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相談

「今日の果物は、何がありますか?」

 いつもの市場で、おばさんに声を掛けると、おばさんは、今日は早く村に戻るから、先に買ってくれるかい? と言った。


「今日は、渡りの日だから、子供たちもいないかもしれないわね」

『そしたら、その果物どうするのよ』


 果物を抱きかかえながら、フィリィはぷうっと顔を膨らませた。自分で食べるか迷うところだ。

 この量、お腹壊しそう。


 街並みを見ると、随分人が少ない。市場も人通りがあまりなかった。

 今日は渡りの日。夜になると闇の精霊が活発化し、群れになって、マリオンネに戻る。


 精霊は魔導量の高い者でなければ目にできないが、渡りの日だけは違った。闇の精霊が一斉に集合するので、その時だけ魔導のない者にも目に捉えることができるのだ。


 闇の精霊は、年二度だけ集まり、姿を現すのだが、その数が何とも言えない数で、夜中外は大変な騒ぎになる。

 細い海藻が列をなして飛んでくると言うか、髪の毛がまとまって空を埋め尽くすと言うか、外に出ていたら窒息するのではないかと言うほど、闇の精霊が飛ぶのである。


 半年に一度、死んだ者の魂をマリオンネに連れて行くと言われるが、それは定かではない。ただ、新月の夜に飛ぶので、真っ暗な空がさらに真っ暗になる。いやもう、すごいよ。

 その闇の精霊は大量の群れで飛ぶので、夜中風のような音を立てて動く。しかも、間違って窓にぶつかりそうになったり、方向を誤ったりするので、窓から見ていても、空が渦巻いているようにも見える。子供などは泣き出すし、大人でも怖がる人は多い。


 その群れは夕方くらいから飛び始めるので、今日は皆さん、早めの店じまいなのだ。

 子供たちも早めに家に戻るだろう。果物だけ渡して、とっと帰った方が良さそうだ。

 足早に進むと、皆も足早に動く中、鎧を纏っている者たちが目に入った。フィリィはそれらに姿を見られないように、こそこそと旧市街へ入っていく。


 いつも子供たちが集まる場所に行くと、旧市街では見ることのない、深い暗めの緑のマントを羽織っている男が、子供たちの前で座り込んでいた。子供たちは大きく笑い、その男の話を真面目に聞いては、転げるように笑った。


「あ、フィリィお姉ちゃん!」

「お姉ちゃんだー」


 子供たちが気付いてフィリィに走り寄ってくると、男はゆっくりと立ち上がった。

 すらりとした長身、柔らかく鮮やかな金の髪を揺らして、胸に手をやると畏まってお辞儀をする。ナッスハルトだ。


「お待ちしておりました。フィリィ様。ナッスハルト見参でございます。ご用向きは玩具の質問? わたくしが、素晴らしい案を披露いたしましょう」

「うん、ありがと。後でね」

「扱い、ひどいっ!」

 軽くあしらうと、ナッスハルトはわざとらしく胸を抑えて丸くなる。

 なんなの。お腹でも痛いの?


「何してたの?」

「魔獣を倒してたの!」

「魔獣をね、倒すの!」

「魔獣がね、倒れたの!!」


 うん、魔獣が倒されたのは分かった。

 子供たちは言いながらケラケラと笑って、おかしそうにうずくまる。ナッスハルトが、魔獣討伐を面白おかしく話していたようだ。


「みんな、まだ時間はあるの? 渡りが来るから、お父さんもお母さんも、そろそろ帰ってくるわよね?」

「もう、帰ってくる!」


 子供たちは口々に言う。ならばもう果物だけ渡してしまおうと思ったら、ナッスハルトが問題を出しはじめた。フィリィが持っていた果物の数を子供たちだけで割ったら、一人いくつ食べられるか。というものだ。


「えっと、一、二、三、」

 子供たちは、自分たちが何人いるのか数えはじめる。ナッスハルトは別の数字を言って、翻弄にかかった。

「ナッスハルト様、邪魔しないで!」

「えー、邪魔じゃないよ。ほら、マットルが来た」

 小道からマットルが走ってくる。こちらの姿に気付いて、満面の笑顔だ。私の癒し。


「フィリィ姉ちゃん!」

 ナッスハルトの腕を通り越して、マットルはフィリィに抱きついた。腰に絡まって羽交い締めである。久し振りに会ったので、寂しく思ってくれていたようだ。嬉しい。


 抱き返すと、ナッスハルトが目を眇めて、手の甲を見つめているのに気付いた。

 子供たちは気付いていない。フィリィはそっとマントでそれを隠した。


「さて、いくつになった? みんなで何個食べられるかな」

「四つだよ!」

「四つ!」

 マットルを入れて、子供たちで四つは食べられる。フィリィは持っていた果物を一人四個ずつ配って渡した。

 親たちも戻ってきはじめていて、果物をもらった子供が、手を振って親元へ走っていく。


「マットルも、家に帰る?」

「もうちょっといられる」

 もらった果物を口に入れて、マットルはフィリィの鞄を見遣った。玩具が入っているのに気付いたようだ。

「これ、まだ出来上がってないの。ナッスハルトに相談したくて」

「お待ちしておりました!」


 ナッスハルトは大袈裟に両手を広げた。良く分かったから、とりあえずどこかに座って話したい。すぐにナッスハルトは促す。段差のある玩具が広げられる場所を指差して、マントを地面に置いた。

 座ると服が汚れるからと言ってマントを広げてくれるわけだが、警備騎士隊長のマントをお尻で踏みつけるのも結構気が引けるんだが。ナッスハルトはにこにこ顔だ。女性を地面に座らせるならば当然らしい。

 分かった。遠慮しない。


「何に悩んでらしたんですか?」

「弟の誕生日に合わせて、パズル進化版を作ろうとしていて」

「誕生日にパズル? フィリィ姉ちゃん、たくさん作ってるのに」


 そうなのだが、コニアサスには工夫を凝らした物を作ろうかと思っている。少しばかり勉強に寄ったもので、けれど、子供が楽しめるものだ。

 しかし、想像はできているのだが、どうもイマイチしっくり来ないので、ナッスハルトに相談したかったのだ。マットルもいてくれると助かる。

 勉強も兼ねて、国の地図と、その周囲の海を模したパズルだが、工夫を凝らしたい。


「いい組み方ないかなあ。って」

「これって、この国なの? あ、ダリュンベリって書いてある。これ、王都の形なの?」

 マットルが、すぐに王都の形をした木片を探し当てる。簡単なパズルなので、簡単に国の形が出来上がるが、他に木片がある。


「これ、何に使うの?」

「あ、分からないよね。どうしようかな」

 パズル以外に要素があるので、パッと見て、何に使うか分かりにくい。なので、そこも迷っている。


「これ、城ですね。こっちは、街? もしかして、国を作らせる気ですか」

「当たり!」

「鬼教師……」

「何でよっ!」


 ナッスハルトは、比較的分かりやすい王都の城を手にする。時計台だけ目立たせてあるが、街は別だ。城と街がセットで、パズルの木札にはめられる凹みが作られている。


「これは木、湖、山。迷っているのは、他の街がどこなのか、分かりにくいってところですか」

「そうなの。王都と第二都市は分かるじゃない? あと、冬の館も分かるかな。あと他はどこも同じような街だし、区別がないのよね」

「なくて良いのではないでしょうか? 大きな街だけ特徴をつけて、他は同じ形にして。大体どこにどれくらいの街があるのか理解はできます」

「そうなんだけどね。小さい村とか、どうしようかなって思ってて」


 小さな村や街は他にあるが、パズルの大きさからとても小さくなってしまうのだ。口に入れられるのを考えると、小さすぎるのは避けたい。うーんと唸ると、ナッスハルトはどっちを選ぶか言ってきた。


「パズル自体を大きなものにして、詳細に作るか、もしくは、大体でも国の形を覚えるために小さくするかですが、一般的に売るならば、小さなものでいいですよね。それも考えていらっしゃるのでしょう?」

 フィリィは頷く。あくまで、ガルネーゼが店にあったものをコニアサスに送る体である。そのため、一般的に売ることを考えたい。だとしら、詳細でないものの方がいいわけだが。


「そこ、迷ってるの。弟のためには詳細なのが良くて、でも、砦とか作って売っていいかなって」

「ダメでしょうね。砦は避けた方がいいでしょう」

「何で?」


 マットルがキョトンとした顔で問う。フィリィは苦笑いだ。詳細すぎるものを作った場合、他国に渡ると困る。それを売っていた店も咎められるだろう。しかも、砦なんてものを作ったら、捕まる可能性がある。しかし、コニアサスには必要なものだ。


「でしたら、一般的なものを作りましょう。もっと単純でいいと思います。城もここまで分かるものではなくて、大きさで分ける程度にし、凹凸ではめられるようにすればいい。弟さんには、特別作らせたとお伝えしてもらって、詳細なものを作られたらいかがですか?」


 ナッスハルトは、この国のパズルはコニアサスに必要なものだと力説した。小さい頃から国の規模を知るのは良いだろうと。ナッスハルトは、フィリィがコニアサスに次代の王になってほしいと知っている。

「大きさも、かなりのものになりますし、遊ぶ感覚ではなくなるかもしれませんが、必要な教材となります。国自体が必要になることもあるかと」


 フィリィはナッスハルトの言わんとしていることに気付いて、むしろそちらを全く考えていなかったことに、間延びした声を出した。もし、何処かと戦いになったら、このパズルで仮想の戦闘が考えやすいのだ。


「不吉なことを言うようですが、我々には使い勝手がいい。どこに魔獣がいるかなど、考えるには分かりやすい地図ですね」

「魔獣! それもらった!」

「何です??」

「地図に魔獣出没が分かるようにしよう!」

「また、作業に時間が掛かる話ですね……」

 国全体ではなく、領ごとに分けて作ればたくさん作れる。やっほい。

「やっほいって、そんな余裕あられるんですか?」


 ナッスハルトの呆れ顔に、フィリィはぐっと言葉を詰まらせる。しかし、隣でマットルが目を輝かせていた。前に作った魔獣の種類の木札が面白かったらしい。あれに合わせて、地図とパズルがあれば、もっと分かりやすいと言う。

 だよね!?


 結局、何を作るか迷っていると、マットルが親に呼ばれて戻っていった。ナッスハルトがそれを見送って、急に真面目な顔になる。


「婚約の、契約魔法陣でしょうか。その手の甲のものは」

 マットルに触れただけで不義の印が出てしまい、ナッスハルトも気付いたようだ。フィリィも肩を竦める。異性であれば、子供でも関係ないようだ。


「分かりやすいよね。街にいる時は気を付けないと」

「精霊の契約は厳しいらしいですからね」

「ちびっ子に触っただけで光るとは思わなかったわ」


 子供たちに抱きついたら光りまくるとか、嫌すぎる。

 フィリィの不満気な顔に、ナッスハルトは眉を下げた。


「ご婚約者のルヴィアーレ様は、何度か鍛錬所でお見掛けました。夕食後、すぐを狙っているようです。あの時間、鍛錬所は人が少ないですから」

 やはり午前は避けてきたか。まあ当然だろう。その誘導をこちらもしているので、想定通りだ。


「ルヴィアーレ様はそれでも簡単な打ち込みをする程度です。魔導を使うような鍛錬はされません。騎士が相手もしておりましたが、眼鏡を掛けた男もたまに。ルヴィアーレ様の補佐は騎士と同等なのか、それとも魔導を使う者なのか、分かりませんでした」

「サラディカか。あの人も曲者そうだもんね。みんな魔導使える想定はしといた方が良さそうね。森の討伐についてはどう?」

 フィリィが問うと、ナッスハルトはニヤリと口角を上げる。


「フィルリーネ様のご意向により、森付近の討伐はロジェーニが担当いたします」

 そこが自分でないのがナッスハルトだ。自分は討伐に向いていないとのことである。昼寝の時間がなくなるだけかと思うが、仕事は早いので言うまい。


「ロジェーニによると、強力な魔導士のお陰で、森付近は比較的魔獣が少なかったようです。しかし、今後も注視していくとのことでした。門兵が集めている情報を共有し、討伐を進めていくとのことです」

「そっか。なら、良かった。ありがとう」

「強力な魔導士に関しては、箝口令が敷かれているため、情報は得られませんでした」


 おどけるような顔で肩を竦ませて言われて、フィリィは笑いが込み上げた。実際、バルノルジがその指示を出しているのだろう。

「本日も討伐に行っているようです。そろそろ戻ってくるでしょう。フィリィ様もお戻りになられた方が良いですよ。今日は渡りです」

「分かった。次回からは、もう少し簡単なもので呼び出してね」


 フィリィの言葉に、ナッスハルトが意外そうな顔をしてみせる。心外だそうだ。

 ナッスハルトは本を返却するために、王女宛に大量の物語を送ってきた。十代女子が好きそうな恋愛話の本を、大量にである。その暗号を解くのが、案外面倒だったのだ。


「あと少しで分からないところだったわ」

 ナッスハルトの暗号は本にあったわけだが、本の作者の名前の最後の文字を繋げると、わたりよん、だった。渡りの日の四の時である。


「まさかそんな、フィリィ様なら簡単に解けるはずです。現に今日いらっしゃった」

 ナッスハルトはわざとらしく頭を振り、畏まりながら会話を続ける。疲れるので、まあいいやと腰を浮かした。玩具についてはいい話をもらった。詳細なものと簡単なものと、別に新しく違うものを考えよう。


「ありがとう。助かったわ。ナッスハルトも、今日は早く帰りなさいよ。自分の家に」

「仕事が終わりましたら」


 嘘くさいにっこり笑顔に、あいつ絶対帰らないな。と思いながらナッスハルトとは別れた。

 ナッスハルトは浮名を流す男なので、精霊の契約を受けたら一瞬で呪われるだろう。


 民間制度になくて良かったね。でも、あったら昼間さぼって昼寝することはなくなると思う。

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