1話 その日、僕は天使に出会った
僕は、グリフォン王国の第二王子として何不自由なく過ごしていた。勉強も剣術の勉強も嫌いなので暴れたり、逃げたりすると誰も僕を叱る者はいなかった。父上と母上もお仕事が忙しいらしく僕をたまに呼び出してお小言を言うだけだ。その時だけ反省しているように見せれば納得してくれるので簡単だ。
好きなときに好きな物をたくさん食べられるし、寝たいときに寝る!
そんな日がこの先もずっと続くと思っていた……。
先日の事だった。廊下を歩いていたら侍女達の話を偶然聞いてしまった。
「はあ……。」
「どうしたの?」
「私、明日から第二王子殿下の付きになったの……。」
「あー、それはご愁傷様ね。前の子は1週間も持たなかったみたいじゃない。」
「あの我儘な王子は気に入らないとすぐに癇癪を起すから、皆怖がってやりたがらないのよ。私だってどんなとばっちりが来るかわからないからやりたくないのに……。」
「まあ、これもお勤めだと思ってがんばりなさいな。」
「は~あ、どうせなら第一王子殿下の方がよかったわ~、見目麗しいしお世話のしがいがあるもの。それに比べて第二王子殿下はぶくぶく太って醜い……。」
「こら! 滅多な事を言うものじゃないわ、誰かに聞かれでもしたら大変なことになるわよ。さ、早く仕事に戻るわよ。」
僕はその会話を聞いてから、ふらふらと自室に戻り鏡の前へ立った。
鏡の前の僕を見るとパンパンに体が膨れ上がりシャツのボタンはその大きさに耐え切れず今にも飛んでいきそうだ。くすんだ灰色の髪の毛はモップのようにボサボサだし、顔も甘い物ばかり食べていたせいかムチムチでそばかすがたくさんある。目も顔の肉に押されて糸目になっていて絵本に出てきたいじめっ子にそっくりだった。あの侍女が言っていたように僕はこんなにも醜いんだ。
それからは、あんなに美味しかったお菓子も食事も食べられなくなった。こんな醜い自分を見られたくなくて部屋から出なくなった。侍女たちはどこか具合が悪いのではないかとお医者さんに見せたりしたけど、体に異常はないと言われた。
すべてがどうでもよくなって何もする気が起きない。
そんな僕を心配した母上がお友達を呼んでお茶会を開くことにしたみたい。
でも僕はそのお茶会に行きたくなかった。だってこんな醜い僕を見たら皆に笑われると思ったから。
それでも必ず出るようにと言われてしまった。
そして、最悪なことにお茶会の前の日に前歯が抜けてしまった。ますます醜くなってしまった事に泣きそうになる。
明日なんて来なければいいのに……。
そんな願いが叶えられることはなくお茶会の時間がやってきた。
王宮の庭には大きなテーブルがいくつか並べられていてその上には美味しそうなお菓子や果物が色とりどりに並べられている。
同じ年の男の子や女の子はそれを見ながら楽しそうにおしゃべりをしていた。
僕と母上が入場すると会場が静まり返った。
「皆さん、今日はよくいらしゃいました。こちらは第二王子のアーノルドです。アーノルド、ご挨拶を。」
母上に促されて一歩前に出る。
「……アーノルドです。…よろしく。」
抜けた歯を見られたくなくて俯きながら短く挨拶をした。
「アーノルドは少し恥ずかしがり屋さんなので、仲良くしてくださいね。」
母上は僕の態度に一瞬、顔をしかめたがすぐに笑顔になって子供たちに向かって話した。
それからは、次々に子どもたちが挨拶にやって来た。僕の前には行列ができるほどだったけど名前を言われてもすぐには覚えられないし、早くこの時間が終わってほしいとしか思わなかった。
「アーノルド殿下は、何がお好きですか?」
「……。」
「あ、あの。今度、わたくしの家で演奏会を開くのですが、音楽に興味はありますか?」
「……。」
何を聞かれても無言を貫いていたら子供達は怖がって近寄らなくなってしまった。
遠巻きに様子を見られるのが嫌になって、トイレに行くフリをして抜け出した。そして、近くのバラが植えられている庭園に隠れるように座った。
あの場所は息が詰まりそう。少し寂しいけどここにいる方がいい。時間を見て終わる頃にもどればいいだろう。
そんなことを考えている時だった。
「あら? あなたも迷子?」
その日、僕は天使に出会った。