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ルヴィアーレ2

 そうして入った、その部屋の中。

 まるで、その景色をそのまま写したような、美しい風景。目を奪われる、一面の壁画。


 これを、フィルリーネが描いたのか?


 まるで風を感じ、香るような見事な描写に、息を呑んだ。



 見たことのない、大木の紫の花。一房ずつ細かに描き、地に落ちた花びらまでもが美しい。

 この国の花なのか、名も知らぬ花の、幻想的な風景だ。


 大木の側には、四つ足の動物が二体。一体は眠りにつき、もう一体が守るように寄り添い、こちらを見つめる。それも意味があるのか、正面を見据える動物の目が、まるで結界を張るかのように、力強かった。


 部屋の一面は、その絵で覆われている。部屋にはロブレフィートがあり、棚には楽譜が並べられていた。しかも、難曲ばかりで、積まれた楽譜の一冊には栞が挟まっていた。開けば書き付けが見られる。練習はしているようだ。


 本棚には綺麗に本が揃えられている。新品のままではなく、読み漁ったような跡があった。本の種類は多様。学問から魔導、文学や画集などもある。


 それから、何種類もの工具や道具が箱に収められていた。よく使うのか、蓋があっても、閉められていない箱だ。長机の上には絵筆や木炭、簡単な素描や、書き付けがされた紙が散乱している。

 何かの設計図、なぜか、鋸。そして、作りたての、何か。木片が無造作に置かれて、組み立てられている物もあった。


 別の棚を見れば、いくつもの木細工が並べられている。数字の書かれたものや、文字の書かれたものばかりで、同じものは一つとしてない。全て違う作りで、一体何のために置かれているのかも分からない。


 全て自分で作ったものなのか、出来上がっている一つの四角い木片を手にすると、数字の木片と同じ穴が空いているのに気付く。これを入れられるようにしているわけだが、やはり何のための物か分からない。


 他の物に視線を向けると、魔獣の絵が描かれた木片を見付けた。

 細かな描写の魔獣、別の木片には名前や特徴、弱点などが書かれている。


 これを、一人で作ったのか? 知識もいる、絵心もいる。種類も多く、一人で行ったとは思えない。


 本当に彼女が作ったのか。見遣ったフィルリーネは、長机の前にあるソファーに座り、もたれたまま眠っていた。

 手に握るのは金の簪。あれだけ人に白から黒などの単色と言っておきながら、自らは金の簪を頭に飾っていた。衣装は着替えていたが、簪だけを手にしていた。


 泣いていたのか、頰に涙の跡が残っている。


 この部屋を見る限り、王女の体はない。高飛車で嫌味を言い、無駄に飾り立てる王女が、好むような部屋ではない。


  違和感しか感じない。この部屋は、何だ?






「出て行ってくださる?」


 目覚めたフィルリーネは、冷静にして毅然とした態度だった。

 意外だった。もっと、感情的に喚くのかと思った。


 いつもの子供じみた怒りではない。目が覚めて自分に気付いた瞬間に、短剣に手を伸ばす冷静さ。自分から目を離す真似をせず、警戒を怠らぬ姿勢。

 初めて見せた、王女らしい威厳。


 フィルリーネは、隠れて一体何をしているのだろうか。






「慰霊祭に思うところがあるようだな」


 ルヴィアーレは、ここ最近のフィルリーネの雰囲気を思い出していた。

 慰霊祭について話す態度は気もそぞろで、早く終わらせたいような、憂鬱そうな気配を醸し出して、ただ面倒だと繕っていた。


「叔父を亡くしたくらいしか、身近ではありません。それも、十年近く前です。叔父に懐いていたそうですが、カノイによると、叔父といた頃から成績が悪くなったとかで、印象は良くないと言っていました。魔導院の古老も、聡明だったが、すぐに露呈したと言っていたとか」

「いつ頃から悪くなったのだ?」

「叔父が死ぬ前と聞いていますから。五、六歳頃でしょうか」


 それでは随分と子供の頃だ。早熟だったが長く続かなかったことになるが、あの部屋を見る限り、そこまで愚鈍には思えなかった。


「何か、お気にされることがございましたか?」

「芸術肌は本物のようだ」

 壁面の絵だけでなく、魔獣の絵などを描いていたら、まさしく王宮専属絵師になれるほどの腕がある。


「あの女がですか??」

 聞いていたイアーナが、裏返った声を出した。ありえないと、頭が落ちそうなほどぶるぶる振る。


「部屋に籠もってばかりで、部屋を出ることはないのだろう?」

「籠もりっぱなしだと、耳にしております」

 サラディカの言葉に、イアーナがうんうん頷いた。メロニオルから聞いたようだ。部屋に籠もりきりなのは有名らしい。


「絵だけでなく、工具なども収められていた。蔵書も多かったな。魔導書がやけに多かった」

 何かしらを作るだけ作って棚に飾り、終わりか? 謎だな。それが趣味なのか?


 魔導は意外と学んでいるのかもしれない。扉に掛けられた魔法陣は、興味深いものだった。

 しかし、考えても分からない。何のために作っているのか、目的が分からないのだ。


「隠れて学ぶ、努力家には見えないが」

「成績は中の上くらいらしいですよ。普通です。王族でしたら、普通以下ですよ」

 優秀って言ってそれかよ。とイアーナが悪態をついた。王族であれば、中の上は低すぎる。


 話していると扉が叩かれ、パミルがお茶と菓子を運んできた。話が長くなるので、気を利かせたようだ。机に皆の分のカップを並べたが、出された菓子にルヴィアーレは引っ掛かりを覚えた。


「その菓子は、どうした?」

「厨房で作らせましたが?」


 見覚えのある、真っ白な塊。さくりとした食感で甘みがあるが、中には甘く煮詰めた酸味のある果物が入っており、甘いものが苦手な者でも好む菓子だ。


「続くな。我が国の菓子が」

「料理長がこちらに合わせているようです。前に、フィルリーネ王女が、飽きたと言われてから」


 パミルの言葉に、皆が頷く。

 確かにそんな話はあった。それで助かったのは確かだ。この国の料理は、自分の口には合わない。

 その時は、その程度の気持ちだった。運が良かった、と。


「飽きた、か。料理が変わり始めたのは、王女と昼食を共にしてからだな」

 ルヴィアーレの言葉に、皆が顔を見合わせる。思い出しながら頷き始めた。


「そういえば、そうですね」

「そんな気もします」

「確かに、時期的にはそれくらいだったかと」

 サラディカだけでなく、イアーナもレブロンも、時期はそれくらいだったと頷いた。


 気のせいだろうか。ただの偶然か。

 出された菓子を口にすると、人の好みに合わせたように、甘さが控えめになっている。

 茶を出された時、甘過ぎると言っていた。あれも関わっているなど、あり得るだろうか。


 違和感を感じると、全てが気になってくるが、フィルリーネの突飛さを考えると、何とも言えなくなる。

 ただ、あの部屋だけは、事実だ。


「慰霊祭で、王とお話でしたが、いかがでしたか」

「策略家の印象は強いな。あの娘の父親とは思えぬ。こちらを脅してきただけある」

「警備は厳重ですね」

「常に結界を張っているとは、思いませんでした」

 サラディカが問えば、イアーナとレブロンが周囲の印象を口にする。


 雨まで弾くほどの防御壁を全身に掛けているのならば、魔導士に同情する。持続させるには、相当な力が必要だろう。貴族の前に出る時は、常に行っているのかもしれない。

 しかし、その防御魔導がなされていたのは、王だけだ。


「やはり、夫人と子を守る気はないようだな」

「そうですね。あの王女じゃあ。だから、ルヴィアーレ様が選ばれたんじゃないですか?」

「完璧なほどの馬鹿な娘だったな」


 ルヴィアーレの辛口の言葉に、イアーナが吹き出す。同感だと頷くのを眺めながら、自分の心の中では、本当にそうなのか? という、疑問が生まれていた。


「ここで、紫の花を見たか? 木に咲く、大量の紫の花だ」

「いいえ。見たことはありません」

「王女の植物園にはなかったと思いますけれど」

「城にある木々で、そのような花は見ておりません」

 三人は、口々に見たことはないと首を傾げる。なぜ、急に紫の花が出てくるのかという顔だ。


「王女に気付かれないように、探れ」

 ルヴィアーレの言葉に、皆が不可思議そうな顔をしながら、頷いた。






「部屋に勝手に入るような殿方と、お話などできません」

 ぷん、と顔を子供のように背けたフィルリーネは、訪れたルヴィアーレを迎えることなく、ソファーの上で姿勢良く座っていた。


 昨日の雰囲気とは全く違う、いつものフィルリーネの姿だ。昨日の表情を見ていなければ、何も感じることはなかっただろう。


「婚約の儀式も終えていない殿方が、女性の部屋に入るものではありませんわ!」

 もっとな意見だが、それを勧めてきたのは、フィルリーネの側仕えたちだ。

 フィルリーネの言葉に、ルヴィアーレから各々視線を逸らす。


 レミアが、対面のソファーに座るよう促した。フィルリーネが顔を背けようと、さすがに訪れた婚約者を追い出すわけにはいかない。昨日の失態は彼女たちからの依頼で、レミアはそれを良く分かっている。

 申し訳なさげにして、フィルリーネをちらりと見遣ったが、何も言わず、すごすごと脇へ逃げた。


 フィルリーネの側仕えは、全て入れ替えた方がいい。誰の目から見ても、王女に仕える者としての矜持がなさ過ぎる。いくら王女にその度量がなくとも、ないからこそ、側仕えは質の良い者を揃えるべきだ。

 口にする必要もないが。


「フィルリーネ様のお部屋に入ったこと、お詫び申し上げます」

 とりあえずは謝罪の言葉を口にして、フィルリーネの反応を見る。


 頰を赤らめながら横を向いたまま。窓の外を見ているのか、何も見ていないのか、それでも頰は赤い。怒っているようだが、それも昨日の姿からは、かけ離れた顔だった。


 演技? まさかな。


「フィルリーネ様のお部屋には……」

「お話ししたくありません!」


 間髪入れず、フィルリーネは拒否を述べる。最後まで話していないのに、早い返事だ。

 顔を背けたままで、こちらを見ようともしない。フィルリーネの後ろで、レミアが何か言いたそうにしてそわそわしているが、やはり何も言えないと俯く。


 癇癪を起こすことが恐ろしいわけではないだろうに。なぜそこまで意見が言えないのかと思うのだが、その程度の側仕えだと考えれば、疑問を持つ必要もなかった。

 しかし、このままでは話を聞くことも難しい。断り続けられれば、部屋の話題を出すことなどできぬし、出してもこうやって全てを拒否してくる。


 それが、うまいやり方にも思える。


「でしたら、今度、庭園の散策をご一緒いただけないでしょうか? まだ、お会いして日も浅いのですから、お互いを知る機会を増やす必要があると思うのです」


 ルヴィアーレの言葉に、フィルリーネは一度沈黙した。後ろのレミアが早く答えろとやきもきしているのが分かる。自分がルヴィアーレを部屋に入れた罪悪感から、早く逃れたいようだ。


「お断りします」

 フィルリーネは拒否の姿勢を見せたが、どこか控え目な言い方だった。先ほどよりは怒りが和らいだ雰囲気を見せるが、ここでもう一度言っても断られるか、微妙なところだ。


「……そうですか」

 一度納得するふりをして、別の提案をしようとすると、フィルリーネはちらりとこちらを見て、目が合うとすぐによそを向いた。


 拗ねた子供のような、あまりに幼稚な仕草に呆れそうになる。もう一度言ってほしそうな、どこか落ち着かない雰囲気を感じて、これが本心なのだろうと納得せざるを得なくなってきた。


 昨日の姿が、むしろ偽物だったのだろうか。普段はやはりこちらの性格で、昨日の態度が珍しかっただけだったのか。


 演技をしている様子は見えない。フィルリーネはやはりこちらをちらりと見て、コホン、と咳払いをした。


「鍛錬などはされませんの? わたくし、一度拝見してみたいわ」

 澄ました口調、けれど、こちらの反応を落ち着きなく待つ姿勢。


 庭園で紫の花を問いたかったが、それを見越して庭園を避けたのか、それともこちらの実力を図るつもりか。

 そんな意図など全く感じさせないのに、そう勘ぐってしまう。

 昨日の違和感が強烈すぎたせいだ。


 だが、これが演技ならば、幼少から演じてきたことになる。そんな話の方が、荒唐無稽だ。

 考えすぎか。


「承知致しました。楽しみにしております」


 その返答に、フィルリーネは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

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