婚約の儀式
天の司、マリオンネ。天空にある浮島にある女王が統べる、特別な場所。
マリオンネには精霊が集まり、その力を借りた女王が大地にある国を分け、王を定めた。
女王は、国を統治する王を、まとめる者である。
役割は、精霊との共存を第一とした、王の監視だ。王が、与えられた土地に対し真摯に向き合い、統治しているか。精霊に感謝し、その力を借りて土地にある全てを慈しみ育てられるか。
違えれば罰を受ける。
と、言われている。今の所、グングナルドの王にその罰は下っていない。
フィルリーネは、ほとんど白とも言える色のついた衣装のスカートの裾を軽く上げて、航空艇に足を踏み入れた。隣には、同じくほとんど白の衣装を纏ったルヴィアーレがいる。
真夏のこの暑い時期だが、手足を見せない衣装は地面ぎりぎりまでの長さで、きつく絞られた腰のベルトまで白である。その上白のマントまでしているのだから、フィルリーネの髪だけが金で浮いた。
ルヴィアーレは真っ白である。明るい日に当たると、ルヴィアーレの髪は完全な銀に見えるので、白の衣装と見ると目に痛い。間違い。とても神々しい……?
ムイロエがぷるぷる震えているので、ルヴィアーレの存在の威力が発揮されているようだ。
航空艇でマリオンネの浮島まで行くのだが、グングナルドから近い、小さな浮島に着陸する。
マリオンネは、王族以外の人間を受け入れない。婚姻する相手はともかく、王族でない者が乗船している航空艇で、マリオンネへ行くことができないのだ。そのため、一度マリオンネの一番端にある浮島で、航空艇を降りる。そこからは転移魔法陣で移動するので、側仕えや警備たちとは、そこでお別れだ。
「まだ、北部は雪があるわね」
マリオンネはグングナルドの北部に位置しており、他の国の上空にあるわけではない。マリオンネから下を見れば、海となった。
窓から見える景色に、フィルリーネは目を眇めた。北部はまだ寒い時期で、山脈は真っ白だ。街も見えたが、土が見えない。
「冬の館が開くのも、もうすぐでしょう」
レミアの声に、フィルリーネは、そうね。と小さく返す。
北部には、冬の館と呼ばれる城がある。冬の時期、そこは雪に囲まれて身動きができなくなるのだが、マリオンネに一番近いことから精霊が多いと言われており、そのため街は大きい。ただ、周囲には雪の中動く魔獣が多いことも有名だった。
「国境騎士団も、もう少しで王都に戻れるわ」
冬の館の近くには、国境がある。最北端の港町である冬の館の海の向こうにあるのは、大国キグリアヌンだ。
北部は、冬の館と街しかない場所だが、そこに海を越えてキグリアヌンの商人などが渡ってくる。精霊の雫や魔鉱石が採れる場所でもあるので、防衛も兼ねて、国境騎士団が滞在していた。
冬の間、長く冬の館に閉じ込められることになるので、騎士たちは毎年王都に戻り、人員の入れ替えを行う。団長など上の人間はまた冬の館に戻るのだが、騎士たちは希望があれば入れ替えられた。
その時期も近い。
「フィルリーネ様、この後航空艇が着陸しましたら、ルヴィアーレ様とお二人のみになります。マリオンネの警備たちがお迎えに上がっているはずですので、指示に従っていただくようお願いします」
「分かっているわ」
婚約の発表とお披露目は城で行った。婚約の儀式は、精霊との儀式。儀式は精霊に誓いをたてるためのものであって、人に対し行うものではない。そのため、今回の儀式は、二人だけで行う。
儀式は、浮島の一つキュオリアンと呼ばれる島で行われるが、フィルリーネも行くのは初めてだ。
キュオリアンには、婚約や婚姻などの儀式のために作られた建物があるらしいが、そこに女王が来るわけではない。立会人は、マリオンネの乙女と呼ばれる女性たちである。
マリオンネの乙女たちの他に唯一同席を許されるのが、ムスタファ・ブレインと言う、女王の補佐をする者たちの一人だ。それが、誰になるのかは知らない。
ムスタファ・ブレインの役割は、国で王を補佐する者たちと同じらしい。政務の長や騎士の長と言ったところだ。
「そろそろ、到着ね」
フィルリーネの言葉に、ムイロエが反応する。ルヴィアーレは別部屋にいるので、伝えてくると、いそいそ部屋を出て行った。ルヴィアーレが関係すると、仕事が早い。
同じ部屋ではないのは、婚約前だからだ。体裁を整えるのは大事なことなのだ。
めんどくさいね。
着陸する航空艇は、羽のような翼を上部で重ねて折りたたみ、静かに着陸する。虫のような形の航空艇は、音も立てずに降り立った。
部屋から出てきたルヴィアーレが、そっと手を差し出した。それに心持ち触れて、航空艇を降りる。
建物も何もない、平坦な島。航空艇の離着陸用の浮島なので、航空艇の発着所のように、整地された広大な場所があるだけだ。しかし、浮島で周囲は空のままなので、巨大な船にでも乗っているような気分になる。
そこで待っていたのは、騎士二人。マリオンネの人間は見目が良いと言われているが、顔の整った二人が待ち構えている。格好も髪型も同じなので、双子のようにも見えた。
顔が整いすぎると、個性が消えるのではないかと思う。そのせいか、マリオンネに行くと、人形がたくさんいるみたいに思えるのだ。イムレスに言ったら呆れられたけれど、イムレスも見ればそう思うはずだ。
銀を基調にした鎧と、白のマントを纏う騎士二人が、フィルリーネとルヴィアーレを促す。特に言葉を発することもなく、ただ転移魔法陣の前へと促した。
「フィルリーネ様……」
レミアが、まるで人が婚姻したみたいに、感極まって目を潤ませている。
いや、婚約だから。婚姻、まだだからね。泣くの、早くない?
隣のムイロエの嫉妬の目よ。レミアと感情足して、半分こにしなよ。
騎士たちに促されて、巨大な転移魔法陣に足を踏み入れる。円形状に描かれた文字は金色を帯び、ふわりと浮くような感覚を覚えさせると、一瞬で別の空間に移動させられた。
「どうぞ、こちらへ」
辿り着いた先、騎士の声がまるで木霊するかのように響いた。その場所は、しんと静まり返っている。
白銀の壁に囲まれた広間は、円柱が高い天井を支えていた。その広間には円柱しかなく、一箇所だけ一本道の廊下が見える。騎士たちはその廊下へと歩んでいった。
見る角度によっては、所々薄い黄やピンクが映る。ほんのりと色が見えて、暖かな色味にも感じた。天井は水色で空を模しているかと思ったが、薄い水色の透明の屋根で、空が見えていた。
「天井は、魔導……?」
「そのようですね」
つい、口をぽっかりと開けて見てしまいそうになる。ルヴィアーレも見上げたが、あまり驚いた感じがしない。
私なんて内心、何あれ、何あれ!?って感じなのに。
『精霊の儀式だから、外でやるのよ。ここはただの通路。儀式の場所は、外よ』
へえ。エレディナの説明に、声を出さないよう頷く。
浮島の全体像が見えないのでよく分からないのだが、この浮島はものすごく小さいらしい。
端っこに行って足滑らしたら、海に真っ逆さまだって、怖いね。
騎士たちに促されて長いその通路を歩むと、階段を登る。その登った先、木々や草花が見えて、足を止めた。
「外……」
本当に外だ。扉も何もなく、ただの回廊だったらしい。
周囲は木々の生えた林のようだが、その木々の間の先が青である。つまり、空だ。
本当に小さな島のようで、林の向こうがよく見える。宙に浮いているのがよく分かる景色だった。




