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慰霊2

「フィリィお姉ちゃん」

「お姉ちゃんだー」

「みんな、久し振り」


 癒しの一角に辿り着いて、フィリィは集まってきた子供たちを撫で回す。暑くて水浴びをしていたらしい子供たちは、頭までびしょ濡れだ。


 この時期は、子供たちがよく水路や用水池で遊んでいる。なので、水に浮く素材でパズルを作ってきて、それを渡した。しっかりはめれば文字になり、大きな正方形になる。微妙な凹凸をつけるのはいいが、単語を幾つも作ったので苦労がいった。切り込み方さえ間違えなければ、商品になるだろう。


「マットルはいないの?」

 集まってきた子供たちの中に姿が見えなくて、フィリィは周囲を見回した。マットルは不在だ。代わりに新しい子供が見える。最近まで母親におんぶされていた子供が、人の手を借りて少し歩けるようになったようだ。それを見ている子供もいた。


「マットルは、お使い行ってる。最近、お手伝いばっかり」

「そっか」


 もうそんな年なのだ。親の手伝いだけでなく、どこかで仕事の手伝いをしはじめたのだろう。バルノルジに、そんな仕事の手伝いはないか聞いていたはずだ。後でバルノルジに聞いてみよう。


 フィリィは皆で歌を歌いながら、今日の授業を始めた。この時期のために、水辺で遊べる玩具も増やせれば良かったが、最近余裕がない。原因の一つ、ルヴィアーレの顔が頭に浮かんで、すぐにそれを、首を振って飛ばす。


 水を使って地面に文字を書きながら、子供たちが楽しそうに過ごしているのを、微笑ましく見つめた。

 旧市街に住む者たちは、白などの服は着ていない。旧市街も布を飾ることはなかった。ここでは、そこまでの布を使う余裕がない。

 仕事に給料差が出るのはやむを得ないが、他の仕事を教育上選べないのが問題だ。だが、彼らが行なっている仕事も、行わなければならないのも事実。問題は難しい。補償や、手当など、考えることはできるが、実現できるだろうか。


「フィリィお姉ちゃん、これは、なんて読むの?」

 声を掛けてきた子供が、手にあるパズルを見せにきた。残念ながら、持ってきたパズルは無理にはめられている。この程度のずれでは、子供は気にせずはめてしまうようだ。むしろ良くはめたな。と思いつつ、もっと分かりやすいずれを作らなければならないと反省する。


「これは、ここにははめられないから、読めないなあ」

「違うの?」

「おしかったね。他に文字はあるかなー」


 子供たちが各々探してくる文字をはめるのを見ていると、灰色の衣装を身に纏ったバルノルジが歩いてくるのが見えた。薄い金髪をふわふわ揺らして、手を振って来る。急いでいる雰囲気はない。そこまで急を要する案件でなかったことに安堵する。


「本当に来るとは思わなかった。思ったより、早かったな」

「私もそんな急ぎの用があったわけじゃないんで。でも、気付いて来れることは分かりました」

「どうやって気付くかは知らんが、来れるのが分かればいいさ。久し振りだな」


 精霊の祀典以来だと、バルノルジはフィリィの頭を撫でた。子供みたいに頭を撫でられて何とも言えない顔をしていると、子供たちが一生懸命はめているパズルに視線が移動しているのに気付く。


「街に来なかったからか、また知らない物があるな」

「単語の種類が少ないんですけれどね。できれば、もう少し大きな状態になるように作りたくて」

「文字になるように繋げれば、広がっていくのか」


 バルノルジは子供たちが持っている木片を見ながら、誰も触っていないところで木片をはめていくと、勝手にやるなと子供たちに怒られる。苦笑しながらバルノルジが座れる場所にフィリィを促した。


「最近、来なかった理由は何となく分かるがな。あれは、何かをしたのか?」

 祀典で精霊を呼んだことで来られなくなったのだろうと予測していたか、それは理解しても、どうやってやったかは分からなかったらしい。バルノルジは神妙な顔をして問うてきた。


「私も、あれは驚きました」

「驚くで、済む話じゃないけどな」

 ぽりぽりと頰をかいて、呆れ顔をしたが、フィリィが精霊を呼んだことに否定しないと、小さく吐息をついた。


「あの後、警備騎士があちこちうろついて、何が起きたか聞き取りをしていた。みんな酒に酔っていたし、舞台は暗いからな。誰が弾いていたとかは分かっていなかったが、ロブレフィートのせいではないかっていうのは、何人か言っていたぞ」


 ロブレフィートを弾いてから、精霊が集まってきた。それは、確信がなくても予想できるだろう。

 光の瞬き、集まるその灯火。まるで星のように、空を埋め尽くした。


「魔導を乗せる方法で演奏する人を見て、面白そうだなあって、やってみただけだったんですけれど。あんなに集まるとは、思わなかったんですよねえ」

「思わなかったんですよねえ、って。お前は」


 バルノルジは呆れ声を出す。魔導を使ったことに対してはあまり疑問に思わなかったようだ。思わなかったというよりは、想定していたのかもしれない。


「ロブレフィートを弾いている時に、少しだけだが、お前の周囲に柔らかい光が朧げに見えた気がしたんだ。俺も強い方じゃないから、何とも言えなかったんだが。しかし、俺ですら見えたから、魔導士なんかが見たら、そりゃ目立っただろう」

「ありゃりゃ」

「ありゃりゃって、なあ」


 そこまで全開で魔導を流したわけではないが、バルノルジでも見えたのならば、さぞ光を纏っていただろうに。魔導が強い人間が見れば一目瞭然だ。見ていたのがバルノルジくらいで良かった。


 ルヴィアーレは、余程押さえて魔導を流していたのだろう。自分は力がある方だと自負しているが、それでもルヴィアーレの魔導はほんのりしか見えなかった。少しくらい魔導を持っている者では、全く見えなかったはずだ。事実、この間の茶会でロブレフィートを弾いていたルヴィアーレからは、魔導を感じても光までは見えなかった。


「そうなると、あの人、相当熟練……」

 そんな微量な魔導を演奏しながら乗せるとは、繊細な力の使い方ができる者でなければ中々行えない。力が弱過ぎて、か細い魔導を流しているわけではあるまい。ルヴィアーレは弓矢に魔導を乗せて、魔獣を倒すような猛者だ。


「とにかく、次はやめた方がいいぞ。何かと問題になっても、困るだろう」

 薄々、それなりの身分で、お忍びで来ているのは感じているのだろう。バルノルジは目を逸らしながら、頭を掻いて遠慮げに口にする。


「そうですね。知り合いに、こってり怒られました。だから、今度は手持ちの楽器でやろうかなって」

「全然反省してないのか?」

「違いますよ。人気のないところなら、どれくらい集まるのかなって。やってみたくありません!?」


 フィリィの力説に、バルノルジは二の句が継げないと頭を振った。もういいそうだ。

 だって、面白いじゃない? 自分の演奏に、精霊が喜んで集まって来てくれるんだよ? 精霊に、感謝は必要だと思うの。


「そういえば、マットルがいないんですけれど、何か、お仕事とかしてるの、聞いてます?」

「家の手伝いと、今少し雑用をやらせてる。簡単なお使いだ。業者の顔と、道と店を覚えるためのものだから」

 バルノルジは、やはりマットルを使ってくれているようだ。バルノルジならば任せて安心だし、悪くすることはないので安堵する。


「今日は、家の手伝いだろう。うちの仕事は、一日置きだ。ちょっと、移動しようか」

 ここでは話せないことなのだろう。子供たちに、遊び終えた玩具は全てマットルに渡すよう伝えて、フィリィはバルノルジの後を付く。


「やっぱり、何かありましたか?」

「何かってほど、何かではないんだがな。最近、外に魔獣が増えているらしいんだ」

 夏の時期は、魔獣は多い。しかし、目に見えて増えている気がすると、門兵たちが外へ出入りする商人や狩人から聞くらしい。


「精霊が減っているからなのかどうか。曖昧な情報で、肌感ってところなんだがな」

「でも、そういう意見が出てるってことですもんね」

 バルノルジは頷く。しかし、いくら精霊が減っていても、それは地方の話だ。この辺りで精霊を移動させているとは知らない。


「そうなると、いよいよ女王か」

「そう思うか?」


 マリオンネの女王に何かあれば、地上の精霊たちはマリオンネに向かうかもしれない。体調が悪いと言われてから、未だ完全に回復しない女王の体調が悪いままであれば、精霊たちは別れのためにマリオンネに集まるだろう。

 そうすれば、魔獣が増えてくる。精霊が苦手な魔獣たちは、精霊がいないことをいいことに、行動範囲を広めるのだ。


「他に、あまり理由が。ですが、口にすることではないですね」

「そうだな。しかし、そうなると、冬にかけて食料を備蓄しなければならない」


 夏は始まったばかりだが、女王が崩御すれば、精霊の動きが悪くなる。新しい女王が立っても、精霊が活性化するには時間が掛かるだろう。

 この国は、元々精霊の動きが緩慢だ。精霊が移動した土地の付近に住む者たちにとって、死活問題に発展するかもしれない。


「ラータニアの王族が来たことで、何か変わるかと思ってたが、そうもいかないか」

「そもそも、まだ婚約の儀式すら終わってませんし」

「まだ、終わっていないのか。女王の体調が悪いのも長いのだから、そうなるわけか。それもまた、難儀だなあ」

 内心、このままでいいと思っているのは口にはすまい。女王の体調は勿論早く治ってほしいのだが。


 バルノルジはしばらく歩いて、市街地東部へ移動した。東門へ行くと、前に会った飴色の髪のグライデがこちらに気付いて敬礼してくる。


「グライデ、昨日言っていた魔獣の地図、見せてもらえるか?」

「はい、お待ちください」


 どうやら、比較的多く出没している魔獣の地図を制作しているようだ。商人などに周知し、できるだけ近付かないようにさせるための対処らしい。街の人間も森に行って動物を狩ることもあるので、この地図は必須だろう。


 広げられた大きな紙に、フィリィも注目する。王都ダリュンベリから街道がまっすぐに描かれて、隣街まで繋がっている。地図はそこまでのもので、森や草原、少し離れた場所にある、小さな村などが簡単に描かれている。一色に描かれたその地図に、赤色で×が記されていた。


「近所に出てくる魔獣は、そこまで強力なもんじゃない。警備騎士が討伐に行くし、狩人も、これを見て魔獣を狩ってくれる。見てほしいのは、ここなんだ」


 フィリィが気になったところを、バルノルジは指差した。一番×印が多い場所だ。沼地のある森の中で、周囲が湿地帯なので、あまり人が近付かないせいか、元々魔獣が多い。しかし、明らかに多いのが分かる。


「ここには、街の人間が近付くことはないから、増えてもいいんだが、ほら、ここから、村が近いだろう?それで、心配になってな」

「ロジェーニ隊長はご存知ですか?」

「ここは第三部隊の管轄じゃないんだ。第一部隊でな。話を聞いてくれない」


 第一部隊で思い当たる。ヒベルト地方の領主関係者が死んだ事件で、調査をしたのが警備騎士の第一部隊だ。王騎士団団長ボルバルトの命令を受けた隊である。隊長は、サファウェイと言ったか。


「フィリィもこの辺りに魔獣が多いってこと、知り合いがうろつくようなら伝えておいてくれ。警備騎士が動いてくれないんじゃ、俺ら民間が手を出すしかないから、討伐までは気を付けておいてほしい」

「討伐に行かれるんですか?」

「俺は適任だからな。何人かの狩人も連れて行く」


 バルノルジは苦り切った顔を見せる。確かに適任だが、この沼は街から遠過ぎる。街の防衛のために動く、民間警備が行うような場所ではない。民間警備が討伐となれば、兵士もいないだろう。狩人たちを雇って、まとまって行く気だ。


「討伐には、いつ行かれるんですか?」

「慰霊祭が終わってからだ。魔獣でも、血が見られるのは良くないから」


 死者に色は見せない。特に赤は嫌われる色だとされている。兵士だったバルノルジは、部下や仲間を看取ることもあっただろう。魔獣に殺される兵士は少なくない。


「討伐の日、私もご一緒します」

「は?」


 バルノルジは素っ頓狂な声を上げると、目を大きく丸くした。

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