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芽吹きの儀式3

「お父様がいらっしゃるのに、そんな話、簡単には信じられませんわ。ねえ、ルヴィアーレ様」

「そうですね。にわかには信じられません。尋常でないようなことが起きたと言うよりは、精霊が快く祝いを受け入れたのではないでしょうか」


 ルヴィアーレは困ったように言った。

 顔色一つ変えないよ。冷静すぎて困っちゃうのはこっちだね。反応がなさすぎて困るわ。そのしれっとして言うの、凄すぎ。


 ルヴィアーレと婚姻してルヴィアーレが王配になり、王が死に、フィルリーネが女王となった場合、フィルリーネが死ぬと、ルヴィアーレに王位継承権が迷い込む。

 そして、王の資格があるとなれば、命の危険、こっちにも来たね。

 王と王女、コニアサスが死ねば、この国はラータニアの物になる。


 コニアサスはまだ幼い。ルヴィアーレが老獪さを持っていれば、コニアサスなど簡単に退けられてしまう。

 お姉ちゃん、そんなの許さないよ。


 王は、ルヴィアーレの魔導の多さに目を付けていたのだろうか。

 精霊の姿が見えて、声が聞こえる王族。そして、王弟で婿に入ることが可能。しかし、それならば、キグリアヌン国のオルデバルトがいる。あの男の魔導がどこまで強いかは知らないが、第三王子で婿になるのは可能だ。

 大国の王子を、この国の王配にしては危険が伴うから、避けたのか?


 分からない。王は何を望んでルヴィアーレにこの儀式をさせたのだろうか。王の素質があると分かれば、命の危険が伴うのは、王になるのに。


「この本は、お借りして良いかしら? しっかりと読んでみたいわ」

「どうぞ。お持ちください」

 気軽に渡してくる辺り、オマノウラは気が高揚している。本物の王が現れたと喜んでいるのだ。


「お父様にはわたくしから伝えるわ。すぐに王都に戻るのだから、問題ないでしょう? わたくしが王の資格があるのだと、わたくしの口から直接お伝えしたいの。分かるわよね?」


 フィルリーネの笑みに、オマノウラは二つ返事で快諾した。





 ルヴィアーレを連れるべきではなかったな。


 いや、連れなくても、王がルヴィアーレを得る理由が今回の儀式だとしたら、自分には理解できなくとも、ルヴィアーレには理解できたかもしれない。


 ルヴィアーレは、全く何にも動じず、自分の部屋へ戻っていった。

 何だろね、あの鉄仮面。

 儀式の時は少し驚いた顔を見せたが、オマノウラの話には当然のように聞いていた。ということは、想定していたということだろうか。

 今回の儀式で何かが起こる可能性を、イムレスは伝えてこなかった。いや、あの暗躍好きのことだ。もしかしたら、戻ってから嬉しそうに教えてくれるのかもしれない。その可能性は高い。


「ヨシュア、さっき言ってた資質って、どういうこと?」

 部屋に入って、フィルリーネは本を開いて問うた。ヨシュアが黒い霧となって現れると、ソファーにどっかり腰を下ろす。


「まま。統べる力があるって、言ってた」

「統べるって、どこを言うか分かる?」

 この国、グングナルドなのか、それとも、また別の場所なのか。

「知らない」


 ヨシュアはソファーに足を乗せて丸くなる。靴を脱げ。

 ヨシュアは叔父から何となく聞いたことがあるだけのようで、詳しくはないと長い足を伸ばす。腕も伸ばして、ごろりとソファーに転がった。フィルリーネの座る場所が、急激に狭くなる。


「あの男、その気なのかしらね。だったら、この国に来たこと理解できるけど。婚姻まで大人しくしてるってことかしら」

「その気になれば、ルヴィアーレは王になれるかもしれないけれど、我が国に来て、簡単にできるとも思わないでしょう。時間を掛けると思うわ。まず、王を殺し、私を殺さねばならない。コニアサスを押さえる必要もある。グングナルドは大国よ。相当裏で手を回さなければ、我が国は乗っ取れないわ」


 エレディナの問いに、フィルリーネは否定する。可能性はあっても、現実にするには力が必要だ。

 ラータニアの後ろ盾では弱すぎる。キグリアヌンなら可能だとしても、ラータニアには難しい。


「婚姻して、その土台ができても、時間を要する。一筋縄ではいかないことぐらい分かるでしょう。でも、それを狙っているとしても、ルヴィアーレは婚約も婚姻も長ければいいと考えているのよ。矛盾しているわ」

 婚姻まで一年掛かると豪語していたが、国を乗っ取る気ならば、婚姻は早めに終えて土台作りをしたいだろう。婚姻までに時間を掛ける理由はあるだろうか。


「婚姻したら、ラータニアの精霊はあの男を守らないわよ。だからかしら?」

 エレディナが浮きながら腕と足を組む。考え事をするように、そのままくるくる回った。

「精霊の配置換えが行われるからね。ルヴィアーレがラータニアを守りたくとも、精霊の配置換えによって、ラータニアの精霊はルヴィアーレに従うことがなくなる」


 ルヴィアーレがグングナルドの王族になれば、ラータニアの精霊はルヴィアーレを守ろうとはしない。

 しかも、婚姻後に王がラータニアを襲っても、ルヴィアーレはラータニアを守るために、グングナルドの精霊は使えない。グングナルドの王族に対して、グングナルドの精霊は攻撃できないからだ。


 グングナルドの攻撃を退けるために、ルヴィアーレはラータニアの精霊を使えない。力を得られなくなる。自分の魔導に精霊の力を上乗せできないだけだが、ルヴィアーレの場合は強力な後ろ盾がなくなるのだ。彼は精霊に好かれている。


 王が何かをしようとするならば、婚姻はできるだけ引き伸ばしたいだろう。王が攻めてくることを想定していればだが。

「それでいくと、王がもしラータニアを襲う気ならば、婚姻してルヴィアーレがラータニアの精霊を動かせなくなる方が、王としては助かるわ。ルヴィアーレとしては、困るでしょうね」


 婚姻をすぐにでも破棄すればいいだろうが、残念ながら婚姻を破棄できるのは王配ではない、この場合、フィルリーネだけだ。フィルリーネが婚姻を破棄したいと願わない限り、ルヴィアーレはグングナルドから抜け出せない。


 ルヴィアーレの力を、ラータニアから削ぎたいだけなのだろうか。しかし、ルヴィアーレには王の資格がある。それを王は喜ぶとしたら。


「分からなすぎる!」

「そうねー。ちょっと、ごちゃごちゃして、私も、無理—」


 エレディナは匙を投げた。フィルリーネも頭を抱えてごろごろしようとして、ヨシュアにぶつかる。フィルリーネの隣で、ヨシュアは目を瞑っている。考えるつもりもないと、寝たふりだ。


「あの男は、資質がない。ハルディオラが言ってた。だから、精霊が逃げる」

 とりあえず、それだけは分かると、ヨシュアが呟いた。

「王族でありながら、その力がないのは、本人がよく分かっているわよ」

 だから、弟の力を僻んでいた。歪んだ恨み。けれど、この国の王はあの男だ。それは覆らなかった。


「恵みを与える王の義務を放棄して、国を滅ぼすような真似をしていながら、王の資格がある者を喜ぶなんて、話が通らない」

「イムレスのところ行ったら? あいつなら知ってるかもしれないわよ」


 エレディナの言葉に同意だ。イムレスは精霊の書の原本を読んでいるのだし、今回のことは想定できていただろう。王の素質が、一体何を指すのかも、知っているかもしれない。


「一応、あの男には気を付けた方がいいんじゃない? あんたから先に手を出したりはしないだろうけど、毒くらいは仕込んでくるかもよ」


 嫌なことを言ってくる。フィルリーネは顔をしかめながらも、有り得ないことではないと天井を仰いだ。それでも、婚姻してからだとは思うが、どうだろう。


「王の資質って、何だろね?」

 イムレスが書き記した本には、光を伴う者、王の資質を得、その器配し奉る。としか書いていない。

 この国の王は、女王より精霊の力を得られ、国土を配され、マリオンネと精霊を奉る。その意味で言うのならば、王はその資格がないわけだ。だがそれは稀であると言うならば、別の意味があることになる。


 全くもって、意味が分からない。だが、これでルヴィアーレを見張る必要ができてしまった。面倒この上ない。メロニオルには情報を得るためにお願いしているけれど、今後は、何かをやらかしてくることを想定して、監視してもらわなければならないだろうか。


「明日には王都へ戻るわ。王が何を言うか、不安しかない」

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