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冬の館2

「ここから、階下に降りれますの。こちらにいらして」


 岩肌に沿うように螺旋階段があり、階下へ降りる。すると上からは見えなかった洞窟が見えた。奥へ進むと、ぽっかりと天井が開いている。そこから光が漏れて、ぽつねんと立っている、一本の木に注いでいた。


「芽吹きの確認をするための木ですわ」

「このようなところに、一本だけ植わっているのですね」


 洞窟は奥まで続き、いくつかの分岐を得るほど中は広い。それは言わず、ルヴィアーレが天井を見上げているのを見やる。

 天井の穴の上で、木々がこちらを向いて垂れている。その先に空が見えた。洞窟の外の木々が見えるのだ。そこから光を受けて、一本だけ洞窟の中で命を留めている。


「この洞窟は外より冷えますから、木に芽吹くのは少し遅いのです。ですが、一つでも芽吹きがあれば、春がきた証拠。その芽吹きの枝を持って、精霊へ祈りを捧げる儀式を行います。……が、まだ、その様子は見られませんわね」


 身長の低い木なので、見回せばすぐに分かる。新しい芽は全くない。木の枝には何もなく、茶色のそれが伸びているだけだ。予想通りの、枯れっ枯れである。


「来るのが早すぎだわ。いつもはもっと遅く訪れていてよ。これでは、いつまで冬の館にいなければならないのか、分かりませんわ」


 一度、戻ってもいい気がする。数日で芽吹くかすら分からない。ここに来る前に、王が何か行うかもしれないと、アシュタルやカノイたちに注視してほしいとは伝えたけれど、エレディナを王都へ戻すべきだろうか。


 ルヴィアーレは婚約の儀式を終えたせいか、エレディナの気配に気付きはじめたかもしれないのだ。


「奥は、何があるのですか?」

「どこも行き止まりでしてよ」

 何があるかは言わず、フィルリーネは寒そうに襟元を正した。

 もう、見れば充分だ。いつまでもここにいても、芽吹きが早まるわけでもない。


 自然の山の洞窟を利用した場所だ。雨が降れば広間にまで入ってくるのだし、外套を着込んできても足元から冷えてくる。日陰になった土には、雪が凍って固まっていた。


 ふるりと震えると、足元を何かが飛んでいく。

 見るべきではなかった。草の精霊がこちらを見て笑うと、ルヴィアーレの目の前を通っていく。そのルヴィアーレの薄い青銀の瞳と、目が合った。


「冷えるので戻りますわ。芽吹きはまだ先のようですから、この館でご自由になさって。洞窟の奥は広いですから、行かれるのならば、お気を付けになって」


 フィルリーネは踵を返す。草の精霊の、あっち、あっち、来ないの? と言う声に耳を貸さず、元来た道を戻った。

 後で、エレディナに伝えて、草の精霊に謝らないと。

 あっちには後で行くよ。だから、無視したこと怒らないでって。


 今のは、ごまかせただろうか。ルヴィアーレは草の精霊を見ていた。淡い碧の、美しい色彩を。

 洞窟の奥には、精霊の集まる場所がある。精霊たちはルヴィアーレを誘導したかったのかもしれない。


 ルヴィアーレはきっと、草の精霊に誘われたまま、奥まで行くだろう。先ほどの芽吹きの木と同じように、光が当たる場所が奥にある。岩と木陰に隠れた抜け道があるのだ。

 ルヴィアーレが抜けられる大きさではないかもしれない。ぎりぎり通れるかくらいの小さな穴で、その穴を潜れれば、すぐに歩ける高さになり、ずっと先まで進むと、魔鉱石で作られた洞窟に辿り着くのだ。


 精霊がそこで休み、穏やかに暮らしている。

 王は知らない。しかし、王族だけが知ることのできる、精霊の秘密の寝ぐら。


 草の精霊がルヴィアーレを誘導するならば、草の精霊はルヴィアーレの婚約を喜んでいることになる。

 外堀が埋められていく気がした。


 フリューノートを持って来たので、あとで演奏をしよう。ルヴィアーレほどの腕がないので、あまり喜ばせられないかもしれないが。その時に、ルヴィアーレの印象を聞きたい。

 間違いなく、好印象でしょうけれど。


 ここに、エレディナを連れてこなくて良かったと思う。草の精霊はエレディナに気付いて、自分にまとわりついただろう。

 それを無視するのは、さすがに気が引けるよ。ルヴィアーレの前じゃ話せないって、説明しないと!





「ただいまー。ダメだ、ルヴィアーレ、草の精霊も陥落させた」

「でしょうねえ」


 部屋に戻ると、エレディナがまったり宙に浮いて寝そべっている。どこにも寄りかかっていないのに、疲れないのだろうか。


「あんた、草の精霊には好かれてるもの。って言うか、何でも好かれてるんだから、一緒に行ったら、すぐ興味持たれるわよ」

 あんまり聞きたくないが、一緒にいなければ緩和されないのだろうか。


「持っている魔導の量が、普通の王族の比じゃないわ。まず、見ちゃうわよね。それであんたが一緒にいたら、とりあえず近付いてみようって思っちゃうのよ。きっと」

 簡単に陥落された、エレディナさんの意見は、説得力があります。


 エレディナは、ルヴィアーレの部屋に行った後、気まずそうに帰ってきたのだ。

 ルヴィアーレの部屋はちゃんと客間で、暖炉が小さくて寒いとか、扉がちゃんと閉まらないとか、おかしなところはなさそうだったそうです。良かったね。

 そんな、のんびり言いたかったが、エレディナが明らかに、まずい。って顔で戻ってきた。


「草の精霊が、ルヴィアーレを誘導してたから、今頃、魔鉱石の洞穴前まで行ってるかも。体格的に入れないと思うから、入っても、イアーナ。イアーナじゃ精霊は見えないから、大丈夫、」

「なわけないじゃない。私の姿にだって気付きそうだったのに、草の精霊から説明受けるでしょ。そっちに寝ぐらがあるって」

「気付かれそうな真似するから!」

「真似なんてしてないわよ! ちゃんと、窓の外にいたもの!」


 エレディナはルヴィアーレの部屋を確認するために、姿を消して行ったらしい。しかし、問題ないと確認し終えて外に出た後、気を抜いて姿を現していたそうだ。


「いきなり、こっち見たのよね。姿は見られてないと思うけど、気配は察したっていうか。あの男、相当魔導強いのよ」

「やめて、やめて。気付かれたら困るから。ほんとやめて」

「気を付けるわー。あんたといる時、特に」


 ルヴィアーレがいる時は、他にも人がいる時なので、エレディナが姿など現すことはない。そのためエレディナの魔導は流れず、気付かれないはず、らしい。

 エレディナは、たまにふらふらと出掛けたり、フィルリーネの調べ物を手伝ったりしてくれている。その時に気を抜いて、姿を現したりしないでほしい。


「姿を現してなければ、気配は分からないんだよね? だよね??」

「多分、としか言いようがないわ。あの男はちょっと……」


 不安になることを言わないでほしい。

 今まで、脳内会話を行なっていたけれど、それにも気付かれるということだろうか。声は聞こえないけれど、何かいる、みたいな。


「婚約の儀式で、乙女たちがエレディナに気付いたじゃない? だったら、あり得なくないの?」

 婚約の儀式で、二人の乙女がエレディナに気付いた。姿を消していたのに名を呼んだのだから、エレディナの気配に気付いたのである。魔導の強いマリオンネの乙女だから気付いたのではないのか。


「契約の儀式の乙女たちは、ちょっと違うのよね」

 契約に他の者が入り込むことを防ぐため、彼女たちには特別な力が備わっているそうだ。だから、魔導が強いだけで姿を消した人型の精霊に気付くかどうかは、一概に言えないらしい。


「なんとも言えないわよ。婚約の儀式行なったことで、あんたに近くなったのは、間違いないんだから」

「怖い。婚約儀式!」

「婚姻したら、もう無理ね。気配なんて楽に知られちゃうだろうし、話しているのだって聞かれるかも」

「そんな、馬鹿な!」

「馬鹿って言われても、無理よ! あの男の力が強いんだから、仕方ないでしょ! 婚姻ってそういうことなのよ! あんたは王族なんだから!」


 叔父ハルディオラがエレディナを連れていた時、自分には見えなかった。気配も分からないし、エレディナが声を聞こえるようにしなければ、聞こえなかった。同じ王族のフィルリーネでも、叔父ハルディオラと同等にはならなかった。

 しかし、婚姻することで、それも変わるのかもしれない。


 王族でなければ、精霊の声は聞こえない。王族であっても、エレディナの声は聞こえない。しかし、婚姻すれば、その力も分かち合うかもしれない。同じ王族でも、婚姻は更にお互いを密接にさせるかもしれないそうだ。

 そんなの困る!


「普通はないかもしれないけれど、あの男の力によって、その可能性もあるわ。尋常じゃないのよ、恐らくだけど」

「そんな優秀さ、いらないよ!」

 心の底から叫びたい。


「さっきだって、すっごい怪しかった。ごまかせた、私? ごまかせたよね!?」

「知らないわよ。なんだか、時間の問題だわあ」

「やめて、やめて」


 髪が乱れるほど頭を振りながら、大きく溜め息をつく。草の精霊に謝りに行きたい。ルヴィアーレは、まだ芽吹きの木の洞窟にいるだろうか。

「謝るんなら、直接行ったら?」

 エレディナはさらりと言う。そうですね。でもそれで行って、ルヴィアーレいたら困るんだけど。


「体格的に無理って言ったじゃない。ほら、行くなら、行くわよ」

「外套、外套!」


 謝るなら早く謝った方がいい。精霊は機嫌を損ねやすい。エレディナはフィルリーネが外套をまとう前に、そこへ辿り着いた。




「へくちっ!」

 降りた場所は、冷え切った湿り気のある場所。木々に囲まれた山の中で、目の前にあるいくつかの穴から、下が覗けた。

 足元を見ても、人がいるかいないかなんて分からない。エレディナが穴から入り込んで、人気がないことを確認しに行く。


 周囲は山の中のため、まだ葉をつけていない木々が枝を伸ばしている。ほんのり芽吹きのある木があったので、もう少しすれば洞窟の枝にも葉が茂るだろうが、やはりまだ時間は掛かるだろう。


 遠目には海が見える。流氷が流れてきているか、白い岩のようなものがいくつも見えた。寒くて当然の景色。空は晴れて、雲一つないため、遠くに小さな粒のようなものが見える。マリオンネだ。航空艇に乗った時は、この街からすぐ近くに感じたが、ここからでは距離がある。


「誰もいないわよ」

 エレディナは穴から顔を出して、フィルリーネの足を引っ張った。

「ぎゃおっ!」


 心臓に悪い。エレディナは人の足を掴んで、そのままふわふわと降りていく。エレディナが触れていれば、自分も重力を感じずに浮くことはできるが、それでも足はどうかと思う。

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