提案
ラータニアに来ないか?
その言葉の意味が、よくわからなかった。
ルヴィアーレが真っ直ぐにこちらを見つめる。表情は変わらないのに、どこ張り詰めた空気を感じた。
「君には、想像などできないだろうから」
突然、ルヴィアーレが片膝を突いた。そっと手を取ると、触れるか触れないかくらいで、軽く口付ける。
何事が起きているのか。
精霊たちもその手を凝視していた。集まってきた精霊たちが、頭に、肩に、周囲を飛んでいる状態で、ルヴィアーレが顔を上げる。
「私の、妃に」
「は? ?? ?????」
頭の中が真っ白になった。なんの話をしているのだ。
「無論、すぐにとは言わない。君がグングナルドを離れられるとも思っていない。コニアサスが王として、国を担えるまでには、グングナルドを離れる気がないことも分かっている」
ルヴィアーレは跪いたまま、握った指先も離さぬまま、話し続ける。
「だからと言って、いつまでも君の進退を、周囲が放っておくことはないだろう。君寄りの臣下はともかく、他の者たちは君が一人であることをよしとしない。王族であるが故に、自由であれというのは無理があるのだから。君にも、婚約の話は多く来ていると聞く」
婚約の話。手紙はやたら来ている。ガルネーゼとイムレスが、よく手紙と睨めっこをしている。それらの相手を見繕い、治めようとしていた。ついでに忠実になれるかなれないかを判断し、引き入れても問題はないかの調査をしている。
フィルリーネに来る婚約の話は、フィルリーネの相手というよりは、使える男かそうでないかの判断材料になっていた。
今のところは、無視できると考えている。
なんにせよ、フィルリーネはグングナルドの女王にはならないからだ。すでに、代理という立場を表明し、コニアサスを王にすることは、通知している。
そのため、ある程度は放置できるのだ。
「も? ルヴィアーレも? そういえば、お葬式に、女子の圧力が」
シエラフィアの葬式中、女性がやたら前に出張っていると、ガルネーゼと話していたことを思い出す。葬式でもそんな真似をするのは、いかにも貴族らしく、そして、直系がルヴィアーレしかいない事実が、まざまざと感じられた。
某系の誰かを王族にする手もあるだろうが、それは最悪の場合だ。王族の血を継いでいるのは、ルヴィアーレのみ。
「ルヴィアーレは、他に人がいないから、もっとすごそう」
「君もそう変わらないだろう」
「似てても、全然違うと思う」
「だが、キグリアヌンからも来るほどだろう」
「まあまあ、面倒だよね。今はまだ、そこまでしつこくないけど」
そのうち、妙なことを考えて、ゴリ押しされたら面倒だとは思っている。ゴリ押せるようなものなどはないが。
しかし、あちらは大国の王。何を考えてくるのか、油断はできない。
「マリオンネの女王代理をしていると、キグリアヌンの王の耳にでも入ったら、面倒は増えるだろう」
「ああ、まあ、ねえ」
キグリアヌンもグングナルドと同じで精霊が少ない。王族は大国らしく、精霊に興味がなく、魔導機化を進めている。
グングナルドのように、大型の戦闘航空艇も多い。国内の領土で争いが起きても、すぐに制圧するための強行的な手段を好んでいる。
王には子供も多く、それらを地方に散らばらせて、王族の力を誇示する動きもある。オルデバルトが際立って面倒な真似をしたが、元は大国らしい軍事政権だ。
だからこそ、フィルリーネの力をほしがっているわけである。人型の精霊を従える、強国の王女など、使えるどころではない。
魔導機化には、結局精霊の力が必要になるのだから。
とはいえ、王族が弱る前の話であるため、王族の権威を他に見せつけるには、まだ時間がかかるはずだ。
第一王子のセルファムが王になるとしても、まだ狡猾さや迫力も足らない。
「君の力が強大であることを、キグリアヌン王は身をもって知っただろう。そのため、君に第一王子の相手をさせようとした。そこで女王の件が漏れれば、面倒になるのは想像に難くない。だから、」
そこまで聞いて、やっと閃いた。
「お互い、利益があるってこと!」
何度目になるのかと、周囲には呆れられるかもしれないが、再びお互いを隠れ蓑にしようという提案か。
納得した。
急に膝突いて、変な雰囲気出すから、驚いちゃったよ。
「今は、そう思っていてくれて構わない」
「今は??」
「まあいい。そこまでの相手になれなかったのは、自分の責任だから」
「なんの話?」
「まだ女王の仕事は続くのだろう。王の代理も。だから、提案だ」
「それは分かったけど、ルヴィアーレの方が損があるのでは?」
よくよく考えずとも、ルヴィアーレは隠れ蓑を必要としない。相手は見つけなければならない。
むしろ、早く相手を見つけなければならないのに。
ルヴィアーレは一度小さく息を吐き、立ち上がる。
「コニアサスを本当の王にするのならば、君は退かなければならない。だが、退いて、コニアサスが別の誰かに操られては困る」
「そうね」
「ミュライレン様が出ても、彼女や彼女の家では太刀打ちできないことも多い」
「そうなのよ」
「だからと言って、君が代理を退いても側にいれば、コニアサスは真の王に離れないだろう」
「そうなの。それも困る」
「だから、提案を。君には女王としての代役があり、忙しさは聞いている。婚約をし直せば、全ては解決するだろう」
それはわかっている。フィルリーネにとって、ルヴィアーレの婚約は、案外都合の良いものなのだ。その代わり、ルヴィアーレはそこまでの得はない。いや、王となった今では、損しかないのだ。
契約上の婚約であれば、後継問題が生じてしまう。ルヴィアーレの相手も、どんどん若くなってしまうだろう。
「ただし、今回は、逆だ」
「逆?」
「君が、ラータニアに来ればいい」
フィルリーネが、ラータニアに行く。ルヴィアーレが王だからということだろう。
だが、
「どうせ事業もあるのだから、行き来すればいいだけのことだろう。君に国境は関係ない」
それは、女王の代理を行なっているからということだろうか。たしかに、婚約してラータニアに行くことになれば、精霊の配置換えが行われる。しかし、女王代理であれば、あまり関係がないのではと、ルヴィアーレは言っているのだ。
そうなのかな。何かあった時、グングナルドやコニアサスを助けられないでは困るのよ。
それに、いつまで代理を行うのかはわからない。
「次の候補は子供なのだろう? しかもその子供も、女王の後を継ぐかは未知数だ」
なんで知っているかな。
そう、現状の女王候補の男の子は、候補であって、決まりではない。成長具合で、女王として相応しいのか、ムスタファ・ブレインやラクレインたちで検討することになっている。なぜなら、二人目のアンリカーダを出すわけにはいかないからだ。
魔導の適性や、精霊たちとの相性もあるため、一概に決定とはいえないのである。
つまり、代理は長く続くことが予定された。あくまで、予定としているが、最悪、相当な長期代理になる可能性もあるのだ。
それは、ムスタファ・ブレインやラクレインたちとの話し合いで決まったことで、外に漏れているはずはないのだが。
ルヴィアーレは肩をすくめる。そういえば、ラータニアには親しいムスタファ・ブレインがいる。それに、ルヴィアーレは女王の後継者について聞く権利もあるだろう。
「婚約して、配置換えしても、君には関係がない。そうでなければ、こんなに精霊が君を迎えたりしない。ラータニアに入った時からざわめきは激しく、私の元にまでとどいた。女王が来ると」
やはり、ルヴィアーレは気付いていたか。それも当然だ。あれだけ精霊たちが騒いでいたのだから。
女王代理ではなく、女王と言われていることに、不安を覚えるが。
「コニアサスがそれなりの年になれば、婚姻にすればいい」
「うん?」
今、何か、しれっと言った。
「後継者のことは、なんとかなる。どうにもならなければ、遠くの某系を連れてくればいいだろう」
「本気?」
「本気だ」




