王都ローエ
ラータニアの王都、ローエ。
街の始まりがダリュンベリと違うのは、壁に囲まれているのではなく、少しずつ家が増えてくるところだろう。
「ここが王都なの?」
王都に入った気がしないと、デリが家々を眺めた。
いつの間に入ったかとでも言いたい顔だ。
一応とでもいわんばかりに、道の途中で、案内の柱が立っていたのは見たので、もう王都に入っているはずだ。
「のどかねええ」
心からの感想に、つい笑いそうになる。
「あそこが城ですよ」
馬車の御者が指差す先に、高い建物が見えた。最初に見えるのが、街中で一番大きい、精霊を祀る聖堂だ。
「あれがお城?」
「あれは大聖堂ですよ」
「え、聖堂があんなに大きいの!?」
ダリュンベリの城にある聖堂はそれなりの規模があり、階高はあるが、街にある聖堂はそこまで大きくない。連なった建物の隙間に建てられており、それらに比べれば高さがなかった。人々の家が高く作られているので、階高があっても大きく見えないのだ。
それに比べても、ローエの街の聖堂は大きめに作られている。中心部にあるため、街の人々が集まれるように規模があるのだろう。
少しだけ高台になった場所に、城壁が見えてきた。その奥に、横に長い建物がある。
「あれが城みたいですね。城壁もあります」
「わあ、素敵ねえ。グングナルドの城とは全然違うわ」
「高さのない建物なんだな。ダリュンベリじゃ考えられん」
ダリュンベリの城は縦型だが、ローエの城は横型の建物だ。明るい白色の壁に、鮮やかな濃い緑の屋根。いくつかの細長い柱のような物見塔に繋がって、横に広がっている。ダリュンベリで見慣れている建物とは、まったく違う構造だ。
家々の屋根も明るめの色が多く、日差しがダリュンベリほど強くないことがうかがえる。
進むにつれて人が多くなってくるが、道が広いため混雑した感じはない。ダリュンベリはいつでも人が多く、よそ見をしていればぶつかってしまうくらいだが、ローエの街では余裕があった。
道には植物が植えられて、並木道になっている。精霊たちがその木でくつろいでおり、馬車が通るとこちらを見つめて、飛び始める。
女王さまだ。
女王さまがとおるよ。
女王ではないので、そんな呼びかけはしないでほしい。精霊たちはお互いの声で顔を上げて、馬車についてくる。
どれだけの精霊が集まっているのか。シエラフィアの葬儀で集まっていた精霊たちの数を思い出せば、まだ大した量ではないだろうか。それでも、ダリュンベリよりずっと多い。
「わあ」
「なに、フィリィ。なにかあった?」
「いえ、聖堂すごいなあって」
「ほんとだ。この距離で見ると、大きいわねえ」
遠目から見えていた聖堂が目の前に近付いていた。それで声を上げたわけではない。その聖堂のそこかしこに、精霊たちが留まっていたからだ。普段からこれだけ聖堂に精霊がいるのか、たまたま集まっているのか。閉じたり開いたりしている羽根が、まるで花びらのように見えて、建物に花が咲いているように見えるほどである。
「到着しましたよ」
「嘘でしょ。この聖堂でやるの??」
降りた先にあったのは、遠目から見えた聖堂だ。大聖堂と呼ばれたそこは、見上げるほどの高さで、城にある聖堂のような巨大な建物だった。広場に面しており、聖堂に入りきれなければ、広場に集まることが想像できる。
精霊の祀典などで殺生など、とんでもないと言うように、厳格な規則のもと、精霊を祀っているのだろう。精霊、そして女王を。
「お待ちしておりました」
迎えてくれたのは、グングナルドまで来た、ラータニアの役員だ。メガネをかけた、金髪を後ろに流した短髪の、いかにもできそうな男。名前はドナーロと言ったか。
聖堂の者たちか、協力者なのか、何人かが集まり、グングナルドからの客を迎えてくれる。
大きな扉をくぐり、中に入ると、ひんやりした空気を感じるかと思ったが、思ったより暖かい。フィリィは天井を見上げた。天井近くの天窓から、光が漏れている。
階高のある、広さのある聖堂。窓が並ぶのはその上部。バルコニーのように内向きに柵があり、そこをぐるりと歩けるようになっている。その柵の上を止まり木にして、精霊たちが止まっていた。まるで、精霊のすみかだ。だからこれだけの階高がありながら、部屋の中が暖かいのだろう。
近付いてはこないが、興味津々だと、こちらを見つめてくる。アシュタルも天井を見上げているが、他の者たちは気付いていないようだった。
「すごーい。広いわあ」
「この大きな聖堂で、子供たちを預かるのでしょうか?」
バルノルジは目を輝かせている。大人数を集めるとしたら、教材をどれくらい売り込めるのか、計算していそうだ。デリも同じく、目が輝いた。建物に圧倒されていたのに、すぐに意識を切り替えて、頭の中で金額を計算していそうだ。
「最終的にはこの場所で行う予定ですが、最初は街の端にある、小さな聖堂で行う予定です」
「そうですか」
デリががっかりを出さないように、笑顔で返す。いや、すでに切り替えているのだろう。その分売れるものがあるとでも言わんばかりに、バルノルジと視線を合わせた。商売人だ。
城からは離れている小さな聖堂。貧民街とまではいかないが、低所得者たちが多く住む場所にある聖堂なのだろう。
ダリュンベリの街にも聖堂がいくつか建造されているが、東門近くの貧民街に近い場所の聖堂を使って子供を集めた。ダリュンベリの場合、フィリィやバルノルジが顔見知りということもあって、思ったよりも親の理解が早く、子供たちの集まりも多かった。普段から学びを行い、子供たちが学びを好んだこともある。
なによりも、親たちが学びの大切さに気付いたおかげだ。計算が早ければ仕事につきやすい。ただ、それだけで満足されないように、これからは工夫が必要になる。
「ラータニアでも子供を残して働く者は多くて、小さな子供でも働かせることは多いのです。それに、子供を一律で学ばせるという仕組みはあっても、乳飲み児などの赤子まで預けられるわけではありません。地方では、育てられずに子供を売る親もいます。働くには子供を育てるのが難しいという親もいましたからね」
ドナーロは肩を下ろす。貧困の差はどこでもあるか、地方の産業がないような村などは、そういったことが度々あり、問題になったそうだ。シエラフィアはその対策に支援を行っていたが、根本的な問題解決にはなっていなかった。
領地によっては、ならば子供を生まなければ良いなどという領主もいて、支援はまばらになっていた。
「聖堂は領主などに関わらず、国の機関の一つになりますから、ローエの聖堂での預かりに問題がなければ、地方へと広げる予定です」
「ぜひ、成功させましょう!」
デリはやる気に満ちた目を見せる。その炎が見えるようだ。バルノルジも頷いて、この機会を逃すまいという意思を感じた。
フィリィとしても、この事業は成功させたい。ついでにいえば、ラータニアのように、平民を学校に行かせるという国策を見習いたかった。
聖堂で子供預かりとは別に、平民の子供の学校も作りたいんだよねえ。でも平民の場合、お金を稼ぐ必要もあるから、職業訓練込みの学校になるかな。
物作りを教えながら、法律や地理、魔法、職業に関わる税金についてとか?
うーん。将来が広がる学びを教えたいねえ。
グングナルドでは、貴族でも学院に通っていない子供がいる。貴族の中にも貧困はあるのだ。平民だけに支援を向けていては、貴族と平民の差に不満が出るだろう。預かりとは別に、学校も考える必要がある。一律に学びを与えるには、まだ時間がいるのだ。今後の課題は山積みだ。
ドナーロは部屋の案内をしてくれる。一部屋に入ると、そこに子供預かり用の試験部屋が作られていた。
床で遊べるように絨毯が敷いてある。丸机が置かれ、子供が座れる小さな椅子が並んでいた。奥には囲いがあり、その中に子供用のベッドがあった。乳飲み児も受け入れる気だ。
「0歳からの子供を預かる想定で部屋を作っていますので、ベッドもあります。こちらは、ラータニアの玩具です。絵本の種類は多いんです。チャリティーで貴族から寄付していただいたので」
一画にぬいぐるみや積み木、絵本などが置いてある。たしかに、絵本の数がやけに多い。棚に何冊も並んでいる。
教える人間も紹介されて、どんなことを教えるのか、実践してもらった。フィリィが子供たちに教えていたように、歌を歌って数を覚えたり、文字を覚えたりさせるようだ。
「なにか、気になることはありますか?」
ドナーロの言葉に、デリとバルノルジの目が光った。
「一文字ずつの木札だけじゃなくて、計算用の木札も必要では!? フィリィの作った、分数の玩具は計算に使えますよ!」
「木札だけでなく、布製の物も必要だろう。子供の年によって、道具は変えるべきだから」
すかさず意見が飛び交う。あの勢いは二人に任せて、フィリィは部屋の隅々まで見回した。
お昼寝できるベッドは増やした方がいいよねえ。寝ちゃう子もいるから。人数ありきかな。ちょっと小さめの道具もあるから、これは無くした方がいいでしょ。食べちゃったら困るし。
見ているだけで、なんだか嬉しくなってくる。
私も子供たちに教えたいよ。聖堂ができたから、子供たちに教えてないんだよね。私の癒し。私の潤い。お子ちゃまたちのぷにぷにほっぺに触れていない。とても寂しい。
しんみりしていると、廊下がざわついた。人が来て、ドナーロに耳打ちする。
「見学したい方がいらっしゃるので、こちらお通ししてよろしいですか?」
「構いませんよ!」
デリが力強く頷く。新しい金ヅル。もとい、客が来たかもしれないと、目を爛々とさせた。
廊下がざわつき、足音が近付いてくる。何人かいるのか、話し声に、なぜか体に力が入った。
「失礼。見学をさせていただくよ」
入ってきたのは男性数人。貴族たちだろう。
一瞬、ルヴィアーレが来たのかと思った。
少しだけ心臓が跳ねた気がする。見知らぬ顔に拍子抜けして、つい力が抜けた。
どうして、拍子抜け? なんか緊張した?
まあ、会うの久し振りだし、元気になってるか気になるからね。
気になるなら、手紙を出せばよかったかなと思いながらも、出すのはよろしくないと思って出さなかったわけで、心配していたわけではないのよ。と言い訳する相手もいないのに、言いたくなる。
なぜか手に汗握ってしまう。
おかしいね。私、疲れてるのかも。




