王都ローエ4
ルヴィアーレは話しにくそうにして、一度顔を背けた。考えがまとまっていないような、逡巡した雰囲気を感じる。やはりなんとも珍しい雰囲気がある。
「疲労?」
「……、違う。何を考えているのか知らないが、とりあえず違う」
じゃあ、なんだろうか。
一度息を吐くと、結局、今までの一年の話をし始めた。話すことを口にしながらまとめるつもりとは、ルヴィアーレらしからぬ会話の運びだ。
「内政を作り直すのに、一年で一掃するのは、結構急いだ感じだったと思うけど?」
「掃除はさっさと終わらせた方がいいだろう。前々より邪魔だったが、尻尾を出してくれたおかげで、簡単に進められた。それでもまだ逃げ回っているやつらがいる。それらを消すには、まだ時間がかかる。大きく変わったのはそれくらいしかない」
ルヴィアーレにとって辛かったのは、裏切りを行ったのが、大事にしていたユーリファラだったということだ。
それもあったのか、関係者を早い段階で断罪した。むしろ、だからこそ早めに終わらせたのだろう。
なんといっても、ユーリファラはシエラフィアが引き入れた。マリオンネの関係者であるため、支配下に入れておかねばならなかった理由があったわけだが、それについて知っている者は少ない。
事情を知らぬ者たちからすれば、ユーリファラを引き取ったことは、シエラフィアの汚点となるだろう。
それもあって、ルヴィアーレは早めの対処を行いたかったに違いない。そこに、煮えたぎったマグマのような怒りを伴わせながら。
何か手伝えればと思っても、婚約者でもない王女が口を出すこともない。
内政を他国の王女に知らせるわけがないのだから、話題になるわけもない。そもそも、ルヴィアーレは大事な決断を、人に委ねたりしないのだから。
そう考えると、体が重くなったような、胃が鈍くなったような気がしたが、お腹が減ったのかもしれない。そういえばもうお昼ではなかろうか。
「そちらはどうなのだ」
「そちらは?」
「キグリアヌンから、婚約打診があったそうだな」
急に人の噂話を話題に出してきた。話が繋がっていないよ。思い出したように言わないでほしい。
「すぐに断ったのだろう?」
「断ったよ。なんで知ってるの?」
「情報網があるからな」
どの情報網だ。犯人らしき顔は一人、いや二人だろうか。なんでそんな話を他国の王にするかな。しかも、元婚約者に。
その元婚約者に、本人の国で、こうやって会うのもおかしな話だが。
「キグリアヌンまで面倒見てられないからね」
「マリオンネは、まだ当分面倒を見るのではないのか?」
鋭い突っ込みをしてくれる。
とりあえず、よそを向いておく。仕方がないではないか。女王の特権を使ったのは自分だ。
「コニアサスを王にするには、まだ時間がかかるのだろう」
「まだ小さいからね。表立って出てこないけど、邪魔をしてくる奴らは今後増えてくるだろうから、それまでは代理として王女を続けるつもり」
もちろん早く引退できるのならば、それにこしたことはないが、現実はなかなか難しい。
気持ちは、もう職人として就職したい。しかし、コニアサスに無責任に全てを渡すわけにもいかない。グングナルドを修正するために立ったのは、フィルリーネである。
「そのあとは? コニアサスを、王にしたら?」
「現実的に考えてるのは、コニアサスを助けられる場所で、邪魔者は排除できそうな立場にいることかなあ。影響を与えすぎるところにはいたくないから、ちょっと土地でももらって、ある程度は関われるようにしたいよねえ。コニアサスが王様としてしっかり立てるようになったら、やっと引退できるってところかしら。そしたら職人になれるはず。なる。はず。なる。なる」
「少々遠い未来だな」
やかましいですよ。夢を語っているのだから、茶々を入れないでいただきたい。
「……婚姻する気はないのか?」
「する必要性を感じないんだよね。なんといってもだよ、降嫁したら、職人仕事できないっていう!」
それだけは嫌だ。物作りを自分から取らないでほしい。人生の夢。最後の楽園。
力説するが、ルヴィアーレには分かってもらえそうにない。
そう思ったが、君の原動力は子供と物作りだからな。と微笑まれてしまった。寒気。寒気がした。
「やっぱり、疲労!?」
「今の会話で、なぜその言葉が出てくるのだ?」
「えーと、そうそう。引退したら、どっかの土地で、職人としてのんびりしようって。アシュタルもついてきてくれるって言ってから、そんな未来もある……」
「どうして、そこにアシュタルが出てくるのだ!?」
「え、護衛」
「君が、引退した後も、アシュタルが護衛!?」
なぜ大声。いや、こめかみに青筋立てて怒り気味の大声だ。
そして、なぜか腕を組んで踏ん反り返った。
怒りの点がわからない。頭の中の混乱中、ルヴィアーレは手を伸ばしてきた。
触れたのは、ルヴィアーレからもらったブレスレット。もらってから好んで身につけているが、それが気になったのか、指で軽く引っ張る。
「アシュタルは、これについて何か言っていたか?」
「綺麗ですねって」
「それだけか?」
それだけもなにも、他に何か言っていただろうか。記憶にない。ずっとつけているんですね。などは言っていたような気がする。
しかし、それだけだ。
「ああ、そうだな。引退後も護衛をする気ならば」
「アシュタルはいいとこのお坊ちゃんだから、実現しないだろうけどね」
「その程度で考えているということか。君の場合は」
君の場合が、やけに強調されていたが、何が言いたいのだろう。ルヴィアーレは眇めた目を向けたまま、口を山形にして閉じた。ご機嫌が急に斜めなのですが。
「私の周り独身男性が多すぎて、アシュタルもそうなっちゃうのかしらって心配はあるけど?」
「ある意味、アシュタルの特権だろうからな」
「特権??」
会話が噛み合っていないような気がする。
精霊たちも大声に一度離れて、遠巻きに眺めだしていた。注目の的である。そういえば、ヨシュアはエレディナを追って行ったまま、戻ってきていない。あの子たちも喧嘩をして騒いでいなければ良いのだが。
じょうさま、じょおうさま
ルヴィアーレが腕組みで不機嫌に見下ろしてくる隙に、こそこそと精霊が数匹やってきた。話が終わったと思ったのだろう。
うんしょ、うんしょと言いながら、精霊たちが花冠を持ってくる。そのまま頭の上に放られて、その様を見て、ルヴィアーレが腕組みをやめた。
「わざわざ作ってくれたの?」
じょおうさま
あえてうれしい
じょおさま
「私も会えて嬉しいわ」
ここで女王様ではないけれど、などと野暮なことは言わない。頭の上に乗せられた花冠の礼を言うと、精霊たちは恥ずかしがるように、ルヴィアーレの背中や頭の後ろに隠れた。
それを眺めていれば、ルヴィアーレはじっと花冠を見つめて、ゆっくり視線を下ろし、顔を見つめてきた。
「ラータニアに来る気はないか?」




