01 マッド・ラックス
01 マッド・ラックス
天井に組まれたアーチが美しい木造の体育館、開けっぱなしの窓から吹き込む新緑の風。
その爽やかさに負けない笑顔で、青年は声を轟かせた。
「みんな! 『フィロソファーズ・レイヴ 後進育成小学校』の入学おめでとう!
僕が1年B組の先生、マッド・ラックスだよ! よろしくね!
将来りっぱな冒険者や生産者になるために、これから6年間、先生やみんなといっしょに仲良く勉強していこうね!」
マッドと名乗る青年は、大きくガッツポーズを取る。
その手の甲には、ギルド『フィロソファーズ・レイヴ』の証である紋章が刻みこまれていた。
それ以上に目を引いたのは、エルフ族の特徴である長い耳で、それがピコピコと上下している。
彼の前には体育座りをしている大勢の子供たちがいたのだが、そのひょうきんな仕草にわっと笑った。
マッドは生まれたばかりの新星のように、バッと両手両足を広げてみせる。
「最初の授業はね、この体育館をいっぱいに使って、みんなで遊ぼう!」
すると子供たちはさらに沸き立ったが、おかっぱ頭にメガネという、幼いながらに実直そうな少女が手を挙げた。
「先生。ほかのクラスは初日から実戦で、ゴブリン退治とかしているそうです。
それなのに、このクラスでは遊ぶんですか?」
少女に向かって、マッドはチッチッとひとさし指を左右に揺らす。
「僕たちはゴブリン退治よりも、もっとすごくて楽しいことをするんだよ!
なんと、ドラゴン退治だぁーっ!」
「ええーっ!?」と声を揃える子供たち。
その反応は子供らしくナチュラルで、みんな目を丸くして大騒ぎ。
マッドはこれから壮大な冒険が始まるような音楽を口ずさみながら、子供たちにあるものを配りはじめる。
それは道具箱と細い木の棒、大人の身体ほどもある大きな羊皮紙を丸めたものだった。
「それじゃ、旅立ちの準備をしようか! まずは、ドラゴン退治の武器を作るんだよ!
道具箱を開けて、中からハサミを取りだして!
今から僕がすることを、よーく見てるんだよ!」
マッドは子供たちの前で羊皮紙とハサミを構えると、陽気に歌い出した。
♪やれるかな やれるかな 君ならできる~
歌いながら、羊皮紙にハサミをジョキジョキと入れていくマッド。
羊皮紙が切り取られ、剣を象った十字の形をなした。
♪やってやれ やってやれ 今がそのとき~
踊りながら、羊皮紙の剣に細い木をノリ付けするマッド。
紙切れの剣が補強され、まさしく剣のように振り回せるようになった。
♪うまくいく 笑うのは君 ガンガンいけ~
マッドは仕上げに、道具箱の絵の具で剣を塗り上げる。
それは紙と木の棒だけでできているというのに、勇者の剣と見紛うほどの出来映えとなった。
「すげーっ!?」と目を見張る子供たち。
「さぁ、みんなも歌に合せてやってみよう! 準備はいいかい!? せぇーの!」
体育館の中に、子供たちの楽しげな歌声が響き渡る。
子供たちはハサミを使った工作など初めてのようで、うまくできない子供も大勢いた。
しかしマッドはひとりひとりにやさしく指導し、剣を完成まで導いていく。
それは形にはまった指導ではなく、あくまで自主性を重視したものであった。
子供たちはのびのびと独創性を発揮し、オリジナリティあふれる剣を作り上げていった。
「で……できたーっ! 先生、俺のは炎の剣だぜ!」
「すごいぞ、ポメラ君! その剣はキミみたいにすごく強そうだ! これがあれば、ドラゴンなんてイチコロだね!」
「見て見て先生! あたしのは風の剣だよ! 軽くて切れ味バツグンなんだ!」
「おおっ、ウィンク君は二刀流なんだね! 美しくてかっこいいよ!」
「あ、あの……先生! わたくしのは、女神様の剣です!」
「いいね、ピュリア君! なんと神々しい剣だ! きっと、ドラゴンもひれ伏すに違いないぞ!」
マッドは子供たちの剣をひとつひとつ褒め称える。
しかしひとりだけ、そつない鉄の剣を作った子供がいた。
先ほどマッドに質問した、おかっぱ頭にメガネの少女である。
今度はマッドが彼女に質問する番だった。
「おや、クララ君はそれでいいのかい?」
「はい。どんな色を付けたところでただの紙きれですから、これで十分です」
「ただの紙きれだって!? とんでもない! これはれっきとした剣だよ!
あ、君はもしかして、魔法使いになりたいのかな?」
「いいえ。わたしの家は代々騎士をやっています。わたしも将来は騎士になるつもりです」
「騎士かぁ、すごいなぁ! 剣は騎士の命なんだから、ちゃんとした剣を持たないとダメだよ!
君の剣を騎士の剣っぽくしてみようか!」
それからマッドはクララに手取り足取り教え、鉄の剣にアレンジを施していく。
最初は仕方なしに付き合っていたくクララだったが、やがて彼女の家の紋章が施された剣が出来上がる頃には、
「うわぁ……!」
眼鏡越しの瞳を、年相応の子供らしくキラキラと輝かせていた。
マッドはそれから1週間ほどかけて、壮大なる冒険の準備を子供たちとともに行なう。
盾や鎧の装備をつくり、ランタンやポーションなどの道具を揃え、とうとう羊皮紙でリュックサックまで作っていく。
子供たちはハサミだけでなくナイフを使うのも初めてだったので、その途中で指をケガしてしまうことが度々起こる。
そんな時はすかさずマッドが駆けつけ、泣きべそをかく子供の指を咥え、やさしく頭を撫でてやった。
子供たちはドラゴン退治の冒険の準備を通して、少しずつ絆を深めていく。
パーティを組み、プランを立て、お互いの役割分担を決めていった。
そして最後はいよいよ、マッドが体育館じゅうを使って作りあげた大作、紙の巨大迷路で大冒険。
子供たちは紙のモンスターと戦い、紙の宝箱を開け、紙のお宝を手に入れる。
迷宮の最深部にはマッドが操る、紙のドラゴンが待ち構えていた。
「ウオォォォォーーーー! お前たちを、食べちゃうぞぉーーーーっ!」
このドラゴンは大きさこそ半分以下であったが、糸で全身が動くという超大作。
本物ソックリの躍動感で子供たちを圧倒した強敵であったが、クラス全員が協力した戦いでドラゴンはついに倒された。
「な……なんて強い勇者たちだ……! か……完敗だぁーーーーっ!」
どしゃっと首を折って倒れるドラゴンに、子供たちは宝石のような汗を額に浮かべながら、
「やったぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
クラスが一丸となったように、みんなで抱きあう。
お互いの健闘をたたえ合っていると、ドラゴンの影から大柄なお姫様が現われた。
「ああっ、ドラゴンを倒してくださったのですね! 助けてくださってありがとうございます! あなた方は真の勇者様です!」
それは、紙のドレスを着てお姫様に扮したマッドであった。
裏声で、しかも子供たち以上に汗びっしょりになっているのでドレスが肌に貼り付いていて、見るからに気持ち悪い。
祝福のハグをしようと迫ってくるお姫様に、子供たちはドン引きしたように後ずさる。
「先生、いくらなんでもそれはないよ……」
「……そ、そうかなぁ? このドレスがいちばん作るのが大変だったのになぁ……」
落ち込むマッドに、子供たちは大爆笑。
お姫様のキス以上のご褒美を貰ったかのように、マッドのまわりに集まった。
「先生、すっげー楽しかった! こんな大冒険をしたの、始めてだぜ!」
「あたし、このクラスになって良かった! 先生、大好きっ!」
「実戦には遠く及びませんけど、経験としては悪くなかったと思います」
満開の笑顔の子供たちの頭を、マッドは慈しみの笑顔でひとりひとり撫でる。
幸せいっぱいの体育館の外では、実戦を終えて戻ってきたばかりの1年A組の子供たちがいた。
外は暗く、雨が降っている。
1年A組の教師はずっと怒鳴り散らしており、子供たちの表情は空よりも暗く沈んでいた。
「まったく、1週間も経つというのにゴブリンの首も満足に刎ねられないだなんて!
しかも、わざわざこの俺が麻痺させてやった、無抵抗の相手なんだぞ!
こんなんじゃ、俺の出世に響いちまうよ!
おい、いいか! 明日はもっと強い武器をくれてやる!
それに、お前たちくらいの子供のゴブリンを見つけてやるから、絶対に成功させるんだ!
できなかったやつは落ちこぼれとみなして置いてくから、覚悟しろよっ!」
1年A組の子供たちは窓の外から、恨めしそうに1年B組の子供たちを見つめていた。




