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討伐

「フィルリーネ様、ルヴィアーレ様に絵なんて見せたんですか?」


 いつもの回廊の壁で、アシュタルは小さな声で、不機嫌そうに疑問をよこした。


 何故そんなことになったのか、アシュタルは不思議で仕方ないのだろう。下手な絵なら分かりますけど、と言う辺り、ルヴィアーレは人の絵をうまいとアシュタルに言ったわけだろうが、だろうが!


「部屋に入られたのよ」

「えっ!?」


 大声を出して、アシュタルはすぐに自分の口を両手で覆う。周囲を確認し耳を疑うように、もう一度小さく、え? と言ってきた。二度も言わなくていい。


「あの側仕えたちども、慰霊祭の後の王の呼び出しに、呼んでも部屋に籠もった私が出てこないから、一緒に呼ばれたルヴィアーレに結界魔導解除させて、部屋にいる私を、ルヴィアーレに呼ばせたのよ」

「はあ!? 何ですか、それ!?」

「結界魔導解除できないなら、魔導士でも呼びなさいっつのよ。そして入ってきたのが、ルヴィアーレなの。意味分かる? 解除されて、側仕えが入るなら分かるわよ。入ってきたの、ルヴィアーレ一人よ。しかも、しっかり扉閉めて、部屋見聞してたのよ」

「何ですか。それ!」


 アシュタルは怒りを露わにする。護衛騎士からしたら、あるまじき愚行だ。

 婚約前の男を、婚約予定とはいえ他家の男を、王女の部屋に一人入れる。もしも、暗殺されたらどうする気だったのか。何事もないと思っていても、そこを警戒するのが、側仕えと騎士だろう。


「馬鹿ですか!?」

「さすがに呆れたわあ。個人部屋に婚約前の男を入れるとは、さすがに私も思い付かない」

「当然ですよ!」

 全くあり得ないことだ。憤怒するアシュタルが、噛みつくように口調を強めた。


「結界を緩めていたのも、仇になったわね。そこまで強力なのを行えるとは思われたくないからって、低くし過ぎたかも。それで、エレディナがいない時に入られるとは、運が悪かったわ」

 エレディナは今もいない。エレディナにもあちこち見て回ってもらっているので、常に一緒にいるわけでもなかった。何かあったらすっ飛んでくるので問題ないのだが、眠っている時は、さすがにどうしようもない。


「それで、絵を見られたの。見るなって言う方が無理な大きさだから、仕方ないんだけれど。人が眠っている間に、どこまで見られたか分からないわ」

 もう溜め息しか出ない。無表情で部屋に佇み。人の魔導書を読んでいた姿を見た、こちらの気持ちが分かるか。

 ルヴィアーレは何を思っただろうか。部屋には作り途中の玩具や道具もある。机の上には設計図も置きっ放しだった。


「絵のことを話してきたなら、部屋の絵を私が本当に描いたのか、疑ってるのかもね」

 絵の話がしたいため、庭園に行こうなどと言ってきたわけである。あざとい。


「花探しに庭園になんか行くかっ。鍛錬してろっ」

「フィルリーネ様が学生の時に描いた絵は、別人が描いたという噂がある。とは言っておきましたが、信じているといいんですが」

「でかしたわ。アシュタル」

「結構古い話ですから、その噂は聞けても事実は分からないでしょう。そんな噂を流した生徒がいたとは、さすがに調べきれません」


「とにかく、探りを入れてきているから、悪いけれど、気を付けて話してくれる?」

「承知しております」

「しかし、めんどくさいわあ。ほんと、めんどくさい。あの男!」

 フィルリーネの叫びに、アシュタルが深い息を吐いた。


「どうしたのよ。負けちゃった?」

「違いますよっ!」

 アシュタルはすぐに反応する。フィルリーネがクスクス笑うと、少しばかり拗ねるようによそを向いた。


「見てみたいです。その、絵を。見たことありませんからね、フィルリーネ様の絵。絵だけじゃないですが」

 ロブレフィートの演奏も、玩具も、アシュタルは見たことがないとぼやく。


 アシュタルは部屋に入ったことがない。自分が絵を描くことを知っていても、見せる機会がない。ロブレフィートも聴かせられない。アシュタルやカノイは、偽の自分しか知らないことに、今更気付く。


「壁一面に描いたから、迫力だけはあるのよね。そのうち見せられるわよ」

「そうですね」

「で、負けたの?」

「負けてません!」

 しんみりしたところでフィルリーネがからかうと、アシュタルががなった。


「手も抜かれていましたし、フィルリーネ様がいなくなったら、相手は大丈夫だと断られました。こちらを警戒したのかもしれないです」

「ただの優男じゃないでしょう?」

「ないですね。一撃で魔獣倒すだけあります。それで魔導を使うのなら、敵にはしたくないですね」


 まったくだ。どれほど強いのかは分からないが、敵になれば一筋縄ではいかない。やはり早々にお帰り願いたい。


「鍛錬はしたそうでしたので、また来るとは思いますが、時間をずらしてくるでしょう。午前は王騎士団が使うことを伝えてあります」

「午後は警備騎士か。ロジェーニにも伝えておくけれど」

「それに関しては問題ないです。ルヴィアーレ様が鍛錬所に来た時には確認を怠らないように、仲間たちに伝えてあります」

「偉すぎ、アシュタル。ありがとう」


 アシュタルは当然ですと胸を張る。ルヴィアーレがただの優男ではないことが分かった今、警戒すべき相手なのだ。城を探っているのでどう動くかは見極めたいし、ルヴィアーレだけでなく他の者たちの腕も確認したい。


「剣の腕もありましたし、王の騎士として護衛に入っていたのは噂ではないんでしょうね。鍛えてますよ、あれは」

「こっちと違って、向こうの噂は間違ってないわね」

 フィルリーネの言葉に、アシュタルは笑いを堪える。


 優秀、優秀、何でも優秀。噂が全て間違いのないものならば、姪の件も間違いないのだし、早く帰れ。もう祈る。早く帰れ。


「ああいう暗躍策士みたいなの相手してる暇ないのに! めんどくさ!」


 アシュタルはそれを聞きながら、向こうもそう思い始めてますよ。と苦笑して言った。






「バルノルジさーん」

「フィリィ!?」


 草の根を分けて歩く足音しか聞こえない薄暗い森の中、バルノルジたちが進んでいく姿を目にして、フィリィは手を振りながら声を掛けた。一気に振り向いた男たちの視線を気にもせず走り寄ると、バルノルジがこれでもかと目を見開いていた。


「お前、一人か!?」

「そうですね」

「森に、一人で来たのか!?」

「そうですね」


 開いた口が塞がらない。バルノルジは目元を押さえて、空を仰ぐ。

 まあ、いいじゃないですか。

 長い獣寄せの笛が鳴った日、エレディナが気付いたが、バルノルジと一緒に街を出ることはできないので、時間をずらしたのだ。

 そもそも街から出ても、戻って来られない。街の人間である、証明書を持っていないからだ。


 王都ダリュンベリの街で生まれた者には、王都の証明書がある。生まれた時に聖堂で受け取る銀製の親指ほどの札だが、これがなければダリュンベリの人間と認められない。認められなければ、商人などが得られる許可証がない限り、街に入られなくなるのだ。


 旅に出る時は、旅券所でその旅券を発行してもらうため他の街に行けるが、証明書がなければ発行してもらえない。証明書を無くせば、再発行にお金がかかり、手続きも面倒なので、自分の証明書は肌身離さず持つのが一般的だ。


 しかし、王女はその必要がない。王女が街を出るのに一人などあり得ないので、王族にその証明書は発行されない。王族でありながら、その存在を証明するものはなかった。

 証明書と同じものは、ガルネーゼ辺りに頼めば作れるわけだが、今回は必要性を感じないため、作らなかった。


 バルノルジは背中に大きな剣を背負っていた。昔の鎧を着けているか、あちこちに細かい傷が残っている。街から離れており、魔獣も多い森なので、しっかりと装備してきている。

 周りにいたのは狩人たちで、弓を持つ者や剣を持つ者がいた。魔導士はいなそうだ。それならこちらには都合がいい。


「小型艇に乗って来たのかい。お嬢ちゃん」

 バルノルジと同じくらいの年の、弓を片手にした男が、不審な顔をしてこちらを見遣る。バルノルジはすぐにフィリィを背に隠した。


「街を出る前に言っていた魔導士だ。お忍びで来てもらっているから、不要な質問はするなよ」

 バルノルジはしっかりとフィリィの情報を隠すつもりだ。精霊の祀典のこともあるので、あまり目立たたないようにしてくれるらしい。


「何でもいいが、大丈夫か? 足手まといになるなよ?」

 男たちは随分とピリピリしている。もう既に、何匹か倒したのだろう。腕に傷のある者もいた。


「何、出ました?」

「スパルダとダキだ」

「ちょっと厄介ですね」


 スパルダは鳥追いに使った鳥と同じ大きさで、見た目も似ているが、鶏冠があり水色をしている。普段はおとなしい鳥だが、怒らせると魔導を爆発させ、電撃を走らせる鳥だ。当たりどころが悪いと失神したり、即死したりする。怒らせる前に倒さなければならない。


 ダキは、お腹が出て手足が短い不思議な生き物で、動物の死肉を食らう。手を使って食べている時は大人しいが、近寄ると奇声を発し、仲間を呼ぶ。仲間を呼ぶと気が強くなるらしく、人に襲いかかる。その襲いかかり方が気持ち悪く、一心不乱に走って来て、頭を開いて食いついてくるのだ。口が二つある、不気味な魔獣である。


 どっちもどっちだなあ。と思いながら、フィリィはフードを被り直した。頭からすっぽり被ると左右が見えにくくなるのが難点だが、一応顔は見せないように気を付ける。


 やる気はあるので、念のためのフード付マントだ。

 エレディナには、離れて周囲を確認してもらう。

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