王都ローエ3
旅券は本物だ。偽造と言われても困る。デリが泣きそうな顔で見送っていたので、早めに誤解をときに戻りたいが。
無理かしらねえ。
城に入れば、兵士から別の男たちに引き渡された。やってきたのは騎士で、重要参考人というよく分からない理由を口にされて、怪訝な顔をしながら兵士たちはフィリィを預ける。
そこは、もう少し食いついた方がいいと思う。国家権力に騙されてるよ!
呼び出し方が犯罪者とは、どうかなと。
一般人を城に呼び出す手立てが他にないわけではないだろうに。呼び出し方に嫌がらせを感じるのは、自分だけだろうか。
城に入れば、騎士たちに囲まれながら廊下を歩く羽目になった。どこへ行くのか、人気のない回廊を進み、衛兵の横を通り過ぎて、建物から離れた外の通路へ案内される。
庭園なのか、木々の多い森の中進んでいると、ガラス張りの建物が見えてきた。
「どうぞ、お入りください」
騎士たちは扉を開いてフィリィを促す。どうやら植物の建物のようで、多種類の植物が植えられていた。
「道なりにお進みください」
騎士たちは扉を守るのか、それ以上は一緒に行かないと、足を止めたままだ。フィリィは足を踏み出す。
植物に囲まれた道は細く、一本道だ。迷路のようにうねった道で、あちこちに精霊がとまっている。ヨシュアを感じて、一度離れるが、飛んだ先で留まっていた。
これは、自分がどこにいるのかすぐにわかるやつである。
「精霊多い」
ヨシュアがドスンと地面を踏んで、現れた。周囲に人がいないのだろう。ヨシュアが現れた途端、精霊たちがガラス張りの窓へ逃げていく。
「あ、」
ヨシュアの声に、フィリィは顔を上げた。ヨシュアの視線の先、ガラス張りの天井の向こうに、水色の髪の毛が見えた気がした。ヨシュアが飛び上がり、それを追うように姿を消す。
あの水色の髪色。しかも天井に見えるのだから、誰と言わずともわかる。ヨシュアはエレディナを追って行った。途端、精霊たちがフィリィに近寄って集まってくる。
じょおうさま
じょおうさま
いやー、女王様じゃないよ。違うのよ。道なりに歩き始めると、後ろから精霊たちが列をなすようについてくる。
どこいくの、じょおうさま
うん、どこに行こうかな。いつまで行けばいいか、私も分からないんだよね。
精霊たちは頭に乗ったり、肩に乗ったりしつつも、道の先を封じることなく、まるでその行く先を導くように、袖や髪の毛を引っ張った。そうして、いくらか歩いていると、小道が終わり、広場が見えた。
そこに佇む人影が見えて、一瞬足を止めた。精霊たちが覆うように人影に飛んでいく。
小鳥でも手に乗せるかのように、ルヴィアーレは精霊たちを迎えた。髪の毛に、肩に、腕に。
小鳥に餌あげてるみたいだなあ。なんて言ったら、きっと頭の悪い子を見るような目で見てくるんだろうね。
口にしてみたら、当然のごとく、目をすがめた。
「久し振りに会って、最初の言葉がそれか?」
「完全に餌付けしてたよ」
「君も同じようだと思うが?」
そうかもしれない。精霊たちが髪の毛を引っ張っては、短い髪の毛に包まろうとする。そんなに長くないので、ルヴィアーレのようにはいかないだろう。
「髪伸びたねえ」
ついまじまじと見ながら、ルヴィアーレを一周する。なんだか別人のように髪が長くなっている。なんならシエラフィアのようだ。ゆったりと結んだ髪が肩に乗って、さらりと長い髪の毛が伸びていた。ご丁寧に見覚えのある紐で結んである。物持ち良すぎではなかろうか。
「君がよこしたのだろう。何本も」
それでも一年よくもっただろう。確かに作って渡したが、一国の王なのだから、それなりの物を使えばいいものを。
「君は、伸ばした形跡がないようだが?」
「これでも伸びてるんだよ。私はもっと短くてもいいんだけど、ガルネーゼにみっともないから伸ばせって言われちゃって」
前に髪の毛を切ってから、その後もちょくちょくその長さで切っていた。しかし、王女らしからぬと言われて、仕方なく少しずつ伸ばしている。
それでも、ルヴィアーレの方が長い。
じっと見つめると、ルヴィアーレも見つめてきた。なんだか変な気分だ。
「元気だったか?」
「それなりに」
素っ気なくなってしまうが、それなりに元気だ。忙しくしているので、一年なんてあっという間に過ぎてしまった。
きっとルヴィアーレも同じだろう。会ったら聞きたいことはたくさんあったはずだが、なんと問えばいいのかわからない。
「えーと、お疲れ様?」
「なんで疑問形なんだ」
「いや、なんとなく」
「君は、相変わらずだな」
その言葉に呆れはあったが、安堵するような、肩の力を下ろすような気軽さがあった。目尻を下げて、静かに、しかし柔らかに笑む。
こんな笑い方をする人だったっけ。
不思議な気分になるのは、ルヴィアーレの雰囲気が若干違うように思えるからだろうか。
普段は表情がなく、感情も付き合ううちにわかるようにはなったが、ほとんど顔に出ない。眉を顰めたり、呆れるような顔はするが、微笑むようなことはほとんどない。それも時が経つうちに増えていったが、その時よりも、ずっと朗らかだった。
なぜだろう。どこか別人を相手にしているようだ。
演技をしても鋭さを感じていたが、それが一切抜けているのだ。
「怒っているのか?」
「怒る? なんで?」
「黙っているから」
黙っていたら怒っているように思えるのか。ルヴィアーレが眉を下げた。その表情が、人間のようだ。
人間ではあるのだが、その辺の人のように、感情を出してくる。
そう、感情だ。ルヴィアーレが、やけに感情豊かに見えるのだ。
やはりシエラフィアのことがあったからだろうか。大人になったみたいと言ったら、絶対怒られるが、そんな成長のようなものを感じた。ギスギスだったトゲが、丸くなっている。
「仕事で訪れたというのに、仕事途中、ここへ呼んだから」
それで怒っていると思ったのか。どうした、ひどく機嫌を気にするではないか。
「あとでちゃんと間違いでしたって、送ってよね。デリさん泣いちゃうから」
「商人たちには、間違いがあったと、後で通知する」
「そうしてください」
大きく頷くと、やはりルヴィアーレは心配そうな顔をした。どうしたの。やけにおとなしげすぎて、こちらが対応に困る。
疲れているところにやってきてしまった。しかも非公式。別人として訪れたため、それを受け入れるのに、面倒をかけたからだろうか。
「えーと、王女仕事じゃないから、フィリィで来ただけであってな」
「わかっている。フィルリーネとして呼んだつもりはない」
フィリィとして呼んだつもりか。突っ込もうとしたら、すぐに首を振られた。フィリィの事業に賛同する者は本物であって、ラータニアでも幼子への預かりは必要だと、王になって改めて考えたそうだ。シエラフィアの統治でも子供を学ばせる政策はあったが、もう一歩踏み出すことがフィリィの事業によって可能だと考えた。
「問題提議をしている者に、グングナルドの事業を知らせただけだ。他は関わっていない。今後関わるとしても、もう少し先だろう」
言い訳ではなく事実だと言い切って、ルヴィアーレはまた口を閉じた。ルヴィアーレも何を話すべきか迷っているように見える。
ここに呼んだのは、なにか言いたいことがあるのは確かだ。文章などで渡す話ではなく、話し合う必要を感じて、ここに呼んだのだろう。
しかし、ルヴィアーレは中々本題に入らない。そのせいか、感じたことのない緊張を作り出してくる。
新手の、何かの技か!?




