つけたぜ……!
マッドは唇の端を、人知れず嫌らしく歪める。
「ピュリアは『フィロソファーズ・レイヴ』の聖女ギルドで働いてるんだよな?
今の階級は……その格好だと、どうやら『聖少女』みたいだな」
聖女には、7段階の階級が存在する。
『準聖女』 聖堂で働く一般職員
『正聖女』 通常の規模の聖堂の管理者の地位
『大聖女』 規模の大きい大聖堂の管理者の地位
『聖教司女』地域の聖堂をとりまとめる地位
『大聖教女』国内の聖堂をとりまとめる役割
『聖機卿』 聖皇の顧問役で、異なる世界で例えると『枢機卿』に相当する
『聖皇女』 聖堂における最高権力者で、異なる世界で例えると『教皇』に相当する
ピュリアの『聖少女』は、聖女としての社会的な立場すら認められていない、いわば『見習い』のようなもの。
聖堂においては、主に雑用係のことである。
ローブも聖女ギルドからは支給されないため、自前のものを用意しなくてはならない。
ピュリアは元々みなし子であったためお金も無く、端切れの布で作ったローブを着ていた。
そしてこの世界においては、両親の立場によってその子の一生が決まるといっても過言ではない。
親のいない彼女は、一生見習いから抜け出すことはできないのだ。
しかし純粋なピュリアはそのことを知らず、まるで自分が至らぬかのように肩をすくめていた。
「マッド先生のおっしゃる通り、わたくしはまだ『聖少女』のままです。
同級生で聖女を目指していた方々は、わたくしを置いてどんどんギルドでの立場を得て、多くの方々に慕われております。
これもすべてわたくしの慈愛が足りないせいだと、先輩の聖女様たちはおっしゃっておりました。
先輩の方々を見習って、もっともっと精進しないと……」
先輩たちの言う『慈愛』とは、神に祈り、恵まれぬ者たちに奉仕することではない。
上役の聖女に媚び、ライバル聖女を失敗をあげつらって蹴落とす。
権力者にまたがり、金持ちをたらしこんで寄付金をせしめることであった。
――聖女たちとは名ばかりの淫獣どもの中にいても、コイツは変わってねぇな……。
まさに、聖女のなかの聖女……。聖女になるために生まれてきたような女だな……。
マッドは感心と呆れが合わさったような表情で、健気な少女の肩に手を置く。
「ピュリア、お前は正しいことをしている。だから、お前はそのままでいい。
あとは、この俺の教えに従うだけだ」
するとピュリアの表情は、ぱっと明るくなった。
「はい、マッド先生の教えでしたら、ずっとお守りしております。
わたくしにとってマッド先生は、いちばんの恩師様でしたので」
「それは小学生までの教えだろう。
これからお前に、聖女としての教えを授けてやる」
「こ……こんな不出来なわたくしに、教えをくださるというのですか?」
「ああ。俺の言うとおりに行動すれば、お前は立派な聖女になれる。
ただし俺の言うことには疑問を持たず、すべて従うんだ。お前にそれができるか?」
「は……はいっ! わたくしにとって、マッド先生の教えは絶対です!
それは今も変わっておりません!」
瞳をうるうるさせながら、こくこくと何度も頷き返すピュリア。
その澄んだまっすぐな瞳は、マッドに対するクララ以上の心酔ぶりを感じさせる。
マッドの濁った瞳は、その少女を捕らえて離さない。
――もくろみ通り……!
あの歌を唄うまでもなかったな……!
悪魔が2つめの傀儡を手にした瞬間であった。
次回から、いよいよ復讐の歯車が回り始めます!




