表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/315

鍛錬

「お話は伺っております。フィルリーネ様の頼みとか」


 王騎士団のアシュタルは、横目で遠目に見えるフィルリーネを睨め付けながら、サラディカに向き直った。


「鍛錬であればいつでも仰ってください。こちらは全く問題ありませんので」

 難色を示したのは、見学用の机と椅子を鍛錬所に持ち込んで、優雅に茶を飲んでいるフィルリーネに対してなのだろう。

 アシュタルは不満気に、ただあの場所でお茶はちょっと……。と呟く。


 入り口近くでも、弾いた剣が飛ぶ可能性もあるのだ。フィルリーネに何かあれば、罰を受けるのは必死。アシュタルは出来るだけフィルリーネに近寄らないように、他の団員たちに注意しながら鍛錬所の説明をしてくる。


「狩猟大会での腕は、聞き及んでおります。ゴリアルテを一撃で倒されたとか。こちらでは剣や弓など使用する鍛錬所と、魔導のための鍛錬所、対戦用の広さのある鍛錬所、それから、実践向けの獣を放つ鍛錬所などがございます」

 広さがあるので、方向を指差す程度の説明だが、フィルリーネが入り口近くで茶を飲んでいるため、移動できないのだろう。


 棟ごとに行える鍛錬が違うらしく、今ここにいる場所は、剣のみの鍛錬所となっている。他にもいくつかの部屋に分かれており、階高のある大きな広間が何部屋かあるそうだ。

 隣の空間は、弓で狙いを定めるための目標物や、相手がいない場合に使用する人型の藁が置いてあるようだ。

 イアーナが、惚けた顔で周囲を眺めた。レブロンも、故国との規模の違いに驚きを隠さない。


「魔導を使用できる鍛錬所は、別の建物になります。そこでは魔導防御壁もございますし、かなり広大な場所を擁しておりますから、周囲を気にせず鍛錬されることが可能です。……今日は、無理でしょうけれど」


 アシュタルは、非難めいた口調で、ぼやくように言う。

 どうやら、ルヴィアーレの、魔導を伴った剣技が見たいようだ。しかし、ここで行うわけにはいかないらしく、アシュタルは、この場所では剣のみでお願いしますと、残念そうに言った。


「ドミニアンを一撃で倒されたのですから、かなりの腕とお見受けします。フィルリーネ様とご一緒されるとは思いませんでしたが。誰か相手をさせましょうか? それとも、フィルリーネ様に、何かご希望があられたりは」


 何でも注文してくるフィルリーネならば、鍛錬の仕方まで口出しをしてくると思ったらしい。今の所、そんな口は出してきていないが、飽きてきたら余計なことを言う可能性はある。

 アシュタルはそう思っているようだ。フィルリーネの依頼は、何が起きるか分からない、と口籠もった。


「フィルリーネ様が何もおっしゃらないのならば、こちらはこちらの騎士と行うので、問題ありません」

「そうですか。そうですね。騎士の方々も、鍛錬されないと」


 アシュタルは残念そうにしたが、それも当然だと頷いた。フィルリーネがいる手前、自分の騎士を使うとは思わなかったようだが、よほど鍛錬したいと理解したらしい。実際はお互い手を抜けるからだが、言う必要はない。


「フィルリーネ様には感謝しています。私も鍛錬不足であったのは否めませんので」

「もっと早くお誘いすべきでした。申し訳ありません」


 メロニオルより、鍛錬所の使用については耳にしていた。アシュタルが、余裕があれば足を運ぶように言伝ていたことも知っている。ただ、こちらに来る機会がなかっただけだと言うと、アシュタルは安堵の顔を見せた。

 メロニオルを紹介してきたため、王の手ではないことは分かっているが、鍛錬所にどの程度の者が現れるのかがまだ分かっていなかった。調べさせていた間、ここに訪れることができなかっただけである。


「普段は王騎士団も警備騎士も、兵士も時間を気にせず使っておりますが、午前中は王騎士団が使用していることが多いです」

 アシュタルはフィルリーネがいることも気にせず、鍛錬所の説明をした。自分がいる時に説明をしたかったようだ。フィルリーネが機嫌を悪くしないかを見つつ、簡単に分かりやすく話す。


「アシュタル、ルヴィアーレ様と鍛錬されたら?」

 説明をしていると、フィルリーネが口を挟んだ。言われたアシュタルが気まずそうな顔をする。


「言ってるそばから、ですね。いかがされますか?」

「構いません」

「先に軽く流してから、ルヴィアーレ様と行います」


 すぐにそう答えるあたり、どうやら想定していたようだ。言ってくるの早えよ。とアシュタルが口だけで呟いたのが見えた。

 他の団員たちは、哀れむような顔をして見ている。よくアシュタルを呼んで命令するため、からかわれている話は本当のようだ。


 アシュタルは既に鍛錬していたので、汗もかいているのだろう。軽く剣を振って、こちらが用意できるのを待った。


「ルヴィアーレ様。こちらを」

 鍛錬用の剣は刃がなく、切っ先が丸まっており木でできていたが、しっかり重みのあるものだ。肩がけのマントを外してから、その木の剣を手にする。


 王騎士団団員たちは鎧を纏ったままだった。鍛錬とはいえ、何かあればすぐに動けるようにしているのだろう。こちらは、鍛錬用のなめし革で作られた簡易的な鎧を纏っている。重さでいえば、こちらの方が有利だった。


 さて、アシュタルの腕はいいと言うが、ここでそこまで戦う理由がない。

 相手も遠慮してくるだろうから、それに合わせておくか、それとも。


 フィルリーネは笑顔でこちらを見ている。これでは会話ができないので、また何か手を考えなければならない。

 面倒なことだ。馬鹿な王女には適当に相手をしていればいいと思っていたのが、そうもいかなくなってきた。


 化けの皮を被っていないことは、確認しなければならない。


 ガツンと木々がぶつかり、滲んだ音が響く。

 力は七割も出していないか。アシュタルの余裕の顔は様子見であることがありありとしている。何度か打ち付け合うと、アシュタルは速さを上げた。相手の腕を図り、速さを変えてきたのだ。


 ガツ、ガツ、と鈍い音が鳴る。

 腕があるとは聞いていたが、確かに悪くない。速さもある。良く見ているし、隙を与えない安定さがある。少し癖があるか、剣が受けづらい。

 無闇矢鱈穿つのではなく、間を取り、相手の足さばきも見極めて打ち付けてくる。それでも力を抜いているのだろう。口端に笑みを湛えた。


 長く打ち続けて間を取るために離れると、アシュタルも剣を構え直した。

 そうして、また打ち込もうとしたその時、パン、と柏手が打たれた。


 音の元はフィルリーネだ。


「つまらないですわ。ルヴィアーレ様であれば、アシュタルに簡単に勝てると思ってましたのに。わたくし、先に戻ります」


 フィルリーネは立ち上がると、さっさと部屋を出て行った。周囲にいた騎士たちがぽかんと口を開けて、フィルリーネの背を追う。

 飽きるのが早いのか、鍛錬が見たいと言うのは、ただの口実だったのか。全く分からない。


「あーのー」

 アシュタルは間延びした声を出すと、えーと、と口籠る。補う言葉が見付からないらしい。言葉が出ないと、えーと、を繰り返すと、かろうじて、


「剣のことを、全く知らない方ですから」

 と説明した。取り繕う周囲の人間の苦労を考えると、哀れに思う。フィルリーネに関わると、こんなことばかりなのだろう。


 アシュタルは、フィルリーネの被害に合った者に、ことさら優しいそうだ。それも成る程と納得した。被害に合った自分にも同情しているのだ。振り回される者の気持ちは、理解できるわけである。


「フィルリーネ様には、後ほどご機嫌を伺いに参ります。今行っても、お怒りを受けるだけでしょう」

「あー、そ、そうですね。えー、このまま、鍛錬を続けられますか?それとも、他の場所を見学されますか?」

「こちらは適当に鍛錬を行いますので、アシュタルは仕事に戻ってください」

「そうですか。お力になれず、申し訳ありません」


 アシュタルは肩を下ろすと、なんとも情けない顔をした。しかし、すぐにそれを消すと、鍛錬所にいつでも入れることを伝えられた。


「こちらに来てから、身体を動かすこともないでしょう。たまには、こちらにいらっしゃれるのならば、お時間があればですが。他国へ来て、気疲れもするでしょうし」

 誰とも言わず、フィルリーネが出て行った扉に目を向ける。もう姿のない彼女は、部屋に戻っていることだろう。


「アシュタルは、フィルリーネ様の警備騎士をしていたそうですが」

「二年ほど前ですが。私は数年、フィルリーネ様に付いておりました」

 少しは子供の頃を知っている。それならば、フィルリーネが絵を描くことを知っているのだろうか。


「フィルリーネ様の、絵心には感心しました。良い趣味をお持ちですね」

「え、ご、絵心ですか??」

 アシュタルは意外だと、素っ頓狂な声を上げる。とぼけた顔が間抜けだ。


「フィルリーネ様の絵を、見られる機会があったのですか??」

 知らないのか。余程予想外の話だったのか、狼狽した様子を見せて問うてくる。


「フィルリーネ様の警備はしておりましたが、フィルリーネ様の幼い頃は、今以上に奔放だったので、おとなしく絵を描く姿は見たことはありません。騎士たちを罠に掛けようとしたり、お茶会か、部屋に籠もるかだったので」

 騎士を罠に掛ける意味が分からないが、そこは無視しておく。


「その頃から、部屋に籠もっていたのですか?」

「それは、昔から変わりません。よく部屋に籠もっておいでで、何をされているかは、私たちにはまったく」

 アシュタルは首を振った。

 それでは、常に部屋で描いてきたのか?


 あの絵が描けるまで、それなりに学び、練習してきたはずだ。それなのに、護衛騎士が全く知らない。今なら隠していてもあり得るが、子供の頃から隠しているとなると、相当な曲者だ。


「ただ、絵心というのは、学院で描いた絵が、評価が高かったためで。あれも、別の者が描いたとか、あ、いえ。で、では、私はこれで」

 アシュタルははっと気付くようにすると、表情を繕い、そそくさとその場から離れて行った。 


 別の者? 部屋に入れさせて? 常に籠もっていて、誰かに描かせた?

 アシュタルは、フィルリーネが絵を描くことも知らない様子だった。


 疑問が疑問を呼んでくる。フィルリーネは自分が描いたと明言したが、そうではない可能性もあるのか。


 部屋の中の彼女は、まるで幻で、夢に過ぎなかったと思わずにはいられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ