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時の彼方  作者: 水沢樹理
3/3

3 高校一年四月2

 背筋をぞくりと伝う冷たい感触にゆっくりと背後を振り向くと、半透明の女がにやりと不吉な笑みを浮かべた。

 それを、女、と言ってもいいのかどうかは微妙なところではあるが。


 その女が敵意を剥き出しにしたかと思うと、凄まじいスピードで迫り攻撃を仕掛けてきた。

 それを咄嗟に右手を突き出し、自身の前に張り巡らした障壁のような物で防ぐ。

 直後、一度胸元に引き寄せた右手を再び突き出し、その女に向けて現時点で出来うる限りのありったけの気を撃ち込んだ。

 すると肉体を持たぬそれは苦悶の表情を浮かべると同時に全体が鈍く光り、ふわっと霧散して跡形もなく消え去った。


 そして気付けば何事もなかったかのように、辺りは元の、夕暮れ時の静けさを取り戻していた。


「一体、何なんだよ、あの化け物は……、何で、俺を狙うんだ? それに、何で、俺に、こんな力が使えるんだよ……」


 その少年、小早川翔(こばやかわかける)は、障壁のような物を張り、化け物に気を撃ち込んだ自分の右手を見詰め、呆然と呟いた。


 彼が今の化け物のような女と遭遇したのは二度目、この力を使ったのも二度目だ。


 先日、初めてあのような者と出くわした際、禍々しいオーラを放つそれに身の危険を感じるも、恐怖に脚が竦み逃げ出すことも出来なかった。

 目前にそれが迫りぎゅっと硬く目を瞑った後、気が付けばその力を使いそれを倒していたのだ。

 その時、どうやってその力を使ったのかは憶えていない。

 今も意図して動いたわけではなく、身体の動くまま流れに任せただけだ。


 何故このような力を突然使えるようになったのか、何故あのような化け物に危害を加えられそうになったのか、思い当たることなど何もないし全くもって意味不明だ。

 前触れとも言えるのは、最近頻繁に此の世ならざる者の気配を感じるようになったくらいだろうか。

 それも関係があるかどうかなど、勿論不明だ。


「もう、訳が分からない…。一体、何がどうなってるんだよ……」


 その場に立ち尽くし暫くしてから少し落ち着きを取り戻すと、ぐしゃっと乱暴に髪を掻き揚げ溜息を吐いた。

 そうして脳裏に浮かぶのは、恋人の姿だ。


 勘の鋭い彼女は先日の一件の後、すぐに翔の異変に気付いた。

 翔としては心配を掛けたくなかったので隠しておきたかったのだが、それを許してはくれず、結局包み隠さず話さざるを得なくなってしまった。

 その後は、隠されるより死ぬ程心配した方がマシだとこっ酷く怒られた上に泣かれ、宥めるのに一苦労する羽目になったのだ。


 恐らく今回も、すぐに気付かれてしまうだろう。

 黙っていればまた機嫌を損ねるのは間違いないし、翔としては頭の痛いところだ。

 小柄で小動物のように可愛らしい彼女に、目にいっぱい涙を溜めてぷるぷる震えながら訴えるように見上げられると、罪悪感で居た堪れなくなってしまう。

 それは勘弁してほしいので、何としてでも避けたいところだ。


 さてどのタイミングで切り出そうかと、考えては途方に暮れてしまう。

 そうする内に、そう言えばこの前もこれくらいの時間だったなと、不意に思い出した。


 彼女を家に送り届けるのはいつものこととはいえ、今日は学校帰りに寄り道をした為、いつもよりは遅い時間帯だ。

 普段、特に用事がなく学校帰りに真っ直ぐ彼女を送って家に帰るだけならば、とっくに自宅に着いている頃だ。


 これは、何かの偶然だろうか。

 それとも、この時間であることに何か意味でもあるのだろうか。


 取り敢えず、彼女が一緒の時ではなかったことにホッと胸を撫で下ろす。

 彼女を危ない目に遭わせたくないし、恐怖に怯えさせてしまうことになるのも絶対に嫌だ。


 あの化け物が視えているのは自分だけなのか、それとも他の者達にも見えるのかは現時点では確かめようがない。

 前回も今回も、周囲には誰もいなかったのだ。


 仮に霊感の強さが関係しているとなれば、自分より霊感の強い彼女には、間違いなく視えていたことだろう。

 あの化け物を実際に視てしまえば、更に心配を掛けることになるのは避けられない。

 あんな者に理由も分からず襲われて、何も心配するなというのは流石に無理が有り過ぎる。

 どれだけ不安にさせてしまうことになるのかと、考えただけで頭と胃が痛くなりそうだ。


 それにしても、と、今更ながらやけにあっさりあの化け物を倒せたことが引っ掛かった。

 後から考えてみれば、あっさりし過ぎて拍子抜けするくらいだ。


 だからと言って楽観視するつもりはないし、逆に警戒心は増していくばかりだ。

 もし今後同じような化け物が現れたとして、これまでのように上手くいくかは分からない。

 今のところは対処出来ているが、次は自分の手に負えないような強者が現れないとも限らないのだ。

 その場合自分がどうなるかを考えた途端、背中に冷たい汗が流れ、思わず身震いしてしまう。

 思い付くのは、最悪の事態ばかりだ。


 翔はぎゅっと目を瞑り思いっきり頭を振ると、大きく息を吐き出した。

 いくら考えたところで、現状では何も答えは出やしない。

 あまりにも分からないことが多過ぎるのだ。


 それに、差し当たって考えなければならないのは、今回の件に関する恋人への報告だ。

 家に着いてすぐ電話した方がいいのか、それとも、明日学校で直接顔を合わせて話した方がいいのか。

 どちらにせよ、気が重いことに変わりはない。


「さて、美紅に何て言うかな……」


 翔は恋人の名を呟き、半ば現実逃避しながら、薄暗くなり始めた空を仰いだのだった――。

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