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資質

「婚姻を、早めるのですか?」


 王都から戻ってすぐ、フィルリーネは王に面会を得て、冬の館で起きた話をした。


 いつも通り、王の政務室で宰相のワックボリヌが席に着き、フィルリーネは促されることなくソファーへ座り、王へと芽吹きの儀式を行ったことを伝えることになったのだが。


「オマノウラは興奮していたでしょう。儀式によって、フィルリーネ様が次代の王になるべく、資格を得られたのだと」

 ワックボリヌは想像がつくと笑顔で語るが、驚きがあるようではなかった。王は机の上で手を組んだまま。微動だにしない。しかし、口端だけは笑っていた。喜んでいるのだろうが、どこか含んだ笑いだった。


「喜ばしいことですよ。フィルリーネ様。これで、我がグングナルドも、安泰と言うものです」

「それで、婚姻を早めるとは、どういう意味ですの? わたくし、まだ精霊から祝われるような兆しをいただいていなくてよ? 祝いがなくとも、婚姻を進めると言うことかしら?」


 王は当然だと頷いた。

「儀式が成功したのならば、精霊から祝いを受けたのも同然のこと。婚姻を早めても、何の問題もない」

 王は満足げに言う。ワックボリヌもフィルリーネが王の資格を得たように言うが、婚姻を進めると言うことは、ルヴィアーレにその資格があると考えているのは間違いなかった。


「王になるための資格を得たと言って、なぜルヴィアーレ様との婚姻を早める必要があるんですの? お父様がいらっしゃるのですから、王の資格を経ても、私が王になるなどと、とても遠い未来ですのに」

「女王になるためにも、優秀な方を伴侶として迎え、国の有事を担っていただいた方が、フィルリーネ様の助けになるでしょう。ルヴィアーレ様はフィルリーネ様の王配となる方、早いに越したことはございませんよ」


 あくまで、フィルリーネが王となり、ルヴィアーレは手伝いだとワックボリヌは言う。フィルリーネをおだてて、納得させたいのだろう。

「分かりましたわ。わたくしのためにも、ルヴィアーレ様には早く国のお仕事を覚えていただいた方が良いものね」

 フィルリーネの返事に、王とワックボリヌは頷く。終始笑顔のワックボリヌは、フィルリーネのためにも急いで行いたいと言いのけた。


 早いって、どれ位だ。婚姻には、また女王の許可がいる。女王の体調があれからどうなっているのか、王は確認しているのだろうか。システィアに会った時は、もう間もないような話だったが。


「そういえば、マリオンネの女王様の体調はいかがなのでしょう。婚約の儀式は行えましたけれど、婚姻の儀式も、女王様の体調が良くなければならないのでしょう?」

「マリオンネの女王の体調は心配ですね。ですが、フィルリーネ様が心配されることはないですよ。マリオンネでの婚姻が可能になり次第、婚姻の儀式を行いましょう。地上での婚姻の知らせは、その後でも良いですから」


 国へ対しての披露目はいつでも良い。とにかく儀式を行わなければ、ルヴィアーレはグングナルドの王族になれない。とはいえ、儀式は女王の体調次第だ。それに対して、どうにかできるものではないはずなのに、ワックボリヌは重要視していない。どうやって、どうにかするつもりなのだろうか。


「あら、そうだわ。衣装はどうなっているのかしら。お父様、婚姻の儀式は、早くていつ頃行う予定ですの? それによっては、衣装の製作を早めなければなりませんわ。装飾品も用意して、婚姻の儀式に使用するものを、すぐにでも洗い出さなければ」


 実は、まだ衣装作り終えてないんだよね。好みではないと言い続けて、衣装の商人を困らせていたのである。ごめんなさい。そんなことはともかく、それがいつなのかは聞いておきたい。


 早めるとしても、王族の婚姻だ。マリオンネも準備が必要になる。ルヴィアーレが王族になるために精霊の儀式を行うが、精霊にとって良い日や、マリオンネにとっての吉日、グングナルドとラータニアにとっての吉日を選ぶ必要がある。精霊の許しがあっても、王族は何かと必要なものがあるのだ。

 儀式のために禊などがあり、その日程も決めければならない。一朝一夕にできるものではなかった。


「早くて半年後だ。もし女王が亡くなったとしても、次代の女王、アンリカーダ様に立ち会っていただく手筈はある。既に女王の体調が悪いため、次代としてアンリカーダ様が精霊との契約を進めているそうだ」

「精霊との契約とは、女王になるための契約ですの? まあ、もうそのような段階なのですか。では、女王様は……」

 最後まで言わずにすると、ワックボリヌが眉を下げた。


「グングナルド、並びに等々の国々にも、通達がございました。マリオンネも、そのつもりで動いてるそうですよ」

「まあ、そんな、なんてこと」


 次代の女王のために学びの場を作るのは当然だが、既に死ぬことを前提にして婚姻の手筈を伝えているなど、無謀にも程がある。他の国なら有り得ないだろう。女王が亡くなるのだ。精霊たちが不安定な時に、婚姻など行いたくない。


 アンリカーダは、女王が死んでも、精霊たちを御せる自信があるのだろうか。悪くすれば、婚姻の儀式が不完全で終わる可能性もあるのだ。

 婚姻の儀式に失敗すれば、しばらく、それこそ悪くすれば、一年以上同じ儀式は行えなくなる。アンリカーダもよく了承したものだ。失敗すれば、自らの女王としての資質が問われるだろう。


「分かりましたわ。早くて、半年ですわね。お衣装の進み具合を確認しなければなりませんわ。お披露目も、その後なさるのでしょう? その衣装もまだ作り終えておりませんもの。決めることがたくさんありますわ」

「お前は、婚姻の準備を進めなさい。ルヴィアーレにはそのように伝えよ」

「ええ。ルヴィアーレ様にもご用意がございますものね。では、失礼させていただきます」


 フィルリーネは笑顔で答え、部屋を後にした。扉が閉まるその先で、王がワックボリヌに不敵に笑んだ顔をしっかりと目に捉えて。





 婚姻を早める。完全に芽吹きの件だ。王は何を求めているのか。内心舌打ちして、フィルリーネは王の棟を出る。レミアに伝えれば喜びに溢れたが、後ろでムイロエが鬼の形相をしていた。そんな顔をしたいのはこちらだ。


 ルヴィアーレはどう思うだろう。これも想定通りと考えるだろうか。しかし、彼は精霊から許しを得るまでに一年あると考えていた。ルヴィアーレにとっても予定外ではないだろうか。


「レミア、ルヴィアーレ様をお茶にお誘いして。婚姻について、お話があると」

「承知致しました!」

 レミアの笑顔が、今は眩しすぎる。


『イムレス、今、カサダリアに行ってるっぽいわ。どうする?』

 また、間が悪い。エレディナの声に、フィルリーネは溜め息が出そうになった。王の資質について、イムレスに聞きたかったのだが、いないとは。


『あと、アシュタルから繋ぎがあったわ。話したいことがあるって』

 フィルリーネは頷き、まずはアシュタルとカノイから、不在の間の話を聞くことにした。




「先に、そっちの話を聞きたいわ」

 フィルリーネは、植物に囲まれた休憩所で、足を投げ出した。


「こっちは、いつも通りでしたよ。姫様いないと、不正の書類が出てこない。とっても分かりやすいです」

 カノイは呆気らかんと言った。最近、誰が不正を行うかも分かっているので、変化がないらしく、つまらながっている。

 ないに越したことはないと思うの。カノイとしてはもっと、ばっさばっさやりたいらしい。気持ちは分かるよ。


 カノイが特にないことを言うと、アシュタルが背を正したのが分かった。布の擦れる音がして、そちらに耳を傾ける。


「王都にいらっしゃらない日数が長かったので、こちらも色々とありました。まず、また貴族が死にました。ラータニアに関わっていた貴族です」

 頭の痛い話が出た。カノイが隣で、またなの? と呟く。


「ラータニアからの商品を購入していた貴族ですが、その商人を懇意にしており、度々ラータニアの商人を呼んでおりました。ルヴィアーレ様との繋がりは不明です。死因は毒殺でした。犯人は分かっておりません。また、その貴族には魔導院研究所に関わる息子がおりましたが、その息子は現在行方不明です」


 魔導院研究所は、王が何かをやっている場所だ。そこで働いている息子から何かを聞いたのかも知れない。行方不明ならば、もう生きていないだろう。


「ラータニアを攻めるつもりで、間違いないかも。王が情報の遮断をしてるんだろうね」

「同感です。ラータニアに攻めることを前提に考えれば、今までのラータニアへの規制に関しても、話が通じるかと」


 入国拒否をしているのは、ラータニア王かルヴィアーレに関わる者。そうであれば、入国を拒否。ルヴィアーレはラータニアに情報が渡せず、孤立していく。

 それでも、この国にはラータニアに関わろうとする者たちが、少なからずいるということだ。王に反して、ラータニアに肩入れするとなると、ラータニアに何かしら利があると考えているのか、それとも、この国の終わりが見えたのか。


「冬の館は、いかがでしたか?結構な日数を、滞在されていましたが」

「簡単にまとめると、芽吹きの儀式のせいで、婚姻が早まったわ」

「は!?」


 二人は同時に同じ言葉を発した。

 最低半年で精霊から許しが得られるが、ルヴィアーレの魔導の高さから半年は難しい。こちらは最高一年と考えていた婚姻が早まる予定はなかった。

 フィルリーネは冬の館で起きた話をする。自分が考えていた矛盾も合わせて話すと、アシュタルとカノイは大きく唸った。


「ルヴィアーレ様自身に、何かがあるのでしょうか?」

「能力があるってだけとは、また違う感じですよね。特別な理由がないとー」

「そう思ってもおかしくないよね。でも、王は優遇しない。ラータニアに関わる者を封じる。ルヴィアーレが動かないようにしておきながら、婚姻させる意味」


 二人は黙りこくる。結局そこで止まるのだ。ルヴィアーレに何が隠されているのかが、想像できない。


「婚姻すれば、王に危険があったとしても、王には必要なことがあるかもしれないってことですか? 逆に、婚姻しても、ルヴィアーレ様は長くいる必要はないってこと?」


 カノイが、客観的に考えるとそうならない? と問うてくる。

 危険が差し迫る時間は、短い方がいいに決まっている。王の命に危険が関わらない程度で、後々ルヴィアーレを始末しても良いということならば、納得だ。


「ルヴィアーレ様は必要だけれど、王が命の危険を省みるならば、ルヴィアーレ様に媚びても良さそうなのに、それをしない。そうしたら、婚姻しても、長くルヴィアーレ様が必要じゃないってことか」

 アシュタルも納得したような声を出す。


 一理あるような気もするが、それならば、尚更謎だ。やはりエレディナ説、ラータニアからルヴィアーレの力を削ぎたかっただけなのか? それが一番しっくりくる気がしてきた。しかし、芽吹きの木の王の資質は、それも分からなくさせる。


「ルヴィアーレの力を削ぎたいだけなら、芽吹きの儀式は必要ないのよねえ」

「王の資質、ですか。婚姻させて、ラータニアから戦力を削ぎたい。そして、ルヴィアーレ様を王にしたいけれど、本人は必要ない。って、おかしな話になってしまいますね」

「ルヴィアーレは必要だけど、本人は必要ない……」


 復唱して、ふと思う。婚姻したら、その後は、出産?

 ルヴィアーレの、ラータニアの血が欲しいとか? そう考えて、大きく首を振る。

 今、私、すごく怖い想像した。その子供、誰が生むのよ。


「姫様、イムレス様はニーガラッツ様の命令で、カサダリアに行かれています。いない間に、何かするのではないかと仰ってました。他の仲間にも、魔導院研究所で行われることは注視しろとの命令が」

「ルヴィアーレがいない間に、イムレス様まで追い出しとなると、その可能性は高いわね。王もイムレス様を完全に信用しているわけではないから」


 表向き、王の臣下を装っているが、昔は叔父との交流があった。信用しきるのも難しいのだろう。イムレスがどれだけ演技派でも、完全な信用はおけていない。それは、ガルネーゼも同じだ。


「魔導院研究所が、何かしているかは情報がありませんが、殺された貴族の息子を消すのに、イムレス様に気付かれたくなかったのかもしれません」

「何にせよ、王の動きは先へ進んでいる。私たちはそれを追っているに過ぎない。そろそろ、別の手も考えなければダメかもしれないわね」

「婚姻が、半年後ですもんね」


 カノイが同情するような声を出す。

 あと半年で婚姻。ルヴィアーレと? いやいや、何言ってんの。無理だよ。一緒の棟で生活なんて、精神的な負担で息苦しくなって、私、突然叫び出しちゃうよ? 誰かに交換してもらうしかないね。


「嘘くさい夫婦生活かー。僕、見たくないです」

 いやにしんみり言って、カノイは首を振る。私だって見たくない。


「今日、ルヴィアーレ様、政務来てましたよ。真面目ですよね。姫様なんて、来る気どころか、忘れてたのに」

「忘れてないわよ。失礼ね」

 忘れていたふりをして、庭園を散歩していただけだ。考えをまとめたいのに、部屋だと二人が元気でうるさい。


「あ、忘れてた。仲間が増えたから、今後、よろしくね。ヨシュアって言うの」

「その言い方だと、エレディナっぽい感じですか?」

 さすがアシュタル、勘が鋭い。カノイも顔を上げる。


「伝言でヨシュアを出すことはないと思うけど、一応男の子だから、覚えておいてね」

「男の子……?」

 姿形は男だが、精神年齢男の子である。間違っていない。翼竜の歳を人間で考えると、自分より若いのは確かだ。マットルくらいかな。


「冬の館の翼竜よ。話は聞いているでしょ?」

「え、知ってます! 翼竜って、人型になるんですか!?」

「ただの馬鹿よ。相手にしなくていいわ」


 カノイが興味ありありで興奮気味に身を乗り出してきたのに、すかさずエレディナが声だけで参加してくる。ヨシュアは今いないので、言いたいことを言う気だ。カノイは、翼竜で馬鹿って……。と不安がる。


「会わなくても、すぐ分かるから。赤髪に金目の黒い衣装。何だか分からない装飾品をつけてる。光り物が好きみたい」

「何ですか。それ?」

「光り物好きって、鳥ですか」

「とにかく目立つから、すぐ分かるわよ。ヨシュアが出てくる時は、決着付ける時だから、それまで見ることはないわ」


 二人とも、その言葉に神妙に頷いた。

 ヨシュアが出る時は、終わらせる時だ。その時、自分はやっと、偽りを終えるだろう。

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